ロンディニウムに向けて
……………………
──ロンディニウムに向けて
海上において共和国海軍が王国海軍を殲滅していたころ、共和国陸軍はアルビオン島上陸作戦──ゼーレーヴェ作戦における橋頭保を確保した。
ドーバー、ポーツマス、ブライトンの3ヶ所の港湾都市は共和国陸軍によって占領され、共和国陸軍の兵士たちを満載した輸送艦が入港しては兵士と物資、そして兵器を揚陸していく。
「思った以上に時間がない」
ドーバーに設置されたA軍集団の司令部で、クラウスはそう告げた。
「東部に残されている時間は僅かだ。既に敵はこちらの防衛線を着々と食い破りつつある。こちらの遅滞作戦が計画されていたもので、それによって帝国陸軍への打撃は与えているが、何せ数が数だ。いつまでもこの島の攻略に全力を注いでいるわけにはいかない」
東部の戦況はクラウスの示唆とした言われる遅滞戦闘によって、帝国陸軍の動きは鈍り、彼らは当初計画していた規模の前進はできていなかったが、それでも共和国陸軍が押されていることは確かだ。
「東部はどれくらい持つ、ルントシュテット元帥?」
ここでクラウスは統合参謀本部議長であるルーファス・フォン・ルントシュテット元帥にそう尋ねた。
「残り4週間が限界でしょう。赤色作戦に動員した兵力はゼーレーヴェ作戦に動員される兵士たち以外は東部に投入しましたが、4週間で敵はオーデル・ナイセ線に到達し、更には共和国の工業地帯を脅かし始めます、幕引きは残り4週間で済ませなければ」
ルーファスは険しい表情でそう告げ、シュテフェン・フォン・シュリーフェン元帥を見たが、彼も同意見なのか黙って頷いて見せた。
共和国陸軍は動員したほぼ全ての戦力を赤色作戦に投入し、100個師団以上の戦力が王国陸軍大陸軍を殲滅した。
共和国陸海軍はそれに追い打ちをかけるようにゼーレーヴェ作戦を発動。赤色作戦に投じられていた師団のうち、50個師団が王国の聖域であるアルビオン島の攻略に向けて投入されている。
だが、赤色作戦で動員した兵力を東部戦線に移動させるという作戦は酷い混乱によって。まだ上手くいっておらず、東部戦線は慢性的な兵力不足の中で、遅滞作戦を繰り広げ、オーデル・ナイセ線までの撤退を行っていた。
それでも持って4週間。4週間でクラウスたちはアルビオン島を陥落させ、精鋭部隊を帝国との戦線である東部戦線に投入しなければならない。
そうでなければ、待っているのは敗北だけだ。
「理解した。4週間以内にロンディニウムを包囲する。幸いにして、国王はロンディニウムに残っているし、政府機能もロンディニウムに残ったままだ。連中はこの戦いで、まだ王国海軍が当てになると考えていたようだな」
クラウスは馬鹿にするように小さく鼻を鳴らしてそう告げた。
王国海軍本国艦隊が大陸海峡海戦において全滅したニュースはクラウスの下にも届いていた。クラウスはこれで王室と政府機能が国外に逃げる可能性は極めて低くなったと考え、次の目標を選択した。
すなわち、アルビオン島の、アルビオン王国のもっとも重要な場所であるロンディニウムの包囲だ。クラウスはついにこの段階まで作戦が進んだことを実感していた。
「ロンディニウムの包囲作戦は?」
「第4機甲師団と第7機甲師団、そして第20装甲擲弾兵師団を有する第15軍が速やかにロンディニウムの西部を押さえる。それより先に第8機甲師団、第10機甲師団、第1装甲擲弾兵師団を有する第31軍が東部から攻勢を。正面からは第13軍団と第7軍団が圧力を掛ける」
シュテフェンの問いにクラウスがそう告げて返す。
「可能か?」
「第13軍は上陸第一波ということもあり、少なくない損害を出していますが、戦力の埋め合わせは既に完了しています。無理はないかと。ただ、王国陸軍がどうでるかが分かりかねるのが不安材料ですね」
クラウスが尋ねると、シュテフェンがそう告げて返す。
第13軍団はクラウスたちと上陸作戦を共にし、ドーバーを支配した第1山岳猟兵師団が含まれている。彼らは上陸作戦に当たって少なくない損害を出しているが、それでも戦意が鈍ったことはない。彼らは戦う意欲に満ちている。
「王国陸軍はロンディニウムを死守するだろう。決死の抵抗が予定される。敵はあらゆるものを投入して、ロンディニウムを守らんとする。それこそ70歳の爺さんを前線に送るという具合にな」
クラウスはそう告げて小さく肩を竦め、将軍たちから笑い声が漏れる。
王国の郷土防衛隊の話を知らない共和国陸軍の兵士はいない。彼らは玩具のような兵器と、子供の戦争ごっこのような戦いで、訓練された共和国軍に立ち向かってくる。
その勇気は称賛されるべきだろうが、所詮は無駄な犠牲だ。
だが、王国はアルビオン島を、ロンディニウムを守るためにあらゆることをするとの意志を示した。共和国もこれから進軍を続けるならば、再び郷土防衛隊のような素人集団を相手にし、銃弾を損耗させられながら、彼らを皆殺しにするだろう。
「ロンディニウムは4週間以内に陥落させ、この西部戦線にケリをつける。諸君らの奮闘に共和国は期待する。我らが共和国と全ての人民に栄光あれ。以上だ」
「我らが共和国と全ての人民に栄光あれ」
クラウスは作戦の概要を伝え、それを指揮官たちが参謀に命じて具体化させる。
王都ロンディニウムを狙う手は、もうすぐそばまで迫っていた。
……………………
……………………
「ニーズヘッグ型でもこれだけ揃うと壮観だな」
クラウスは攻撃発起地点に集結したニーズヘッグE型魔装騎士を眺めた。
このロンディニウムまで75キロメートルの地点に集まったのはA軍集団第15軍第7機甲師団だ。そこには1個師団──そのうちの1個旅団の機甲部隊が集結していた。2個機甲大隊の装甲戦力だ。
第7機甲師団を初めとする共和国陸軍のゼーレーヴェ作戦で上陸した部隊は、橋頭保を確保し、次の作戦に備えた。つまりはアルビオン島における最重要目標であるロンディニウムを制圧するという任務を。
ロンディニウム攻略作戦はアドラー作戦と呼称。動員されたのはゼーレーヴェ作戦で上陸した共和国陸軍A軍集団とC軍集団が担当。この第7機甲師団も、アドラー作戦に動員されていた。
「攻撃の主力はこの左手?」
「そうだ。右手が先に仕掛けるが、本命になるのはこの左手だ。まあ、回転ドアみたいなものだ。右手で圧力を受け流し、左手でひっくり返す。合気道のようなものだな」
アドラー作戦はA軍集団に所属する第31軍と第15軍という機動部隊が主力となって構築される。だが、本当の主力となるのはこの第7機甲師団が位置する第15軍だ。
第31軍は先制攻撃を実行して敵を引き付けるが、必要以上の追撃は行わない。むしろ相手の攻撃を受け流すようにして、後退を実行する。
そして、第31軍が敵を引き付けている間に第15軍が前進する。第15軍は反撃に転じた王国陸軍の側面と背後を突き、そのまま崩壊させるわけだ。
「敵は引っ掛かると思う?」
「王国には後がない。ここで俺たちを迎撃して、王都を守らなければ、国民の士気は崩壊し、政府は降伏を迫られる。一部の感のいい連中は罠だと気づくかもしれないが、政府が押し切ればそのままだろう」
王国政府は勝利を欲していた。
今は情報統制によって王国陸軍大陸軍の壊滅も、ビスケー湾海戦の敗北も、大陸海峡海戦での王国海軍の壊滅も知らされていないが、臣民の誰もが戦局が共和国にとって優位に進んでいることを感じていた。
共和国はドーバー、ポーツマス、ブライトンの各橋頭保を完全に確保し、港の支配領域を王国陸軍の野砲の射程外にまで拡大した。多くの王国臣民が戦火から逃れるために道路は大渋滞を起こしている。
そして、ロンディニウムでも王室と政府の脱出を妨害するために共和国陸軍の航空機が我が物顔で飛び回り、交通インフラを徹底的に破壊し、ロンディニウムから脱出しようとするものを攻撃していた。
王国臣民はもはや戦争は負けたのではないか、とそう感じていた。我々はついに王国の聖域であるアルビオン島に共和国の侵攻を許し、王都であるロンディニウムも陥落寸前で、反撃する見込みなどないのではないかと。
政府はそのような国民の士気低下を阻止するために勝利を欲していた。これからも戦争を継続するために、国民の士気を上げるために、どのような形でもいいから勝利を求めていた。
もし、第31軍が攻撃を開始し、そして王国陸軍の反撃を受けて撤退するならば、そのような勝利を求める王国政府は追撃を支持するだろう。王国陸軍の頭の冴えた将校たちは、これを罠だと見做し、追撃を止めるように告げるだろうが、王国では軍は政府によって統制されている。それが荒唐無稽な話であっても、軍は政府に逆らえない。
故に第31軍の攻撃は追撃されるだろう。そして、共和国の狙い通りに第15軍が側面と背後を突くのだ。まるで回転ドアのようにして。
「それにしてもギリギリでFCSが間に合ったのは幸運ね。全整備兵が動員されて、ニーズヘッグ型にも、ブリュンヒルデ型にもFCSが導入されてる。これでタルタロス型とは互角にやり合える、ってことかしら?」
「ああ。こっちのFCSは奴らより上だ。こっちのは凝り性なエンジニアのせいで開発が遅れたが、その分の性能はある。タルタロス型と撃ち合っても、撃ち負けしない。連中が戦場で優位を保てるのは、これまでだ」
共和国陸軍はついに魔装騎士にFCSを導入した。
エーテル波による位置観測システムが導入されたことで配備は遅れたが、遅れただけの性能は持っている。これで新米の魔装騎士乗りも熟練の魔装騎士乗り並みの射撃技術を発揮でき、熟練の魔装騎士乗りはより高度な射撃技術を発揮する。
「FCSがあれば鬼に金棒。私たちは最前線で道を切り開き、第7機甲師団を初めとする共和国陸軍A軍集団第15軍の突撃を支援する。明日にはロンディニウムを。これで王国との戦争が終わるといいのだけれど」
「そう簡単に行くかは不明だな」
ローゼが告げるのに、クラウスが唸った。
王国は政府機能を依然としてロンディニウムから脱出させられた気配はなく、王室は一部が脱出しているが、国王は宮殿に留まっている。
そこを陥落させれば王国は大打撃を受け、降伏を視野に入れるだろう。
ただし、王国が政府機能が共和国に掌握されても、個々の部隊がゲリラ戦を繰り広げたら戦争の終結は致命的に遅延する。東部では帝国が津波のように押し寄せてきているのに、いつまでも王国で時間を費やしているわけにはいかない。ゲリラ戦を抑制し、王国を双方が納得する形で講和に持ち込まなければならない。
「キンスキー大佐。第7機甲師団のエルヴィン・エーベルスト少将閣下が大佐に面会を求めています。作戦方針を話し合いたいとのことです」
クラウスとローゼが話し合っていたとき、共和国陸軍の軍曹がそう告げて来た。
「エルヴィン・エーベルスト少将か。彼の第7機甲師団は赤色作戦では他を放っておいてひたすらに突っ走ったな。かなり好戦的な指揮官だと認識している。実物はどんな人物だろうな?」
「あなたと気が合うんじゃない? あなたも好戦性でいったら人のことを言えないでしょう。あなたヴェアヴォルフ戦闘団だって、いつも突っ走っているんだから」
エルヴィン・エーベルスト少将は若くして第7機甲師団の指揮官になった人物だ。戦争は機動によって勝敗が決まると考えている将校であり、B軍集団の司令官が度重なる停止命令を発したのを無視して突撃し、王国陸軍大陸軍を攪乱した。
彼の指揮する第7機甲師団は幽霊師団とも呼ばれ、どこに出てくるか分からない神出鬼没の部隊として、王国陸軍に恐れられた。
「作戦を詰めるとしよう。我々はロンディニウムを早期に陥落させなければならない。第7機甲師団を初めとする機動部隊が速やかに展開して、勝利を手にする。なあに、赤色作戦と同じだ。相手の指揮系統を叩き潰し、戦力を殲滅する」
アドラー作戦発動まで残り2時間。共和国陸軍の各部隊は配備につき、作戦開始の合図を待っている。
そして、クラウスは自分の第32混成機甲連隊を率いて、戦場に赴かんとしていた。
……………………




