トラップ(2)
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「族長たちはどこに隠れている! 言えっ!」
共和国植民地軍の駐屯地のひとつ。
そこに連行されてきたデミレル族の男たちが連行され、駐屯地内にある檻の中に閉じ込められていた。いや、正確に言えば閉じ込められているだけではない。彼らは激しい拷問を受けていた。
尋問官はクラウスと共和国植民地省市民協力局の人間だ。
「し、知らない! 拠点は移動するんだ! だから、今どこにいるかは──」
デミレル族の男が叫ぶのに、彼の頭が水で満ちたバケツの中に押し込まれた。ゲボゲボと水泡が上がり、デミレル族の男は必死に手足をばたつかせようとして、縛られた手足をのたうたせる。
「繰り返す! 族長たちはどこに隠れている! 言えっ! 言わなければ殺すぞ!」
市民協力局の尋問官はこの手の拷問に慣れた様子で、何度もデミレル族の男の意識を失わせながらも、同じことを耳元で叫ぶ。
何度も、何度も、何度も、何度も。
機械のように、鬼のように、無慈悲に、冷酷に、尋問官は拷問を繰り返す。
「知らない……。知らないんだ……。本当に……」
デミレル族の男はボロボロと泣きながら、そう繰り返すだけ。
その様子を他の捕虜は見せつけられている。既に手足の爪を生きたまま剥がされたものや、指の骨を折られたものがいる。そして、彼らは捕虜になってからこの4日間一睡もすることが許されていない。
「いいや、お前は知っているはずだ! 言え! 族長たちはどこに隠れた! 族長たちはどこを拠点にしている! 全て話せ! 死にたくなかったら、全てを話せ! それともこの肥溜めで死にたいのか!?」
市民協力局の尋問官はそう叫ぶと、捕虜の顔をバケツに突っ込んだ。
再びゲボゲボと水泡上がり、気を失うまでその状態が維持される。
「そろそろいいだろう」
ここで拷問の様子を眺めていたクラウスが声を上げる。
「こいつはいくら叩いても喋らない。完全に時間の無駄だ」
「だが、まだ時間はある。それも、たっぷりと。生まれてきたことをもう100回は後悔させてやれるだろう」
クラウスがそう告げるのに、市民協力局の尋問官がそう返す。
「全く。折角、デミレル族以外の部族の連中が俺たちの味方になって攻撃が成功したというのに、これではまるで意味がないな」
「なっ……?」
クラウスのその言葉にデミレル族の男たちが言葉を失った。
「知らなかったのか? 連中は俺たちの側に立つと決めたんだぞ。他の連中はデミレル族が王国の力を借りて、アナトリアを支配するのを面白く思っていない。だから、連中は共和国に味方した。シンプルな話だろう」
クラウスはそう告げて、フンと鼻を鳴らした。
「で、尋問は続けるのか?」
「そうだな。見せしめにひとり、ふたりには死んで貰うとするか。そうすれば、他の連中の口も軽くなるかもしれない」
市民協力局の尋問官が問うのに、クラウスはニッと笑ってそう告げた。
「では、まずはこいつに死んで貰おう」
クラウスが告げたのに、市民協力局の尋問官が頷き、彼は漏斗を取り出すと、それを暴れるデミレル族の男の口に咥えさせ、がっしりと椅子に縛り付けた。
「水を入れろ」
市民協力局の尋問官が命じ、他の市民協力局の職員たちがバケツに入った水を漏斗の中に、デミレル族の男の中に流し込んでいく。デミレル族の男は必死になって暴れるが、椅子に縛り付けられていて抵抗できない。
ひとつ、またひとつとバケツが空になり──。
「ゲボッ……!」
デミレル族の男の口から鮮血と共に水が噴き出した。あまりに大量の水を一度に流し込まれたために、内臓が破裂したのだ。
デミレル族の男は何度か痙攣すると、そのまま動かなくなった。
「なんてことを……」
「酷い……」
目の前で同族の男の残忍で。無残な死を見せつけられたデミレル族の男たちが、絶望から声を上げる。
クラウスは言った。
見せしめのためにひとり、ふたりには死んで貰うと。
それはこの男の死からまた別の男の死が起きるということを意味する。自白する情報がない以上は見せしめに殺されるか、拷問の末に死ぬかのふたつの選択肢しかないことを意味している。
その恐怖を前に、デミレル族の男たちは震え上がった。
「今日はこれでいい。尋問は明日から再開だ。明日にはまた別の奴に死んで貰おう」
「今日は終わりだ。獣どもを檻に戻せ」
クラウスがそう告げ、市民協力局の尋問官が部下たちに命じる。
デミレル族の男たちは銃剣を付けたMK1870小銃を構える市民協力局の職員たちに追い立てられ、彼らを収容している駐屯地内の収容施設に連れていかれた。
「さて、連中が間抜けじゃなければ作戦成功だ」
市民協力局の職員たちと捕虜であるデミレル族の男たちが出ていき、空になった部屋で、クラウスが呟く。
「相変わらずあくどいことを考えるな、大将」
そんなクラウスに声をかけるものがひとり。
ノーマンだ。市民協力局の職員であるノーマンも、今回の拷問の様子を檻の外から煙草を片手に眺めていた。
「どうせ、俺がやらなくてもお前たちがやっただろう。市民協力局は俺が想像しているより薄汚い組織のようだからな。暗殺、拷問、扇動、何でもありだ。お前のところの尋問官を見ればまともな組織だとは思わん」
「おーお。俺の職場をそう悪く言ってくれるなよ。みんな、我らが共和国のために職務熱心なんだ。もちろん、俺を含めてな」
クラウスが鼻を鳴らして告げるのに、ノーマンはクスクスと笑った。
「職務熱心とは言ったものだな。俺と癒着して大金を懐に入れているくせに」
「俺の働きならお前さんから貰った金で丁度釣り合いが取れるのさ。それぐらい職務熱心なんだよ」
クラウスが胡乱な目でノーマンを見るのに、ノーマンは心外だという顔をする。
「お前の職場がまともであれ、狂っているであれ、目的は恐らく達したはずだ。今日の深夜には動くぞ。準備はできているか?」
「こっちの準備は万端だ。必要なものは揃えたし、必要な連中もリストアップした。連中が心底間抜けでなければ、俺たちの望むことをやってくれるはずだ」
クラウスが尋ねるのに、ノーマンが答える。
行われた尋問では何の情報も手に入らなかったというのに、彼らは何を準備するというのだろうか?
「それにしてもよかったのか。こんなところをお嬢様に見せちまって」
と、ここでノーマンの視線が動く。
「ローゼ。どうだった? これが俺という人間だぞ」
拷問が行われた檻の外にいたのはローゼだ。彼女がいつもの生気の薄い瞳で、拷問が行われ、人がひとり死んだ檻を眺めていた。
「ええ。そのようね。随分と無茶をするけど、これも必要なことでしょう?」
「捕虜を拷問して殺すことが本当に必要だと思うか?」
ローゼが告げるのに、クラウスが尋ね返す。
「俺という個人にはどう失望して貰って構わんのだぞ。この通り、俺は碌でもない人間だ。この手の薄汚く、残虐な手段をどうとも思わないような、そんな人間だからな。お前たちとは違う」
クラウスはそう告げてローゼを見た。
「失望はしないし、軽蔑もしない」
そんなクラウスにローゼがそう返す。
「あなたは勝利するために戦っているだけ。それが自分の利益のためでも、それは私にも理解できる利益。あなたは前に言ったように人殺しのための人殺しはしていない。だから、私は軽蔑しない。それは他の兵士と同じだから」
ローゼは淡々とそう告げた。
「それに私はあなたのやることに文句は言わない。あなたのやることを信頼しているから。だから、私はあなたの行動に何も言わないわ」
ローゼはいつもの瞳で、クラウスをジッと見つめる。
「好きにしろ。後になって後悔してもしらんからな」
「後悔はしない」
クラウスはそう告げ、ローゼは小さく頷いた。
「大将、そろそろ進展したか?」
「何がだ? 作戦がか? まだ始まったばかりだぞ」
ノーマンがニヤニヤと笑いながら尋ねるのに、クラウスが怪訝そうな顔をする。
「違うさ。男女の仲の話さ。お宅のそこにいる優秀な副隊長とお前さんは結構な間柄なんだろう? どこまでいったんだ?」
「はあ?」
ノーマンが告げるのに、クラウスは思わず妙な声が出た。
「全く。こいつと俺の仲を疑ってたのか。こいつと俺の間には何も──」
「かなり進展してる。そろそろ実家に招待するつもり」
クラウスが首を振って否定しようとしたのを、ローゼが横から割り込んだ。
「おい、ローゼ。お前は一体何を言っている」
「事実を。私とあなたの仲は深いはずよ。とても、とても」
クラウスがローゼを睨むのに、ローゼは僅かに愉快そうに笑いながらそう返す。
「おおっと。やっぱり進んだ関係じゃないか。女っ気は多いのに、付き合っている女がいないようだから同性愛者か何かかと思ってたぜ。よかったな、大将。今度、副隊長の実家に行って挨拶して来いよ。お前さんが婿に行くんだろうが」
「勝手に話を進めるな、ノーマン」
ノーマンがケラケラと笑って告げるのに、クラウスが溜息を吐く。
「こいつとの間には──何もないわけではないが、そこまで深く──ないわけでもないが、兎も角男女の仲ってわけじゃない。ふたりとも妙なことをいって俺を笑いものにしてくれるなよ」
クラウスはそう告げて、ローゼの頭をポンポンと叩く。
「そんなに私は嫌?」
「お前はちっとは自分を大事にしろ。戦場に連れまわしている俺が言うのも何だが、お前は貴族令嬢だってのに自分の身に無頓着過ぎるぞ。俺みたいな無法者じゃなくて、もっと相応しい奴がいるだろ?」
上目遣いにクラウスを見るローゼに、クラウスはそう告げて返した。
「貴族と言っても没落貴族。それに私はあなたが好き」
そう告げてローゼはクラウスに背中を向けた。
「作戦、上手くいくことを願ってる。これが終わったら実家に来てね」
そして、ローゼはそのまま部屋から出て行った。
「熱々だな」
「からかうな、ノーマン。お前も作戦の準備をしておけ。始まるぞ」
ノーマンが小さく笑うのに、クラウスがそう告げて返したのだった。
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