第4世代(2)
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レナーテとアリアネの案内でクラウスたちはハンブルクの港湾施設を進んだ。
共和国本国はアナトリア地域で再び戦争が勃発したというのに暢気なもので、船はいつものように貨物を運搬している。日用品が、家具が、工具が、そしてエーテリウムが、コンテナに収められて運ばれていた。ハンブルクは完全に日常のまま、戦争からは遠く離れている。
そんな状況の港をレナーテは日傘を差して進み、港湾施設の一角にある、緩やかな状況にあるハンブルクの港でもどういわけか厳重に警備された倉庫の前に来た。
よく見れば、その警備の兵士たちが共和国本国軍でも共和国植民地軍ではなく、民間の警備会社の職員たちだと分かっただろう。どうやらロートシルト財閥も、植民地戦争において傭兵たちを使うことを始めたようである。
「さて。これが新型の魔装騎士、ブリュンヒルデ型ですわ」
そして、レナーテが倉庫に入るとパッと魔道灯の照明が光った。
「これが第4世代……」
クラウスはその光で照らしだされたものを見上げる。
映し出されたのは第3世代としてあらゆる攻撃を弾き飛ばしてきたニーズヘッグ型魔装騎士よりも更に堅牢であることを窺わせる武骨なデザインの騎士。手には巨砲を構え、従来の装備である対装甲ラムは持たず、武者のように対装甲刀剣を腰に下げている。
そして、その第4世代は一種類だけではなかった。
倉庫に映し出されたもうひとつの第4世代。
それはブリュンヒルデ型と同じ上半身をしていながらも、その下半身は4本の脚で構成される異形の魔装騎士。4本の足ががっしりと地を支え、その手には先に見た魔装騎士よりも大型の砲を手にしている。従来のものとは比べものにならないほどの砲だ。
「第4世代は2種類あるの?」
目の前の光景を怪訝に思ったローゼがアリアネにそう尋ねる。
「そうデス。第4世代は2種類で構成されているです。1種は従来と同じ近接格闘戦から砲戦までをもこなせる万能型の魔装騎士。もう1種の魔装騎士は遠距離砲戦に特化した装甲猟兵向けの魔装騎士」
アリアネはローゼに向けてそう説明する。
魔装騎士は従来2足歩行するものだった。人間のように動き、戦うことが魔装騎士だった。それが4足になるのは異例のことだ。だが、確かに2足歩行よりも、4足歩行の方が砲撃は安定するだろう。
「だが、この装甲猟兵タイプで近接格闘戦をするのは難しそうだな」
「まず不可能デス。足が邪魔になって、格闘戦には向かないデス。ただし、4足歩行で機体が安定する分、装甲は通常モデルよりも強固デス。通常の近接格闘戦用の武器では、まるで相手にならないデス」
クラウスが4足歩行の装甲猟兵向けの魔装騎士を見て告げるのに、アリアネはそう告げて返した。
4足歩行ならば重量は分散する。ひとつの足にかかる重量は分散し、その分は装甲に費やすことが可能になる。装甲猟兵モデルはその装甲の厚さから、砲弾から自分たちを守り、対装甲刀剣などの武器から身を守ることができる。
「しかし、大きな砲ね。口径は?」
「通常モデルは71口径88ミリ突撃砲。装甲猟兵モデルは55口径128ミリ突撃砲。威力はこれまでの突撃砲とは段違いデスよ」
ローゼが尋ねるのに、アリアナが答えた。
クラウスたちがこれまで装備していたニーズヘッグ型魔装騎士が装備していた突撃砲は、48口径75ミリ突撃砲と70口径75ミリ突撃砲の2種類だ。今回、クラウスたちに渡されるブリュンヒルデ型の71口径突撃砲と55口径128ミリ突撃砲は、これまでの突撃砲の威力とは比べ物にならない貫通力を持っている。
「口径128ミリとは、随分と化け物染みた大砲を積んだな。そりゃ足が4本も必要になるわけだ。4本でも足りるかどうか不安になってくる」
クラウスは感心したような、呆れたような口調でそのように告げる。
「今回の戦争では敵も第3世代を投入してくる可能性があるデス。第3世代の装甲を貫くにはこれぐらいの砲は必要になってくるデス。王国の第3世代は、こっちの第3世代と同等の装甲を有しているデスから」
アリアネがレンチを片手にそのようなことを告げる。
「そうだな。敵が本国軍を本格的に投入してきたならば、相手は第3世代だ。第3世代の頑丈さは俺たちがよく知ってる。それに助けられてきたんだからな」
第3世代の装甲は第2世代を大幅に上回っている。第2世代が標準装備する砲の砲撃など容易に弾き飛ばしてしまい、止めることなどできないものだ。
故に今回の王国本国軍が本格投入されたという情報の入っている状況では、敵の第3世代に対処できるだけの武器が必要だった。これまでの第2世代とは一線を画す威力を持った武器の投入が。
「注目するべき点は異形さと砲だけではありませんよ、キンスキー中佐。今回の魔装騎士には革新的な技術が搭載されているのです。そうですね、アリアネ?」
「はい、ロートシルト女男爵閣下。今回の魔装騎士で一番輝かしい成功を収めたのは人工感覚器において、デス」
と、砲の大きさに感心するクラウスたちの横からレナーテが告げるのに、アリアネがレンチでブリュンヒルデ型魔装騎士の頭部を指示した。
「人工感覚器において? どういうことだ?」
「人類はこれまで夜の闇に抗って生きてきたデス。原初においては炎に頼り、近代においては魔道灯に頼り、夜の闇を切り開こうとしてきたデス。デスが、自分たちはついに別の手段で夜の闇を切り開く手段を見出したデス」
怪訝そうにクラウスが尋ね、アリアネは歌うようにしてそう返すと魔装騎士の一機に乗るようにクラウスに手で促す。
「まさかとは思うが……」
クラウスは心当たりになるものを感じながら、魔装騎士に乗り込む。
「ではとくとご覧あれ。これが第4世代を決定づけた──」
アリアネの言葉と同時に魔道灯の明かりが消える。
「ピット器官の応用による暗視装置デス!」
魔装騎士のクリスタルに映像が映る。
暗闇に閉ざされた倉庫の中の映像が一瞬ブラックアウトし、次の瞬間白黒の映像がクリスタルに投影された。黒い影の中に白いものが見える。そして、その白い影は明らかに人の形をしている。
「暗視装置。実現できているとは。驚きだな」
クラウスは魔装騎士のクリスタルに表示された白い影──ローゼたちの熱源を感知して記されたものを見ながら、感心したように呟く。
「一部の蛇にはピット器官という赤外線を感知する器官があるデス。今回のブリュンヒルデ型にはその器官を応用した暗視装置が装備されているデス。これこそが、このブリュンヒルデ型が第3世代の拡張版なのではなく、第4世代という新しいジャンルに分類される所以なのデスよ」
アリアネの語るように蛇の一部──ニシキヘビなど──はピット器官と呼ばれる赤外線感知器官を有している。それは夜の闇の中でも獲物である小型の恒温動物を捕らえるための器官であり、蛇によるの視野を与える。
ブリュンヒルデ型魔装騎士にもそのピット器官を応用した人工感覚器が搭載されていた。この世界の生物学の進歩は目覚ましく、彼らは蛇の器官を徹底的に解明すると、それを何百倍以上もの大きさの違いがある魔装騎士でも使用可能なように開発したのだ。
時代は間もなく19世紀が終わりを告げるころ。そんな時代に暗視装置という手段が開発されたことは驚くべきことである。
「これは実にいい。大砲をいくら大きくしても的に当てるための目がなければ、意味がない。その点をこれは解決してくれる。少人数の部隊で勝利するには、夜襲するのは一番いいからな」
クラウスは満足そうにそう告げて、魔装騎士を降りた。
「ご満足いただけましたか、キンスキー中佐?」
「ええ。完璧なまでに。この魔装騎士は素晴らしい。勝利を確実なものにしてくれます」
再び魔道灯の明かりがつき、ブリュンヒルデ型魔装騎士を降りて来たクラウスにレナーテが尋ねるのに、クラウスは笑みを浮かべてそう返した。
「それから、随分と前からご要望だった例の近接格闘戦用兵器が完成したデスよ。このブリュンヒルデ型から搭載されているデス」
「ついにか。これで近接格闘戦が優位に運ぶだろう。俺が求めるだけの性能があれば、だが」
レナーテに次いでアリアネがそう告げるのに、クラウスが返す。
「熱量は十二分に確保できているデス。第2世代なら余裕で、第3世代ならなんとか切断できるデスよ。まあ、試してみるのが一番いいデス。今回も、自分が装備のテストのために同行するので、初期不良やご不満な点があったらいうデス」
対装甲ラムが実用された第一次アナトリア戦争でも、アリアネはテストパイロットとして現場に同行していた。そこで対装甲ラムを開発陣のひとりとして、戦場において有効か試していた。
「では、我々はこれを使った勝利しましょう。そちらはどのように?」
「既にベヤズ霊山を初めとするアナトリア地域におけるSRAGの鉱山が王国の手に落ちたのを確認しています。それらを王国の手から奪還していただければ、まずは結構です。ですが、今回は──」
クラウスが尋ねるのに、レナーテの瞳が剣呑に輝く。
「今回は完全に王国を蹴り出していただきたいと思います。彼らにはもう2割の領域も必要ありません。完膚なきまでに、このアナトリアから叩き出し、もう二度と我々からアナトリアを奪おう考えないようにしていただきたいのです」
レナーテが告げるのはアナトリア地域からの王国の完全な排除。
王国はアナトリア分割協定に従って、アナトリアの2割の土地を有している。だが、レナーテは今回の王国によるアナトリア分割協定の報復として、彼らからその2割を奪い去るつもりのようだ。
「それで和平ができるのであれば問題はありませんが。和平の当てはあるので?」
「これ以上共和国と忌々しい帝国を同時に敵に回すとは思えませんわ。彼らはこの広大なアナトリア地域において、帝国も敵に回していますの。彼らは我らが共和国と帝国とがこれ以上接近することは望まないでしょう?」
クラウスが尋ねるのに、レナーテが尋ね返す。
王国はこの第二次アナトリア戦争において帝国の領域も侵犯している。彼らはアナトリア分割協定を放棄したことで、共和国と同時に帝国も敵に回しているのだ。
もし、世界大戦が起きるとするならば、共和国と帝国とが接近し、同盟することは王国とて望むまい。彼らは共和国と帝国とが同盟する前に、何らかの形で戦争を終わらせるはずだ。それが自分たちの敗北だとしても。
「理解しました。では、戦争を始めましょう。我らが共和国のための戦争を。我らが利益のための戦争を」
レナーテの返答にクラウスはニッと笑ってそう返した。
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第二次アナトリア戦争勃発。
再び始まった戦闘を王国は優位に進めている。
共和国と帝国はそれぞれ、ボーア自由国と中央アジアで王国の罠によって足を取られており、満足な対応ができずに戦争を迎えることとなった。
「よう、大将。ついに2回目のアナトリア戦争だな」
そんな戦争の勃発に当たって、ロートシルト財閥のレナーテの次にクラウスが接触したのは共和国植民地省市民協力局のノーマンだった。
「ノーマン。知っている情報を教えろ。もう戦争については把握しているだろう?」
クラウスとノーマンが接触したのは、共和国本国の中にある地方都市のひとつで、アナトリア地域まで通じる鉄道が通る場所だった。アナトリア分割協定締結度に共和国は本国からアナトリア地域までの鉄道を延長して、アナトリア地域まで通していた。
「ある程度は把握しているとも。もっと早く警戒を発せればよかったんだが、市民協力局もアナトリアが再び戦場になるとは思っても見なくてな。完全に不意を打たれた形だ」
クラウスとノーマンは地方都市の酒場で言葉を交わす。
共和国本国でも地方都市の寂れ具合は植民地並みだ。本国でも栄えているのは都市部だけで地域格差が存在していた。万人の平等を謳った共和国でも、この手の格差はなくならないものである
「では、把握できているのは?」
「王国は本気だ。確実にアナトリアを奪いに来ている」
クラウスの問いにノーマンがそう答える。
「王国は破竹の勢いでアナトリアを制していっている。共和国植民地軍はあっさりと撃破され、帝国植民地軍の碌な対応もできずに逃げ去った。アナトリアはこのままなら、王国のものになるだろうな」
「敵の規模は?」
ノーマンが肩を竦めて告げるのにクラウスが尋ねる。
「規模は8個師団相当。名称は王国アナトリア軍。司令官はレズリー・ラムリー大将。この6個師団のうち2個師団は本国軍の戦力だ。そもそも司令官が本国軍──王国陸軍の人間だ。連中はもう偽装するつもりはないようだ」
「連中が本気だという情報はそのためか」
王国が前回の戦争に動員した師団数は10個師団相当。だが、今回は2個師団が本国軍から抽出されている。これでどれほど王国が本気でアナトリアを奪いにきたのか分かるというものである。
「連中は本気も本気さ。連中はアナトリア全域を支配しようとしている。共和国も、帝国も敗退し、王国はアナトリア全域を支配できる状態だ。まあ、王国も世界大戦を招きたくなければ、共和国と帝国の干渉地域は残すだろうが、それだけだ」
ノーマンはそう告げて、安い蒸留酒を呷る。
「王国の本来の狙いは? アナトリア全域を本気で奪うつもりじゃないだろう?」
「奪うつもりかもしれんが、連中が真っ先に狙ったのはベヤズ霊山だ。お前たちが前回の戦争で奪った、あの世界最大のエーテリウム鉱山さ」
クラウスが尋ねるのに、ノーマンがそう返した。
「やはり狙いとしたらそこか」
「ああ。連中が本国軍を真っ先に投じたのもベヤズ霊山だ。確実にあそこだけはこの戦争の戦果にするつもりだろう」
クラウスはノーマンの言葉に呻き、ノーマンはそう告げる。
「ベヤズ霊山は重要だからな。あそこは世界のパワーバランスを変えかねない量のエーテリウムを算出する。そんな鉱山が共和国本国まで鉄道で結ばれていれば、王国の連中も忌々しく思うだろう」
ベヤズ霊山はアナトリア地域における共和国領域を通して共和国本国まで繋がっている。途中にあるボスポラス海峡はまだ橋も海底トンネルもないが、海峡で動くエーテリウム輸送船がその役割を担っていた。
「だが、王国の連中にベヤズ霊山を渡すと我らが共通の友人であるSRAGが大損する。そうだろう、大将?」
「まさに。SRAGの株価はベヤズ霊山を押さえたことで上昇した。失えば、下がるのは目に見えている」
第一次アナトリア戦争でクラウスたちがベヤズ霊山を押さえてから、SRAGの株価は急上昇した。ベヤズ霊山は世界最大のエーテリウム鉱山であり、その価値はもはや国家戦略規模の価値なのだ。
「王国植民地軍はいつも通りとして、本国軍について分かることはあるか?」
「本国軍は第3世代の魔装騎士で武装し、練度も植民地軍を嘲笑えるレベルだ。だが、興味深い連中がいるぞ」
クラウスの問いにノーマンがニッと笑う。
「興味深い連中だと?」
「ウィルマ・ウェーベル。覚えているか。お前さんにアナトリアで煮え湯を飲まされた美人魔装騎士乗りだ。連中がお前さんに復讐するためにアナトリアに戻ってきたぞ」
そう告げて、ノーマンは空になったグラスをカラカラと言わせた。
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