チャナッカレの戦い(6)
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王国植民地軍が上陸してきたチャナッカレは、地点ベルタまで残り15キロメートルの地点の場所。
クラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団はその地点を移動していた。
「そろそろ予定の場所だが、戦況はどうなっている」
クラウスは新型魔装騎士であるブリュンヒルデ型魔装騎士を駆って、アナトリア地域はチャナッカレの荒れた道を猛スピードで進んでいた。
クラウスたちが第7軍司令部から地点ベルタに呼び出されてから、数時間が過ぎたが、クラウスたちには今の戦況は明らかになっていなかった。共和国植民地軍はまだ防衛線を維持できているのか、それとも撤退したのか。
『こちら第7軍司令部』
クラウスがそんなことを思っていたとき司令部から通信が入った。
「こちらヴェアヴォルフ・ワン。戦況を知らせたし」
クラウスは通信に応じて、そのように返す。
『現在の戦況は防衛線は第二防衛線まで後退した。第二防衛線はまだ持っているが、敵の攻撃が近くいつまで持つのかは分からない。迅速に第二防衛線まで到達し、友軍を支援せよ。もう時間がない』
「了解しました。迅速に対応します」
第7軍司令部からの知らせは悪いニュースだった。
防衛線が第二防衛線まで下がったということは、当初敵の侵攻を撃退するはずの第一防衛線が突破されたということを意味する。頼みだった要塞も、何もかもを突破し、敵は上陸したということだ。
「ヴェアヴォルフ・ワンより全機。戦線は後退した。敵は既に橋頭保を築いている。これからそれを粉砕するのが、我々の役目だ。上陸しようとする連中を、海に叩き落すのが俺たちがやるべきことだぞ」
『大変ね。上陸することが分かっていながら、上陸されるだなんて。私は阻止できるのだと思っていたのだけれど』
クラウスがヴェアヴォルフ戦闘団の全部隊にエーテル通信を送るのに、ローゼが肩を竦めてそう返した。
「悪いことが起きる日はとことん悪いことが起きるってものだ」
『今日は最悪の日ってわけね。ついてない。私たちも、共和国植民地軍も』
クラウスも肩を竦め、ローゼはそう告げて返した。
「そう。共和国植民地軍にとっては最悪の日だ。ここに上陸されて、本土との連絡を遮断されたら、共和国植民地軍はお終いだ。何としても敵の上陸を阻止するぞ。連中にはアナトリアは渡さん。土の一掴みだろうと」
クラウスはそう告げ、魔装騎士を前方に押し進める。
地点ベルタまで残り10キロメートル。クラウスたちは着実に決戦に迫った。
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共和国支配領域。ダーダネルス海峡。地点ベルタ。
そこに上陸した王国植民地軍は戦闘準備を終え、共和国植民地軍の陣地に猛攻を仕掛けていた。
海岸線に揚陸された野砲が共和国植民地軍の陣地に砲撃を加え、それに追い打ちをかけるように王国海軍の戦艦と駆逐艦が砲撃を加えていた。あまりの砲撃の激しさに、それは鋼鉄の嵐としか言いようがなかった。
「畜生。なんて日だ。最悪の日だぞ。連中は本気でここを落とすつもりだ!」
あまりの鋼鉄の嵐の激しさに、共和国植民地軍の将校が呻く。
揚陸した野砲によって多数の榴弾が塹壕に降り注ぎ、戦艦と駆逐艦はやけくそになったように共和国植民地軍の陣地に砲弾の雨を降り注がせる。
榴弾の嵐の末に起きることは分かっている。
王国植民地軍の突撃だ。
「雄たけびを上げろ! 突撃だ!」
王国植民地軍の将校が叫び、兵士たちが高らかと叫び声を上げた。
「機関銃班、配置に付け! 王国のクソ野郎どもが、敵がぞろぞろと列を作ってくるぞ! 敵は腐るほどいるぞ! 手当たり次第に撃ち殺せ! 撃ち方始め!」
共和国植民地軍もただではやられまいと、機関銃がライフル弾を敵に向けて降り注がせ、王国植民地軍の兵士たちが銃弾に倒れて地面に倒れる。だが、それでも王国植民地軍の前進は止まらない。王国植民地軍は砲兵の火力が自分たちが圧倒しているうちにケリをつけるもつもりらしい。
「畜生。こっちの砲兵は勢いを失ったぞ。どうするつもりだ?」
共和国植民地軍の将校は敵の砲撃と敵の突撃を前に呻く。
「敵の魔装騎士! 魔装騎士です! 敵の魔装騎士が前進中!」
砲撃に加えて、王国植民地軍のエリス型魔装騎士が姿を現した。
野戦陣地には対装甲砲も配備されているが、口径5センチ対装甲砲では十二分に狙いを定めなけれた敵を撃破することはできない。まして機関銃や小銃では掠り傷を負わせるのがせいぜいだ。
王国植民地軍は魔装騎士を盾にして共和国植民地軍の陣地に迫る。機関銃の掃射を王国植民地軍の将兵たちは魔装騎士を盾にして防ぎ、機関銃の放つライフル弾が王国植民地軍の生体装甲に突き刺さっては弾かれる。
「上陸作戦は順当に進んでいる、と言えるか」
王国海軍戦艦オーシャンの艦橋でそう呟くのは王国植民地軍の上陸部隊の指揮官であるハーマン・ハミルトン大将だ。彼は艦橋からアナトリア地域はチャナッカレの様子を眺めていた。
戦艦の艦橋からは最前線は見えないが、通信から戦況は窺える。王国植民地軍は前進を続け、共和国植民地軍を押している。共和国植民地軍は次々に防衛線を後退し、このままならば王国植民地軍は共和国植民地軍を破り、チャナッカレを制する様子が通信からは分かっていた。
「敵の要塞は沈黙。敵もこちらの猛砲撃を前に、十二分に応戦できず後退を続けている。戦況は確かに我々の側に傾いていると言えるでしょう」
「これまでの共和国の準備が嘘のようだな」
海軍部隊の指揮官であるライアン・ロベック提督が頷き、ハーマンは肩を竦める。
これまでの共和国の対応は王国を混乱させた。機雷原は動かないはずの共和国海軍地中海艦隊の動きを知らせ、共和国本国側からの砲撃は共和国は世界大戦すらも辞さないという構えを知らせた。
だが、実際に上陸してみると共和国は意外と呆気なく後退した。戦艦と駆逐艦の猛砲撃を前に歩兵部隊は抵抗できなくなり、王国植民地軍が攻勢に出ると、共和国植民地軍は防衛線を撤退していき、王国植民地軍は橋頭保を確保できた。
これまでの共和国のあらゆる世界大戦を辞さない対応からすると、共和国植民地軍の対応は意外と呆気なく見えた。
「このまま上手く行くと思うかね」
「何とも言えませんね。共和国はこのままなすがままと言いうわけにはいかないでしょう。何らかの反撃を加えるはずです。魔装騎士を使うにせよ、増援を投入するにせよ、何にせよ」
ハーマンが尋ねるのに、ライアンがそう返す。
「魔装騎士か。共和国植民地軍には有力な魔装騎士部隊がいたな。その名前は──」
「た、大変ですっ! ハーミルトン大将閣下、大変です!」
ハーマンが何か思いついたというように告げるのに、オーシャンの通信兵が叫んだ。
「何が起きた?」
「敵が魔装騎士部隊を投入しました! 友軍の魔装騎士部隊は押されており、橋頭保まで押し戻されようとしているとのこと!」
嫌な予感を感じながらハーマンは尋ねるのに、通信兵が告げる。
「まさか。それほど早く共和国は反撃に転じたのか。敵の規模は?」
「それが……。僅かに1個大隊程度の部隊だそうです。1個大隊の部隊に我々は押し戻されているとのことです」
ハーマンは連隊規模で投じた自分たちの魔装騎士部隊が押し戻されたからには、敵の規模もそれなり以上のものだと考えたが、違った。敵は1個大隊程度に過ぎない規模の魔装騎士部隊であった。
「そんな馬鹿な話があるか。確かにあの上陸地点から進むには狭い道を通り抜けなければならないが、それでも連隊規模の魔装騎士部隊をたった1個大隊程度で──」
ハーマンが通信兵の言葉を否定しようとしたとき、彼は先ほど自分が何を言おうとしていたかを思い出した。共和国の魔装騎士部隊について、何を言おうとしていたかを完全に思い出した。
「まさかヴェアヴォルフ戦闘団か。あの連中が再び我々に敗北を突きつけようとしているのか」
ヴェアヴォルフ戦闘団。第一次アナトリア戦争において王国植民地軍が敗退した原因とも言われている共和国の魔装騎士部隊。どこまでも優秀で、大胆で、考えもしなかった方法で自分たちを攻撃してくる幽霊部隊。
「ハミルトン大将。まだ彼らと決まったわけではないでしょう。用心はするべきだと思いますが、神経質になり過ぎても敗北を招きますよ」
「海軍である君には分からないだろう。あの人食い狼たちがどれほど、植民地で暴れ回ってきたかが。あの連中は存在するだけで危険なのだ。迅速に排除しなければ、我々に勝利はないっ!」
ライアンの言葉にハーマンはそう叫ぶ。
「全部隊。迅速に敵の魔装騎士部隊を排除しろ。全ての魔装騎士部隊を投入。対装甲砲も投入しろ。敵を叩きのめせ。ここから抹消してやれ」
「了解。全ての魔装騎士部隊に前進を指示します」
ハーマンが取り憑かれたような口振りでそう告げ、部下たちが応じる。
「ロベック提督。君には全力で地上部隊を支援して貰いたい。目標は敵の魔装騎士だ。それを排除して、上陸作戦を成功させるのを助けてくれ」
「了解。海軍は全力で地上部隊を支援しましょう」
続いてハーマンはライアンに告げるのに、ライアンが頷いて返した。
「どうなる。我々は勝てるのか。それとも……」
ハーマンはオーシャンの艦橋からチャナッカレを見つめてそう呟いた。
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