チャナッカレの戦い(4)
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「マジェスティック被弾! マジェスティック被弾!」
「敵の要塞砲の砲撃が激しく、これでは地上支援は行えません!」
地点ベルタ付近の海域ではいくつもの水柱が上がっていた。
戦艦などの軍艦の砲撃ではない。要塞砲の砲撃だ。
ジークムントは彼が決定した通りに、ダーダネルス海峡の共和国本国側の要塞に砲撃を実行させた。ガリポリ半島に設置されたいくつもの要塞に備え付けられた28センチ級の要塞砲が、上陸を行おうとする王国海軍に激しい砲火を浴びせかけている。
「共和国は本気か。奴らは本国から攻撃しているぞ。連中は自分たちのやっていることの意味を理解しているのか」
戦艦オーシャンの艦橋で上陸部隊の指揮官であるハーマンは呻く。
「彼らは世界大戦を恐れないようですね」
ライアンも輸送船や駆逐艦、そして戦艦が要塞砲の砲撃で被弾し、戦闘不能に陥っていく様を双眼鏡で眺めて苦々しくそう告げた。
共和国本国からの攻撃。それは共和国植民地軍は本国も巻き込んで戦争を行うことを意味している。彼らは戦争を植民地だけに留めず、本国にまで拡大して繰り広げることを決意したということだ。
それはライアンが告げるように世界大戦を意味する。
「ですが、これは想定の範囲内のことでしょう。共和国は自分たちの国土の目の前──緩衝地帯に我々が上陸するのを黙って見過ごすことなどあり得ない。そこに要塞があるならば、それを使って反撃するはずです」
「正気の沙汰はではない。一歩間違えば世界大戦だぞ」
ライアンが告げるのに、ハーマンは首を横に振って返した。
「世界大戦のリスクを恐れていないのは我々もですよ。ハミルトン大将。ここは共和国本国の目と鼻の先。そこに攻め込むということは、世界大戦が引き起こしかねないことではないでしょうか」
「我々は本国を巻き込んではいない。あくまで植民地の戦争に徹している。だというのに共和国の連中は何を考えている」
王国とて世界大戦など気にもかけていないのは同じだ。彼らはアナトリア地域を完全に奪い取るために、共和国本国とアナトリア地域の遮断を意図し、共和国本国の目の前に上陸作戦を敢行した。これは共和国が本国の危機と取って、世界大戦に訴えてもおかしくはない状態だ。
「それで、要塞砲に反撃を加えても構わないのでしょうか。このままでは我々は何もできないままに要塞砲に袋叩きにされ、上陸作戦は失敗です」
そのような状況を理解しながら、ライアンはそう尋ねる。
「共和国本国を攻撃するのか?」
「そうしなければ我々は負けますよ。それに植民地戦争に先に首を突っ込んだのは彼らだ。こちらが殴り返しても文句は言えないでしょう」
ハーマンが正気を疑う目でライアンを見るのに、ライアンはそう告げて返す。
「世界大戦が起きるかもしれないぞ。我々が世界大戦を引き起こすかもしれんぞ」
「では、撤退しますか。機雷原を強行突破して、ここまで辿り着いて、今さらすごすごと引き返しますか? 機雷原を突破した際に少なくない数の水兵が犠牲になっていますし、今も要塞砲の砲撃で兵士たちが死んでいるのですよ」
ハーマンの言葉に、ライアンは問い詰めるような強い口調でそう尋ねる。
機雷原を強行突破した際に出した損害は多大だ。百人単位で王国海軍の水兵たちが犠牲になっている。そして、今も要塞砲の砲撃を受けて沈みゆく駆逐艦からは水兵が海に投げ出され、地中海の海の底に沈んでいっている。
「王国海軍の水兵たちは植民地軍の兵士たちではない。本国軍の兵士です。それを殺しているということは、共和国こそ世界大戦を恐れていないことを意味します。我々の攻撃は正当な反撃です」
ライアンがそう告げた直後にオーシャンの艦橋に衝撃が走った。
「被弾! 被弾!」
「被害報告! ダメコン急げ!」
ついにオーシャンも要塞砲の洗礼を浴びることになった。オーシャンの周囲に水柱が轟音と共に上がり、将校と兵士たちの怒鳴り声が響く。
オーシャンが被弾したことにハーマンの顔から血の気が引いていくのが分かる。彼は機雷原をオーシャンが突破する際も、今にも死にそうな顔をしていたが、今の表情はまるで死人だ。
「……ならば、反撃だ。こちらを砲撃している要塞砲にのみ反撃を許可する。我々は上陸を敢行し、アナトリアの確保を確実なものとしなければならない」
「了解。直ちに反撃を実行し、上陸を成功させましょう」
震える声でハーマンが命じ、ライアンが敬礼で応じる。
「全艦、敵要塞砲に対して反撃を実行せよ! 繰り返す、全艦、敵要塞砲に対して反撃を実行せよ! これまでの分をやり返してやれ!」
「アイ、サー!」
ライアンがよく通る声で命じ、将兵たちが動く。
命令と共にオーシャンの12インチ連想砲が鎌首をもたげ、狙いをオーシャンを狙って砲撃を加えてくる要塞砲に定めた。そして、水兵たちの手で砲弾が装填され、いつでも砲撃可能な状況となる。
「撃ち方始め!」
そして、オーシャンの艦長の命令と共に12インチ連装砲が火を噴いた。
砲弾は大きく弧を描いて共和国本国の要塞に向かい、要塞砲の近くにあった魔装騎士用の掩体壕を徹甲弾が抉って破壊する。
要塞砲も自分たちの攻撃に王国海軍が反撃してきたことに動揺したのか一瞬だけ砲撃が停止し、それから慌ただしく反撃が開始された。
始まった砲撃戦で先に命中弾を出したのは王国海軍だった。流石は世界最強の海軍戦力を誇る王国海軍なだけはあり、砲撃はどこまでも的確に共和国の要塞砲を捉えて、コンクリートの壁を破壊すると、要塞砲そのものを破壊した。
だが、共和国とてやられてばかりではない。
このダーダネルス海峡要塞は帝国黒海艦隊を封じ込めている門番だ。そう易々と艦砲で撃破されていては、その番人としての任務は果たせない。
王国海軍が先制した次の瞬間には共和国の要塞砲が、戦艦ゴライアスを捉え、脆弱な上部甲板を貫くと、弾薬庫を吹き飛ばした。ゴライアスの艦体がオレンジ色の炎に包まれ、鈍い金属音を響かせながら、真っ二つになって沈んでいく。
「ゴライアス轟沈!」
「反撃を継続せよ。全ての砲を敵の要塞砲に」
水兵の報告にライアンはそうとだけ告げる。
要塞砲に向かって戦艦の砲が、駆逐艦の砲が火を噴く。駆逐艦は射程距離として相手に近づかなければならないため、鋭い機動を描きながら、要塞砲に迫り、動きながら砲弾の次々に浴びせかける。駆逐艦の砲撃は要塞砲を撃破する決定打にはならないが、それでも要塞砲の砲撃を妨害するぐらいの役割は果たした。共和国の要塞砲は駆逐艦が砲弾を降り注がせて来るのに、狙いが定めにくくなったのか、先ほどから命中弾を出せていない。
「叩き潰せ」
ライアンはそんな共和国の要塞砲の様子を見て告げる。
戦艦が決定打となる一撃を放ち、再びコンクリートの壁が破壊されて要塞砲が撃破される。撃破された要塞砲に装填中だったか、残っていた弾薬が引火し、オレンジ色の炎が要塞で瞬いた。
「敵要塞砲、全て沈黙しました」
砲撃戦開始から40分後。
共和国ダーダネルス海峡要塞の要塞砲は全て沈黙した。全てが王国海軍の手によって撃破され、屍を晒している。もう王国海軍の艦艇を砲撃しようとする要塞砲の姿は見えない。
「では、これより上陸を開始しましょう。我々はチャナッカレを奪い取れるところまで前進しました」
「あ、ああ。これで世界大戦が起きないことを祈るだけだ」
ライアンが一仕事終わったという具合に告げるのに、ハーマンは額から垂れる汗を拭った。ライアンはどうとも思っていないようだが、ハーマンはこの共和国本国への攻撃によって世界大戦が勃発するのではないかと心配している。
「上陸船団は第一梯団の上陸を開始させよ。ロベック提督、そちらには引き続き海軍の支援を要請する。海から上がる瞬間の脆弱な兵士を砲火によって保護して貰いたい」
「了解しております、ハミルトン大将。我々は全力を挙げて上陸を支援しましょう」
ハーマンが通信兵とライアンに向けて告げるのに、ライアンは頷いて返した。
輸送船団のうち第一梯団を乗せた艦艇がチャナッカレに向けて前進。ついに王国植民地軍は海峡の土を踏んだ。
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