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仮装巡洋艦

……………………


 ──仮装巡洋艦



 クラウスたちを乗せたフェリーは午後には出発した。


 流石に1隻のフェリーにヴェアヴォルフ戦闘団の有する全ての魔装騎士とトレーラー及びトラックを乗せることは出来ず、部隊は6隻の船に分かれて移動することになった。


「実際にスレイプニル型魔装騎士を扱ってみて、これがどれほど優れた機動性を有しているかを理解したと思う」


 フェリーの船室のひとつでそう告げているのはクラウスだ。


 クラウスの前にはローゼを初めとするヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官たちがおり、ついでにヘルマもいた。


「この機動性を活かした戦闘として思いつくものはなんだ?」

「側面攻撃でしょうか? 騎兵と同じように機動力を活かして、敵隊列の側面に打撃を与えるのがいいと思われます」


 クラウスが尋ねるのに、ひとりの指揮官がおずおずとそう告げた。


「それも正解のひとつだ。だが、この機動力にはまだやれることはある。追撃殲滅。深部威力偵察、そして指揮系統の破壊だ」

「指揮系統の破壊、ですか?」


 そう告げて指揮官たちを見渡すクラウスに、指揮官たちはよく理解できないという顔をしてクラウスを見つめ返した。


「そうだ。この機動力をそのままに敵の強固な火点などは迂回し、そのまま敵の司令部に斬り込む。そうすれば敵の指揮系統は寸断され、物理的に強固な陣地であろうとも、精神的に脆くなる」


 クラウスが獲得したスレイプニル型魔装騎士の機動性能は第二次世界大戦中の平均的な戦車の機動力を大きく上回る。それでいて、燃費は非常によく、1回エーテリウムを秘封機関アルカナ・リアクターに補充すれば、戦闘機動を続けても、4日は動き続けられる。


 そんな兵器があるならば、クラウスの言う通り、大きな脅威を迂回突破し、後方にある敵の司令部を叩くことも可能だ。


 司令部という頭を失った軍隊は、武器を失った軍隊と同様に脆く、いい様に叩くことができるだろう。


 魔装騎士版の浸透戦術あるいは電撃戦。


「でも、私たちだけで敵の後方まで脅威を迂回しながら突破するのは難しい。途中、工兵隊の支援が必要になる地形があるかもしれないし、敵が対装甲砲で武装していたら、それに対処する歩兵も必要になる」


 クラウスが告げた作戦にローゼはそう述べた。


 魔装騎兵の機動性能は高く、険しい山や森林地帯も突破できる。だが、河川などの水のある場所では機動力は無意味だ。工兵隊に架橋させて、道を作らせなくてはならない。


 そして、対装甲砲で武装した敵はほとんどの場合偽装しており、どこから砲撃を加えてくるかを事前に察知するには歩兵部隊を先行して偵察に向かわせる必要がある。


「その通り。諸兵科連合は戦術の基本だ。魔装騎士、騎兵、歩兵、砲兵、工兵が連携してこそ多大な勝利が手に入る。だが──」


 クラウスは前世の記憶で学んだ軍事知識で、軍隊が勝利を収めるには単独の兵科だけが戦うのではなく、複数の兵科が連合しなければならないと、ローゼに指摘されるまでもなく知っている。


「だが、ヴェアヴォルフ戦闘団は別だ。この部隊は魔装騎士だけで勝利を手に入れる。あまり多くの部下を抱え込むと、分け前が分散するからな」


 しかし、クラウスはその大原則を無視した。


「架橋が必要な場所は迂回し、魔装騎士でも突破可能な場所を探して渡河する。敵の対装甲砲を相手にするには、将校が下車偵察を行って、それで把握する。それで終いだ」


 クラウスはそう告げて、ニイッと笑った。


 魔装騎士の視界は地球の戦車より遥かに広く、加えて音も拾う。魔装騎士の情報収集能力はかなり高い。


 それに対して敵の対装甲砲は大きすぎて、隠すためにはかなりのカモフラージュが必要になってくる。対戦車ロケットや対戦車ミサイルなどは影も形もなく、全体的に魔装騎士以外の兵科の対装甲戦闘能力は低い。


 ならば、魔装騎士だけの兵科による編制も可能だろう。地球で行われ、後の第四次中東戦争で失敗と判明したイスラエルのオール・タンク・ドクトリンに似たことは実現可能だろう。


「それで勝てるの?」

「俺を誰だと思っている。俺は欲しいものは必ず手に入れる男だ」


 ローゼが訝しむような視線をクラウスに向けるのに、クラウスは悠然とそう返した。


「そうね。あなたなら負けないでしょう。あなたは勝利を手に入れる」

「そうッス! 兄貴は負けなしッス!」


 ローゼはやや呆れたように首を竦め、ヘルマは元気よくそう告げる。


 だが、実際にこのギャンブルのような計画が上手く行くかは、クラウスにも分からなかった。クラウスは机上では上手く行くと判断したが、現実の戦場というものは何が起きるのか分からない場所なのだから。


「では、諸君。これからスレイプニル型魔装騎士で行える作戦について、検討を行う、まずは戦術レベルの観点から──」


 クラウスはそのような疑問を感じさせぬ堂々とした態度でそう告げ、話を次に進めようとした。


「キンスキー大尉! 大変です!」

「どうした?」


 息を切らして船室に現れたのはこのフェリーの船員だった。


「王国の仮装巡洋艦に捕捉されました。本船を拿捕すると言っています。船長はまだ決断していません。まずはあなたの意見を聞いてからということでして」

「仮装巡洋艦か。面倒なものを配置しているものだ」


 仮装巡洋艦とは普通の商船に見せかけ、実際は武装している艦船のことだ。元が商船なので正面切っての戦いでは戦えないが、敵の海上輸送を妨害する通商破壊任務においては一定の効果を発揮する。


「王国が海を支配しているのは知っていたが、現実として突き付けられると厳しいな。だが、相手が正規の巡洋艦ではなく、仮装巡洋艦だったのはありがたいことだ。正規巡洋艦と仮装巡洋艦とでは火力の差が歴然だ」

「それで、どうされるのですか? 船長は異論がなければトランスファールに状況を連絡し、救助を──」


 クラウスがニッと笑ってそう告げ、船員が困惑していたとき、船体に大きな衝撃が走った。


「撃ってきた! 撃ってきた! 相手はこの船を沈めるつもりだ!」

「落ち着け。今のは恐らくエーテル通信用のアンテナを破壊しただけだ。自分たちの位置を通報されて、こっちの海軍に捕捉されるのを避けるためにな」


 混乱するヴェアヴォルフ戦闘団の将兵たちと船員にクラウスは落ち着き払ってそう告げる。


「でも、このままじゃ本当に沈められるわよ。私たちは捕虜になって、新型の魔装騎士は海の藻屑」

「そうはさせんさ。こっちだってある意味では仮装巡洋艦なんだ。そのことを思い知らせてやる」


 ローゼの言葉に、クラウスはそう告げ、自分のやるべきことを始めた。


……………………


……………………


 クラウスたちの乗船しているフェリー──ノルトマルク号の船長が、異常に気付いたのは船員が仮装巡洋艦に捕捉されたことを知らせる30分ほど前だった。


「おかしいな」


 船長は艦橋で、望遠鏡に移る光景を見て首を捻っていた。


 この海域を1隻の商船と思しき船が通過しようとしていた。船には帝国の旗が掲げられ、スマートな船体には武装の類は見当たらない。完全な帝国の商船のようだと思われた。


 だが、その進路がおかしかった。


 向こうの船は舵でも故障しているのか、進路をノルトマルク号の方向に向けている。この広い海域で別に通過できる場所があるにもかかわらず、ノルトマルク号に向かってくるのはどうにもおかしな進路だった。


「警報を発しろ。そちらの進路はこちらの進路と交錯する。激突の恐れありと」

「了解」


 船長の指示に、通信士が向こうから迫る帝国の商船に、海上通信で使われる周波数で船長の告げたメッセージを送信した。


「返信がありました。“こちらはオリオン号。事故により船内で怪我人が出た。こちらの有している医療物資だけでは対応できない。そちらに援助を求めたい”とのことです」


 数分後に通信士が戻ってきたエーテル通信の文章を読み上げる。


「フム。そういうことならば援助を行おう」


 船乗りたちは共通の試練に立ち向かう。嵐、津波、遭難、エトセトラ。だからこそ、船乗りたちは相手が困っているのであれば助けようとする。いつか自分が困っているときに、自分たちが助けてもらえることを願って。


 そんな船長の決断によりノルトマルク号と帝国の商船は急速にアプローチしていった。そして、ノルトマルク号が接舷するために速度を落としたときだ。


「船長! 砲です! 砲が見えます」


 艦橋でパニックが起きた。


 これまでは普通の商船に見えていた帝国の商船の側面から砲が現れたのだ。これまでは積荷などで偽装されていたそれが、偽装を取り払われたことで、剣呑に出現した。


「発砲! 発砲されました!」

「落ち着け! 威嚇射撃だ!」


 ドオンと砲声が響き。ノルトマルク号の進路上に水柱が上がった。


「不明艦より通信!」

「読み上げろ」


 突如として武装を露わにした商船からの連絡に、船長が答える。


「“こちらはアルビオン王国海軍仮装巡洋艦コメット。これより貴船を拿捕する。抵抗するならば撃沈も辞さない。回答まで10分待つ。なお、エーテル通信を行った場合は通信機を破壊させてもらう”」


 通信士が通信文を読み上げているころには帝国軍の国旗は降ろされ、代わりに王国の海軍旗が翻っていた。


「畜生。卑怯な手を使う」


 船長は自分の善意が悪意に使われたことに怒りの声を上げる。


「どうしますか。船長?」

「俺たちだけだったら降伏してもいいが、今回は客がいる。物事を決定するのは客の意見を聞いてからだ」


 船長はそう告げ、クラウスに船員を派遣したのだった。


……………………

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