青い線を越えて(4)
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ブルー・ラインを突破したクラウスたちはいつもの通りに行動した。
すなわち、敵の司令部を叩き潰し、兵站基地を荒らすということ。
今回はそれに加えて砲兵陣地も叩いていた。今回はかなり近い距離で友軍が活動しているため、友軍歩兵のために砲兵陣地を叩いておくことも必要だった。
大隊の司令部が蹂躙され、連隊の司令部が吹き飛ばされ、師団の司令部が蹂躙される。砲弾が、銃弾が、エーテリウムが、あらゆる物資が焼き払われる。あらゆる口径の野砲が踏み躙られる。
クラウスたちの進撃は続き、それを止めらるものはいなかった。
王国植民地軍はヴェアヴォルフ戦闘団は北部にいる。北部こそが敵の狙いだという考えの下で予備兵力──王国本国軍の部隊を含む──を投じており、南部に残っているのは、僅かな、必要最小限の部隊でしかなかった。
「いいぞ。この調子だ。南部は大混乱で、友軍は悠々と前進できている。この調子ならば、南部を完全に落とせる」
クラウスは自分の立案した作戦が上手く行っていることにニッと笑う。
クラウスの狙いは最初から南部だった。
北部においての攻撃は大規模な陽動であり、ホレスの第800教導中隊にヴェアヴォルフ戦闘団に関するデマを流させたのも、敵の戦力が北部に向かうように仕向けるためだ。そして、王国はクラウスの狙い通りに、北部に本国軍を含む予備選力を投入した。
予備戦力が投入されれば、クラウスは北部の進軍は止まるだろうと予想している。北部を突き進んだ共和国植民地軍の部隊は確かにクラウスの提案した戦い方によって進撃しているが、所詮は植民地軍だ。王国が本気になって本国軍を投入すれば、その進軍は鈍るだろうことは予想できた。
だが、それで十分だ。
北部で王国植民地軍が予備戦力を投入し、南部が手薄になった瞬間に、クラウスたちは南部で攻勢を仕掛けるのだから。
南部にはクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団がいれば、ウィリアムの外人部隊もいる。戦力としては多少北部に多く戦力を持たせてやっていたとしても、問題なく戦線を突破し、共和国植民地軍は南部を陥落させることもできるだろう。
「南部が落ちれば北部にいる連中の兵站線は遮断される。事実上の包囲になるのだからな。北部にいくら有力な本国軍部隊がいたとしても、何の意味もなくなる」
王国植民地軍はその兵站線をシリア、イスラエル方面からの陸路と、地中海を経由した海路に頼っている。そして、それら物資はいずれも南部から運び込まれている。
クラウスたちが南部を落とせば、王国植民地軍は兵站線を断たれる。西と南は共和国植民地軍、東は帝国植民地軍によって閉鎖され、王国植民地軍はまるで身動きできないままに包囲殲滅される。
「連中が壊滅すれば万々歳だ。レナーテは王国植民地軍にアナトリアから消えて貰いたがっていたから、それを叶えてやればボーナスも期待できるだろう」
レナーテは王国を完全にアナトリア地域から蹴り出すことをクラウスに望んだ。王国が二度とアナトリア地域においてこの手の侵犯行為を犯すことを防ぐために。
クラウスとしても完全に蹴り出すとは言わずとも、アナトリア地域における王国の影響力は可能な限り削いでおきたかった。特にベヤズ霊山などのSRAGの資産が、こうして王国に奪われ、クラウスたちの収入が不安定になるのは望ましくない。
『おい、ボス。司令部は潰れたぜ。エーテル通信機はドカンで、将校たちは丸焦げだ。これからも同じようにやっていくのか?』
「ああ。俺たちが後方で暴れ回れば、友軍は快適に前進できるからな」
外人部隊のウィリアムがエーテル通信で尋ねて来るのに、クラウスはそう返した。
既に3個師団の司令部が壊滅し、1個軍団の司令部が先ほど潰れた。王国植民地軍の指揮系統は混乱状態に陥り、エーテル通信では平文でどう行動したらいいのかの問い合わせが飛び交っている。
そして、クラウスたちは兵站基地も叩いた。前線が混乱に陥り装備を放棄した部隊は後方で補充を受けることもできず、そのまま戦闘力を喪失。そこを共和国植民地軍が猛追して、撃滅した。
既にアナトリア南部は半分以上共和国植民地軍の手に落ちた。王国植民地軍は今から増援を派遣しようにも予備兵力は北部に留められ、動けずにいた。
『兵站はどうなってんだ? 今のところは武器弾薬は足りてるが』
「兵站はお前が気にする問題じゃない。こっちで完璧に手配してある。こちらの補給中隊とそっちに配属された補給中隊の2個中隊が前線を押し上げている友軍のところまで行って補給物資を輸送している。王国植民地軍のトラックを使って、な」
ウィリアムが怪訝そうな表情で尋ねるのに、クラウスはそう告げて返した。
敵地の後方で暴れ回るヴェアヴォルフ戦闘団の補給物資を届けるには敵の混乱した前線を越えて友軍の下まで向かわなければならない。そして、クラウスはそれを成すために王国植民地軍のトラックを利用した。これならば敵である王国植民地軍と遭遇しても、問答無用で蜂の巣にされることはないはずだ。
『第一次アナトリア戦争の時を思い出す』
ふと、クラウスのエーテル通信機にローゼの表情が映った。
『あの時も同じことをしたわよね』
「ああ。あのときは長期戦だったから大変だったな。幸い、今回は以前の時より早くケリがつきそうだし、友軍の前進速度も段違いに速い」
ローゼがそう告げるのに、クラウスが小さく頷いて返した。
『物事は驚くほどに進歩していくってことね。前は牧歌的な戦争だった気がする。もっと穏やかで、緩やかな』
「牧歌的な戦争なんてあるものか。思い出が美化されているだけだ」
ローゼの言葉に、クラウスは首を横に振る。
『思い出は美化される。でも、あなたとの思い出はそのまま記憶されている。あの時もあなたは冷徹で、大胆で、計算高かった。そして何より、勝利した。今回の戦争もまたあなたの勝利ね』
「俺たちの勝利だ。俺だけの勝利じゃない。お前がいてくれるからこそだ、ローゼ」
そう告げるローゼに、クラウスはピンとエーテル通信機のクリスタルを弾いた。
「俺だけじゃ勝利できん。お前が、ヘルマが、ナディヤが、フーゴ特務中尉が、クルマン中尉が、俺の悪餓鬼どもがいるから勝利できる。俺にできるのは勝利までの道筋を描いて見せることぐらいだ」
『あなたにしては随分と謙虚。明日は血の雨が降るのかしら』
クラウスが述べ、ローゼが目をぱちぱちと瞬かせてクラウスを見る。
「俺は昔から謙虚な男だ。じゃあ、無駄口は終わりだ。仕事を続けるぞ。そろそろ重要な目標に仕掛けるときが来たからな」
クラウスはそう告げると地図に目を落とす。
クラウスたちの現在地はアナトリア地域南部中央から更に東に進んだ地点。その先には──。
「ベヤズ霊山を、世界最大規模のエーテリウム鉱山を取り戻すぞ。あれは俺たちのものだ。植民地人でも、王国でもなく、俺たちのものだ。奪われたものは取り戻す。必ず」
クラウスはそう告げて魔装騎士を前進させた。
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