タンネンベルクの戦い
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──タンネンベルクの戦い
共和国陸軍D軍集団はA軍集団の救援が到着するまでの時間稼ぎのために、帝国陸軍第1軍に対し攻勢を開始した。
まず行われたのは歩兵部隊による逆襲で、これまで防戦一方だった共和国陸軍がとんでもない数の砲兵隊の支援を受けて逆襲に転じたのに、帝国陸軍第1軍は大混乱に陥った。
だが、その混乱も長くは続かない。
所詮は共和国陸軍D軍集団は7個師団。それを帝国陸軍第1軍という数十個師団を擁する大軍勢を相手にまともに反撃できるはずがない。
共和国陸軍は不意を突いて、数キロメートル前進した時点で前進を止め、再び防戦の構えに入った。
帝国陸軍第1軍は攻勢に転じた共和国陸軍が脆弱になったと判断し、戦力を根こそぎ掻き集めて攻勢を実施。帝国陸軍の注意は、ケーニヒスベルク正面を守る歩兵部隊に完全に向けられることとなった。
「ナディヤ。前方の状況はどうなってる?」
そして、クラウスたちは帝国陸軍第1軍が歩兵部隊に注意を引き付けられている間に、第5機甲師団と第3装甲擲弾兵師団を率いて、攻撃発起地点に待機していた。
『敵影はない。敵は完全にケーニヒスベルクを防衛する歩兵部隊に向けられているようだ。魔装騎士も、対装甲砲も、歩兵も存在しない。この部分が、敵の間隙だと思って間違いはないようだ』
先行して偵察に当たっているナディヤの偵察分隊からはそのような報告が入る。
「よろしい。なら、突っ込むぞ。ここから敵の後部に突っ込んで、後方を引っ掻き回す。兵站基地を襲って壊滅させ、司令部を襲って壊滅させ、敵を背後から刺す。西部戦線と同じ電撃戦だ。数では俺たちが劣勢だが、帝国陸軍のお粗末さを考えればお釣りがくる」
クラウスはそう告げてブリュンヒルデ型魔装騎士を前進させる。
「第32混成機甲連隊は第5機甲師団と第3装甲擲弾兵師団の先鋒に立って道を切り開く。俺たちがもっとも戦うことになるだろう。覚悟はできているか。帝国の連中の練度はお粗末だが、数だけは馬鹿にならないからな」
『応っ!』
クラウスたち第32混成機甲連隊はこの反撃作戦の要だ。
クラウスたちが敵の間隙を突破して後方に回り込む道を作り、そこを後続の第5機甲師団と第3装甲擲弾兵師団が突破する。1個連隊の2個師団で数十個師団の帝国陸軍に挑むのは無謀なように思われるが、それでもクラウスたちはやるつもりだ。
「では、前進開始。我らが共和国と全ての人民に栄光あれ」
そして、クラウスたち第32混成機甲連隊が前進を開始した。
狙うは帝国陸軍第1軍の師団の間にある間隙。もっとも防備が薄く、注意が正面に向いている状態ではほぼ無防備に近い側面。そこをクラウスたちは食い破り、帝国陸軍に打撃を与える。
『それにしても、あなたって愛国者になってきた。前までは金のためには共和国なんてどうでもいいって思ってたのに、それが今では共和国で一番の愛国者って言っても過言ではないぐらい。心変わりした?』
「俺は愛国者じゃない。俺の資産を守るために戦っているだけだ。敗戦で俺たちの築いてきた財産が奪われるのは最低だ。それだけは絶対に阻止する。俺は今でも金のためだけに戦っている」
ローゼがエーテル通信でそう告げるのに、クラウスが肩を竦めた。
『民衆はそうは思わないわよ。あっという間に王国を落としてオストプロイセン州では獅子奮迅の戦い。まさに英雄ね。あなたに憧れている兵士はいっぱいいるわよ』
「有名になるってのは面倒な話だ。俺は金のために働きたいだけなのに、無駄に有名になると碌なことにならん」
大統領にもかかわらず、前線で英雄的な戦いをするクラウスは全共和国陸軍のヒーローだった。誰もがクラウスのような英雄になりたいと憧れ、年齢に達していないのに共和国軍に志願する兵士は後を絶たない。
だが、クラウスにはどうでもいいことだ。
クラウスはウィルマを殺し、自分の資産を守るために大統領になった。大統領という頂点の地位には関心を示さず、ただ権限が増え、自分のやりたいように作戦が実行できていることに満足しているだけだ。
間違ってもクラウスは自分が英雄だなどとは思っていなかった。
『兄貴は英雄ッスよ! 共和国、いや世界で一番の英雄ッス! こんな英雄が生まれるなんて100万年に1度くらいッス!』
「言い過ぎだ、ヘルマ。俺ぐらいの英雄はそこここで生まれる。本当に愛国心を持っている奴は自分の犠牲を厭わず、勝利のために貢献する。俺はそうじゃない」
ヘルマが興奮した様子で告げるのに、クラウスは冷淡にそう返した。
追いつめられた共和国陸軍D軍集団では、それこそ自分の命を犠牲にしてでも勝利のために貢献している兵士たちが山ほどいる。
地を埋め尽くすかのような魔装騎士の波状攻撃を前にしても一歩も引かず、対装甲砲で決死の反撃を繰り返し、1体でも多くの帝国の魔装騎士を撃破し、そしてその魔装騎士の津波に耐えきれず、全滅する部隊。
碌な対装甲武器がないのに、工兵用の梱包爆薬や対装甲地雷の肉薄攻撃で、魔装騎士に特攻し、自分の死と引き換えに敵の魔装騎士を撃破する勇敢な兵士。
それらこそが真の英雄として讃えられるものだろう。彼らは強制されたわけでもなく、自分たちの意志で、それを行っているのだから。
『こちらナディヤ。敵の魔装騎士を確認した。トリグラフ型魔装騎士が2個連隊。後方警備の部隊だろう。歩兵は確認できない。どうする?』
「撃滅して、一気に後方に回り込む。そろそろ敵の後方だ。派手に掻き回してやる」
ナディヤから報告が入るのに、クラウスが犬歯を覗かせてそう告げた。
「第32混成機甲連隊、戦闘準備。派手に行くぞ。だが、砲弾は節約しろ。敵の数は馬鹿みたいに多い。砲弾切れで戦闘不能になるのは御免だ。可能ならば、近接格闘戦闘で仕留めろ。帝国の近接格闘戦闘能力はお粗末極まりない。確実に勝てる」
『了解!』
クラウスたちは師団の間の間隙を擦り抜け、ついに帝国陸軍第1軍の後方に回り込んだ。そこには兵站基地があり、司令部があり、後方の予備部隊が存在している。完全に油断しきった状態で。
「ど派手にかますぞ」
クラウスはそう告げると、まだクラウスたちに気づいていないトリグラフ型魔装騎士に向けて71口径88ミリ突撃砲を構えた。他のブリュンヒルデ型魔装騎士も、同じようにトリグラフ型魔装騎士に狙いを定める。
「一斉射撃。殺れ」
クラウスの号令と同時に、第32混成機甲連隊の全魔装騎士が砲撃を行った。
外した砲弾は存在しない。全ての砲弾が帝国のトリグラフ型魔装騎士に命中した。トリグラフ型魔装騎士は操縦席を貫かれ、秘封機関が暴走し、一種運にしてオレンジ色の炎に包まれる。
「て、敵襲! 敵だ!」
第32混成機甲連隊の砲撃によって、一気に1個連隊のトリグラフ型魔装騎士が撃破されてしまった。全ての砲弾が当たったのだから、それは当然と言える。
生き残った1個連隊のトリグラフ型魔装騎士部隊が、周囲を慌ただしく探り、どこから砲撃が行われたのかと混乱状態に陥る。
「ローゼ。お前の装甲猟兵中隊は敵を牽制しろ。俺たちは近接格闘戦闘に移行する。任せたぞ」
『任された、クラウス。全力で支援する。砲弾を使い過ぎないように、ね』
クラウスはローゼにそう命じると第32混成機甲連隊の全ての魔装騎士を率いて、一気に帝国陸軍の魔装騎士部隊に向けて加速した。
帝国陸軍の魔装騎士部隊はようやくどこから敵襲が行われたのかを理解し、懸命になって反撃するが、トリグラフ型魔装騎士の突撃砲ではブリュンヒルデ型魔装騎士の装甲を抜くことは不可能だ。
「まずは1体!」
クラウスは熱式刀剣で、トリグラフ型魔装騎士の操縦席を抉る。
『どんどんやるッスよ!』
ヘルマの方も得意とする近接格闘戦闘に生き生きとし、熱式刀剣でトリグラフ型魔装騎士を解体し、次から次に敵の魔装騎士を撃破していく。
帝国陸軍の魔装騎士部隊も反撃するものの、トリグラフ型魔装騎士の対装甲刀剣では、ブリュンヒルデ型魔装騎士には掠り傷しかつかない。いくら対装甲刀剣を振るっても、まるで効果がない。
「ダメだ! どうしようもない! 撤退するんだ!」
そして、1個連隊の帝国陸軍の魔装騎士部隊が1個中隊にまで激減したとき、ついに指揮官が撤退命令を発した。
だが、もう遅すぎる。
「逃がすな。殲滅しろ」
クラウスはそう告げて、逃げようとするトリグラフ型魔装騎士の背中から熱式刀剣を突き刺す。秘封機関が暴発し、オレンジ色の炎が膨張する。
『帝国の連中、いい様ッス。散々あたしたちに苦労させてきた連中がズタボロになってるなんて気分爽快ッスね!』
ヘルマも15体あまりの帝国陸軍の魔装騎士を撃破したところでニコニコした表情で、そのようなことを告げる。
「ああ。気分爽快だ。これで連中に一泡吹かせてやる。俺たちがただケーニヒスベルクで包囲に怯え、震えあがっているだけの臆病者ではないことを思い知らせてやる。この攻撃が成功した時──」
周囲には大量のトリグラフ型魔装騎士の残骸が広がっている。生き残った操縦士はひとりとしていない。
「帝国陸軍はケーニヒスベルクを永遠に諦めることになる」
クラウスたちの反撃作戦は始まったばかりだ。
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