オストプロイセンの戦い(4)
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帝国陸軍は一連の大攻勢で多大な損害を出した。
共和国陸軍が巧みに駆使するアクティブ・ディフェンスに有効な手立てはなく、突破したと考えられた部隊は敵の機動部隊によって撃滅される。
加えて航空機による猛烈な爆撃。
対空火器も戦闘機も擁しない帝国軍は空から悪魔のごとく降下してくる攻撃機に次々に屠られ、後方の兵站基地が爆撃を受けて兵站計画が破綻し、司令部は真っ先に攻撃目標になり指揮系統が乱れる。
共和国陸軍の砲兵隊の攻撃の被害も大きい。未だに馬車を使う帝国陸軍の装甲師団は共和国陸軍の猛烈な砲撃を浴びて壊滅的な打撃を被り、重野砲の砲撃では魔装騎士すらも打撃を受けてしまう。
大攻勢の先陣を切った帝国陸軍第1装甲師団は戦闘力を完璧に喪失してしまっている。後続の部隊が懸命に後に続ているが、それも打撃を受けていた。
だが、それは戦術レベルでの話だ。
戦略レベルでは帝国陸軍は目標を達した。
帝国陸軍はオストプロイセン州を分断し、ケーニヒスベルクに4個師団を包囲した。その殲滅も時間の問題だ。帝国陸軍は損耗した部隊を再編し、新たに戦闘力を取り戻させ、ケーニヒスベルクの攻撃に投入した。
「全機、前進。今日こそ、ケーニヒスベルクを落とすぞ」
第1装甲師団に代わって第3装甲師団が帝国陸軍第1軍に配備され、それが共和国陸軍4個師団が立て籠もるケーニヒスベルクに向けて進軍を開始した。
「敵の対装甲砲! 猛烈な火力です!」
「砲兵に援護を要請しろ! 砲火で敵を麻痺させるんだ!」
ケーニヒスベルクは絶対に陥落すまいと、ハリネズミのように防衛陣地を構築している。そこら中に陣地が存在し、対装甲砲が魔装騎士を狙う。砲兵隊の支援も猛烈な勢いで行われている。
「敵の砲撃で歩兵部隊が随伴できていません! 魔装騎士だけでこの陣地を攻略するのは不可能です! 一時、進軍の停止を!」
「ダメだ! この戦いには帝国の未来が掛かっている。ケーニヒスベルクの敵部隊を壊滅させ、アスカニアに進軍するのだ。我々が早期にアスカニアを落とさなければ、帝国は滅ぶ可能性がある」
共和国陸軍は砲兵隊の猛烈な射撃で脆弱な歩兵部隊を足止めし、魔装騎士だけが陣地に乗り込んできたところを対装甲砲で滅多打ちにする。
通常、この手の作戦には魔装騎士と歩兵の連携が必要とされているのだが、戦争の早期終結を一兵卒までもが望んでいる状況では、かなりの無茶をしてでも共和国陸軍を殲滅することが第一とされていた。
「敵は孤立無援だ。このままなら落とせる。共和国陸軍4個師団を包囲殲滅したとあれば、帝国国内でも勝利に活気づくだろう。我々が心配している共和革命が遠ざかればいいのだが……」
ケーニヒスベルクの防衛線は後退を続け、追いつめられている。
共和国陸軍は4個師団しか存在しないのに、帝国は2個軍を以てして攻撃している。陥落は誰の目にも明らかなように思われた。
「あれは……なんだ?」
ふと、前進を続ける帝国陸軍第1軍第3装甲師団の前方に異質なものが現れた。
見たこともない魔装騎士。重装甲であることが窺える武骨なデザインの魔装騎士と非常に異質な4足歩行の魔装騎士だ。それが帝国陸軍第3装甲師団の眼前に現れ、その行く手を遮ってきた。
「共和国の新型でしょうか?」
「こけおどしだ。砲弾をありったけ叩き込んでご退場願え。砲撃開始」
動揺する部下に指揮官がそう告げてセマルグル型魔装騎士の口径76.2ミリ突撃砲の砲口を、未確認の魔装騎士に対して向けた。
「全機、撃ち方始め!」
そして、第3装甲師団の魔装騎士部隊が一斉に砲撃を加える。
セマルグル型魔装騎士の口径76.2ミリ突撃砲は帝国陸軍では高く評価されており、共和国の第3世代型魔装騎士であるニーズヘッグ型の初期型にはかなりの距離で有効打が与えられると試算されていた。
「敵魔装騎士健在! 砲撃、効果なし!」
「な、なんだと!?」
だが、共和国の新型魔装騎士はそのような評価のある帝国陸軍の口径76.2ミリ突撃砲の砲撃を浴びても平然としていた。まるで砲撃などなかったかのように佇み、彼らの突撃砲を第3装甲師団のセマルグル型魔装騎士に向けて来た。
「撃ち続けろ! この突撃砲にはそれなり以上の効果がある! 敵も何発も食らえば、ただでは済まないはずだ! 怯まず戦い続けろ!」
指揮官はそう叫び、ありったけの砲弾を共和国の新型魔装騎士に叩き込む。
だが、効果はない。
砲弾は魔装騎士の生体装甲に掠り傷やへこみを付けただけで貫くことができない。全ての砲撃は完璧に弾かれている。
「そ、そんな馬鹿な。あれはいったい──」
指揮官の表情が絶望に染まった時、彼の操縦席が吹き飛んだ。
「お見事だ、ローゼ。このまま敵の先鋒部隊を粉砕するぞ。ヘルマ、俺の背中は任せるぞ。ナディヤ、お前は戦場全体を見渡せる場所まで向かって、砲兵隊の修正射撃を手伝え。マイヤー少佐は魔装騎士の背後からのっそりやってくる歩兵部隊の相手を願う」
『了解。完膚なきまでに粉砕するわ』
共和国の新型魔装騎士──ブリュンヒルデ型魔装騎士の装甲性能は抜群だ。第3世代の魔装騎士でその装甲を抜けるのは王国の17ポンド突撃砲と20ポンド突撃砲だけだった。それより型遅れの帝国の魔装騎士ではなす術もない。
帝国陸軍第3装甲師団と共和国陸軍第32混成機甲連隊の戦いは、結局のところ第32混成装甲連隊の勝利で終わった。魔装騎士のスペック差と、パイロットの練度、そして共和国陸軍の卓越した戦術によって帝国陸軍第3装甲師団によるケーニヒスベルク攻撃は失敗した。彼らは無残な残骸を残し、撤退していった。
だが、クラウスたちはどこからケーニヒスベルクに現れたのだろうか?
それは海だ。
王国海軍を殲滅し、当面の脅威のなくなった共和国海軍は全力を挙げて、西部戦線の戦いに従事していた部隊を東部戦線へと送り込んだ。
精鋭である第1山岳猟兵師団。戦場を縦横無尽に駆け巡る第7機甲師団。それらの精鋭部隊が西部から東部に投入され始めていた。
そして、帝国軍の包囲下にあるケーニヒスベルクにも共和国軍は増援を差し伸べた。
帝国にはバルト海を守護するバルチック艦隊が存在するが、彼らは大洋艦隊と比べれば子供の遊び程度の規模しかない。勝ち目のない戦いに戦力を投入することを避けた帝国海軍は母港に引きこもっている。
帝国海軍でも潜水艦などは活発に活動しているが、それは大洋艦隊の駆逐艦が次々と撃破していった。もちろん、不運にも潜水艦からの雷撃を受け、沈没する船をあるが、戦争の規模は恐ろしく巨大で、輸送船を1、2隻沈めたところで、戦局は左右されない。
共和国軍は大洋艦隊の護衛を受けて、辛うじて港湾施設の残っていたケーニヒスベルクに揚陸。全部で5個師団の戦力が、西部戦線から派遣され、ケーニヒスベルクを死守するために戦いに向かった。
それと同時に反撃に転じた共和国陸軍はケーニヒスベルク救援を決定。オストプロイセン州を分断する帝国陸軍に対し、攻勢準備を始めた。
動員された兵力は150個師団相当。当初の20個師団から大幅に増強された共和国陸軍は刃を研ぎ、爪を研ぎ、自分たちの領土を蹂躙した帝国陸軍への反撃を今か今かと待ち望んでいた。
そして、帝国陸軍によるケーニヒスベルク攻略の8回目の失敗の後、共和国陸軍はあらんかぎりの力を込めて、帝国陸軍に殴り掛かった。
作戦目標はオストプロイセン州内の帝国陸軍の完全排除。そして、未だに友軍が決死の覚悟で戦うケーニヒスベルクの解放。
作戦名はボーデンプラッテ作戦と呼称。
D軍集団を編入したA軍集団によるオストプロイセン州を巡る反撃が始まった。
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「これより我々は友軍との合流を目指す」
オストプロイセン州東部に取り残されたD軍集団の残余部隊と新たに送り込まれたA軍集団からの増援部隊の指揮官と参謀たちが一堂に会する場でクラウスはそう宣言した。
場所はケーニヒスベルク城と呼ばれる王制時代の名残。そこでクラウスたちは数で圧倒的に勝る帝国陸軍への反撃を宣言していた。
「合流、ですか。我々はここで防戦を維持し、友軍による救援を待った方がいいように思われますが。ここにいれば大洋艦隊の全面的な支援を受けることも可能です。積極的に敵に向かっていくのは無謀なことのように思われますが」
D軍集団の指揮官のひとりがクラウスにそう告げる。
「だが、やらねばならない」
今のクラウスは第32混成機甲連隊の指揮官としてではなく、共和国大統領としてこの会議室に集まった面々を見渡している。指揮系統上はクラウスが共和国軍全軍の最高司令官としてトップの地位にある。
「西部からは救援が来るだろう。その間、敵の注意は西部に向けられる。敵は包囲された我々が攻勢に出るなど夢にも思っていないはずだ。それが反撃の狙いだ。ボーデンプラッテ作戦を完全に成功させるには我々が動かなければならない」
クラウスの言う通り、共和国陸軍がボーデンプラッテ作戦を決行し、西部からケーニヒスベルク救援のために動くのであれば、帝国軍の注意は西部に向けられる。
そして、帝国軍は防戦一方のケーニヒスベルクに包囲された共和国軍部隊が反撃に転じるなど思っても見ていない。彼らはケーニヒスベルクの包囲に最小限の戦力を残し、残りを全て西部に投入するだろう。
それがチャンスだ。
敵が背中を向けた瞬間に背後から刺す。
これによってオストプロイセン州から帝国軍部隊を駆逐するという目標の達成は非常に現実的なものになると考えられる。
「幸いにして我々は包囲下にあれど、海軍が物資を輸送してきてくれている。戦うための武器と弾薬は十二分にある。敵は我々をここに追い詰めて安心しているようだが──」
クラウスが犬歯を覗かせてニッと笑う。
「追いつめられるのは帝国軍だ。勝利の女神は共和国に微笑むだろう」
「おおっ!」
クラウスの言葉に指揮官たちが歓声を上げる。
クラウスたちが到着するまではD軍集団の士気は最低だった。誰もが包囲殲滅されることを覚悟し、死ぬことを覚悟していた。
だが、状況は逆転した。
クラウスは援軍を引き連れてケーニヒスベルクに到着し、その援軍には無敗で名高い第32混成機甲連隊──ヴェアヴォルフ戦闘団がいるのだ。
これならば希望が持てる。再び勝利することへの希望が持てる。家族や友人たちの待つ故郷に帰る希望を持つことができる。忌々しい帝国に決定的な打撃を与え、屈辱を晴らすことができる。
「作戦計画だが、我々はD軍集団本隊の攻勢開始がら時間差を置いて攻撃を仕掛ける。分かっていると思うが、敵は我々が反撃に転じるなど欠片も思っていない。こちらは防戦を維持する、と帝国軍の連中に思わせなければならない」
D軍集団本隊の攻撃と同時にケーニヒスベルクからクラウスたちが出撃しては、帝国陸軍の背中を刺すことはできない。相手が西部の敵に気を取られている間にこそ、クラウスたちは打撃を与えなければならないのだ。
「戦闘はケーニヒスベルクの防衛を放棄し、一気に全軍を以てして帝国陸軍の背中を刺す。中途半端にケーニヒスベルクに防衛戦力を残しても無意味だ。動けない部隊はそのまま防衛に当てるが、動ける部隊は全て攻撃を行う」
クラウスはこれまで分断されたD軍集団の立て籠もっていたケーニヒスベルクの防衛を最小限にした。防衛に当たるのはトラックなどを喪失したか、まだ動ける負傷者たちからなる部隊で、残りの部隊は全て帝国の背中を刺すために投じられる。
「戦闘の最前列は俺の第32混成機甲連隊が担う。続いて第5機甲師団と第4装甲師団と第3装甲擲弾兵師団が前進。機動部隊はひたすらに突き進み、敵の指揮系統を破壊する。後続の部隊は機動部隊の側面を守るのが仕事だ」
クラウスはここでも小規模な電撃戦を企てていた。
機動力に優れた第5機甲師団と第4機甲師団、そして第3装甲擲弾兵師団が、クラウスたちの第32混成機甲連隊に続いて前進し、彼らは帝国を背中から攻撃。司令部施設を叩き、混乱をもたらし、帝国陸軍を麻痺させる。
そして、残りの師団は前進する機動部隊の側面を守るために投じられる。機動戦は敵に衝撃を与えるのに極めて高い効果を発揮するが、長く機動することで長い側面を晒すことになる。それを守るのは後続部隊である歩兵師団の役割だ。
流石の共和国陸軍も全軍を自動車化はできていない。自動車化されているのは、歩兵師団の一部と自動車化歩兵師団と装甲擲弾兵師団、そして機甲師団だけだ。
なので、後続の部隊はゆっくりとした速度で機動部隊を追いかけることになる。そのことこそが機動部隊の側面を守るための役に立つのだ。
「失敗は許されない。D軍集団の攻撃を成功させるためにも我々が戦わなければならない。諸君、覚悟はできているか。諸君らの体験する戦いは楽なものではないぞ」
クラウスはそう告げて分断されたD軍集団の指揮官たちを見渡す。
「できています、閣下。我々は祖国エステライヒ共和国のために尽力を尽くしましょう。最後に勝つのは我々です。我々は帝国を打ち破り、このオストプロイセン州からをルサチア州を解放します」
クラウスの言葉に帰ってきたのは力強い返答。
誰も同意見であるようで、皆が頷いて見せる。
「諸君の勇気に敬意を示す。では、参謀たちは作戦準備に入れ。作戦決行はD軍集団が大攻勢を仕掛ける4日後から1日置いた5日後だ。この戦いで我々の神聖なる祖国の大地から、帝国のハゲワシどもを駆逐してやろう!」
「応っ!」
クラウスがそう告げるのに、指揮官たちが拳を突き上げて完成を上げた。
「では、諸君の健闘を祈る。では、作戦準備開始だ。決して敵に悟られるな。我々の勝利の鍵は奇襲にある。以上だ。我らが共和国と全ての人民に栄光あれ」
「我らが共和国と全ての人民に栄光あれ」
ケーニヒスベルク城での作戦会議はこれで終了した。
揚陸した共和国陸軍の援軍は密かに攻勢の準備を始め、D軍集団本隊が反撃に転じる瞬間を待ち続けた。1日が毒長く感じられ、帝国軍砲兵隊の砲撃に反撃するようにして、大洋艦隊の戦艦群が艦砲射撃を浴びせる。
そして、3日後に共和国陸軍D軍集団はオストプロイセン州解放のための大攻勢を実施。帝国第1軍がその対応に迫られている状態で、クラウスたちは動き始めた。
完璧に帝国陸軍の背中を刺す形で。
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