当選確定
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──当選確定
『速報、速報です!』
エーテルラジオに慌ただしいアナウンサーの声が入る。
『第7回共和国大統領選においてクラウス・キンスキー氏の当選が確定しました。繰り返しお伝えします。第7回共和国大統領選においてクラウス・キンスキー氏の当選が確定しました。クラウス・キンスキー氏は全体の8割の票を獲得し──』
エーテルラジオが告げるのはクラウスの勝利。
「号外! 号外! 次期共和国大統領はクラウス・キンスキー氏だよ!」
各表結果が伝えられた翌朝には、街のあちこちで様々なメディアが出版した号外が配られていた。どの号外もクラウスの勝利を伝え、その勝利によって共和国が大きく変わるだろうと伝えていた。
「やったぞ! 我々の大統領はクラウス・キンスキーだ!」
「共和国の英雄に乾杯!」
クラウス当選の当選に、世論は熱狂した。戦争の英雄が大統領となるのに誰もが熱狂した。老人たちはかつて共和国を力強く率いた軍事的指導者を思い出して喜び、若者たちは若々しい大統領が生まれ治が若返ることを喜んだ。
兎に角、どこもお祭り騒ぎだった。クラウスの当選に、誰も彼もが普段は関心を示さない政治に興味を持ち、これから共和国がどう変化するかに胸を躍らせた。彼らは共和国の未来は絶対に明るいものだと信じしていた。
そして、当のクラウスは当選において“皆さんのご助力に感謝します。これから名誉ある共和国大統領としての義務を果たします”という声明を発表していた。
一方の敗北したショーンの方は──。
「この敗北の結果は重く受け止めなければなりません」
ショーンはまばらに集まったメディアに対して、そう告げる。
「これは自分が信用に値しない人物であると、国民に判断された結果であると思われます。確かに外交政策では些かの失敗があり、それが原因で信用を失ったものであると考えております」
ショーンは重々しい口調で続ける。
彼は決して皇帝官房第3部の罠にまんまと嵌って、クラウスを批判し、そのことで国民の信用を失ったとは言わなかった。あくまで外交政策の失敗によって国民に疑問を持たせてしまったという立場を取った。その外交政策についても、大きく失敗したとは言わなかった。これが政治家というものだ。
「ですが、共和国大統領にクラウス・キンスキーを据えたことは大きな間違いであると断言できます。彼は緊迫を続ける国際情勢の中で、共和国大統領になるべきではなかった。これによって共和国は世界大戦に近づくことになる」
そして、ショーンは未練がましくクラウスを批判する。
「これからも政治家を続けられるのですか?」
ショーンの記者会見に集まった記者が彼の釈明とクラウス批判にうんざりした様子で、記事にできそうなことを尋ねた。
「……いいえ。この敗北を受けて、政治家はを引退します。国民は私は大統領に不適格だと判断した、故に政治からも引退します。これからはもっと国民の視点で、政治を見つめ続けようかと思います」
ショーンは暫しの沈黙の末にそう告げた。
「議会は依然として左派が優勢ですが、それでも引退を?」
「議会とは関係ありません。国民の判断の結果です」
議会は大統領であるショーンが中道左派であったように、左派の政治家たちが主だったメンバーになっていた。右派勢力は衰退して久しく、クラウスの勝利によって大統領の座は奪い取ったものの、議会では劣勢だった。
第二共和政エステライヒでは、議会の力と大統領の力は均衡しており、議会が大統領の政策を拒否するならばそれが容易に通る。逆に議会の決定を大統領が否定するのも、比較的容易である。
今までは大統領が中道左派であり議会の主勢力が左派であったから、問題は生まれてこなかったが、これからは右派の大統領と左派の議会がぶつかることになる。
クラウスはこの問題をどう乗り切るのだろうか?
記者たちの関心はもっぱらショーンの引退宣言よりそちらにあり、記者たちの大部分は右派、左派を問わず、クラウスの下に集まった。
だが、肝心のクラウスは大統領選勝利のパーティーの最中であった。
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グランド・ホテル・アスカニア。
その最上階にある広大なレセプションルームを貸し切って、クラウスの選挙における勝利を祝うパーティーが行われていた。
「おめでとう、キンスキー次期大統領!」
クラウスが“戦勝祝い”に招いたのは自分を後援してくれた人物たちだ。
右派の政治家たちが戦勝祝いに集まり、口々にクラウスの勝利を祝った。彼はどれほど素晴らしい人間かを讃え、これからの共和国の未来に期待するという旨を告げていく。
「新しい年金政策はいいものだ。これまでの年金制度は年金の必要ないものまで、年金を受け取っていた。それは改められてしかるべきだ。税金はこれから起きるかもしれぬ世界大戦に備えて軍備に投じなければ」
「だが、法人税の軽減政策もいいものだと思うぞ。国家に活力を与えるのは企業だ。その企業はこれまでは重税で成長が伸び悩み、王国の企業に国際競争力において負けていた。これからは企業が活力を持って戦える政策を取らねば」
右派の政治家たちはクラウスの政策を手放し同然に褒め称える。そのほとんどをレナーテが連れてきた専門家が作成し、クラウスは辛うじて目を通しただけだということは彼らは知る由もない。
「メディアはキンスキー次期大統領に実務経験がないことを指摘したが、これならば共和国を任せたところで安泰だ。彼の政策はどれも素晴らしいものだ」
「だが、議会が問題だろう。議会は相変わらず、脳味噌の腐った左派の政治屋たちが牛耳っている。キンスキー次期大統領が革新的な政策を打ち出しても、連中が妨害する可能性は十二分に存在する」
右派の政治家たちが懸念するのは、議会の最大勢力が自分たち右派ではなく、左派だということだ。左派の政治家たちは議会の半分以上を占めており、クラウスの政策をいつでも否定できるようになっていた。
「ご安心を。自分もそれなりの策は考えてあります。世界大戦の準備をするのですから、議会との関係も考えなければなりません」
そんな右派の政治家たちの懸念にクラウスは僅かに微笑んでそう告げた。
「そうだな。大統領になるのは他でもないクラウス・キンスキーだ。戦争の英雄だ。左派の政治家たちも自分たちの次の当選を考えるならば、下手に君の活動を妨害したりなどしまい」
「全く。左派の政治屋たちは自分たちの当選ばかり考えていますからな」
こうして、俺のパーティーに群がっているあんたらも自分たちの再選を狙っているんだろうが、とクラウスは心の中で思いながらも表面は笑みを維持し、若い政治家として長老たちを尊敬する態度を見せた。
それに彼はまだ最大の政策について、この右派の政治家たちに告げていない。
その政策が実行されるならば、議会など露と気にせずともいいことは。
「キンスキー次期大統領。おめでとございます」
クラウスが様々な右派の政治家を相手にしていたとき、背後から声がかけられた。
「これはヴォルフ大臣。あなたのおかげで勝利できましたよ」
「私は共和国で行われていた外国による選挙への干渉を排除しただけです。勝利したのはあなたの実力によるものですよ」
現れらのは国家保安省の大臣であるヴェルナー・ヴォルフだった。相変わらずの鉄仮面を維持した彼が、クラウスの下を訪れ、時期大統領である彼に一礼した。
「そうですね。あなたは共和国の番人だ。それ以外のことには関心もないのでしょう」
「仕事ではそうですね」
クラウスがそう告げるのに、ヴェルナーが小さく頷いた。
「ヴォルフ大臣。よろしければ、自分が政権を握っても国家保安省長官を続投していただきたいのですが、どうでしょうか? 政治的な反りがどうしても合わないと仰るならば、諦めますが」
クラウスはヴェルナーにそう提案した。彼が閣僚になってくれと求めたのはヴェルナーが最初だ。クラウスは既に様々な右派の政治家たちと話しているが、閣僚になることは求めていない。
「ええ。喜んでお引き受けします。私などが共和国の役に立つならば、存分の使っていただきたい」
実際に喜んでいるのかどうか分からない完璧な無表情で、ヴェルナーはクラウスにそう返した。
「助かります、ヴォルフ大臣。ところで帝国には、どれほどの国家保安省の資産がいるのでしょうか?」
クラウスはそんなヴォルフを見つめながらそう尋ねた。
「それはまだ機密です。あなたが正式に大統領に着任されれば、お教えしましょう」
クラウスの問いにヴォルフは首を横に振って返した。
「そうでしょうな。まだ自分はそれを知るべき立場になる。だが、それを知った場合はとても重要な仕事をお任せすることになるかと思います。共和国の勝利のための仕事を」
「共和国のためであれば、なんだろうとお引き受けします」
クラウスが何かを仄めかして告げるのに、ヴォルフはそう返す。
「もうひとつですが、植民地省と────することは可能ですか?」
クラウスが続けて告げた言葉に、ヴェルナーの眉がピクリと動く。
「不可能ではありせん。少なくとも国家保安省としては」
「それは大変結構です。喜ばしいことだ」
クラウスの何事かの頼みに、ヴェルナーは頷いた。
「全ては共和国のため。私も努力しましょう」
ヴェルナーはそう告げると、パーティー会場を満たす人込みの中に消えていった。
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