航空戦力の実装
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──航空戦力の実装
「試験機331番。秘封機関始動」
そう研究者の声が上がるのは、常日頃から大空への挑戦が行われているローレンツ航空技術研究所だ。今日もまた新しい航空機が滑走路に進入し、離陸の合図を待っていた。
「いよいよだな」
この研究所の設立者にひとりであるルーカス・ローレンツ教授は、自信に満ちた表情で滑走路で秘封機関が始動した低い音を発している試験機331号と呼ばれる複葉機を観察していた。
いつもはカリカリしている彼も今日は悠然としていた。どこまでも自信に溢れ、失敗することなど何ひとつとしてありえないという傲慢にも似た表情で、滑走路で待機している試験機331号の様子を眺めていた。
いつもならば試験飛行を観察するのは研究者とルーカス、技術者や大学の学生たちぐらいなのだが、今回は外部からの客がいた。
共和国軍だ。
共和国陸海軍の軍服に身を包んだ将軍たちが、試験機331号に疑惑の視線を向けていた。これが本当に空を飛ぶのだろうかと言う根底からの疑問だ。そして彼らはその疑問に始終ビクビクとしていた。秘封機関が発動した重低音とプロペラの音が鳴り響くのには、航空機が故障したと思い込み、頭を抱えようとする有様だった。
そして、クラウスの姿も見える。彼は軍の将軍たちと違ってルーカスと同じように平然と試験飛行の様子を眺めていた。
「試験機331号。離陸開始」
『了解、コントロール。離陸を開始する』
管制塔、というにはいささかオンボロの塔から研究者が指示を出すのに、操縦士がエーテル通信で返事を返してきた。これまでの機体は重量を削減するためにエーテル通信機を乗せるような余裕はなかったが、この試験機331号は異なる。
プロペラが勢いよく回転し、機体か滑走路を滑るようにして駆け抜ける。
そして、航空機が滑走路の端に達する前に機体が上昇した。上昇したのだ。ふわりと魔法のように空に向けて舞い上がった。
ふたりの人間とひとつの航空爆弾──500キログラムの航空爆弾を抱えて。
「飛んだ……!」
「本当に飛んだのだな。私は夢を見ているわけではないな?」
飛行機が空高く舞い上がっていくのに、将軍たちがざわめく。
「これが人類初の空への飛行と言いたいところですが、試験機331号の試験飛行は7日前に済ませてあります。今回失敗することはまずありえません」
ルーカスが自信があったのは、既にテスト飛行を済ませていたからだ。
「秘封機関の出力は450馬力。あの500キログラムの航空爆弾の他に、250キログラムの航空爆弾2発を搭載することも可能です。他の武装は防衛用の後部座席の機関銃となります」
と、ルーカスはまだ呆然としている将軍たちに試験機331号の説明をする。
これはクラウスが提示したいくつかの航空機のプランのうち、攻撃機として提案されたものであった。陸海軍の航空機委員会はこの航空機は“実現できるならば”非常に有益だろうと判断して、ルーカスと他にクラウスが声をかけたその他の航空機メーカーに必要スペックを発表した。
攻撃機。この航空機の任務は爆弾を抱えて空を飛び目標の上空で高く舞い上がり──。
「おい。落下しているぞ。事故か?」
「いや、待て。あれは戦闘機動のひとつだったはずだ。墜落ではないはずだ。恐らくは」
将軍のひとりが顔を青褪めさせるのに、別の将軍が必死に首を横に振る。
「あれは戦闘機動の一種ですよ。急降下することで目標を的確に捉えるためのものです」
将軍たちにクラウスがそう説明する。
急降下爆撃。まだ誘導爆弾や照準器が未発達だった時代に使われた戦闘機動だ。目標に向けて急降下することで、爆弾をほぼ的確に目標に向けて叩き込むというものだ。
これはクラウスが試験機331号の開発者であるルーカスに伝えたものである。この急降下爆撃の機動に耐えられるだけの機体を用意するように、と。
「な、なるほど。そういうことなのか」
将軍たちは航空機メーカーと同じくらい必死だった。
海軍の提督たちは海軍参謀総長であるラードルフの命令を受けて、航空機委員会を発足させた。彼らは本当に航空機と言うものが空を飛ぶのか、それも戦艦に打撃を与えられるような強大な存在になるのか疑問だったが、ラードルフの命令には逆らえない。そして、ラードルフは3ヶ月以内に最初の航空隊を発足させることを決定しており、海軍の提督たちは大慌てで選定に走ることになった。
もし、航空機がいつまでも実用化されなければ、海軍のボスであるラードルフの顔に泥を塗ることになる。それは自分のキャリアにおいて、決していい点としては評価されることはないだろう。故に彼ら必死だった。
陸軍の将軍たちはまた別の理由で必死だ。
彼らは海軍が新兵器を導入して、そのための予算を獲得するという情報を聞いて、自分たちも予算を獲得すべしと、海軍に続いて航空機委員会を設置した。
だが、彼らには航空機が実際に使えるものなのかどうかの確証はまるでなかった。海軍がやったから自分たちもやるという、まさにクラウスの狙い通りに動いたわけだ。
だから、彼らは万が一これが失敗した場合に陸軍内部でどれほどの非難が浴びせられるかと考えて戦々恐々としていた。陸軍における航空機委員会の設立の表向きの理由は海軍が設立したからではなく、航空機の有用性に着目したからという理由になっているので、それが失敗すれば……。
海軍と陸軍の両方の軍人が失敗を恐れる中、試験機331号は動く。
高空から、地上に目標として設置された無人のラタトスク型魔装騎士に向けて急降下していく。ブーンとプロペラの音が響き、試験機331号は降下する。
そして──。
ズウンと重々しい炸裂音が響いた。
「……どうなった?」
「見えん。噴煙が巻き上がっている」
500キログラムの航空爆弾の爆発は粉塵を周囲に撒き散らし、射爆目標であるラタトスク型魔装騎士の姿は見えなくなった。
爆撃は成功したのか? それともやはり航空機は役に立たないのか?
「目標、撃破っ! 試験機331号は目標を撃破!」
そして、研究者の声が響いた。
射爆目標であるラタトスク型魔装騎士はバラバラになっていた。四肢が引き千切れ、人工筋肉の真っ赤な繊維が露になり、秘封機関が暴発して小さな爆発を起こしている。
「おおっ! 本当に命中させたのか!」
「これは……素晴らしい……」
陸海軍の将軍たちが試験機331号の試験結果に感嘆する。
そして、試験機331号は勝利を祝うようにバレルロールすると、将軍たちの頭上をかなりの速度で飛び去って行った。
将軍たちはこの時点で航空機の価値を理解した。
あれだけの速度と高度で接近する目標を、現在の火砲を以てして迎撃するのは非常に困難である。事実上不可能だと言ってもいい。現在の火砲で迎撃可能なのは、せいぜい観測気球や飛行船程度なのだ。
それが高空からラタトスク型魔装騎士のような小型の目標を、爆撃できる。
試験機331号のような機体を軍が数百と揃えるならば、敵の魔装騎士部隊を一方的に壊滅させられる。海軍においては戦艦よりはるかにローコストの兵器で、敵の戦艦のもっとも脆弱な甲板装甲に向けて爆弾を放り込み、敵戦艦が何かをする前に撃沈できる。
迎撃する手段の存在しない兵器ほど強力なものはない。航空機を今保有しているのは共和国のみであり、戦闘機が共和国の攻撃機を迎撃する手段もない。
航空機は強力な兵器になる。半信半疑だった航空機員会の陸海軍の将軍たちはそう結論した。これは非常に有効な兵器になりえると。
「素晴らしい結果だ。これならば敵の魔装騎士を殲滅できる。それも我々は被害を受けることはなく、一方的に。陸戦においてこれほど画期的なことはないだろう。これがあれば我々の勝利は確実なものとなる」
「航空機に先に着目したのは海軍であることをお忘れなく」
陸軍の将軍が撃破されたラタトスク型魔装騎士と、上空で勝利の曲芸飛行を繰り広げる試験機331号を見つめるのに、海軍の将軍が横からそう告げた。
確かに先に航空機委員会を設立したのは海軍だ。
「これならば敵の戦艦を一方的に撃沈できる。我々は海軍力において王国海軍との間に差があるが、これによって補うことが可能になる。来るべき世界大戦において、我々は敵の不意を突く形で敵の艦隊を撃滅できるだろう」
「先に航空機に着目したのは陸軍の軍人だ」
海軍の提督がこれでようやく王国海軍との間にある戦力差を埋められると喜びの声を上げるのに、陸軍の将軍が横からそう告げた。
確かに先に航空機を利用することを考えたのは陸軍のクラウスだ。
「君たちはその将校の言うことに耳を貸さなかったのだろう。だから、その将校は海軍に航空機を開発してはどうかと持ち掛けたのだ。聡明にして、将来を見通す能力がある海軍はいち早く航空機の有効性を認め、航空機委員会を発足させた」
「いいや。先に着目したのは陸軍だ。航空機に関する予算は我々陸軍が貰う。巨大な帝国陸軍と戦うには航空機の力が必要なのだ。帝国を破るには航空機が必須である」
海軍の将軍と陸軍の将軍が睨み合う。
「状況を理解しておられぬようだな。航空機がもっとも必要なのは海軍だ。強大な王国海軍と戦うには航空機の力が必要だ。王国を破り、連中の根城であるアルビオン島に攻め入るには航空機が不可欠であるっ!」
「状況を理解していないのは貴官だ! 帝国の魔装騎士部隊の数は共和国陸軍の3倍であり、まともにやりあえば──」
陸海軍はどっちが航空機の主導権を握るかで言い争いを始めた。ついこの間までは、航空機のために秘封機関を提供することすら拒んでいたというのに。
「この手の争いはどうにもならんな」
クラウスは不毛な陸海軍の言い争いを見ながらそう呟く。
日本でも陸海空情報軍の4軍で予算獲得合戦が行われていた。特に後発の情報軍はこれまで陸海空軍が行っていた全ての情報収集業務を分捕ろうとし、エリント、シギント任務を行っていた航空機や艦艇の予算を奪い取り、他の軍から恨まれたものだ。
「キンスキー大佐!」
クラウスがそんなことを思い返したとき、ルーカスが駆け寄ってきた。
「見事に成功した! 将軍たちの驚く顔と言ったら! これも貴官のおかげだ!」
「あなたの確かな技術力による勝利ですよ。元となる技術力がなければ自分が秘封機関の提供を手配したとしても、意味がなかったのですから」
ルーカスが嬉しそうにそう告げるのに、クラウスがそう返した。
「これで航空機の有効性は認められました。これからは航空機開発のために多額の予算が流れ込むでしょう。それを使えば、航空機の基礎技術を構築することも可能になり、いずれは民間用の航空機の開発も行えるでしょう」
「素晴らしいことだな。これまでは基礎技術すら研究することができなかった」
これで共和国軍は航空機の有効性を認め、航空機開発のために多額の予算を航空機メーカーに配分するだろう。それによって、航空機開発に必要な基礎技術の開発は大きく進むことは間違いない。
「ですが、これからは競争の時代ですよ。航空機メーカーはあなたの会社だけではないですからね。他にも有力な航空機メーカーがあります。共和国が市場原理で動いている以上は、より良い性能のものを作らなければ生き残れません」
「それについては問題ない。我々も先を見越して行動している」
クラウスがそう忠告するのに、ルーカスが不敵に笑った。
共和国は自由経済を基盤とする国家だ。より良い性能の商品を、より安い価格で売り出したものが勝利する。航空機開発もロマンの時代はすぐに終わり、苛烈な市場競争の時代がやってくるだろう。
「先を見越して航空機用秘封機関の開発と機体に使用する人工筋肉の開発に関して、レムリア重工と業務提携の契約を結んだ。世界でも有数の重工業メーカーと提携しておけば、技術力の優位は保たれるというものだ」
「レムリア重工と? それは実に結構ですな」
おやおや、レムリア重工とは。ロートシルト企業帝国は更に強大化するというわけだなとクラウスは内心で呟く。
「では、これは全ての試験機の飛行に成功した航空機メーカーの方々に配布しているのですが、自分が思いついた航空機の活用方法についての資料です。よろしければ参考にしてください」
クラウスはそう告げて1冊の資料をルーカスに手渡す。
これはクラウスが前世の知識を活かして作成した資料だ。戦闘機、攻撃機、雷撃機、爆撃機について様々な情報が記されている。小型の対装甲砲や機関砲を搭載した攻撃機や、単葉機の戦闘機や、4発の秘封機関を備えた戦略爆撃機など。
「これらの航空機が実用化されれば共和国の勝利は確実なものとなるでしょう。共和国の未来のためにご協力願えますか?」
「もちろんだ。共和国のために努力しよう」
クラウスが尋ねるのに、ルーカスが頷いた。
王国と帝国がまだ航空機の実用化に手が届かない中で、共和国だけは航空技術における優位を築き始めていた。
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