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ブルー・ライン

……………………


 ──ブルー・ライン



 王国によるアナトリア分割協定破棄宣言から3ヶ月が過ぎた。


 現在の戦況は王国はチャナッカレ上陸作戦が失敗したことで共和国本土から共和国植民地軍が送られることを阻止できず、アナトリア地域に進出した共和国植民地軍は西からじわじわと反撃を開始していた。


 それでも王国はい未だにアナトリア中心部──ベヤズ霊山を含む──と、シリア、イスラエルに相当する部位を占領している。ベヤズ霊山を押さえているいうことは事実上の勝者である。


 そして、王国は西に防衛線ブルー・ライン、東に防衛線レッド・ラインを展開している。王国が動員した8個師団の戦力のうち、6個師団がブルー・ラインに、2個師団がレッド・ラインに配置されている。


 東部──帝国側の防衛戦力が少ないのは帝国の戦況は些か芳しくないからだ。


 帝国植民地軍は共和国との同盟から参戦したものの、彼らは自分たちのアナトリア地域の黒海沿岸地帯の支配地域を防衛するだけで、積極的に王国を攻撃しようとはしていない。王国が牽制攻撃を仕掛けてくるのに応戦しているだけだ。


 それもそうだろう。王国は巧妙にも帝国の支配領域を侵犯することは避け、帝国がアナトリア分割協定が破棄されても不利益を被らないのだという印象を帝国上層部に植え付けた。そして、帝国上層部は王国との同盟を求める王国派が7割を占めている。彼らは来るべき世界大戦において王国を同盟国にするために王国をあまり刺激したくなかった。


 そんな理由で帝国植民地軍は積極的には動かなかった。彼らはこれを機会にアナトリア分割協定を書き換え、自分たちにとって優位にしようとは思っていないようだ。


「戦況は膠着寸前」


 クラウスは地図を前にそう告げる。


 場所は共和国植民地軍が占領した村落の民家。


「王国は守りに入ったが、この守りが面倒だ。半島を横断する勢いの多層の塹壕陣地に6個師団の戦力。そのうち2個師団は恐らく王国本国軍の戦力だ。これを撃破するのに動員されている共和国植民地軍の戦力は7個師団」


 クラウスはそう告げながら地図にピンを立てていく。現在確認されている王国植民地軍の配置と共和国植民地軍の配置だ。


 すると緑のピンと赤のピンがアナトリア西部において並行して並んだ。


「共和国植民地軍は防衛線にちょっかいを出してはみているが、上手くいったという話はとんと聞かない。恐らくは馬鹿正直に正面から歩兵が突撃して、塹壕陣地で足止めされたところを魔装騎士に叩かれた、ってところだろうな」


 クラウスは腕を組むと吐き捨てるようにそう告げた。


「このまま戦線が膠着し、現状で固定されるのは望ましくない。レナーテからの情報では共和国本国政府は植民地政府に早く講和交渉を始めろと圧力を掛け始めたらしいからな。この状況で講和して一番得をするのは王国だ」

「それだけは許せないッス! 奴らのせいであたしたちの収入が減るッス!」


 クラウスがそう告げて、民家に集めた指揮官たちを見渡すのに、指揮官ではないがクラウスの僚機として活躍しているヘルマが頬を膨らませた。


「そうだ。王国にベヤズ霊山を奪われたことでSRAGは大損害を出している。あそこは世界最大のエーテリウム鉱山だからな。なんとしても、あそこだけは完全に奪還しなければならん」


 クラウスたちが第一次アナトリア戦争で奪ったベヤズ霊山は再び王国に奪還された。王国は奪還したベヤズ霊山の領有権を主張しており、それを守るかのように分厚い防衛線を構築していた。


「ベヤズ霊山は最低限取り戻すとして、策はあるの?」

「ないわけではない。だが、ちょっとした賭けになる」


 静かに話を聞いていたローゼが尋ねるのに、クラウスが険しい表情で返した。


「賭けなのはいつものことでしょう。オッズはどうなの?」

「6対4だ。こっちが僅かに有利だが、それでもかなり厳しい賭けになるぞ」


 ローゼは肩を竦め、クラウスは小さく溜息を吐いた。


「私は乗るわ。他の人はどうする?」

「ボスの作戦なら乗りますよ。ボスはいつも勝ってきた」


 ローゼがそう告げて指揮官たちを見渡すのに、指揮官たちはクラウスに信頼の視線を向けた。


「だ、そうよ、クラウス」

「なら、決まりだ。ザンデルスの親父に作戦計画を提出する」


 ザンデルス。ジークムント・フォン・ザンデルスはアナトリア奪還のために編成された共和国植民地軍第7軍の指揮官である。共和国本国政府から危険視されているクラウスにも理解を示している人間だ。


「お前たちは待機だ。作戦が決定したら伝える。どうなるかはまだ分からんぞ」


 クラウスはそう告げて、司令部のある民家を出てジープに乗り込んだ。


……………………


……………………


「ふむ。ブルー・ラインの突破計画、か」


 第7軍の司令部はクラウスたちが司令部を設置した集落から僅かに離れた主楽に設置されていた。


 元々は現地の豹人種の集会場だったであろう場所が、アナトリア地域支配を目指す共和国植民地軍の司令部となっており、豹人種の姿はひとりとして見当たらない。


「確かにこれならばブルー・ラインを突破できる可能性があるな」

「はっ。自分もこの案が最良の選択かと思っております」


 ジークムントと参謀たちがクラウスの提出した作戦計画を見ながら頬を摩るのに、クラウスが軍人らしい直立不動の姿勢でそのように告げて返す。


「だが、この作戦は賭けになる要素も入っているのではないか。それもかなり大きな賭けが。そして、この手の賭けにはリスクがつきものだと思うが。その点は君は問題ないと考えているのか?」


 ジークムントはそう告げて、クラウスを見る。


 クラウスの作戦計画には何らかの賭けになる要素が含まれているようだ。堅実に敵を攻略するのではなく、賭けによって大胆に敵を攻撃するような賭けが。


「その点は自分も承知の上です」


 クラウスは悠然とした態度でそう告げる。


「ですが。戦争そのものが賭けのようなものです。特に戦力が拮抗した状況で行われる戦いは賭けを行うか、兵士を磨り潰す消耗戦をやるかです。であるならば、賭けた方がいいでしょう。賭けなければ兵士を損耗させるだけで、勝利は得られないのですから」


 現状、ブルー・ラインにおける共和国植民地軍と王国植民地軍の戦力は拮抗している。このまま睨み合っていれば、現状保持で講和条約が結ばれる恐れがあったし、ただブルー・ラインを攻撃しても兵士を損耗するだけで終わるのみである。


 勝利を得ようというのであれば、大胆な作戦を実行し、テーブルにチップを乗せて賭けなければならない。


「聞いたか、諸君。戦争に勝つためには賭けをしなければならないそうだ」


 ジークムントはクスクスと笑うと、参謀たちを見渡した。


「気に入った。この作戦を採用する。参謀諸君は直ちに詳細な調整に入れ」

「はい、閣下」


 ジークムントは素早くそう命じ、参謀たちが応じる。


「君は聞いていたのとは随分と違う人間なようだ、キンスキー中佐」

「はて。誰からどのようなことをお聞きなさったのでしょうか」


 ジークムントは参謀たちにクラウスの作戦計画を実行に移させている間、煙草に火を付けてそう告げ、クラウスは肩を竦めてそう尋ね返した。


「クラウス・キンスキーという男は共和国を破滅させる恐れのある男だ。そう、植民地軍の参謀長であるヘルツォーク大佐から聞いていた。だから、君を作戦にはなるべく起用するな、とな。だが、君は共和国を破滅させるどころか、勝利させている。彼の人物観察眼は些か濁っているな」


 ヘルツォーク。ヘンゼル・ヘルツォーク大佐はジークムントの述べるように共和国植民地軍の参謀長であり、クラウスの独断専行を忌み嫌っている人物だ。


「君は優秀な植民地軍士官だ。誇っていい」

「光栄です、閣下」


 ジークムントは煙草を吹かしてそう告げ、クラウスは小さく微笑んで頷いた。


 もはや、アナトリアにおいてはヘンゼルや本国政府がどれだけ邪魔をしようとしても無駄だ。司令官であるジークムントはクラウスを信頼しており、彼の立てた作戦計画を採用するまでに至っているのだから。


「では、君も準備に入りたまえ、キンスキー中佐。決戦の時は近いぞ」

「了解しました」


 ジークムントはクラウスにそう告げ、クラウスは一礼して司令部を出た。


「彼、納得してくれた?」


 司令部の外ではローゼがジープでクラウスを待っていた。


「ああ。承認された。これで戦線が動かせるぞ。賭けが成功すればな」


 クラウスはローゼにそう返すと、ジープに乗り込んだ。


「なら、作戦決行ね」

「そうだ。作戦決行だ。こっちも準備を始めるぞ。パーティーには遅れたくない」


 ローゼとクラウスはそう言葉を交わすと、ジープをヴェアヴォルフ戦闘団の司令部まで走らせた。


……………………

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