送別会
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──送別会
「兄貴、兄貴!」
クラウスが本国軍に着任するまで8日となった日の午前中に、ヘルマが食堂でクラウスを呼び止めた。
「どうした、ヘルマ? 何か問題を起こしたのか?」
「違いますよう! どうしてあたしの顔を見ると問題が起きたと思うんッスか?」
クラウスがやや辟易した表情で尋ねるのに、ヘルマは心外だという顔をした。
「あのですね。ヴェアヴォルフ戦闘団のみんなと話し合ったんッスけど、今度兄貴を本国に送り出すのに、送別会をしようと思うんッスよ。兄貴がよければ参加して欲しいッス。みんな、兄貴がいなくなるのを寂しがってるッスから……」
ヘルマはそう告げて、僅かに視線を俯かせた。まだ彼女はクラウスがヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官から解任されたのは、自分を庇って左目を失ったせいだと思っているようであった。
「気が利くな。隊員たちには事務的に俺が本国軍に向かうことを告げたが、やはり動揺はあるというわけだな。なら、ここはひとつ区切りを入れて、連中が俺がいなくてもやっていけると思えるようにしてやらなくてはな」
クラウスがヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちに、自分がヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官を解任され、本国軍にいくということをそれが決定した日に通達していた。
隊員たちは混乱した。彼らはこれからのクラウスがヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官であることを続けるのだと思っていた。彼以外の人間がヴェアヴォルフ戦闘団の指揮をするなど考えられなかった。
ローゼが指揮を引き継ぐと聞いて、動揺はある程度収まったものの、それでも隊員たちはクラウスがいなくなることに感傷的な気分になっている。
「送別会はどこで?」
「ランダウノの海水浴場ッス。そこにある店で飲み放題、食べ放題で馬鹿騒ぎするッスよ。この季節なら、ギリギリでまだ海水浴も楽しめるッス」
今の時期は9月中旬。第二次アナトリア戦争が終わってから、クラウスが傷を癒すのに1ヶ月が過ぎて、もう季節は本国の夏の終わりを、トランスファールでの夏の始まりを告げる時期になっていた。
「ランダウノか。悪くないな。あそこの砂浜はトランスファールでも有数の海水浴場だ。飲み放題というのが気になるが、まあいいだろう」
「フフッ。海水浴場ってことであたしは水着を新調しておいたッス。期待しておいてほしいッスよ」
ランダウノはトランスファール共和国のリゾート地として有名な場所だ。海水浴や日光浴を楽しむ人々が集まり、そこには多くの飲食店があった。ローゼが述べるような食べ放題、飲み放題の飲食店も。
「お前が水着を着てもな……。そのちんちくりんな体じゃ期待はできんだろう」
そう告げて、クラウスはヘルマを見る。
ヘルマは依然として小柄な体系で、体のラインは女性的とは言い難い。植民地軍の軍服を纏っていると、少年のように見える。
「そ、そんなことはないッスよ! あたしもかなり女性的になったッス! 身長だってちょっとは伸びたし、ローゼ姉に教わって化粧も覚えたし、発育も進んだッス! ローゼ姉には及ばないかもしれないッスけど、エドガーがあたしの尻を触りそうになったぐらいには、女性的になったッス!」
「おい。憲兵。ただちにエドガー中尉を営倉に叩き込め。容疑は婦女暴行だ」
ヘルマが必死になってそう告げるのに、クラウスが一切の躊躇もなくそう告げる。
「あの件は大丈夫ッスよ。股間を蹴り上げてやったッスから。それよりもあたしの水着の件ッス。あたしも成長したから、兄貴だって振り返ってくれるッスよ。ほら、胸もこんなに膨らんできたッス」
ヘルマはそう告げると、クラウスの腕を自分の胸に置いた。
クラウスの手に柔らかな感触が伝わり、それがヘルマの発育具合を物語っていた。
「おい。お前はそう簡単に男に自分の体を許すな。女に飢えてる男たちに襲われてもしらんぞ」
「あたしが体を許すのは兄貴だけッス。兄貴以外の人間には指一本触れさせないッスよ」
クラウスが溜息交じりにそう告げてヘルマの胸から手を放すのに、ヘルマはエヘンと自慢気にそう告げて返した。
「お前と言う奴は……。兎も角、送別会には参加する。これで隊員たちが落ち着いてくれるといいんだけれどな」
クラウスは呆れたようにそう告げ、ローゼへのヴェアヴォルフ戦闘団の任務──ロートシルト財閥との癒着も含まれる──の引き継ぎの仕事をしに司令部に向かった。
口ではどうでもいいように語ったクラウスだが、内心では送別会というものを密かに楽しみにしていた。
ヴェアヴォルフ戦闘団は彼が作り上げた部隊だ。そこで戦う隊員たちもクラウスが訓練し、育て上げたものだ。そんな彼らに見送られるというのは、そう悪い物でもない。クラウス自身の能力の証明にもなるのだから。
それに、本国に向かった後では隊員たちに会う機会はめっきりと減るだろう。自分の育て上げた部下たちと最後に纏まって会う機会だと考えると、クラウスとしても送別会の誘いを無下にはできない。
「さて、どんなものになるやらな」
クラウスはローゼに渡す書類をタイプしながらそう呟いた。
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「兄貴の新しい旅立ちを記念して、乾杯!」
トランスファール共和国ランダウノの砂浜に面する一角にあるビアホールで、そう元気よく声を上げるのはヘルマだ。
「ボスの昇進を祝って、乾杯!」
「ボス万歳!」
その声に続いて、てんでバラバラに乾杯の声が上がる。
声を上げているのはヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちだ。1個魔装騎士大隊の全ての人員も揃っているし、ローゼの装甲猟兵中隊の兵士たちもいるし、ナディヤの偵察分隊、フーゴの整備中隊、コンラートの補給中隊、影の薄い本部管理中隊も全て揃っている。ついでに言えば、外人部隊のウィリアムも出席していた。
「ありがとう、諸君。こうして祝って貰える俺は幸せ者だな」
ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちからクラウスのこの度の本国軍への異動を讃える声が上がるのに、クラウスは小さく微笑む。
「だが、今回の件で、納得がいかなかったり、混乱しているものはまだいるだろう。俺としても今回の件に完全に納得しているわけではない。上層部から指示されたから、止むを得ず受け止めているだけに過ぎん」
クラウスがそう告げるのに、ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちが頷いて見せる。
まだ隊員たちはクラウスがヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官であることを望んだ。クラウスのおかげで自分たちは遥かに裕福になったのであり、クラウスのおかげで勝利してきたのだから、と。
「だが、決まったものはしょうがない。受け入れるより他ない。幸いなことにお前たちは魔装騎士の操縦士としては完璧なまでに育った。お前たちは本国軍ともやり合えることは、第二次アナトリア戦争で証明させている」
第二次アナトリア戦争ではクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団は各地で王国本国軍と戦闘を繰り広げた。
特にウィルマの第500魔装騎士連隊との戦闘では、相手が本国軍でも有数の部隊であり、またタルタロス型魔装騎士に搭載された射撃補助システム──FCS(射撃管制装置)を前に苦戦し、少なくない損害を出した、だが、多くの操縦士たちは王国本国軍のタルタロス型魔装騎士を撃破し、最終的に勝利したのはクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団だった。
「そして、ローゼは俺に次いで信用のおける指揮官だ。ローゼならば、俺と同じように諸君らを勝利させ、更に儲けることを可能にするだろう。勝利したいならば、ローゼに対して、俺に向けるのと同じような忠誠を示せ」
そう告げて、クラウスはローゼに目を向け、ローゼは小さく頷いた。
ローゼも今ではクラウスのやるような大胆な機動戦の意味を理解し、それを行うだけの知識と経験を有している。クラウスと全く同じようにと言わずとも、それに類似することはできるはずだ。これまでクラウスの行う大胆な作戦に付き合ってきたのだから。
「自分たちの技術を信じろ。ローゼを信じろ。そうすれば俺がいなくともやっていけるはずだ。俺がいない間も金の卵を産み続けることが可能になるはずだ」
クラウスはそう告げて隊員たちを見渡す。
隊員たちはクラウスの激励に、鼓舞されたようで、見る見ると覇気を得ているのが分かった。これまで勝ち続けられたのが全てクラウスによるものではなく、自分たちの技量のためでもあることに自信を持ち始めているようだ。
「では、小難しくて、退屈な話はこれで終わりだ。今日は全部俺の奢りだから好きなだけ飲み食いしろ。食べ放題、飲み放題のコースを外れても構わんぞ」
「おおっ! 流石はボスだ!」
クラウスはビールのジョッキを掲げてそう告げ、ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちは歓声を上げる。ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちもそれなり以上の金を受け取っているはずなのだが。すぐに使ってしまって、貯まっているものは少ない。
「では、改めて乾杯だ。これからのヴェアヴォルフ戦闘団の活躍を祈って」
「あたしらの活躍を祈って!」
そして。再び乾杯が行われ、ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちがグビグビとジョッキに満ちたビールを飲み干す。
「酒!」
「それから、肉!」
それからは堰を切ったように、ウェイトレスに向けてオーダーの声が響き、次々にテーブルに酒が運び込まれる。隊員たちはいつも以上のペースで、次々と酒を消費しているのは明らかだった。
「飲むのはいいが、飲んだら海には入るなよ。酔って溺れても戦傷章は貰えんからな」
クラウスは酒と肉を貪る隊員たちを見て、小さく溜息を吐いた。
「クラウス。あなたはいつもお酒は控えめね」
と、そんなことをクラウスが注意していたとき、ローゼがやってきてそう告げた。
「お前は煙草も嗜まないな。他の男たちは暇があれば煙草を吸っているのに。それに、ヴェアヴォルフ戦闘団全体で、あまり煙草を吸うなという告知が出ているのは、何か考えがあってのことか?」
すると、ナディヤもクラウスに寄ってきてそう尋ねる。
「いいか。兵隊は体が資本だ。体が商売道具だ。健康な体でいることは、商人が計算のできる頭を持っていることや、大工が自分の道具を整備するのと同じことだ。商人が計算できなければ破産するし、大工が道具を壊せばその大工は失業する」
クラウスはそう語り始める。
確かに兵隊は自分の体こそが最大の売り物だ。他の仕事もそうだろうが、兵隊というのは特に体の素質が重視されてくる。商人のそろばんのように、大工の鋸のように、兵隊家業には健康な体が必要になってくる。
「アルコールは飲み過ぎると脳を馬鹿にする。それは慢性的になるとも言う。だから、俺はアルコールは嗜む程度にしか飲まん。煙草もそうだ。煙草は心肺能力に影響を与える。将軍や参謀どもはスパスパと煙草を吸うだろうが、あれでは健康な体を維持できているとは言えん。いざ、戦場に放り込まれて生き残りたかったら、全力で走れるように心肺能力は保っておきたい。だから、俺は煙草は吸わんし、部下たちにはあまり吸わせたくはない」
アルコールは適量ならば楽しいものというだけで済むが、飲み過ぎると脳にダメージを蓄積すると言われる。そう情報軍に所属していたとき、軍医が語っていた。クラウスはそこまで酒が好きというわけでもなかったので、それを信じていた。
煙草は言うまでもなく、健康への害がある。21世紀の地球における各国政府は喫煙に対して厳しい態度で臨み、煙草を吸うのは酷く面倒なことになった。それでクラウスは煙草に手を出すこともなく、日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターとして、求められる健康のステータスをきちんと獲得しておいた。
「ふむ。そういう事情か。私の部族では煙草は神聖なものとして扱われるのだが、肉体的な面から考えるとあまり正しくはないのだろうな……」
「俺は文化としての喫煙を否定するつもりはない。それが儀式として必要ならば、代々受け継いできた文化として尊重する」
ナディヤが少ししょげたようすなのにクラウスがそう告げる。
「俺は意味もなく暇つぶしのために煙草を吸うことを否定しているだけだ。暇があるならば、スポーツなりなんなりで欲求不満を解消すればいいものを、団子になってスパスパと自分の肺を潰しているのはよく思わんな」
そう告げてクラウスは溜息を吐く。
「でも。あなたが健康志向なのは将来貯まったお金を使うときに早死にしたくないから、じゃないの?」
「流石に分かるか。まあ、その通りだ」
ローゼが赤ワインのグラスを揺らして尋ねるのに、クラウスが悪戯のバレた子供のように、ニッと笑って告げた。
「俺はもう既にかなりの金を稼いだ。一生遊んで暮らせるとまでは言わんが、それなりの金は貯まった。これからももっと稼ぐつもりだ。俺の13人の代理人が有する口座がパンパンになるくらいにな」
クラウスは既に大金持ちだ。レナーテからSRAGの株式の30%を受け取り、更にはビアフラ連邦──跡地でSRAGの上げる利益の20%、そしてその他のアナトリア地域奪還の際の“ボーナス”を受け取り、それを代理人を通じて資産運用しているクラウスは間違いなく大金持ちだ。総資産が公表されれば、それは本国の富豪ランキングに名前がのることだろう。
「問題はいつ金を使うか、だ。俺としては稼げる間──若くて、軍に何らかの形で関われる間は、稼いでおきたい。稼げなくなったときに備えてな。そうなると自然と金を使えるのは歳を食ってからということになる」
クラウスは貪欲だ。稼げる間には兎に角稼ぐつもりだった。まるで、御伽噺のドラゴンが自分の巣穴に大量の黄金を隠し持って、その黄金のベッドの上に横たわり、富を奪わんとするものを焼き殺すようにして。
「ならば歳を取った時に酒や煙草で体を崩して、折角貯めた金が使えないのはあまりにももったいないじゃないかってな。俺は金を思う存分使うのを楽しむときが来るまでは、体を大事にする。まあ、戦争でこうなっちまったが」
クラウスはそう告げて、僅かに苛立った様子で眼帯を押さえる。
「……あなたは左目を奪われたから、あれほどウィルマ・ウェーベルを憎んでいるの?」
そこでローゼがそう尋ねる。
「……ローゼ。お前には以前話したが、俺の前の人生では俺は殺された。ちゃちな中国製の自動拳銃で武装した男に腹を撃たれて死んだ。それは前の人生の俺にとって拭い難い過ちであり、最高の腹の立つことだった」
クラウスは前世の日本情報軍大佐玄界宗一として、対立する麻薬カルテルの放った暗殺者の手によって殺された。彼は着服した金でひと財産を築いていたのに、それを使うこともなく、東南アジアで死んだ。
「俺は二度とああいう目には遭うまいと固く決意した。同じ間違いな二度と冒さないと。俺を殺そうとする奴は先に俺が殺してやると決意していた。それなのに、どうだ。今回の戦争では俺はもう一歩で死ぬところだった」
金を使い損ねた前世の反省を活かして、クラウスは今世では生き残るために全力を尽くそうと決意していた。自分の身の安全に最大限に配慮し、自分を殺そうという人間がいるならば先手を打って殺そうと決めた。
だが、第二次アナトリア戦争におけるベヤズ霊山の戦いでは、クラウスは一歩間違っていれば、ウィルマ・ウェーベルに殺されていた。
「それが腹立たしい。あのクソッタレな王国の騎士気取りが、俺を“また”殺そうというのが、恐ろしいほどに腹が立つ。あのクソアマはどうあっても死ななければならない。そうでなければ、あのクソアマが俺を殺すだろう」
クラウスは憎悪の滲む口調でそう告げ、荒々しくビールのジョッキを呷った。
「気持ちは分かる。あの戦闘の後であなたの姿を見た時、私もあなたをそんな姿にした女を殺してやりたいって思ったもの。絶対に許せないって。もしどこかで復讐するのなら、私も手を貸す」
「私もだ。お前の左目を奪った女は許せない。まして、私たちとの関係を裂く要因を作った女なのだから」
ローゼとナディヤはクラウスにそう告げる。
「ああ。奴には復讐するつもりだし、本国軍に行ったとしても向こうも俺を諦めないはずだ。確実に奴を殺す。どうあっても」
ローゼたちの言葉にクラウスはそう告げた。
「しかし、前の人生とはどういう話だ?」
「下らん話だ。俺には前世がある──と少なくとも俺は思っているという話だ。俺には、このクラウス・キンスキーとして生まれる以前の人生の記憶がある。誰も信じないような馬鹿げた話だよ」
事情を知らないナディヤが首を傾げるのに、クラウスは軽くそう告げた。
「私は信じたわよ」
「お前は俺のことを信じすぎだ。ちょっとは疑え」
ローゼが涼しい顔で告げるのに、クラウスはポンポンとローゼの頭を叩いた。
「ふむ。聞いたことがある」
と、ここでナディヤが声を上げる。
「何をだ?」
「先祖の記憶を引き継いで生まれるものが、極稀に──数百年に一度──いるという話だ。それはほとんどが戦士であり、先祖の記憶を引き継いで、果たすべき使命を果たすそうだ。お前もそうなのではないか?」
クラウスが尋ねるのに、ナディヤがそう告げる。
ナディヤのサウス・エルフの部族の言い伝えには、世界には先祖の記憶──その人物の家系の先祖とという意味ではない。人類全体の先祖だ──の記憶を引き継いで、新たに生を受けるものがいるという。
その人物は己の果たすべき使命のためにその記憶を引き継いだのであり、その記憶を用いて、己の使命を果たし、世界を変えるそうだ。
「それは違うだろう。俺のは先祖の記憶じゃない。俺の頭の中にあるのは全く関係ない世界で生きていた奴の記憶だ。時は21世紀で、地球という世界の、日本という国で俺は生まれ、東南アジアの湿気たボロ屋敷の中で死んだ」
ナディヤの言葉にクラウスは小さく笑って首を横に振った。
「それに俺に使命なんぞないしな。自分勝手に生きているだけだ。前世の俺の記憶なんてものを活かしてやってることは、ロートシルトと癒着して、植民地軍を私兵化して、薄汚い植民地戦争をやってるだけだぞ」
クラウスにはナディヤの語るような何らかの使命のために自分が転生したのだとはとても思えなかった。彼は果たすべき使命など何ひとつ思い浮かばなかったし、前世の記憶でやっていることは明らかに自分の身勝手な目的のための行動だ。
「いや。今はそうかもしれないが、いずれ果たすべき使命が明らかになるのかもしれないぞ。私はお前が何の意味もなく、その前世の記憶を持って生れて来たとは思えないのだ。世界はお前に何かを求めるかもしれない」
ナディヤは転生に関する迷信を信じているのか、強い口調でそう語る。
「そうね。クラウスにだけそんな前世の記憶があるだなんて、ちょっとおかしいものね。私にだってそういうものがあってもよかったのに。だって、それってロマンチックだもの」
ローゼもナディヤの言葉に頷いて見せる。
「ロマンチックって何がだ。何もロマンのあることはないぞ」
「私とあなたがひょっとすると前世で知り合っていたのかもしれないってこと。そうだったらロマンチックじゃない?」
クラウスの問いにローゼがそう答える。
「それはないな。お前ほど淡白な奴は俺の周りにはいなかった」
「別に私は淡白ってわけじゃないわよ」
クラウスがそう告げるのに、ローゼは僅かに腹を立てたようで、クラウスに額を小さく弾いて、プイッと他所を向く。
「ローゼ少佐は淡白に見えるが、実際は感情のある方だぞ、クラウス。よくよく味のある詩をひとりで作っているのを見かけ──」
「やめて。お願いだからそれをばらすのはやめて」
ナディヤがそう告げるのに、ローゼがフルフルと首を横に振る。
どこかで見たかのような光景だなとクラウスは思ったのだった。
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