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異世界に転生したから植民地帝国を築く  作者: 第616特別情報大隊
全ての戦争を終わらせるための戦争
275/285

帝国の情勢(2)

……………………


「ストロガノフ侯爵閣下! 緊急事態です!」

「何事だ?」


 セルゲイの私邸に皇帝官房第3部の捜査官が駆け込んできたのは夜中だった。


「反乱です! 反乱が発生しました! メディアとバーラトにおいて、植民地軍が反乱を起こしています!」

「なんだと」


 捜査官が告げた言葉にセルゲイが目を見開く。


「クソ。共和国の仕業だな。植民地軍を離反させたか。おのれ、忌々しい」


 セルゲイは悪態を吐くと、直ちに使用人に車の準備をさせ、秘書を呼んでエーテル通信で枢密院顧問官たちに連絡を取った。緊急の枢密院会議を開くとして。彼はこの緊急事態を枢密院で諮ることにした。


 セルゲイの車がアルハンゲリスキーの中心部にある枢密院の建物に入り、彼は慌ただしく会議室に入る。


「諸君。植民地軍が反乱を起こしたとの情報が入った。メディアとバーラトで反乱が発生ているとのことだ。説明したまえ、シェイスキー伯爵」


 セルゲイは枢密院顧問官たちが集まると開口一番にそう告げた。


「はっ。メディアに駐留している帝国植民地軍がまず反乱を起こし、それに呼応するようにバーラト方面に駐留していた植民地軍が反乱を起こしました。メディアではほぼ全軍が、バーラトでは一部の部隊が反乱を起こしています」


 皇帝官房第3部部長であるスラヴァの顔は青ざめていた。


「なんたることだ。この帝国の危機において、植民地軍は皇帝陛下に反旗を翻すなどとは。どうして阻止できなかった、シェイスキー伯爵。貴君の皇帝官房第3部は飾りだったのかね?」


 陸軍将官の枢密院顧問官は額を押さえ、スラヴァを攻める。


「我々の監視の目は帝国本土をあまりに重視していました。実際に帝国本土においてニコライ皇太子殿下が暗殺されたのですから。そして、植民地では……」

「植民地では、何だね?」


 スラヴァが青褪めた表情のままに告げるのに、セルゲイが問い詰める。


「植民地には政治犯たちが大量に送り込まれています。植民地は流刑地なのです。そして、植民地軍はその政治犯たちを監視する役割を担っていましたが、彼らは普段から接することになる政治犯たちに汚染される可能性があったのです。植民地において、帝国は一種の疎開地を作っていましたから……」


 スラヴァが告げるように、植民地は流刑地だった。


 政治犯たちが大量に送り込まれ、そこはある種の反政府組織の養殖場となっていた。


 それを監視するために植民地軍が駐留しているが、祖国から遠く離れた植民地において僅かな同胞たちである政治犯たちと関わる植民地軍の将兵たちは多く、彼らは政治犯たちから少なくない影響を受けてしまっていた。


「それが今回の反乱に繋がったというわけか。連中の要求は?」

「メディアで蜂起した植民地軍はメディアの独立を要求しています。メディア共和国なる臨時政府を既に立ち上げています。今やメディアの帝国植民地軍は、メディア共和国国防軍を名乗っております」

「共和国。忌々しい。間違いなくエステライヒが扇動したものだ」


 メディアで反乱を起こした植民地軍はメディアの行政府を制圧すると、帝国に向けてメディア独立を承認するように要求を発し、彼らはメディア共和国政府を樹立した。今やメディアは帝国の支配から逃れようとしている。


「メディア共和国国防軍の総司令官はクリメント・クロパトキン大将です。彼がメディア共和国国防軍の指揮を執り、帝国に忠誠を誓っている植民地軍部隊を撃破していっています。メディアから忠誠を誓っている部隊が排除されるのは時間の問題かと」

「クロパトキンだと? 奴は死んだはずだ。共和国によって処刑されたという情報があっただろう。どうして奴がメディアにいるというのだ」


 メディア共和国国防軍の司令官は、あの帝国植民地軍によるサウード侵攻を指揮したクリメントだった。彼は解放された部下たちの証言で、共和国植民地軍のよって処刑されたと報告されていたはずだが。


「共和国は処刑を偽装し、クロパトキンを亡命させていたものと思われます。現にクロパトキンが戦死したという報告が届いてから、彼の家族が共和国国籍を取って、共和国に移住しています。我々は騙されたのです」


 そう、あの時クラウスはクリメントを殺さなかった。


 彼から情報を得る引き換えに、彼を殺したことにして戦犯として裁かれることを避け、共和国に亡命させたのだ。


 そして、今、共和国からメディアに移ったクリメントはメディア共和国国防軍の総司令官となり、優秀な本国の軍人として、練度で劣る帝国に忠誠を誓った帝国植民地軍の残党を掃討し、メディアの支配権を固めている。


「共和国のペテン師どもめ。あの二枚舌の悪魔どもめ。あの連中は薄汚れた謀略に塗れている。忌々しい、忌々しい。あの王族殺しの狂人どもが」


 セルゲイはあまりの怒りに手を握り締める。


「閣下。もし、メディアがこのまま敵の手に移るならば、我々はエーテリウムの供給において深刻な影響を受けます。我々のエーテリウム供給の大部分はメディアに依存しているのですから」


 枢密院顧問官のひとりがセルゲイにそう告げる。


「分かっている。メディアは奪還しなければならない。直ちに軍を派遣し、反乱を鎮圧せよ。メディアの独立など認められない。あそこは帝国が南方に進出するための要衝なのだ。それが共和国の息のかかった連中の手に渡るなど」


 セルゲイは苛立った様子でそう返す。


 メディアはエーテリウムの供給源であると同時に、帝国の不凍港を抱えている。それが共和国の息のかかった勢力に奪われるということは、帝国は念願だった不凍港を失うことを意味している。


「ですが、我々の戦力は共和国との戦いに向けなければ。余剰戦力はありません。全軍を投入しなければ、この冬が終わった後に起きるだろう共和国の攻勢を退けられるかどうか分からないのです」


 陸軍将官の枢密院顧問官がセルゲイに向けてそう告げる。彼の額に大粒の汗が浮かんでいた。明らかにこの事態に焦りを覚えているようだ。


 共和国が帝国陸軍第1軍を殲滅し、帝国陸軍第3軍に大打撃を与えた今、帝国は戦力不足に見舞われている。徴兵によって戦力の穴を埋めを進めているものの、帝国の工業力では共和国を上回る規模の動員は現在行えない。


「メディアが落ちれば、エーテリウムの供給が断たれる。そうなれば、いくら共和国の正面戦力と戦っていても、我々は敗北する。どうあってもメディアは奪還しなければならないのだ!」


 セルゲイは声を荒げてそう告げる。


「メディア共和国の独立を承認し、彼らからエーテリウムを購入するというのはどうでしょうか。これならば兵力を割かずに、かつエーテリウムの安定供給を受けられます。現状ではこれが良策では?」

「共和国の息のかかった連中が我々にエーテリウムを売るものか。連中は我々の経済を崩壊させるためにこの反乱を引き起こしたのだ。武力を以て鎮圧するより他に方法はない」


 枢密院顧問官のひとりが告げるのに、セルゲイがそう返した。


「では、陸軍に鎮圧の準備を始めさせましょう。共和国との正面戦力が分散するのは問題ですが、戦争が長期化した場合エーテリウムの供給が失われていることは、敗北に繋がります。なんとしてもメディアを奪還せねば」


 最終的に枢密院ではメディアの反乱を帝国陸軍で鎮圧することが決まった。


「バーラトの反乱はどうなっている?」

「一部の将校が反乱を起こした規模で、現地では戦闘が行われています。戦況は拮抗しており、鎮圧の目途は立っていません」


 バーラトでは王国との植民地戦争で、本国の無能──ツァーリズムと貴族主義による弊害──によって、自分たちが泥沼に浸かっていることを憂いた将校たちが自分の配下にある部隊を率いて反乱を起こした。


 彼らはバーラトからの撤退を主張し、この不毛な戦争を終わらせることを望んでいる。


「バーラトの反乱は戦局に影響しないだろう。あそこは離れすぎている」

「ですが、こうも各地で反乱が起きると本国の不穏分子が行動に移る可能性があります。我々の調査では農村部では徴兵によって人手が足りなくなったことで飢饉が発生すると恐れる臣民たちがおり、工業地帯では戦時のために総動員した工員たちが自分たちの待遇に不満を覚えています。どちらも共和主義を影響を受けかねない動きです」


 セルゲイがそう告げるのに、スラヴァがそう返す。


 既に帝国は戦時体制に移行し、多くのものを国家の統制下においた。


 農村部では働き手である成人男性が大勢徴兵されて、農作業に影響がでており、このままでは農村部で飢饉が起きるという予想が出ていた。工業地帯では強制動員された工員たちが過酷な労働条件の下で働かされており、彼らの不満も大きい。


 そもそも帝国臣民はこの戦争に反対だったのだ。


 皇太子ニコライは民衆には人気がなかった。彼は強権的なツァーリズムの後継者と見做され、民衆からは忌み嫌われていた。そんな彼が暗殺されたところで、衝撃を受けた帝国臣民は僅かなものだった。


 所詮は皇帝と貴族の戦争。


 それが帝国臣民の多くの考えだった。


 共和国が熱狂的な愛国心に包まれて、自ら戦争に協力していくのとは対照的に、帝国では全てが強制され、帝国臣民の不満は貯まり続けるばかりであった。


「不穏分子は徹底的に取り締まれ。根絶やしにしろ。帝国において共和革命が起きることなど決して許されない。皇帝陛下と皇室はこの国家の大黒柱なのだ。それが失われれば、帝国はバラバラになる」


 セルゲイにとって民衆がどう思っていようが関係はない。


 彼の忠誠と献身は皇帝と皇室にのみ向けられており、帝国臣民には欠片も向けられていない。帝国臣民が帝国と皇帝の勝利のために貢献することは義務であり、決して拒絶することの許されないことなのだ。


「最善を尽くします。ただし、戦況の推移によっては……」


 スラヴァは青ざめた顔を更に青褪めさせて呻いた。


「帝国は勝利する。共和国は30年前の革命戦争のときのように惨めに敗退する。それは間違いないことだ。不穏分子が共和国の手助けをすることがないよう、厳重に監視を強めたまえ、シェイスキー伯爵」


 セルゲイはスラヴァの懸念の前にそう断言した。


「我らが皇帝陛下に長寿と繁栄を。我々の勝利のために尽力せよ」

「我らが皇帝陛下に長寿と繁栄を」


 セルゲイはこれからの方針を決めて、いつものセリフで会議を終わらせた。


 帝国陸軍は共和国の正面戦力からメディアの反乱鎮圧のための兵力を抽出されて、その数は更に劣り、国内では不満の根が着実に伸びている。


「帝国が終わるなどありえない。この我らが帝国が終わるなど……」


 枢密院顧問官たちが去った会議室でセルゲイはそう呟いた。


……………………


……………………


「メディアで反乱、かの」


 アルハンゲリスキーにある皇室の離宮のひとつでそう呟くのは、ルーシニア帝国第3皇女であるエカチェリーナだ。


「共和国も痛いところを突くものじゃの。これで帝国の戦力は分散し、本土防衛のための戦力は更に劣勢になるというわけだ。致命的じゃの」


 エカチェリーナはどこからか持ち出した皇帝官房第3部の資料に目を通して、深く溜息を吐いた。


「枢密院は民衆のことなど気にもかけていないじゃろうが、民衆の不満は共鳴するように大きくなっておる。前線の将兵ですら、自分たちが仕掛けた戦争が瞬く間に敗北に追い込まれているのに、上層部に不信感を抱いておるというのに」


 前線の将兵たちは徴兵で送り込まれたものたちだ。


 共和国の兵士たちが愛国心から志願したのとは対照的に、この戦争を皇帝と貴族の戦争だと思っている帝国の兵士たちの士気は非常に低い。まして、自分たちから仕掛けた戦争が瞬く間に敗北に追い込まれているのに上層部が無能ではないかと不信をいだいていた。


「これはもう避けられるのかのう……」


 エカチェリーナは皇室を象徴として残す、立憲君主主義を目指していた。皇帝を象徴とし、議会が国家を運営するという穏便な共和主義を目指していた。


 だが、世界大戦の勃発でその目論見は脆くも崩れ去ろうとしている。


 国内で跋扈しているのは急進的な共和主義者たち。自分たちを搾取する皇室を断頭台に送り、完全な共和制に移行することを目指す者たち。


「夢破れる、というわけか。残念じゃの……」


 エカチェリーナは希望が失われたことにそう呟く。


「だが、まだ諦めるわけにはいくまいて。妾も皇室の一員。最後までこの帝国を支えなければならない。共和国軍がたとえ祖国を蹂躙しようとも」


 そう告げて、エカチェリーナは気を引き締める。


「妾に伝手のある穏健派の共和主義者たちを使って、反政府運動を穏便なものとさせなければ。共和国との講和にも尽力せねばなるまい。妾は共和国でそこまで嫌われてはおらぬ。妾が独断で交渉に挑むことも考えていいじゃろう」


 エカチェリーナには穏健派の共和主義者たちの友人が大勢いる。彼女が皇帝官房第3部の取り締まりから匿っていたものたちだ。


 彼らはエカチェリーナの皇帝を象徴として残す共和政に理解を示しており、かつ共和主義者たちとも伝手がある。国内の不穏分子が先鋭化する前に、抑え込める可能性は非常に少ないが残されている。


 そして、共和国との講和。


 このまま戦争が進み、本当に帝国本土が蹂躙されるならば、国内の不穏分子は本格的に行動に移るだろう。その前に戦争を終わらせなければならない。領土の割譲でも、何でも受け入れて、帝国が崩壊する前に戦争を終わらせなければ。


「妾にやれるかの。所詮は小娘。侮られるじゃろう。それでもやれねばならないというのは辛いものじゃ……」


 エカチェリーナはそう呟いて、俯いた。


 そして、エカチェリーナは早速穏健派の共和主義者に働きかけて国内で渦巻く不穏な空気を鎮静化しようとした。皇帝官房第3部が睨んでいるが、皇女の後ろ盾で活動する彼らには直接手が出せない。そして、このエカチェリーナの動きは皇帝官房第3部にとっても有益であったために見過ごされた。


 そして、共和国との和平。


 エカチェリーナは共和国内の友人に掛け合って、会談が行えないかと打診した。


 だが、返ってきた反応は拒絶。


 クラウスも、外務省も、エカチェリーナの単独での和平交渉に応じるつもりはないと明確な拒絶の意志を示した。


 そうだろう。共和国は既に帝国を滅ぼすと決めているのだ。


 それでもエカチェリーナは懸命に和平交渉を行おうと努力した。領土を割譲してでも、軍備を制限してでも、植民地を差し出してでも、共和国による致命的な大攻勢が始まる前に戦争を終わらせようとした。


 だが、それは所詮はエカチェリーナという個人が行っている和平交渉だ。帝国政府の総意ではない。故に共和国政府は相手にしなかった。


 もはや、万策尽きた。


 枢密院は徹底抗戦の構えを見せ、皇帝もそれを追認している。


 エカチェリーナの努力は完全な無駄。無意味なものだった。


「帝国は、我らが帝国はどうなるのかのう……」


 全ての和平への試みが尽きたとき、エカチェリーナは絶望に沈んだ。


 そして、季節は冬が終わろうとしている。


 それは共和国軍が大攻勢を仕掛けてくることを意味していた。


……………………

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