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青い線を越えて(3)

……………………


 王国植民地軍が予備兵力を北部に投入し、この第二次アナトリア戦争の決戦は北部で行われるのだという空気になり始めていたとき。


「前方に敵の魔装騎士です!」

「共和国か。北部への圧力を下げるためにこちらを牽制しに来たか?」


 ブルー・ライン南部の静かな場所で王国植民地軍の部隊は塹壕に篭り、眼前に広がるアナトリア地域の荒れた大地を眺めていた。


 そんなときにこの南部に敵の魔装騎士が現れた。見張りがそう報告するのに指揮官が双眼鏡を手に持って、前方に視線を向ける。


「見たことがない魔装騎士だな……。新型か?」


 指揮官がかなりの速度で陣地に迫ってくる魔装騎士を見てそう呟く。


「指揮官殿。対装甲砲の準備は完了しています!」

「ご苦労。だが、あの新型は何だ? 共和国が新型を投じたという情報は──」


 王国植民地軍の6ポンド対装甲砲が砲撃準備を完了し、いつでも敵の魔装騎士を狙えるという状況になったとき、指揮官の言葉が途切れた。


「あ、ああ。あの肩のエンブレム! 黒い狼のエンブレムだ! ヴェアヴォルフ戦闘団だぞ! 敵はヴェアヴォルフ戦闘団だ!」


 そう、この南部において王国植民地軍の陣地に迫っていたのは、ヴェアヴォルフ戦闘団のブリュンヒルデ型魔装騎士であった。


 数は56体。真っ直ぐ陣地に突撃してくる。


「まさか! ヴェアヴォルフ戦闘団は北部で確認されたのでは!?」

「だが、あの新型に肩のエンブレムはヴェアヴォルフ戦闘団だ! 畜生! 司令部の連中は揃いも揃って騙されたのか!」


 信じられないという表情を浮かべる下士官に、指揮官が叫ぶ。


「指揮官殿! 対装甲砲の砲撃は!」

「ギリギリまで引き付けろ! あれが共和国の新型機なら、こちらの砲で撃破できるかは怪しくなってくる! 距離400で砲撃開始だ! それまでは気づかれないように息を潜めておけ! 絶対に気づかれるな!」


 部下の声に指揮官がそう返す。


 その間にもヴェアヴォルフ戦闘団のブリュンヒルデ型魔装騎士はスレイプニル型魔装騎士と変わらぬ速度で陣地に迫ってくる。その装甲の重量を考えるならば、信じられないほどの速さだ。


「距離600!」

「気づかれるな……。気づかれるな……」


 次第に陣地とヴェアヴォルフ戦闘団の距離は縮まる。


 そして、砲声が響いた。


「た、対装甲砲が撃破されました! 対装甲砲3門損失!」


 王国植民地軍の陣地で悲鳴のような報告の声が響く。


「クソ! 気づかれたか! 全門、撃ち方始め! 袋叩きにしろ!」


 王国植民地軍の指揮官はそう叫び、それと同時に対装甲砲の砲撃が始まった。


 6ポンド対装甲砲に装填されているのは、王国植民地軍のほとんどの部隊に行き渡った新型徹甲弾だ。ニーズヘッグ型魔装騎士にも損傷を負わせられるだけに改良された砲弾が使用されていた。


 だが──。


「効果なし! 砲撃の効果なし!」

「命中しているのか? 当たってないのではないか?」


 ブリュンヒルデ型魔装騎士は距離500近い距離で砲撃を浴びても、悠然と戦場を前進してきていた。新型徹甲弾を使用しているというのに、王国植民地軍はヴェアヴォルフ戦闘団にまるでダメージを与えられていなかった。


「ハハハ。どうしようもない。お終いだ。相手は化け物なんだ。俺たちがどうにかできる相手じゃない。もうお終いだ」

「しっかりしてください、指揮官殿!」


 指揮官は力を失ったように塹壕の中に蹲り、下士官が指揮官の肩を揺する。


「て、敵の砲撃! 対装甲砲が、対装甲砲が次々にやられていきます! このままでは全滅ですっ!」


 王国植民地軍の対装甲砲は厳重にカモフラージュされていたにもかかわらず、次から次に撃破されてしまっている。


 これはどういうことだろうか?


『クラウス。3時の方向にまだ黙っている対装甲砲がある。見えるか?』

「ああ。見えてる。兵士たちがいるな」


 理由はクラウスの乗るブリュンヒルデ型魔装騎士の操縦席を見れば分かる。


 クラウスのブリュンヒルデ型魔装騎士の操縦席前面のクリスタルには、白黒の赤外線映像が移されていた。そう、昼間でも赤外線の映像は使えるのだ。


 そして、その赤外線映像にはカモフラージュされた向こう側にいる兵士の姿も微かにだが捉えている。対装甲砲の姿も熱の違いで浮かび上がっている。これならば、どこに敵の対装甲砲が隠れているのかを探すのは容易というものだ。


 加えて、地上にはナディヤの偵察分隊がジープで前進しており、彼女の偵察分隊が敵の状況について詳細な情報を上げてきていた。


 クラウスは赤外線の映像とナディヤの報告を基に王国植民地軍の対装甲砲の位置を割り出し、砲撃を加えていた。


 もっとも、砲撃を加えているのはクラウスだけではない。


『更に2門撃破。そろそろ相手の対装甲砲は品切れね』


 クラウスたちの後方ではローゼの装甲猟兵中隊がクラウスたちを支援していた。


 彼女はいつもの魔弾のごとき正確な砲撃によって王国植民地軍の対装甲砲を叩き潰し、クラウスたちのための突破口を形成しつつあった。


「そろそろ抜けるぞ。敵の魔装騎士に警戒。北部じゃ、王国本国軍のタルタロス型とやり合ったという情報も入っている。何が出てきても驚かずに、殺せ」


 クラウスたちは塹壕陣地に焼夷弾の雨を降らせると、恐怖と混乱から撤退を始めた王国植民地軍の兵士の背中にありったけの口径20ミリ機関砲弾を浴びせかけ、彼らがもう組織的な行動ができないように解体した。


「こちらヴェアヴォルフ・ワン。突破口は開いた。突破口の拡大は任せる」

『こちら第16植民地連隊。任された。そちらはいつものように戦ってくれ』


 魔装騎士が突破口を開けば、その突破口を抉るのは歩兵の役割だ。


 クラウスたちとはアーバーダーン要塞でも肩を並べて戦った第16植民地連隊が、ありったけのトラックを使って自動車化され、クラウスたちに追いつくと、戦闘を開始した。塹壕に歩兵が飛び込み、塹壕内の敵を制圧して、突破口を拡大しながら前進する。


『兄貴! 敵の魔装騎士ッス! でもエリス型ッスね。新型じゃないッス』


 と、ここでヘルマが声を上げた。


 前方から2個大隊規模のエリス型魔装騎士が迫ってきている。慌ただしく出撃したのか、碌に陣形も組めていない。


「まあ、穴が開けば塞ごうとするのは当然のことだな」


 クラウスは自分たちが突破口を開けば、それに対応するために敵の魔装騎士が機動打撃するだろうということは予想できていた。ただ、予想とやや違ったのは、相手が王国植民地軍のエリス型魔装騎士を使ってきたことだけだ。クラウスは仕掛けてくるのは王国本国軍のタルタロス型魔装騎士だと思っていた。


「全機。お客さんだ。叩き潰せ。これぐらいの相手に負けてくれるなよ。こっちにはまだまだやらなきゃならないことが山ほどあるんだからな」


 クラウスはそう告げて71口径88ミリ突撃砲の砲口を迫りくるエリス型魔装騎士に対して向け、引き金を引いた。


 命中。もはやスレイプニル型魔装騎士と同等の速度で移動していも、クラウスは的に対して砲弾を外すようなことはなかった。


『ドンドン行くッスよー!』

『可能な限り支援する』


 ヘルマとローゼも迫りくるエリス型魔装騎士を屠る。


 ヘルマは砲撃を加えながらクラウスと共に相手に近接して、熱式刀剣ヒートソードでエリス型魔装騎士を真っ二つにする。ローゼはクラウスたちの背後から、クラウスに害が及びそうなものを確実に選んで、砲弾を叩き込む。口径128ミリという化け物染みた砲弾を受けたエリス型魔装騎士は爆散だ。


 王国植民地軍が陣地が突破されたという報告を受けて派遣したエリス型魔装騎士2個大隊が壊滅したのは僅かに30分後のことであった。


 今やアナトリアの平原に広がるのは王国植民地軍の夥しい数の歩兵の死体と、破壊されたエリス型魔装騎士の機体だけだ。完全に王国植民地軍のブルー・ライン南部は突破されてしまった。


『あーあ。こちらサラマンダー・ワン。こっちも突破して、敵の魔装騎士を始末したぞ。そっちに合流すればいいのか?」


 と、ここで共和国植民地軍外人部隊の指揮官であるウィリアム・ウィックスから通信が入った。書類上は彼は少佐の立場にあるので、中佐であるクラウスの指示を仰ぐことになっていた。


「そうだ。こっちに合流してくれ。流石に今回ばかりは俺たちだけで荒らし回るのは難しい。それに──」


 クラウスの視線が操縦席に置かれた地図に落とされる。


「こっちも自分たちの利益になるものを獲得しておきたいからな」


 クラウスが地図で見つめた場所は、ベヤズ霊山。世界最大のエーテリウム鉱山であり、第一次アナトリア戦争でクラウスたちが王国から奪った場所だった。


……………………

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