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ロートシルト財閥(2)

……………………


「SRAGの株を得れば、我々がそちらのために働くという意志を明確に示せるでしょう。運命共同体ということで」

「それについては異論はないわ。どれくらいの株式を譲渡すればいい?」


 クラウスたちがSRAGの株式を有するならば、彼らはレナーテのためだけではなく、自分たちの取り分のためにも働くことになるだろう。彼らが戦争に勝利し、SRAGの株価が上がるならば、クラウスたちも大いに儲けることができるのだから。


「まずは15%。それ以降は実績次第で徐々に取り分を増やしていただきたい」

「15%。いいわよ。今回の鉱山防衛のお礼のようなものと、これからの活躍を期待させてもらうということで」


 クラウスの示した数字にレナーテが頷く。


 列強でも有数の資源メジャーであるSRAGの株価は、途方もない価格だ。そんな会社の株式を15%も手に入れるのならば、それだけでクラウスは多大な金持ちになれる。部下たちに分けてやっても十二分だ。


「それで、新型の魔装騎士というのはどういうことかしら?」

「我々のビジネスを確実なものとするための必要経費だと考えてください。植民地軍に配属されているラタトスク型魔装騎士は型遅れの第1世代型。列強の植民地軍のほとんどがそうですが、それだからこそ、新型を配備する意味がある」


 レナーテがふたつめの見返りについて尋ねるのに、クラウスがそう語る。


「型遅れだらけの植民地軍のなかで自分たちだけが第2世代、第3世代の魔装騎士で武装している。それは勝利を確実なものとするはずです」

「なるほどね。理解したわ」


 列強の植民地軍が想定している相手は、反乱を起こす植民地人や、同じ型遅れの魔装騎士で武装している他国の植民地軍だ。


 そこに新型の魔装騎士がひとつの部隊だけ投じられれば、それは劇的な効果を引き起こすだろう。自分たちだけが新型で武装しているという利点を活かし、勝利に次ぐ勝利を収めるだろう。


「レムリア重工から第2世代型であるスレイプニル型魔装騎士をそちらが必要とするだけ送るわ。流石に軍部の承認もなく、第3世代をすぐには渡せないから、まずは第2世代で様子をみてね」


 レムリア重工はロートシルト財閥の傘下にある重工業メーカーだ。鉄道から魔装騎士まであらゆるものを製造している。


 そして、スレイプニル型魔装騎士は第2世代に属する魔装騎士である。高質な人工筋肉マスキュラー・ドライブによって機動性が大幅に向上し、火力についても幾分か上昇している。何より秘封機関の出力と安全性が向上し、操縦士の生存性が上がっていた。


「結構です。それから、武装としてこのようなものを考えているのですが」


 クラウスはそう告げて、数枚の紙をレナーテに差し出した。


「へえ。軍人さんも考えることは似ているのね」


 レナーテはペラペラと書類を捲って、感心したように声を漏らす。


「レムリア重工でも似たようなのを技術者たちが考えていたけれど、現場で需要はあるわけなのね?」

「ええ。今の対装甲刀剣では些か威力不足なのです。できれば、このような武器があると戦いの幅が広がるかと」


 どうやらクラウスの提案は、既にレムリア重工内でも一度は考慮されたことのあるものらしい。


「なら、迷うことはないわ。レムリア重工の案はスプリング式だったけど、あなたの方が洗練されているし、威力が高いわね。もちろん、この計算が正しいならば、だけれども」

「持ち帰って、技術者たちとご検討ください。なるべく早いうちに実用化されることを願っています」


 フムという具合に頬を押さえてレナーテが告げるのに、クラウスは慇懃にそう告げて返した。


「さて、話はこれぐらいかしら?」

「今のところは。また後日、具体的な内容を話し合いましょう」


 クラウスは心の中でガッツポーズをとっていた。やったぞ。契約成立だ。


「では、私たちのビジネスが上手く行くことを願いましょう」


 レナーテはそう告げると、近くにいた給仕からワインを人数分──レベッカの分を含めて──受け取り、全員に配った。


「我々のビジネスの成功を祈って」

「我々のビジネスの成功を祈って」


 レナーテとクラウスはカンとグラスを鳴らして乾杯すると、クイッと小さくワインを呷って、それで乾杯を終えた。


「それでは、後日またお会いしましょう。多分、次に会うときは“アナトリア”ですわ。ごきげんよう」


 レナーテはそう告げて小さく微笑むと、レベッカの手を指を絡めるようにして握り、この場から去っていった。


「クラウス。どういうつもりなの!?」


 と、ここで今まで沈黙していたパトリシアが声を上げた。


「部隊の私物化なんて完全に軍規違反でしょう!? いくらあなたがキンスキー家の人間だからって許されるものではないわ! それにあのロートシルトとの約束も!」

「それが許されるんだよ。俺がなんのためにわざわざ独立部隊を勝ち取ったと思ってるんだ? わざわざ、植民地軍司令官直轄なんて大げさな指揮系統を選んだと思ってる?」


 パトリシアが咎めるのに、クラウスはニイッと笑ってそう返す。


「まさか、ファルケンハイン元帥もグルなの……?」

「そのまさかだ。ファルケンハインの親父も俺たちの計画に乗って、分け前を受け取ることになっている。それにあの親父を揺するためのネタはダースで揃えてあるから裏切られる心配もない」


 パトリシアが驚愕の表情で告げるのに、クラウスはフンと鼻を鳴らした。


 クラウスはファルケンハイン元帥にヴェアヴォルフ戦闘団を設立するに当たって、この計画を告げていた。そして、彼にもSRAGの株式を譲渡し、分け前を与えることを約束することで、彼を買収していた。


 それにファルケンハイン元帥は潔癖な人物ではない。


 クラウスは市民協力局のノーマン・ヘルムート・ナウヨックスから、ファルケンハイン元帥の身辺を調査した結果を入手しており、彼が女性関係で奔放な性格をしており、かつギャンブル癖があることを突き止めていた。


 もし、ファルケンハイン元帥がクラウスへの協力を渋るのであれば、クラウスは手に入れておいたネタを使ってファルケンハイン元帥を脅迫し、協力を強いるだろう。


「あなたって人は……」


 用意周到にこの計画を、植民地軍を私物化する計画を進めていたクラウスにパトリシアが言葉を失って、額を押さえる。


「でも、よくこんな計略を考えたわね。植民地軍を私兵化し、それを使ってエーテリウム鉱山を手に入れ、手に入れたエーテリウム鉱山をSRAGが入手できるように手配する。そして、そこで得られる利益を自分たちが入手できるようにするということ。普通なら、考え付かないことね」


 そして、ローゼは淡々と、僅かに感心した様子でクラウスの計画を語る。


「単純な計画だよ。植民地の支配権を巡る争いはあちこちで起きている。そこでロートシルト家を初めとする財閥が、投機的に植民地に投資していることは知っていた。そこで確実にエーテリウム鉱山が得られるという確証が手に入るならば、連中は間違いなく、その計画に賭けるだろうということはな」


 クラウスはどうということはないというようにそう語る。


「それにこの計画を実行したのは先人がいてな。お前たちは知らないだろうが、ある傭兵組織がSRAGのような資源開発企業とつるんで、儲けていたからな。それの応用みたいなものだ」


 クラウスが語るのは地球において現代的な民間軍事企業の基礎を確立したエグゼクティブ・アウトカムズやその関連企業の話である。


 エグゼクティブ・アウトカムズはアフリカの紛争地帯においてクライアントであるアフリカ諸国の要請を受けて、圧倒的な軍事力によって反政府勢力を壊滅に追い込んでいた。そして、それと同時にブランチ・ヘリテージという資源開発企業と組んで、鉱山開発の利権を確保していた。


 エグゼクティブ・アウトカムズの関連会社といわれるサンドライン・インターナショナルも、パプア・ニューギニアの鉱物資源を狙って、未遂に終わったが軍事請け負いをしようとしたことがある。


 クラウスの計画はそれら民間軍事企業のやり方を真似たものだ。


 民間軍事企業の代わりに、指揮系統が独立し、高い戦闘力を有するヴェアヴォルフ戦闘団を用意し、それを使って自分たちがつるんでいる資源開発会社が開発を行う鉱山開発のための軍事行動を実行する。そして、その見返りを受け取る。


 ある意味では完璧な計画だ。ヴェアヴォルフ戦闘団が勝利するならば、SRAGの株価は上がり、配当金も上昇する。そして、ヴェアヴォルフ戦闘団が勝利するための計画も、レムリア重工から第2世代の魔装騎士を受け取ることで、確実なものへとしている。


「クラウス! ちょっと来なさい!」


 ローゼがクラウスの計画に感心していたとき、パトリシアが声を上げた。


「何だ。流石にお前は金に困ってはいないだろう。計画に乗る必要もないはずだ」

「あなたの計画はどうでもいいの! それとは別の話!」


 パトリシアはそう告げると、クラウスの袖をグイグイと引っ張る。


「すまん、ローゼ。ちょっと席を外す」

「気にしないわ。いってらっしゃい」


 パトリシアが折れそうにないのを見ると、クラウスはローゼにそう告げ、ローゼはただ肩を組めてみせた。


 パトリシアはクラウスの袖を掴んだまま、迎賓館の中庭へと向かった。


「クラウス。あなたには明るい未来があるのよ。別にこんな植民地軍を私物化するような犯罪まがいのことをしなくとも」


 人気のない中庭にまで来ると、パトリシアはクラウスを振り返ってそう告げた。


「お父様はあなたが植民地政府に進むのならば、高い地位を与えて、将来的には植民地総督になれるようにだってしてあげれる。植民地軍なんてならず者の集まりに入らなくてもよかったのよ」


 パトリシアは上目遣いにクラウスを見てそう語る。


「植民地総督になれば、富と名声は思いのまま。ロートシルトとの危ない契約なしで、合法的にお金持ちになれるし、本国からも一目置かれる存在になれる」


 植民地総督は名誉ある地位だ。本国から派遣されることが多いが、入植者でも植民地総督になった例はある。


 そして、植民地総督にはその地位に相応しい報酬が与えられる。植民地総督が不正をすることがないように、本国政府は植民地総督に十二分の報酬を与えていた。


「だが、それでは不十分だ。俺は確かに名声も欲しいが、それより欲しいのは金だ。植民地総督の給与は確かに高いが、それでもうちの家から献金を受けなければやってられないような職だってことは理解しているだろう?」

「そ、それはそうだけど……」


 現在の南方植民地総督であるヴィクトールは、キンスキー家から多大な献金を受け取っている。それは植民地総督の給与が不十分であることの何よりの証拠だ。


「それに俺は、俺の手で金持ちになりたい。誰かにお膳立てされて、手に入れた地位は同じように他人の手であっという間に奪われる。俺はそんなことは御免だ。俺は俺の手で地位と名誉と金を手に入れ、人生を謳歌する」

「クラウス……」


 クラウスがそう語るのに、パトリシアが泣きそうな顔をして彼を見ていた。


 クラウスとパトリシアは幼馴染だ。小さな頃から互いを知っている。


 小さな頃はパトリシアは他の子供たちよりも大人びたクラウスに我が侭を言ってよく遊んでもらったし、思春期に入ると異性として意識するようになっていた。


 クラウスは決してパトリシアを傷つけない。宝石のように大事にしてくれる。パトリシアはそんなクラウスにとてもよく懐き、彼の周りをうろちょろしていた。


 もちろん、クラウスが街のならず者を率いて、カップ・ホッフヌングの街で碌でもないことをしていることも知っていた。だが、パトリシアにはクラウスのそういう危険な面も刺激的で、より一層彼に惹かれていた。


 そんな彼が本格的な犯罪まがいの行動にでようとしている。これまでのならず者を率いてやってきたこととは比べ物にならないほどの、植民地軍という組織を揺るがすことをやろうとしている。


 それがパトリシアには危険に見えて心配であると同時に、あの危険なクラウスの面を見ることができて彼に惹かれるという複雑な心中にあった。


「安心しろ。俺はヘマはしない。どんなことだろうとサラリとやり遂げてみせるさ。だから、そういう顔をするな。お前はいつもの気丈で、勝気な態度の方が似合っているぞ」

「人の気も知らないで……。でも、そうよね。あなたが間違うはずがないわ」


 クラウスがニイッと笑って告げるのに、パトリシアは肩を竦めてそう告げた。


「それにしても、そんなに俺のことが気になるか?」

「そ、それは幼馴染だし、あのキンスキー家の子息なんだから当然でしょう。勘違いしないでよね。儀礼的に心配してるだけなんだから」


 そして、クラウスが意地悪く尋ねるのに、パトリシアは頬を赤らめてそう告げた。


「そうか。なら、ここまでにしておこう」


 クラウスがそう告げると、パトリシアの体を抱き寄せ、その額にキスをした。


「わ、わ、はわあ……」


 突然のことにパトリシアは大混乱で、頬を林檎のように真っ赤にする。


「俺の事を愛人として心配してくれるなら、唇にと考えたが、儀礼的なものなら額にだ。これからもよろしく頼むぞ、パトリシア」

「う、うん。力になってあげるわ。そ、その、友人として」


 クラウスが何の事はないというように告げるのに、パトリシアはカクカクと頷く。


「なら、そろそろ式典に戻るとするか。主賓がいつまでも抜けていたら式典も台無しだろうからな」


 クラウスはそう告げると、パトリシアに背を向けて、迎賓館に戻っていく。


「……恋人として心配してるって言えばよかった」


 そんなクラウスの後姿を見て、パトリシアは小さくそう呟いたのだった。


……………………

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