トラップ
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──トラップ
「共和国の車列が来るぞ! 全員戦闘準備だ! 急げ、急げ!」
クラウスと補給参謀が会話をしてから1日後。
補給参謀の告げたように共和国植民地軍の前線部隊への補給物資を移送するための車列は、戦線後方から最前線に向けて出発していた。
そして、その車列をデミレル族が待ち伏せていた。
彼らは王国秘密情報部の準軍事作戦要員が教えた通りに梱包爆薬を握り締めて車列の戦闘が来るのをじっと待ち、十二分に偽装が施された陣地で共和国植民地軍のトラックが向かってくるのを待っていた。
「そろそろだぞ……。準備しろ……」
部隊の指揮を執っているのは、ダーマードだ。彼がサウスゲート式小銃を手に握り、地面に低く伏せて、共和国植民地軍の車列が来るのに目を凝らしていた。
「来たぞ! 来た! かかれ!」
そして、共和国植民地軍の車列の戦闘の車両がダーマードたちの前に来ると、ダーマードたちは梱包爆薬を思いっきり先頭車両に投げつけた。
炸裂。工兵用の梱包爆薬はトラックを軽々と吹き飛ばし、横転したトラックが道路を塞いでしまう。そのことで車列は急ブレーキをかけて停止し、共和国植民地軍の兵士が混乱した声を上げながら、バックしようとしたり、路肩から前方に抜けられないかと試してみたりする。
「撃ち方始め!」
だが、そうそう悠長に共和国植民地軍が離脱する時間を与えるダーマードたちではない。彼らは機関銃を車列に向けて掃射し、サウスゲート式小銃でトラックの運転席を銃撃する。けたたましい銃声が鳴り響き、辺りは一瞬で戦場になった。
「今回も俺たちの勝ちだな。共和国の連中は弱すぎる」
襲撃が上手く行っているのに。ダーマードが小さく笑う。
今回も襲撃は成功し、ダーマードたちは共和国植民地軍の車列を叩き潰し、物資を焼き払い、奪った食料と酒で宴をする。そして、その間に同盟者である王国が、自分たちの勝利のために行動する。
そうなるはずだった。
「グエッ……」
不意に機関銃を掃射していたデミレル族の男の頭部が爆ぜた。額に真っ赤な穴が開き、後頭部には大きな射出孔が穿たれている。
「なっ……」
ダーマードがうろたえるのも束の間、別の兵士の頭が同じようにして爆ぜた。
「狙撃だ! 伏せろ!」
ここで声を上げたのは王国秘密情報部の準軍事作戦要員だった。
彼はこの手の攻撃に経験があり、対応も素早かった。
彼はダーマードの頭を掴んで地面に伏せさせ、自身も地面に身を伏せる。次の瞬間、ダーマードのいた位置を銃弾が飛んでいき、空を切った銃弾がカモフラージュのための草木を貫通して飛び去って行く。
「畜生。一体何が……」
いつものように襲撃は成功したはずだった。共和国植民地軍のトラックは横転し、敵の抵抗は奇襲によって脆くなり、そこを突いて壊滅させられるはずだった。
だが、どういうことだ? 敵は恐ろしく冷静に反撃してきている。狙撃によってダーマードの兵士たちの頭を弾き飛ばし、機関銃は既に沈黙している。
「敵の機関銃だ!」
ダーマードが思いもよらぬ反撃を前に混乱するのに、デミレル族の男が叫ぶ。
いつの間にかトラックの荷台に据えられていた機関銃が、デミレル族の男たちに向けて銃弾を叩き込み始めた。激しい銃声と同時に悲痛な悲鳴が上がり、デミレル族の男たちが逃げ惑う。
「ダーマード。ここは撤退するべきだ。これは共和国が用意した罠だ。連中は事前に襲撃を受けると察知していたとか思えない動きで動いている。このまま交戦を続けていると、魔装騎士が出てきても驚かないぞ」
王国秘密情報部の準軍事作戦要員はダーマードにそう告げる。
「だが、これでは勝てないではないか! 俺たちは連中の兵站線を締め上げないと、勝利が得られない! どうあっても俺たちは戦わなければ!」
「ここでお前が死んだら全てお終いだぞ。お前の代わりはいないと理解しているのか?」
ダーマードが叫ぶのに、王国秘密情報部の準軍事作戦要員が冷たく告げる。
ダーマードの子供はまだ3歳だ。族長の座を引き継ぐには幼すぎる。ここでダーマードが死んでしまえばデミレル族の団結は空中分解し、共和国に組織的な攻撃を仕掛けることは不可能になってしまうだろう。
「……分かった。撤退だ。撤退する」
ダーマードは暫しの沈黙の末にそう告げ、ダーマードは部下たちに撤退を命じた。
だが、そう簡単にダーマードたちを逃がすほど、共和国植民地軍は甘くはなかった。荷台に機関銃を据えたトラックが彼らを追撃し、歩兵たちは驚くべき練度でダーマードたちを追撃して、ひとり、またひとりとダーマードの部下が脱落していく。
ダーマードは辛うじて3分の2の部下を連れて逃げることに成功したが、3分の1の部下は失われることとなった。
「忌々しい共和国め。呪われてしまえ。奴らに災いを」
ダーマードは長い逃避行で疲労困憊で横たわる部下たちを眺め、共和国を呪った。
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「どこまで追撃できました、ヒッペル中佐?」
補給部隊の目的地であった前線付近の物資集積基地でそう尋ねるのはクラウスだ。
「山の付近までは追撃できたけど、それからはダメだね。向こうは現地の地理に詳しい。こっちが追いかけて行っても、次から次に姿を消して、なかなか上手い具合には追跡させてくれない。相手も訓練されてるよ」
クラウスにそう答えるのは第800教導中隊のホレス・フォン・ヒッペル中佐だ。
あの補給物資を運ぶ車列の中に密かに紛れ込み、車列を襲撃したダーマードに逆襲して見せたのはホレスの部隊だった。
ホレスの第800教導中隊は歩兵としては高度に訓練されている。本国軍すら上回る練度を有し、まさに特殊作戦部隊として機能するだけの部隊として編成されている。
「ですが、かなり深くまで追跡された。そして、捕虜を手に入れた。流石は植民地軍でも有数の部隊なだけはあります。そんな部隊を編成し、維持できていることはまさに尊敬しますよ、ヒッペル中佐」
クラウスは真剣な表情で、そう告げてホレスに敬礼を送った。
ホレスの第800教導中隊ならば、共和国植民地軍の補給物資を積載した車列をゲリラ戦で襲撃するデミレル族を撃退し、追跡できるだろうとクラウスは踏んで、ホレスに作戦への協力を要請していたのだ。
そして、ホレスの部隊は実際に敵を撃退、追撃した。
「でも、君が求めていたのは奴らの本拠地を掴むことじゃなかったのかい? 俺たちは結局、敵の親玉も局取り逃したよ。これじゃ作戦は失敗だろう」
クラウスの称賛にホレスは肩を竦めてそう返した。
「そうでもありません。敵の居場所を暴くのはこれからです。そのために必要なものは中佐の部隊が連れてきてくれましたので」
そう告げてクラウスはホレスに捕らえられて捕虜になったデミレル族の男たちに視線を向ける。負傷しているものも、負傷していないものも混じっているが、全員が一様に恐怖を覚えているのが分かった。
彼らは族長であるダーマードから共和国が植民地人をどのように扱うかを聞かされていた。死の危険のある鉱山に叩き込まれて、一生太陽の光を見ることができずに死ぬまで働かされるという話を。
「拷問でもするのかい? 拷問で得られる情報は得てして正確じゃないし、奴らが俺たちの知りたい情報を持っているのかどうかは不明だ。そして、俺たちの拷問の技術はあまり進歩がない。苦痛を与えるだけ与えるとても原始的なものだ」
「拷問“だけ”には頼りませんよ、ヒッペル中佐。こちらとしても拷問の欠点は理解していますから」
ホレスが険しい表情でそう告げるのに、クラウスはそう告げて返した。
クラウスも前世では日本情報軍という軍隊と諜報機関のハイブリッドな組織に所属していた経歴がある。彼はその時の知識で拷問で相手の居場所を探るのは難しいし、時間がかかり過ぎると理解していた。
「なら、どうやって?」
「自分からボロを出すように仕組むだけです。仕組みそのものは非常にシンプルですよ。恐らくは中佐もそんなものかと思われるでしょう」
ホレスの問いに、クラウスはそう答えると捕らえた捕虜たちを、トラックに乗せ、共和国植民地軍が設置した駐屯地のひとつに連行していった。
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