自己クーデター(2)
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『ヴェアヴォルフ・ツーより全部隊。我らが行く手を遮るもの全てを排除し、我らが道を切り開け。抵抗するもには死を。従順なものには寛容を。前進開始』
エーテル通信にローゼの剣呑な声が響き、ヴェアヴォルフ戦闘団と第1歩兵師団の混合部隊が前進を始める。見る者を怯えさせるような鋼鉄の巨人がアスファルトの道路を踏み進み、その後ろを降車した歩兵部隊が駆け足で進む。
彼らを遮るのは、まだ義務を果たすべきだと考えている勇敢な警察官が数名だけ。彼らは発砲するならば魔装騎士から砲撃を受けて肉塊と成り果て。発砲しないのであれば、歩兵たちに銃剣を突きつけられて武装解除された。
『ローゼ姉! あれが国民議会ッスか?』
と、ここでの横から賑やかな声が割り込んできた。
「そうよヘルマさん。あそこに倒さなければいけない敵がいる。クラウスの野望のためには倒れて貰わなければならない敵がいる。私たちは敵の抵抗を排除し──」
ローゼの55口径128ミリ突撃砲の砲口が、国民議会の出入り口を塞いでいる都市警察の装甲車に向けられる。彼らはヴェアヴォルフ戦闘団の侵入を防ぐために装甲車を動員して、玄関を塞いだが、できたことはそこまでだった。
彼らは銃火器と魔装騎士で完全武装した相手に、暴徒鎮圧用の装備だけでは抵抗できないと考えて、議事堂内に立て籠もることを選択した。議事堂内ならば、魔装騎士から攻撃を受けることはなく、歩兵の行動も室内で制限されるだろうと考えて。
だが、それが甘いということが思い知らされることになる。
「ヴェアヴォルフ・ツーより装甲猟兵中隊全部隊へ。目標、前方の装甲車。一斉砲撃」
『了解。目標、前方の装甲車。一斉射撃』
ローゼが命じるのに、部下たちが応じる。
「ファイア」
ズンと激しい重低音の砲声が18発響き、放たれた口径128ミリの榴弾は装甲車を吹き飛ばしたばかりか、その勢いで荘厳な国民議会議事堂正面玄関まで吹き飛ばした。
「突入! 突入だ! 突入せよ!」
突破口が開かれたのに、第1歩兵師団の歩兵部隊が議事堂に突入する。
『──共和国市民の皆さん。落ち着いてください。これは軍による治安回復作戦です。外出は控え、兵士に求められた場合は身分証を提示しましょう。また官庁街と国民議会への立ち入りは強く禁止されています。危険ですので行わないように。繰り返します──』
既にクーデター軍の手に落ちたラジオは先ほどから同じことを繰り返している。
これは治安回復作戦である。間もなく作戦は終了する。何の問題もない。市民は不必要な外出は控え、身分証を携行し、バリケードが展開されている地区には近づかないように。そして、兵士の命令に逆らった場合は射殺されることもある、と。
議会の承認が必要な戒厳令が布告されたとの情報も混じっており、兎に角兵士の命令には逆らうなということがやんわりとした表現で繰り返されている。
「ロイター提督の方の部隊は順調みたいね。他から増援が来るような気配もないし、官庁街は完全に私たちの手中にあると言っていい。国民議会さえどうにかすれば、問題は全て片付いて、私の大統領が勝つ」
ロイター提督もこのクーデターには参加している。第1歩兵師団を初めとする陸軍部隊を寝返らせたのは彼であり、加えて大洋艦隊は港で陸戦隊を編成し、首都に向けて行進を始めているところであった。
『正直、本当に勝てるのか疑問だけどな?』
と、ローゼが状況を確認しているのに、ウィリアムが顔を出した。
「疑うの? クラウスを?」
『あの男は勝ち続けだったことは認めるが、今回はちょっと都合が悪くないかって思ってるだけさ。こっちの出動には法的根拠なんて欠片もなく、本当に反乱を起こしている。奴が大統領でもこんな無茶をやれば首になる』
ローゼが短く尋ねるのに、ウィリアムがそう告げて返した。
『俺はちょっとした危険で手軽く稼げるから取り引きに乗ったんだ。それが大きな危険を冒して、稼げるかどうか分からないってのはな』
ウィリアムは外人部隊として共和国軍に配属されているが、実際はまだ傭兵の気分だった。クラウスと一緒に戦っていれば、普通に稼ぐよりも莫大な金が稼げるから、クラウスと手を組んだのだと。
そして、確かにウィリアムはクラウスと手を組んで第二次アナトリア戦争を戦ったことで少なくない数の金を稼いだ。だから、まだついてきた。だが、今回の場合はどうだろうかと、彼は考えている。
「勝てるし、稼げるわよ。クラウスが共和国大統領になったら、莫大な資金があなたの口座に流れ込む。それで満足でしょう、傭兵さん。しっかりと誰も入ってこないように見張っていてね。他の師団から魔装騎士部隊が来たらパーよ?」
『了解、レンネンカンプ少佐。こっちはこっちでしっかりとお仕事しておくさ。まあ、参謀本部が制圧できたからな。頭を潰しておけば、後は静かなものさ』
ウィリアムの任務は、第1歩兵師団と共に国民議会議事堂を含めた官庁街を封鎖すること。そして、他の部隊が向かってこないか見張り、市民の立ち入りを禁止し、各省庁にいた閣僚たちと官僚たちを捕えておくこと。
だが、その任務は既にホレスの第800教導中隊が果たしたようなものだ。彼らが参謀本部を制圧し、通信を遮断したことで、反乱を起こした軍以外はどう動いていいのか分からなうままだ。大洋艦隊の拠点であるティルピッツハーフェンでは、大洋艦隊から抽出された陸戦隊が首都に向けて行進しており、アスカニアで何が起きているかを知らぬ将軍たちの視線はそちらに向けられている。
それも注意が向く程度のものであり、自分たちが動くべきだとは思っていなかった。
そう、自分たちが首都アスカニアの官庁街を襲撃し、国民議会議事堂の制圧を始めているのは知っているものはほとんどいない。アスカニアにおいてはホレスの第800教導中隊が通信線に対してサボタージュを仕掛け、彼らから声を奪った。
「賭けには勝つ。これはクラウスと一緒。や、クラウスと一緒なんだから成功しない方がおかしいのよ。彼はどんな賭けにも勝ってきたのだから。今回の戦いも同じようになるはず。必ずね」
ローゼはそう告げながら、議事堂に大きく開いた穴から魔装騎士を内部に潜り込ませる。そう、ローゼは共和国にとって神聖な場所である共和国国民議会議事堂に魔装騎士で侵入を始めたのだった。
「ヴェアヴォルフ・ツーより全部隊。第1歩兵師団への全面的な支援実行せよ。まあ、スモークでマークされたらありったけの砲弾を叩き込んで」
全ての魔装騎士が議事堂に入ったわけではなく、ローゼともう1体の装甲猟兵モデルのブリュンヒルデ型魔装騎士が入っただけで、他は外からの砲撃を行っている。
「畜生! 魔装騎士の砲撃だぞ!」
「警察じゃ魔装騎士を相手にするのは無理だ! 装備がない!」
ブリュンヒルデ型魔装騎士が口径88ミリ突撃砲から焼夷弾を放ち、口径128ミリ突撃砲から榴弾を放ち、警官隊は逃げ惑っている。
「歩兵隊前進! 議事堂を制圧せよ!」
魔装騎士の砲撃の隙に、第1歩兵師団の歩兵部隊が突撃する。
歩兵は正面玄関を占拠し、議事堂内を確実に占拠していく。
そして──。
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