船旅
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──船旅
「あたし、船に乗るのって初めてッスよ」
トランスファール共和国の首都カップ・ホッフヌングは港湾都市だが、だからといって住民の誰もが船に乗っているわけではない。
ヘルマなどは船に乗るのは初めてで、ワクワクした様子がありありと窺える、子犬が尻尾を振っているような態度で、目の前にある大きな船を見つめていた。
船は民間のフェリーを植民地軍が借り上げたものだ。そのフェリーにスレイプニル型魔装騎士を搭載したトレーラーが乗り込んでいる。魔装騎士はそうと分からないようにしてあるが、あの手の大型トレーラーで輸送されるのが魔装騎士だということは誰にでも察しが付く。
ただし、察知を付けたとしても、運ばれている魔装騎士の種類までは分からない。恐らくはこのカップ・ホッフヌングにいる王国や帝国の情報要員たちは、ラタトスク型が輸送されていると報告するだろう。
何せ、共和国植民地軍には他の植民地軍同様に第1世代型魔装騎士しか配備していないはずなのだから。
この思い込みに近い情報の齟齬もクラウスは利用するつもりだった。こちらが第2世代型で武装していると気づいて、相手も同世代かそれ以上を持ち込まれては意味がないのだから。
「ヘルマ。いつまでも船を見てないで、積載作業を手伝え」
「あいッス!」
そんな情勢など露知らぬヘルマがボケッと船を眺めているのをクラウスが叱る。ヘルマはトトトと本当に子犬のようにして、魔装騎士の積み込みを行っている大型トレーラーの下に向かった。
「全く。あいつのサボり癖は相変わらずだな。目を離していると、何かいらんことをしている」
「彼女の個性ってことでしょう。私は嫌いじゃないわ」
クラウスが埠頭から次々に積み込まれる魔装騎士を見て呟くのに、ローゼが彼の傍にやってきて肩を竦めた。
「あの怠け者の肩を持つのか?」
「ヘルマさんは多少怠けても魔装騎士の操縦士としての腕前は、この部隊であなたに次ぐものだし、私の苦手な近接戦闘を教えてくれるから好きよ?」
クラウスがローゼを睨むのに、ローゼはニコリと微笑んだ。
「ダメだ。あいつが怠けると他の連中まで怠ける。俺たちのビジネスは、この部隊が必ず勝つという前提で成り立っている。それが根底から崩壊することはなんとしても回避せねばならん」
「あなたって大人みたいよね」
クラウスが語る言葉に、ローゼがクラウスを見上げる。
「俺はもう大人だ」
「17歳は大人じゃない。まだ子供。だけど、あなたは別みたい。まるで大人が中に入っているかのように動き、喋り、感化する」
クラウスは15歳で植民地軍に入り、僅かに2年でヴェアヴォルフ戦闘団という独立部隊を手に入れた。植民地軍司令官に、南方植民地総督に、あらゆる自分たちよりも長い人生を生きているはずの大人たちを動かして、自分が金持ちになるために行動している。
「あなたは大人のように冷徹で、大人のように現実主義者で、大人のように生真面目で、大人のように他人を使い、大人のように包容力がある。あなたは不思議な人、クラウス」
ローゼがそう告げるのをクラウスは静かに聞いていた。
仮にここで自分が一度は情報軍大佐という地位まで上り詰め、秘密作戦の資金調達のために麻薬を売り捌いていた人間なのだと告げたらどうなるだろうか。
ローゼは衝撃を受けるだろうか。ローゼは軽蔑するだろうか。ローゼは自分を信用しなくなるだろうか。
そこまで考えてクラウスは馬鹿らしいと心の中で吐き捨てた。
誰が前世があるなどと言って信じるものか。そんなものを信じるのは死んだ自分の双子の姉を生きていると主張し、死霊術で操っているオカルトかぶれのレナーテぐらいだ。
「俺は他人よりちょっと経験が豊富なんだよ。いろいろあってな」
「そうみたい。私はまだ子供だもの。子供のように甘く、子供のように理想主義者で、子供のようにいい加減で、子供のように他人に使われ、子供のように心が狭い」
クラウスがフンと鼻を鳴らしてそう告げるのに、ローゼはそう語った。
「いい加減ではないだろう。魔装騎士での射撃の腕前は部隊内でお前が一番だ」
「魔装騎士のことだけで考えないで。別に私は魔装騎士を操縦するために生まれてきたんじゃないんだから」
クラウスがそう告げると。ローゼは肩を竦めた。
「実家を再興するために植民地に出てきた。実家は僅かずつにだけど、お金を手に入れて、より大きなプランテーション農園を買っている。最近は鉱山に投資しようってお父様が言ってたわ」
ローゼの実家であるレンネンカンプ家は改正農地法で領地を失って本国で没落し、家の再興を求めて、植民地に出てきた。ローゼが植民地軍に入隊したのも、その関係である。
「私のお金もそれなりには役に立っているみたい。あなたが計画に誘ってくれたから手に入ったお金も、ね」
ローゼはヴェアヴォルフ戦闘団の副隊長という地位から、SRAG(シュトラテギー・レスルセン・アクティエンゲゼルシャフト)の株をそれなり以上に受け取っていた。株から入る配当金も、株そのものの価値もひと財産だ。
「あなたに誘ってもらわなかったら、植民地軍の微々たる給与しか手に入らず、実家の再興なんて夢もまた夢だったのかもしれない。それぐらい運任せでいい加減なの」
そう告げて、ローゼはクラウスを見上げる。
「計画に誘ってくれてありがとう、クラウス。感謝してる」
「お前には助かってるんだ。俺ひとりじゃ部隊を纏められないからな。お前のように知的な人間がいてくれて、俺の方こそ感謝しているさ」
ローゼが小さく微笑んで告げるのに、クラウスはローゼを見つめて返した。
「あっー! 兄貴とローゼ姉がサボってるッス! 兄貴たちも積み込みを手伝うんじゃないッスか!?」
と、そこでせっせと魔装騎士の積み込みのために、船内で魔装騎士を固定したりなどと働いてきたヘルマが戻ってきた。
ちなみに書類上は同年齢でも実際は3歳の年齢差のヘルマはローゼのことをローゼ姉と呼ぶようになって、クラウスに懐いたように、ローゼにも懐いていた。
「俺たちは指揮官だぞ。指揮官は指揮をするんだ。あれをしろ。これをしろってな。お前たち兵隊はその指示に従ってせっせと働くのだ」
「そんなのズルいッス! あたしも指揮官になりたいッス!」
ローゼは自分のことを子供だと語ったが、ヘルマは完全に子供だ。
「お前は指揮官には向いてない。戦闘技術では優れているが、戦術を考えるのがてんでダメだ。座学を居眠りしていたからだぞ?」
「うぐっ……」
クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団は大きく1個の魔装騎士大隊と1個の装甲猟兵中隊で成り立っている。大隊は3個の中隊に分かれ、中隊は3個の小隊に分かれ、それぞれに指揮官がいる。
指揮官にはクラウスが指揮官として役に立つと抜擢されたものたちが当てられている。教育部隊で優秀な成績を出し、各部隊規模の戦術に通じたものたちだ。
だが、ヘルマはその指揮官候補から外されていた。
ヘルマは単騎の戦闘では非常に優れた成績を残しているのだが、部隊を引き連れてどうこうするというのがまるでダメだからだ。
彼女は難しいことが考えられず、兎も角突撃することに拘り、万歳突撃に近い無茶な突撃をしては演習で多大な損害を出していた。そんな人間にクラウスが指揮官という立場を任せるはずがない。
「それにお前を指揮官にすると俺が困る。お前は優秀な俺の僚機だからな。俺が背後を任せられるのはお前だけだぞ、ヘルマ」
「そうっスか。えへへ。照れるッスよ」
クラウスがそう告げるのに、ヘルマははにかむように笑う。
「だから、俺の兵隊としてとっとと働いてこい! 兵隊は指揮官の言葉に従うこと!」
「ひーん! やっぱり指揮官になりたいッス!」
クラウスはヘルマの尻を蹴り、ヘルマは悲鳴を上げて作業に戻っていった。
「あなたとヘルマさん。本当に兄弟みたいね」
「あんな出来の悪い妹は御免だ。戦闘馬鹿じゃないか」
ローゼはクラウスとヘルマの様子を見て、ぶっきらぼうにそう告げ、クラウスは憤然とした様子でそう返す。
「でも、使えるでしょう?」
「ああ。使える。そして、これからはもっと使えるようになってもらう」
そう告げて、クラウスはフェリーに積み込まれるスレイプニル型魔装騎士を見つめる。外観は分からないようにシートがかけられているが、そこにあるのはクラウスが勝ち取った新しい魔装騎士だ。
あの新しい人工筋肉で高機動を実現した機体があればヘルマの、いや部隊全体の戦闘力は大きく上がる。植民地では誰も逆らえないような力にだってなるかもしれない。
そうすれば、クラウスたちは新しく鉱山を獲得し、その鉱山をSRAGが開発して、自分たちは金持ちになれる。
「行くぞ、ローゼ。今回も勝利して、また金を手に入れる」
「そうしましょう」
クラウスは自分の将来に確かな感触を得つつ、埠頭からフェリーに向かった。
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本日20時頃に次話を投稿予定です。




