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転属

……………………


 ──転属



 アナトリア地域の野戦病院からトランスファール共和国に戻ったクラウスは、帰って早々に植民地軍司令部からの呼び出しを受けた。呼び出しの相手は共和国植民地軍の人事課長と参謀長であるヘンゼル・ヘルツォーク大佐だ。


「嫌な予感しかしないな」


 クラウスは呼び出しの文面に溜息を吐いた。


 クラウスは第二次アナトリア戦争で、ウィルマとの戦いで、ヘルマを庇ったことで左目を失明していた。もっと具体的に言うならば左目を完全に喪失していた。


 共和国植民地軍の魔装騎士の操縦士には両目の視力が健全であることが求められる。今のクラウスには片目の視力しかない。魔装騎士の操縦士としては不適格な人材ということになる。


「魔装騎士を降りなくてはならない、ということ?」

「恐らくはな。ヘンゼルの親父は嬉々として俺を魔装騎士から引き摺り下ろすだろう。それからどうなるかは分からん。俺はこのヴェアヴォルフ戦闘団を離れるつもりはないが、俺が戦えなくてもお前たちはやっていけるか?」


 ローゼもクラウスを呼ぶ出す文面を見ながら渋い表情を浮かべるのに、クラウスはお手上げだと言うように大きく手を広げて尋ねた。


「うえええっ……! あたしのせいで、あたしのせいで兄貴がこんなことに……! 申し訳ないッス……!」

「泣くな、ヘルマ。お前のせいではないと言っただろうが」


 ヘルマは未だに自分のせいでクラウスが片目を失ったと思っている。


「悪いのはあの王国のクソ野郎だ。ウィルマ・ウェーベル。全ての責任は奴にある」


 クラウスは憎悪の滲む声でそう告げた。


 ウィルマ・ウェーベル。あの王国のエース・パイロットこそがクラウスの片目を奪った憎むべき相手だ。クラウスが今最も殺したいと思っている人間だ。彼は第二次アナトリア戦争において、半ば彼女を殺すためだけに王国植民地軍の残党狩りを行っていた。


「クラウス。あまり無茶はしないで。あなたのやりたいことは私も手助けする。一応はあなたの副隊長なのだから、私のことを頼ってくれてもいい。隊長を支えるのが、副隊長の役目」


 ローゼには今のクラウスが危ういように思えた。


 いつもは敵に対して特に感情を抱くこともない彼が、ウィルマに関しては特段の憎悪を抱いている。このまま王国本国に乗り込んで、彼女を殺害しに向かいそうなほどに。


「大丈夫だ。無茶はせん。というよりも、できんだろう。流石の俺も王国本国に逃げ込まれたらどうしようもない。奴がまたどこかで植民地戦争に出てきてくれれば殺すこともできるだろうが」


 そんなローゼの心配にクラウスは小さく笑うと、席を立った。


「じゃあ、俺はヘンゼルの親父に会ってくる。ローゼ、お前はアナトリアで損耗した人員と資材について補給の目途を立てておいてくれ。大まかでいい。詳細は俺が調整する」

「分かった。やっておく」


 クラウスはローゼにそう告げて第16植民地連隊の駐屯地内にあるヴェアヴォルフ戦闘団の司令部から出た。


 それから、彼はジープに乗り、トランスファール共和国首都カップ・ホッフヌングにある共和国植民地軍司令部を目指す。


 果たして、いかなる辞令がクラウスを待っているのだろうか。


……………………


……………………


「来たか、クラウス・キンスキー中佐」


 クラウスを出迎えたのは共和国植民地軍の人事課長だった。


「はっ。今回はどのようなご用件でしょうか、大佐殿」


 クラウスは上官である人事課長にに一礼すると要件を尋ねた。


「ああー。それが、まあ、悪い知らせではないのだが、君がどう思うかは少し分かりかねているところだ。ひとまずは率直に要件を告げるとしよう」


 ゴホンと1回咳払いすると、人事課長はクラウスの顔を見た。


「君には共和国本国軍に行って貰う。この時点より君の所属は共和国本国軍だ」

「は?」


 人事課長の告げた言葉にクラウスが目を丸くした。


「それは何かの冗談でしょうか」

「それが冗談ではないのだよ。君は本国軍に配属される。これは共和国本国軍が承認したことだ。君は本国軍は陸軍において参謀本部諜報局勤務となる。これはある意味では栄転だぞ、キンスキー中佐」


 通常、共和国植民地軍の軍人が、共和国本国軍に配属されることはない。共和国植民地軍と共和国本国軍は別組織であり、かつ共和国植民地軍の昇進規定のいい加減さからなる組織の堕落から、共和国本国軍は彼らから自分たちを切り離して物事を進める。


 だが、人事課長はクラウスを共和国本国軍に配属すると告げる。


「共和国本国軍に加えて参謀本部ですか。確かに栄転と言えるでしょう。だが、自分は植民地軍で築いてきたキャリアを台無しにはしたくないのですが」


 参謀本部勤務ならばエリートコースだ。


 だが、クラウスにはそんなものは必要ない。共和国本国軍のエリートになっても、貰える給与はたかが知れている。クラウスが植民地戦争でロートシルト財閥と癒着して稼げる金額に比べれば、雀の涙だ。


「いや。お前がどう思うとこれは決定した」


 不意にクラウスの背後から、男の声が響いた。


「これは、ヘルツォーク大佐。今回のこの件はあなたの“配慮”でしょうか?」

「そうだ。片目が使えなくなったお前はもう魔装騎士には乗れん。ヴェアヴォルフ戦闘団で暴れまわるものこれで終わりだ」


 クラウスの背後に現れたのはヘンゼルだった。煙草を咥えた彼が、不機嫌そうな表情を浮かべたクラウスをジッと見ていた。


「魔装騎士に乗れなくとも部隊の指揮はできますよ。むしろ、指揮に専念できるでしょう。それでも本国軍の行け、と?」

「本国軍で大人しくしておけ。もう植民地を引っ掻き回してくれるな。植民地軍はお前がやってきてから既に20年分は戦争をしている。植民地軍はもうお前の戦争に付き合えるほどの余力はない」


 クラウスが不機嫌そうな表情のままに尋ねるのに、ヘンゼルがそう告げる。


「自分が戦争を起こしているのではありません、大佐殿。戦争は起きるべくしておきているのです。それが人類の歴史というものでしょう?」

「フン。どうとでも言え。戦争が人類の歴史であれ、お前の歴史であれ、どうであれど、お前には本国軍に行って貰う。さようなら、だ、キンスキー中佐」


 肩を竦めるクラウスにヘンゼルはそう告げると、部屋から出ていこうとする。


「ああ。参謀本部諜報局局長のオトマール・オスター少将は私の友人だ。馬鹿な真似は考えないことだな」


 最後にそう告げ、ヘンゼルは部屋から去った。


「やってくれる」


 クラウスは怒りの滲む目で、ヘンゼルが出て行った扉を見つめた


「あー。いいかね、キンスキー中佐?」


 と、ここで人事課長が再び声を上げた。


「何でしょうか? まだ何か?」

「昇進だ。君を第二次アナトリア戦争での功績を評価して大佐に昇進させる。その負傷についても、第2級戦傷章が授けられる予定だ」


 クラウスが尋ねるのに、人事課長はそう告げた。


 第2戦傷章は戦場で負傷したものに授けられる勲章のひとつだ。1級は5回以上の負傷及び手足を失うレベルの重度の戦傷者に、第2級は3回以上の負傷及び比較的重度の戦傷者に、第3級は1回以上の負傷に、それぞれ授けられる。


「その大佐の階級は植民地軍のものかと思いますが、本国軍での階級は?」


 先ほど述べたが共和国植民地軍と共和国本国軍は別組織に加えて、共和国植民地軍は共和国本国軍と比較して劣っている。ふたつの組織を行き来するのに、階級が同じままというのは考えられなかった。恐らく共和国植民地軍から共和国本国軍に移る際には、降格などの処分が行われるはずだ。


「いや。本国軍でも君は大佐のままだ。そう聞いている」

「それは、また」


 意外な話だった。


「それだけ本国軍は君を買っているということだよ、キンスキー中佐。いや、キンスキー大佐。君はまさに英雄的な人物だからな。君が勝利してきた戦争は数知れず、既に騎士鉄十字章まで受勲されている。これほどの人物を降格させては、本国軍は民衆から不評を買ってしまうよ」


 人事課長は本当にそう思っているらしく、にこやかな笑みでそう告げた。


「転属はいつ?」

「本日付けだが、本国に向かうのにも準備が必要だろう。2週間後の水曜日に参謀本部の人事課に出頭し、それから諜報局局長に着任の挨拶をすればいい」


 クラウスの問いに、人事課長がそう告げる。


「要件は以上だ。君の本国における活躍を祈っているよ。本当に羨ましい限りだ」


 人事課長はそう告げて、クラウスを送り出した。


……………………

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