青い線を越えて(5)
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「別行動ってか」
ニーズヘッグE型魔装騎士の操縦席でそう呟くのはウィリアムだ。
ウィリアムが真っ暗な夜の闇中を赤外線暗視装置の視界を頼りに前進していた。
「あのボスは若造だが、頭はキレると思っていたんだが。兵力を分散させるとはな。あまりいい手段だとは思えないんだが」
クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団とウィリアムの外人部隊はアナトリア南部を進む途中で二手に分かれた。ウィリアムは引き続き、敵の司令部と兵站基地を叩くという任務を、クラウスたちはベヤズ霊山を奪還する任務を。
「それだけあの鉱山が重要ってことかね。ボスは戦争の途中で講和条約が結ばれた場合でも、あの鉱山だけは奪っておきたいと言っていたしな。王国が戦争を始めて真っ先に奪った鉱山もあそこだと聞く。血の匂いがする魔性の鉱山だな」
ウィリアムはクラウスとの会話を思い出しながらそう呟く。
クラウスはウィリアムに共和国本国政府が共和国植民地政府に早く講和を行うように圧力をかけているという情報があると告げていた。戦争が王国の側に傾いている状態で講和が結ばれる恐れがあると。
よって、そのような事態が発生する前にクラウスはベヤズ霊山を奪還すると言った。あの世界最大のエーテリウム鉱山だけは、敵に渡してはならない。そんなことになれば、クラウスたちも、ウィリアムたちも経済的な打撃を被ると。
そもそも第一次アナトリア戦争の発端となったのも王国の資源開発企業が、ベヤズ霊山でエーテリウムを発見したことに始まっている。そして、それが共和国に奪われると王国は第二次アナトリア戦争を引き起こした。まさに魔性の鉱山だと言えるだろう。
『少佐。そろそろ現地協力者が指示した目標を視認できます』
「オーケー。覗いてみようか」
エーテル通信機にウィリアムの部下の姿が映り、ウィリアムが魔装騎士の姿勢を低くさせ、前方の口径を赤外線暗視装置で覗き込んだ。
現地協力者というのは共和国植民地省市民協力局に協力している植民地人のことだ。彼らは戦後の地位と報酬を約束されて、密かに王国植民地軍の情報を共和国に売っていた。それを仕切っているのは、やはりノーマンだ。
「目標視認、と。稼働中の大型のエーテル通信機が見えるし、司令部らしき天幕もある。間違いなくあれが目標だな。そうでなきゃ、逃げ遅れた通信部隊だ」
ウィリアムはそう告げ心中で舌なめずりする。
「サラマンダー・ワンより全機。一斉に仕掛けるぞ。夜の闇を活かせ。夜の闇に隠れて、一方的に相手を蜂の巣にしてやれ。いくぞ!」
『了解!』
ウィリアムが告げるのに、部下たちが応じた。
ウィリアムたちは夜の闇の中を静かに移動すると、敵を砲撃可能な位置にまで前進した。それからは匍匐姿勢を取り、司令部らしき施設を警備しているエリス型魔装騎士に砲口を向ける。
「ファイア」
闇夜の中で炎が瞬き、僅かに弧を描いて伸びた砲弾がエリス型魔装騎士を貫いて、秘封機関が暴発してオレンジ色の炎が膨張して、魔装騎士を包み込む。
「まずは1体。悪く思ってくれるなよ。もう俺たちは王国の人間じゃねーんだ」
トライデント・インターナショナル社から共和国植民地軍の外人部隊に移るに当たって、ウィリアムたちは共和国の国籍を取得していた。それに伴い共和国での戸籍も得ている。
ウィリアムはかつては王国本国軍の将校だったが、今は完全に共和国植民地軍の将校だ。その立場で、その立場に求められる任務に従って、彼は戦っている。彼の部下たちも同じように。
「それにしても使いやすい魔装騎士だ。物を作らせたら、やはり王国より共和国の方が上か? 王国もあの実用寸前だったFCS(射撃管制装置)が実装されていれば互角に戦えるかもしれないが」
ウィルマとトーマスが共和国の第4世代について知識がなかったのと同じように、ウィリアムも王国の第3世代に既にFCSが実装されていることを知らない。
『敵魔装騎士、全機沈黙』
「了解。サラマンダー・ワンより全機。対装甲砲に用心して進め。あそこに本国軍が混じっていれば17ポンド対装甲砲があるかもしれん。流石のニーズヘッグ型も、17ポンドには耐えられないのは俺たちが実証済みだ」
敵の魔装騎士は何が起きたかも分からないままに全滅して果てた。残るは司令部といるかもしれない他の警備部隊だ。
「しかし、抵抗はない、と。よく見りゃ連中逃げ出してやがるぞ。なんてざまだ」
ウィリアムの赤外線暗視装置には、司令部のある天幕の周囲から逃げ出していく人間の熱源を捉えていた。いくつもの真っ白な熱を持った影が、夜の闇の中を走っている。
彼らが逃げるのも当然だろう。ウィリアムたちは警備の魔装騎士に一切の抵抗を行わせることなく、完全に粉砕した。魔装騎士でもまるで抵抗できない相手に、歩兵程度の警備部隊は勝てるはずもないと逃げ出し始めたのだ。
「情けない連中だ。国王陛下が泣くぞ」
『どうします、少佐?』
逃げ出していく歩兵たちに溜息を吐くウィリアムに部下が尋ねる。
「皆殺しだ。あの中に司令部のメンバーが隠れていないとは限らんからな。適当に打ち殺しちまえ。ゴミは綺麗にお片付けだ」
ウィリアムはそう告げて口径20ミリ機関砲の砲口を逃げようとする歩兵たちに向け、引き金を引いた。
けたたましい砲声が鳴り響き、クリスタルに投影される赤外線暗視装置の映像に映る白い影が引き裂かれ、白さを、熱を失っていく。赤外線暗視装置の映像はアンリアルで、現実味が感じられない。シューティングゲームをしているような気分になる。
「掃討終了」
逃げる歩兵たちの始末は10分もかからなかった。歩兵たちは暗闇の中で何に襲われているかも分からず、ただひたすらに逃げ惑い、暗闇の中で虐殺された。
「残りは司令部、と」
ウィリアムはそう告げると口径88ミリ突撃砲の砲口を大型エーテル通信機の方にやり、無造作に引き金を引いた。
放たれた榴弾は大型エーテル通信機を吹き飛ばし、榴弾本来のオレンジ色の炎に加えて、秘封機関が吹き飛ぶ炎が加わった。
そして、その炎が天幕に燃え移り、燃え始めた司令部の天幕から白い影がいくつか出てくる。赤外線暗視装置の映像では真っ白で分からないが、これらは王国植民地軍の師団司令部の人員だ。彼らが慌ただしく逃げようと天幕から飛び出た。
「はい、さよなら、っと」
そして、ウィリアムは飛び出してきた司令部のメンバーを魔装騎士の足で踏み潰した。そう、踏み潰した。数十トンはある魔装騎士の重量をかけて、司令部の司令官や参謀たちを纏めて踏み潰した。
『それでいいんですか?』
「いいんだよ。何の脅威でもない連中にエーテリウムや弾薬を使うのはもったいないだろう。こうやって足で踏み潰せば何も消費しない。俺たちは友軍戦線から阿呆みたいに離れて行動してるんだから物資はケチらんとな」
呆れた顔をする部下に、ウィリアムは肩を竦めてそう告げる。
「さて、と。他に人影なし。ちと下車偵察してくる。援護は任せるぞ」
『了解、少佐』
ウィリアムが操縦席のハッチを開けて、まるで散歩にでも行くような気軽さで告げるのに、部下が了解して応じた。部下たちは降車したウィリアムを援護できる位置に付き、ウィリアムは炎が燃え移った天幕に足を踏み入れた。
「おうおう。書類の放棄もせずに早々と逃げ出そうとして。司令部の連中からして、やっぱり植民地軍レベルだな。本国軍にいた身からするとみっともない限りだ。こんなのが王国の軍旗を掲げてるってのはな」
ウィリアムはそう呟きながら、燃え始めた天幕から手早く指令書や通信文、そして地図を回収していく。
「どれくらい上手くいってるかね」
ウィリアムは燃え上がる天幕から出て、自分の魔装騎士に戻ると、手に入れた指令書、通信文、地図を眺め始める。
「第91植民地連隊は共和国植民地軍の追撃を壊滅。残存兵力は確認できず。第92植民地連隊は撤退を続けている。第93植民地連隊は連絡途絶。現状不明」
通信文に記されていた文章はほぼ全てが部隊が壊滅し、撤退し、防衛線を維持するのが不可能になったというものだった。地図に記されている部隊の位置もバラバラとなり、指揮ができていないのは明白だ。
「後退せよ、後退せよ、装備を放棄しても後退せよ。指令書は撤退の指示ばかり。こいつは相当でかい勝利を手に入れてるんじゃないか?」
ウィリアムは指令書に記された撤退命令の連発を見て、首を傾げる。
「あの若造のボスはどこでこんな奇抜な戦術を手に入れたのかね。王国本国軍でもこんな戦術は教えていないぞ。共和国の陸軍ドクトリンってのは俺の想像以上に──かなり進んでいるってことか」
流石のウィリアムもクラウスが機甲戦術の発展した21世紀の地球から転生してきた人間だとは思いつかなかった。彼は共和国の軍事研究力が植民地軍においても相当進んでいると思っただけだ。
「この師団はもうお終いだな。これで3個師団が吹っ飛んだことになる。王国植民地軍の南部における戦力は壊滅的だ。共和国植民地軍は悠々自適に前進、と。こりゃ、王国は本当にアナトリアから叩き出されるな」
王国植民地軍の司令部に残された資料は王国植民地軍の壊滅を示唆していた。このまま戦争が進むならば、王国植民地軍はアナトリアから完全に排除されるということは、もはや推測ではなく、確定した事実になりつつある。
『少佐。次の目標の情報が入りました。次は撤退中の部隊です。装備を放棄していて、ほぼ丸腰の状態のようですよ。魔装騎士は中隊単位で確認されています』
「オーケー。次の目標に取り掛かろう。このままなら勝てるぞ。そして、勝てば俺たちの財布は潤うってわけだ」
部下が報告するのに、ウィリアムはニッと笑った。
既にクラウスとロートシルト財閥の癒着の件はウィリアムも把握している。クラウスたちがロートシルト財閥のために、SRAGのために働くならば、その見返りに与えられる報酬は莫大なものであると。
「さあ。俺たちの財布を潤すために戦うぞ。敵を蹴散らし、共和国を勝利させ、俺たちは取り分をいただく。全く、傭兵稼業をやってるよりも儲かるとは笑いが止まらんな」
ウィリアムはそうクスクスと笑うと、魔装騎士を前進させた。
ウィリアムの外人部隊はクラウスの指示の通りに後方を荒らし回り、撤退途中の脆弱な王国植民地軍の部隊を撃滅し、司令部を叩き潰し、兵站基地を焼き払い、砲兵陣地を蹂躙した。
これによって共和国植民地軍は勢い良く前進。南部を着実に占領していった。
共和国植民地軍の勝利は近いが、まだ憂慮するべき点はある。
共和国本国政府の圧力だ。この第二次アナトリア戦争が世界大戦に繋がるのではないかと恐れる共和国本国政府は共和国植民地政府に早期に講和するように圧力を掛けていた。戦争が優位に運んでいるということを本国の政治家は理解していないようだ。
だが、その講和条約が結ばれる前に得るものを得ようと、クラウスたちは確実に動いていた。
──しかし、王国植民地軍もただやられてばかりではない。彼らは共和国植民地軍に一矢報いるための刃を隠し持っていた。
ウィルマ・ウェーベルという刃を。
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