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チャナッカレの戦い(3)

……………………


 チャナッカレ。


 ダーダネルス海峡のアナトリア地域側の呼称であり、以前から共和国が実効支配してきた場所だ。この地点を押さえておくことによって、共和国は帝国黒海艦隊が海峡を突破して、地中海に進出するのを抑え込んでいた。


 最低限の港湾設備があり、最低限の鉄道があり、その他最低限のインフラが、ここでは整備されていた。


 そして、今現在そこはアナトリア地域を破竹の勢いで進軍する王国植民地軍を阻止するための兵力を輸送するための後方基地となっている。王国植民地軍はアナトリア地域各地で共和国植民地軍を撃破し、南はサウード、北はボスポラス・ダーダネルス海峡に向けて追い込んでいる。これ以上の後退を阻止するための兵力が、共和国本国を経由してアナトリア地域に送り込まれていた。


「大層な眺めだな」


 クラウスはアナトリア地域の辛うじて維持している前線に向けて前進していく友軍の隊列を見て、そのように呟く。


 スレイプニル型魔装騎士が隊列を組んでゆっくりと前進し、何百台ものトラックが野砲を牽引して前進し、歩兵たちがMK1870小銃を手に前進している。確かに大層な眺めのように思われる光景だ。


「勝てるのかしら?」

「さあてな。俺たちはまだ向こうには行けないからなんとも言えない。だが、俺たちが向こうに行くことになれば──」


 ジープの助手席に座っているローゼが尋ねるのに、クラウスは肩を竦める。


「勝つぞ。何としてもな。最低限、ベヤズ霊山だけは奪還しなければならん。それからはレナーテが要請したように王国の連中を完全にアナトリア地域から叩き出してやるさ。それが可能であれば、な」


 クラウスはSRAGの収入に大きく影響する世界最大規模のエーテリウム鉱山たるベヤズ霊山はこの戦争で確実に奪還しておくつもりだった。


 だが、レナーテはクラウスに王国を完全にアナトリア地域から排除して貰いたいと要望している。これから先において、王国が再び共和国の不意を打って、アナトリア地域に領土的な野心を持たないようにと。


「可能じゃないの。あなたなら王国をアナトリアから蹴り出すくらい朝飯前でしょう?」

「無茶苦茶言ってくれるな。俺としても王国にはアナトリアからご退場願いたいが、そう簡単にはいかんだろう。王国はアナトリアを奪うために本国軍まで動員したが、うちはせこせこと植民地軍をやり繰りして戦っているだけだ。力の入れ方が違う」


 ローゼが冗談めかして告げるのに、クラウスが溜息交じりに返す。


「それから、共和国本国政府だ。連中は王国を完全にアナトリアから排除すれば、王国の機嫌を損ねて、世界大戦になるとまたビビるだろう。連中は俺たちがアナトリアを完全に征服する前に講和交渉を始めるはずだ。前回と同じようにな」


 共和国本国政府が弱腰なのはもうクラウスたちにも分かり切っていた。


 この後に及んでクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団の投入を行わないように共和国植民地軍に圧力をかけていることからも、それは分かる。彼らはまだクラウスたちの停戦協定破りが、今回の戦争の切っ掛けだと信じ込もうとしているのだ。


 実際は王国は普通に戦争に敗れ、アナトリア分割協定が結ばれた段階で、今回の復讐の計画を練っていた。あの屈辱的な協定でたったの2割しか自分たちの支配領域が認められなかったことに腹を立て、今回の戦争でそれを覆そうとしたのだ。そこにヴェアヴォルフ戦闘団が停戦を破ったかどうかは関係なかった。


「本国政府も困りものね。なんでそこまで私たちを目の仇にするのかしら。他にも大きく暴れている部隊はあるものなのに」

「俺が思うに原因は大統領だ。本国政府には選挙がある。次の大統領選までは1年弱まで近づいた。大統領は再選を希望している。だが、そこには大きな邪魔者が潜んでいる。さて、誰だ?」


 ローゼが眉を小さく歪めて尋ねるのに、クラウスが尋ね返した。


「あなたね」

「その通り。共和国のマスコミは俺が出馬するかどうかも無視して、俺が大統領選に立候補すれば7割の共和国市民が支持すると伝えている。再選を望んでいる大統領にとってはこれ以上の邪魔者もいないだろう」


 ローゼが短く告げるのに、クラウスが頷いて返した。


「大統領は世界大戦にビビっているのと同時に、俺がこれ以上大統領候補として有力になる前に、活躍する機会を削いでおきたいと思っているさ。誰も大統領になんぞなるつもりはないのにな」


 クラウスは呆れたような口調でそのように告げた。


「兄貴は大統領選に立候補しないんッスか? 大統領になったら大金持ちになれると思うんッスけど」


 と、ここでジープの後部座席で先ほどまで昼寝していたヘルマが起きてきて、後ろから首を前に出して尋ねた。


「馬鹿言え。大統領になったって金持ちにはなれん。それどころか金を失う恐れすらある。マスコミは大統領の私生活を監視しているからな。俺とロートシルトの癒着が暴露される可能性だってある。そうなれば最悪だ」

「うへえ。大統領って偉いから、大統領になったら大金持ちになれると思ってたッスよう。それじゃあ、誰も大統領になんてなりたがらないッスよ」


 メディアは政治家の汚職にうるさい。ちょっとでも不透明な面があれば全面的に攻撃を仕掛けてくるものだ。クラウスのようにロートシルト財閥という財閥と癒着しているような人間が大統領に立候補すれば、それは攻撃の的になるだろう。


「でも、そうでもないんじゃないかしら。マスコミはあなたが大統領として有力になった時点でかなりの調査を行ったはず。それでも彼らがあなたのことを英雄として褒め讃えるのは、あなたが白だって思ったからでしょう?」


 ローゼがそう指摘するのはもっともだ。


 マスコミはクラウスが大統領選における候補者として有力になった段階でかなりの調査を実施したはずだ。いや、クラウスが植民地戦争で英雄視され始めた段階で調査していたかもしれない。


 それでも、彼らはクラウスについて何の汚職の疑惑も報じていない。それは彼らはクラウスの経歴を調べても、何の汚れも見つけられなかったということを意味しているのではないだろうか。


「分からん。単にロートシルトが圧力をかけているのかもしれん。あそこもマスコミには強いパイプがあったはずだから。それかあのSRAGの弁護士の偽装工作が完璧に遂行されているか、だ」


 ローゼの指摘にクラウスはそう返す。


 ロートシルト財閥は共和国の生み出す富の4分の1を牛耳っている。そんな大財閥から圧力をかけられれば、普通のメディアはその圧力を前に沈黙してしまうだろう。


 そして、一応はクラウスとロートシルト財閥の取り引きはSRAGの弁護士であるダニエル・ダイスラーによって合法化されている。誰かがクラウスたちを法廷に引き摺り出そうとしても不可能なように。


「どっちにせよ大統領になるなんぞ御免だ。俺はある程度植民地軍でロートシルトのために働いたら、レナーテの誘いを受けてSRAGの役員にでもなる。その方が大統領になるよりも何十倍も儲けられるからな」

「権力よりも富ね。あなたらしい、のかしら」


 クラウスは吐き捨てるようにそう告げ、ローゼはそう告げて返した。


「兄貴、兄貴。例の外人部隊はどうなってるんッスか?」

「連中は現在ニーズヘッグ型への機種転換訓練中だ。残り1週間で終わる予定になってる。訓練が終わったら俺たちに合流して、作戦を共にすることになる」


 ヘルマがもう大統領の話題は飽きたとように別の話題を持ち出すのに、クラウスはそう告げて返した。


 外人部隊。あのトライデント・インターナショナル社のウィリアム・ウィックスを初めとする元王国の軍人たちで構成される部隊も、今回の第二次アナトリア戦争に投入される予定になっていた。


 彼らは元々扱っていたのがエリス型魔装騎士であったために、共和国植民地軍の標準装備であるニーズヘッグ型魔装騎士への機種転換訓練を実施していた。だが、元々優れた魔装騎士の操縦士たちが集まっているだけあって、機種転換にはそう時間はかからないだろう、とウィリアムはクラウスに告げていた。


「彼らは誰の指揮系統で動くの?」

「連中も植民地軍司令官直轄だ。実際は俺の命令で動いて貰うことになるがな」


 ローゼが尋ねるのに、クラウスがそう答える。


「なら、戦力倍増ね。もう無茶な任務は押し付けられないみたいで安心した」

「誰も無茶な任務なんて押し付けないぞ。俺が命じるのは常に実行可能な命令だけだ。ローゼ、お前ならやれる任務だと判断した任務だけだ」


 小さく笑ってローゼが告げ。クラウスがニッと笑ってそう告げる。


「そんな言葉じゃ騙されないわよ。あなたの任務はいつも無茶苦茶なんだから。魔装騎士で駆逐艦を撃破しろだとか、1個連隊の魔装騎士を撃破しろだとか。これからはそういう奇抜な任務は外人部隊の人に押し付けて」


 ローゼはクラウスの腕を軽く抓ってそう告げた。


「どうするかな。一番信用できるのはやっぱりお前だ、ローゼ。外人部隊の連中はどこまでやれるのかまだ分からん。重要な任務を任せるとしたら、やはりお前意外にはあり得ないな」


 そんなローゼにクラウスは真剣な表情でそう告げる。


「はあ、仕方ない。受けてあげる。ただし、本当に無茶な任務はもう御免だからね」

「分かっている。そこまで奇天烈な任務は押し付けない。多分な」


 フウと溜息を吐いてそう返すローゼに、クラウスがそう告げた。


『ヴェアヴォルフ・ワン、ヴェアヴォルフ・ワン。こちら第7軍司令部。応答せよ』

「こちらヴェアヴォルフ・ワン。敵の上陸ですか?」


 不意にジープに車載されているエーテル通信機が声を上げるのに、クラウスがそう尋ね返した。発信者は第7軍のジークムントだ。


『そうだ。敵の上陸部隊か確認された。地点ベルタにおいて、大規模な敵の輸送船団が確認されている。間もなく上陸作戦が実行されるだろう』

「陽動ではないですね? それが間違いなく本命ですね?」


 ジークムントが告げるのに、クラウスが尋ねた。


『こちらの潜水艦が他の海域はクリアだと告げている。間違いなく、この船団が本命だ。これが偽装ならば、敵の上陸部隊はどこにもいないことになる』


 共和国海軍はラードルフ・ロイター提督の命令によって、地中海艦隊が限定的に動員されている。彼らは巡洋艦と駆逐艦が機雷を敷設し、潜水艦が水中から敵の艦隊がどこに向けて動いているかの偵察を行っていた。


 潜水艦は攻撃は許可されていないが、偵察としてはある程度の自由裁量が許可されていた。彼らは機雷原で触雷して、友軍の艦艇に牽引されている王国海軍の戦艦イレジスティブルの姿を確認し、周辺の海域を偵察して、輸送船団を捕捉した。


 他の海域では船団発見の報はない。ともなれば、王国海軍の上陸部隊はこの戦艦も含めた船団であることが推察された。


『ヴェアヴォルフ戦闘団は直ちに地点ベルタに向けて進出し、敵の上陸部隊を叩いて貰いたい。可能かね?』

「可能です、閣下。直ちに出撃しましょう」


 ジークムントが尋ねるのに、クラウスがそう告げて返す。


『結構だ。では、我らが共和国と全ての人民に栄光あれ。健闘を祈る』


 ジークムントからの通信いはそれで終わった。


「聞いたな。出撃だ。敵の上陸部隊を叩くぞ。気合を入れていけ」

「了解ッス! 今度も王国の連中をやっつけるッスよ!」

「やれることをやるわ」


 クラウスがローゼたちにそう告げるのに、ヘルマとローゼが応じる。


 これより1時間後にヴェアヴォルフ戦闘団全部隊が、事前に設定された王国の上陸予想地点のひとつ、地点ベルタに向けて出撃した。


 共和国植民地軍は王国植民地軍の上陸を阻止できるのか、または王国植民地軍は共和国植民地軍を押し退けて上陸に成功するのか。


 第二次アナトリア戦争における重要な戦いのひとつが始まろうとしている。


……………………

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