植民地人の意地(3)
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「勝利に次ぐ勝利だ! 我々は神に祝福されている! 共和国は我々の刃を前に倒れる! そして、母なるアナトリアから奴らが駆逐される日は近いだろう!」
そう声を上げるのは豹人種の大柄な男。
名をダーマード・デミレルという。
デミレル族の長であり、共和国にゲリラ戦を仕掛けている人物だ。
「万歳! アナトリア万歳!」
「万歳! 族長に栄光あれ!」
ダーマードの部下たちも、ダーマードに同調して大きく声を上げると、葡萄酒で満ちた杯を掲げた。
「酒はそこら辺にしておいてくれ。次の獲物を狙わなくちゃならん」
そう告げるのは人間の男だ。
軍服の類は身に付けていない平服の男だが、明らかに鍛えられているのが窺え、軍人であることが容易に察することのできる男だった。
「分かっている。王国は小姑のようだな。あれこれと」
ダーマードはやや不機嫌そうな表情でそう告げて返した。
この人間の男は王国の人間だ。それも王国秘密情報部が送り込んだ準軍事作戦要員のひとりである。
王国は今回の第二次アナトリア戦争において現地の植民地人を利用することを考えた。最初の開戦の切っ掛けとなった植民地人の反乱に続き、自分たちにとって優位なように彼らを使うことを考えた。
それで動員されたのがトーマス・タールトン準男爵だ。
彼は現地の部族の関係を念入りに調べ、このデミレル族がアナトリア地域一帯に統一した国家を作りたがっていることを知った。彼らは時に他の部族と戦争を起こしながらも、領土拡張を狙ってアナトリア地域に広がっていた。
トーマスはこのデミレル族と接触した。
トーマスはデミレル族を束ねるダーマードに対して告げた。
「王国はあなた方を支援する準備がある。支援を受けたいと思うのならば、是非とも我々に返答を返して貰いたい。そうすれば優れた武器と共にそれを扱うための方法を教える人間を派遣するでしょう」
このトーマスの申し出にダーマードは反応した。
折しも時期は共和国がアナトリア地域の5割を支配し、現地の植民地人である豹人種たちを奴隷として使い始めていた。彼らは危険な鉱山での労働を強いられ、少なくない数の豹人種が死んでいた。
このことにダーマードは腹を立てていた。何故、自分たち豹人種が共和国という異国の人間の言いなりにならなければならないのかと。
ダーマードは素早くトーマスに返事を返し、王国の協力を受けてアナトリア地域から共和国を排除し、かつ自分たちこそがアナトリア解放の勇士としてアナトリア地域を治めるものになるのだと決意した。
王国はダーマードの返事に小さく微笑み、武器と弾薬、そして王国秘密情報部の軍事顧問をデミレル族の下に送り込んだ。
そして、今に至る。
王国秘密情報部に訓練されたデミレル族は共和国植民地軍──の輜重兵を次々に撃破していき、彼は勝ち続けていた。共和国は兵站線を断たれたことで、進軍を停止し、その間に王国が防衛準備を進めることができていた。
王国が勝てば自分たちデミレル族も勝利する。ダーマードたちはそう信じていた。
実際の王国の狙いは共和国植民地軍の足止めのために、デミレル族を使い捨ての駒として利用することにあった。植民地人ならばいくら死のうと本国も、植民地も、気にすることはないし、植民地人は純粋に兵力として使える。彼らは自分たちの住む場所について詳しく、共和国や王国の知らない道を知っているのだから。
王国は半ばデミレル族を使い捨てにするつもりだったが、もちろん彼らが生き残った状態で戦後を迎えた場合のことも考えていた。
デミレル族が生き延びた状況で戦後を迎えた場合は、ミスライムの猫人種と同じようにこのアナトリア地域の支配階級に据えると、王国は彼らに約束している。ダーマードもそれを当てにして、念願のアナトリア地域統一のために動いていた。
だが、猫人種と同じ、ということは所詮は王国の傀儡であることを意味する。王国の代わりに反抗的な植民地人を弾圧し、そのことで王国の代わりに植民地人たちの憎悪を引き受けるような、そんな役回りだ。
よくよくミスライムを観察してみればそのようなことは分かっただろうが、ダーマードたちはアナトリアから外に出たことがない。それにアナトリア地域の支配者になれるというトーマスの甘い言葉に踊らされてしまっていた。
「次の襲撃の準備だ! 次の襲撃の準備にかかれ! まだ共和国は倒れてはいないぞ! 俺たちデミレル族のために、俺たちの同胞のために、共和国を駆逐して勝利を手に入れるのだ! さあ、急げ!」
「おおっ!」
ダーマードが葡萄酒で満ちた杯を呷って告げるのに、他のデミレル族の男たちも酒を呷ってから、慌ただしく次の戦闘の準備を始めた。
「今のところは他の部族との関係も友好的、と。問題はまだなさそうだな」
そんなダーマードたちを見て、王国秘密情報部の準軍事作戦要員の男が呟く。
将来的には他の部族を押し退けて、このアナトリア地域の支配者になるつもりのダーマードたちだったが、今はまだその支配欲求を曝け出してはいない。
ダーマードはあくまでアナトリア地域を共和国という悪魔の手から救った解放の勇士として褒め称えられながら王座に着くつもりであり、今は同胞である豹人種たちの解放に務めていた。
そのことでダーマードたちへの他の豹人種の評価は悪くはなく、他の部族もダーマードたちに協力することを惜しまなかった。
彼らはダーマードたちに食料を提供し、寝床を提供し、そして隠れる場所を提供していた。ダーマードの行っているゲリラ戦が上手く行っているのは、この他の部族の協力があってこそのことだ。
王国秘密情報部の準軍事作戦要員の男も、これがなければデミレル族が戦い続けるのは不可能だろうと考えていた。地元の支援が途絶したゲリラは、ただの孤立した小部隊だ。本気になった共和国植民地軍を相手にすれば破れる。
「我々はこの戦争で共和国を追い出し、俺たちのための統一国家を築くぞ!」
「アナトリアに統一国家を!」
ダーマードは高らかと彼の野望を告げて、サウスゲート式小銃を握りしめ、アナトリアの大地に進んでいった。
ダーマードたちが次の共和国の補給物資を狙っていたころ。共和国の側でもクラウスたちが動いていた。
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「次の前線への補給物資の輸送は1日後です。我々としてはもっと早く物資を前線に送りたいのですが、我々のトラックの数ではこれが最短なのです」
共和国植民地軍第7軍の補給参謀は疲れ果てたようにそう告げた。
彼が疲れ果てているのは当然だ、共和国本国からアナトリア地域解放を目指す第7軍は、今現在深刻な兵站の危機にあるのだから。
共和国植民地軍は後方でのデミレル族のゲリラ戦を受けて、補給のためにトラックを次々に失っていき、補給物資も同じように失っていき、兵站線は機能不全を起こしていた。いくら物資を後方から運び込んでも、途中でそれが失われてしまっては。
「護衛は付けていないのですか? 魔装騎士の護衛などは?」
「魔装騎士は前線が必要としていて、こんな後方には回して貰えませんよ。前線はどこも火の車で、穴埋めのための魔装騎士が1日でも早く派遣されることを要望しているのですから」
クラウスが尋ねるのに補給参謀は首を振った。
クラウスたちはチャナッカレにおいて王国植民地軍の上陸作戦を粉砕したが、戦線全体としては未だ厳しい状況にある。共和国植民地軍は初動で完全に不意を打たれ、装備を失い、魔装騎士も失っているのだから。
よって前線部隊は一刻も早く魔装騎士が自分たちのところに供給されることを望み、後方から運び込まれた魔装騎士は各部隊で奪い合いになっていた。そんな状況で補給部隊の移動の護衛として魔装騎士を使いたいと言っても、鼻で笑われるか、激怒されるかの二択である。
「では、補給物資は裸で運ばれている、と」
「いえ。丸裸ではありません。歩兵部隊の護衛が付いています。トラック56台に1個小隊という規模ではありますが……」
クラウスが告げるのに、補給参謀は言い難そうにそう告げた。
歩兵小隊は12名の歩兵分隊3個か4個で構成される。つまるトラック56台と1個歩兵小隊で護衛するということはトラック1台に付き、歩兵は1名も存在しないという単純計算になる。
平時や、後方が安全な場合ならばこれで十分だろうが。今は後方が敵の攻撃に晒されている戦時だ。この程度の警備ではあまりにも心もとない。
「ふうむ。補給部隊に護衛を付けるというプランはやはり無理、と」
クラウスは補給参謀の言葉をある程度予想できていたようで、大して動揺する様子もなく、補給参謀の言葉を考え込む。
「では、次の補給物資の輸送を我々の作戦に使用させていただきたいのですが」
「作戦、ですか? もう、どこの部隊に補給物資を渡すかは決まっているのですが……」
クラウスがそう告げるのに、補給参謀はそう答えた。彼はクラウスが自分の部隊のために補給物資を調達しに来たように見えたらしい。
「いえいえ。違います。我々が利用したいのは補給のための車列そのものですよ」
クラウスはそう告げてニッと笑い、この部屋で沈黙しているひとりの人物に視線を向けたのだった。
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