ブルゴスの戦い(2)
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「こちらヴェアヴォルフ・ワン。第3装甲擲弾兵師団、状況を知らせよ」
クラウスたちは王国陸軍のフランフォースが反撃を仕掛けて来たブルゴスの街まで、残り数分の距離にあった。既に激しい砲火の音が響くのが聞こえ、戦場がすぐ近くにあるのが明確に分かっていた。
『こちら第3装甲擲弾兵師団司令部。防衛線は決壊寸前だ。こちらの対装甲砲はほとんどやられた。今は肉薄攻撃を仕掛けているが、犠牲が多すぎる。大至急、救援を求める。こちらはブルゴスの郊外にあるオレンジ農園の端まで撤退した』
第3装甲擲弾兵師団は王国陸軍のフランフォースの猛攻を前に陥落寸前だった。頼りない対装甲砲は全滅し、今は歩兵たちが工兵用の梱包爆薬を抱えて、随伴歩兵のいなくなった魔装騎士に肉薄攻撃を仕掛けているが、そんな戦い方では犠牲が多すぎる。
「了解した。直ちに援護に当たる。そちらの後方からアプローチし、そのまま援護する。友軍識別に注意してくれ」
『任せた、ヴェアヴォルフ・ワン。流石の我々も限界だ。迅速な支援を頼む』
クラウスがそう告げ、第3装甲擲弾兵師団の師団長がそう返す。
「聞いたか、紳士淑女諸君。友軍の状況は危機的だ。俺たちが対処しなければならん。そうでなければ王国は包囲網を食い破って、脱出する。そうなれば赤色作戦は失敗し、俺たちは世界大戦に負ける」
クラウスはそう告げながら、魔装騎士を前進させる。
『責任重大ね。私たちの行動で戦争が左右されるなんて』
「いつだってそうだっただろう。俺たちは戦争の主役だ。良くも悪くもな。なら、友軍のためにちいと骨を折るとしようじゃないか」
ローゼが肩を竦めて告げるのに、クラウスがそう告げて返した。
『了解。あなたについていく。あなたと共に勝利を』
ローゼはそう告げると、エーテル通信機のクリスタルから姿を消した。
『兄貴。作戦はどうするッスか?』
「友軍と連携して撃破する。第3装甲擲弾兵師団は防衛線はズタボロになっているようだが、まだ戦闘力を喪失したとは言っていない。こちらの部隊と連携して、反撃する。こっちが魔装騎士を片付け、第3装甲擲弾兵師団とこっちの装甲擲弾兵大隊に歩兵を片付けさせる。それで終わりだ」
ローゼに続いてヘルマが尋ねるのに、クラウスはそう告げて返した。
「ローゼの装甲猟兵中隊は敵の魔装騎士を片っ端から排除しろ。地形は開けている。敵の砲撃の有効範囲外から、砲弾を叩き込め。王国の17ポンド突撃砲でも、距離が離れていればブリュンヒルデ型の正面装甲は破れん」
『了解。見える全ての魔装騎士に砲弾を叩き込むわ』
クラウスが素早く命令を下し、ローゼが応じる。
「ナディアは第3装甲擲弾兵師団と連携して偵察に当たれ。無理はするなよ。この乱戦だ。装甲車に乗っていたとしても、どうなるか分からん」
『了解だ、クラウス。全力を尽くそう』
この乱戦では目が多い方が優位だ。ナディヤの偵察分隊が王国の魔装騎士について情報を上げてくるならば、クラウスたちがその分優位に戦えるだろう。ただでさえ、第3装甲擲弾兵師団が壊滅寸前なのだから、戦力を補助することは必要だ。
「ヘルマ。お前たちは俺と一緒に魔装騎士に向けて突撃だ。こちらの砲兵もそろそろ支援を終える。ある程度こちらの砲撃で攪乱したら、乱戦にもつれ込むぞ。敵に連携する暇を与えなければ、勝ち目は見えてくる」
『了解ッス、兄貴! 張り切っていくッスよ!』
クラウスの率いる3個魔装騎士大隊の任務は突撃。
敵は数において僅かにクラウスたちを上回り、かつ射撃にはFCS(射撃管制装置)が使われてる。まともに突撃砲同士で殴り合えば、クラウスたちは無視できない大損害を被る羽目になるだろう。
それを避けるための突撃だ。
乱戦になればFCSもそこまでの威力を発揮しない。そして、近接格闘戦闘においては、植民地軍時代に散々鍛えておいたクラウスたちが優位だ。
クラウスはこの戦いの活路を、敵中に見出した。
「ヴェアヴォルフ戦闘団が来たぞ!」
「やったな! これで勝てるぞ!」
第3装甲擲弾兵師団の兵士たちは、肩に狼のエンブレムが刻まれたクラウスたちの魔装騎士が姿を見せると歓声を上げて、それを出迎えた。これまで強いられてきた敗北が、ようやく覆されるのだと信じて。
『こちらローゼ。砲撃開始』
ブルゴスの街の周囲はオレンジ畑を初めとする農園になっている。視界は開けており、まだ豆粒のような距離からでも、敵の魔装騎士を視認することができた。
敵が豆粒ほどであったとしても、ローゼには何の障害にもならない。
ズンと砲声が響き、55口径128ミリ突撃砲から徹甲弾が放たれる。
着弾。ローゼの放った徹甲弾は操縦席ごと秘封機関を貫き、オレンジ色の炎を瞬かせる。前進していたタルタロス型魔装騎士は混乱し、大急ぎで砲撃が行われた位置を探ろうとする。だが、それも虚しく、次の魔装騎士が、ローゼの魔弾によって撃ち抜かれる。
そして、彼らが混乱している間に、クラウスたちがオレンジ畑を進軍した。
オレンジ畑は既に実った果実は砲兵の砲撃によって薙ぎ払われ、魔装騎士の進撃によって踏みにじられている。平和だった時の、農夫たちが忙しく働く田園の光景は遥か昔のように感じられる有様だ。
『タルタロス型魔装騎士、前方に50体!』
ヘルマの鋭い報告が入る。
ローゼの装甲猟兵中隊の猛烈な砲火を浴びながらも、フランフォースの魔装騎士部隊は懸命に任務を果たそうとしていた。すなわち、この第3装甲擲弾兵師団を撃破し、共和国の側面に穴を貫くという任務を。
「砲撃で可能な限り削って、近接格闘戦に持ち込め。相手の方が射撃技術では勝っている。正面から撃ち合うな。動きながら、臨機応変に対応しろ。中隊単位で分散!」
『了解!』
クラウスが指示を出し、第32混成機甲連隊の魔装騎士部隊が中隊──18体単位に分散しながら、砲撃を繰り返すフランフォースの魔装騎士部隊に迫る。
ズンと轟音が響き、第32混成機甲連隊のニーズヘッグE型魔装騎士がオレンジ色の炎に包まれた。外人部隊の魔装騎士だ。不運にも王国陸軍の虎の子である17ポンド突撃砲に貫かれたらしい。
『大将、本気であそこに突っ込むのか?』
エーテル通信機にウィリアムの焦りの滲む表情が映る。
「敵の射撃の腕までは機会染みているが百発百中じゃない。こっちから牽制射撃を行って攪乱してやれば、つけ入る隙はある。むしろ、それしか術はない。砲戦においては連中に分があるのは覆しようがない」
共和国のFCSはまだ未完成だった。もう少しで完成というところで、世界大戦が勃発した。エーテル波を利用したレーダーは完成しているが、それを制御するソフトフェアはまだ実戦に投入できるかどうか分からない。
対する王国はFCSを完成させている。彼らは熟練の魔装騎士乗りの速度で反応し、どこまでも正確な砲弾を叩き込んでくる。これにはいくらブリュンヒルデ型魔装騎士が第4世代であっても、対処困難な事案だ。
「中隊単位で交互に砲撃。敵を牽制しながら近接する。全部隊、俺に続け!」
クラウスは先頭に立って、第32混成機甲連隊の魔装騎士部隊を率いて、王国のフランフォースに突撃した。
王国がいくらFCSを積んでいようとも、1発撃つのに20発返ってくるような戦況では、その性能は十二分に発揮されない。王国陸軍の魔装騎士の動きが鈍り、じりじりと交代を始める。
『こちらローゼ。逃がさない』
そして、後退しようとするフランフォースの魔装騎士に向けて、ローゼが砲撃を叩き込んだ。口径128ミリの砲弾に貫けぬものなど存在せず、第3世代の魔装騎士であるタルタロス型魔装騎士が呆気なく吹き飛び、それが混乱を呼ぶ。
「ローゼ。後退しようとする連中を足止めしろ。ここからは逃がさん。敵の反撃は徹底的に叩き潰す。連中がもはや俺たちに反撃するのは不可能だと絶望するまでに、徹底的に追い込む」
クラウスはそう告げ、撤退しようとしたタルタロス型魔装騎士に飛びかかる。
熱式刀剣が熱したナイフでバターを切るがこごく、タルタロス型魔装騎士の装甲を両断した。操縦席が切り裂かれ、秘封機関が暴走を起こし、一撃の斬撃で魔装騎士が炎に包まれ、崩れ落ちる。
『どんどん行くッスよー!』
クラウスがフランフォースの魔装騎士部隊を相手にしている間に、ヘルマたちも戦っていた。彼女たちはクラウスと同じように熱式刀剣でタルタロス型魔装騎士に近接格闘戦を強い、従来の対装甲刀剣しか有さないタルタロス型魔装騎士は押され続けていた。
王国陸軍の反撃部隊たるフランフォールの魔装騎士が当初の170体から、ローゼの砲撃によって、クラウスの近接格闘戦によって、その数を2個中隊程度に減らしてしまった時、とうとうフランフォールの士気が崩壊した。
魔装騎士はバラバラに逃げ始め、組織的な動きができなくなった。できたとしてもそれは小隊単位のごくごく小さな反抗で、第32混成機甲連隊の敵ではなかった。
『B軍集団司令部よりヴェアヴォルフ・ワン。航空支援が実行可能。必要か?』
「必要だ。逃げようとしている連中に爆弾の雨を降らしてくれ。航空攻撃で敵を徹底的に叩き潰してくれ。期待している」
フランフォースの歩兵部隊に第3装甲擲弾兵師団が反撃に転じ、王国陸軍の歩兵部隊からブルゴスの街を奪還し始めていたとき、B軍集団司令部から、航空支援が可能だという情報が入ってきた。
航空機は空飛ぶ砲兵だ。ピレネー山脈の強引な突破で多くの砲兵がまだ足止めを食らっている中で、航空機だけはどこにでも適切な火力支援が行える。それも砲兵よりもずっと正確な精度で。
B軍集団隷下にある第1航空艦隊は反撃に転じたフランフォースが撤退していくのに、猛烈な追撃を加えた。
撤退しようとしたタルタロス型魔装騎士が次々に航空爆弾によって吹き飛ばされる。歩兵部隊もトラックに搭乗していれば、トラックごと吹き飛ばされた。
クラウスの第32混成機甲連隊の反撃と激しい航空攻撃によって、王国陸軍大陸軍が企図した反抗作戦は完全に失敗した。
この後も、王国陸軍大陸軍は度々共和国陸軍の伸びた側面を攻撃することを試みたもののの、激しい航空攻撃と第32混成機甲連隊、そして各師団の粘り強い防戦によって阻止され、全ての反抗作戦は失敗に終わった。
そして、ついに王国陸軍大陸軍は反撃に転じたA軍集団と側面から電撃戦を繰り広げたB軍集団によって完全に包囲された。
指揮系統は崩壊。反撃する戦力の余剰はなし。共和国陸軍はいつでも包囲網を狭め、王国陸軍大陸軍を殲滅することができるようになった。ビスケー湾を金床として、ハンマーが振り下ろされ、王国陸軍大陸軍の命運は決した。
「……撤退を実施する」
共和国陸軍に包囲された中、王国陸軍大陸軍の司令官であるヴィンセント・ヴェレカー元帥は参謀たちにそう告げた。
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