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4月攻勢

……………………


 ──4月攻勢



 共和国植民地軍がボーア自由国に在留邦人の保護を名目に侵攻してから、既に1ヶ月が過ぎようとしていた。


 共和国植民地軍はついにボーア自由国の北端にまで達し、そこにいた王国植民地軍と交戦し、これを撃破した。正確には撃破したというよりも、相手が戦う前から逃げ去ったという方が正しいだろう。


 王国植民地軍は奇妙なまでに戦闘に消極的で、国境を越えて逃げ去ると、そこに陣地を展開して、立て籠もるだけになった。時折嫌がらせ程度の砲撃を加えてくるだけで、戦闘らしい戦闘は避けている。


 それに輪をかけて不気味だったのは、これまで幾度となくゲリラ攻撃を仕掛けてきたオレンジ民兵隊が沈黙しているということだろう。


 オレンジ民兵隊はほぼ完全に沈黙していた。これまでのようにゲリラ攻撃を仕掛けてくることもなければ、逃げ出す様子を目撃されてもいない。


 ボーア自由国の国土はそう広くはないが、ジャングルに覆われており、そのことでオレンジ民兵隊を捕捉するのは困難であった。敵が何を考えているのかは、敵が何かをするまで分からないというわけだ。


「不気味だな」


 共和国植民地軍はボーア自由国派遣軍団司令部。


 そこでもオレンジ民兵隊の動きが止まったことが確認されており、彼らは敵が何を意図して攻撃を停止したのかを考えているところであった。


「大規模攻勢の予兆、と言う可能性は?」

「魔装騎士もなしで攻撃を仕掛けるのか? 自殺も同義だぞ」


 参謀のひとりがそう告げるのに、司令官は首を横に振った。


 オレンジ民兵隊の全貌は把握できずとも、オレンジ民兵隊が魔装騎士を装備していないことは早期に確認できている。彼らが魔装騎士を装備していたら、それがたとえ第1世代型のサイクロプス型であっても、コボルト旅団との戦いに投入しているからだ。


「何を考えている、何を。一体何をするつもりだ」


 司令官たちは頭を悩ませるが結論は出ない。


 現場の兵士たちにも警戒するように命令が出ているが、彼らはオレンジ民兵隊のゲリラ攻撃が止まったことで逆に安堵しており、攻撃を仕掛けるような気配はない。


 上層部だけが不信感と疑問の念を高め、現場の兵士たちが安堵する中、それが起きた。


「攻撃だ! 攻撃だ! 敵の攻撃だぞ!」


 ボーア自由国にコボルト旅団と共に我が物顔で駐留していた共和国植民地軍の駐屯地に雨のようには迫撃砲弾が降り注いだ。


「応戦しろ! こちらの砲兵も撃ち返せ!」

「……砲兵大隊との連絡がとれません。通信が完全に沈黙しています」


 攻撃を受けている駐屯地の指揮官が叫ぶのに、通信兵が蒼褪めた表情で返した・


「なんだと……。どういことだ……。まさか……」


 指揮官の脳裏に最悪の光景が横切る。


 砲兵大隊は潰された。自分たちと同じようにオレンジ民兵隊の奇襲攻撃を受けて。


「前方からオレンジ民兵隊が接近中! 数は1個大隊!」

「畜生め! ありったけの銃弾を叩き込んでやれ。それから──」


 指揮官は素早く命令を下し、視線を一点に向ける。


「魔装騎士を出撃させろ。敵に魔装騎士はいないし。我々が一方的に攻撃できるはずだ。それだけは間違いないだろう」


 指揮官が見上げるのは、駐屯地の警備に付いているスレイプニル型魔装騎士だ。砲兵大隊は全滅したかもしれないが、魔装騎士のいないオレンジ民兵隊が魔装騎士を撃破することはまず不可能だ。


「了解。魔装騎士を前進させ──」


 指揮官の命令に通信兵が応じようとしたとき、指揮官が見上げていたスレイプニル型魔装騎士が炎に包まれた。いや、正確に言えば、砲弾に貫かれたスレイプニル型魔装騎士が秘封機関アルカナ・リアクターを暴走させて、そのことで爆発したのだ。


「な、何が……」

「大変です! 魔装騎士です! 敵の魔装騎士です! オレンジ民兵隊の連中が魔装騎士を引き連れてきています! 数はおよそ1個大隊!」


 突然のことに呆然とする指揮官に兵士が叫んだ。


 ジャングルから前進してくるオレンジ民兵隊の兵士たちの背後から、エリス型のスマートな形状を崩し、ゴツゴツした武骨なデザインに変えた魔装騎士が約1個大隊56体前後で駐屯地に迫っていた。


「どういうことだ!? 敵は魔装騎士を装備していないはずだぞっ!?」

「友軍の魔装騎士大隊出撃しました! 間もなく交戦します!」


 うろたえる指揮官に通信兵が告げる。


 駐屯地の中に待機していたスレイプニル型魔装騎士1個大隊が、駐屯地の壁を盾にしながら、急速に戦場に迫っていた。


 だが、敵のエリス型魔装騎士は壁ごと、スレイプニル型魔装騎士を撃ち抜いた。敵の放った徹甲弾は土嚢を積み上げて作られた壁を呆気なく破壊し、その先にあるスレイプニル型魔装騎士をも貫き、秘封機関をやられた魔装騎士が炎に包まれて崩れ落ちる。


「ええい! 何をやっている! 反撃しろ! 数は同等であるし、スペックの上では我々の側が優っているはずだぞ!」


 確かに王国植民地軍の装備するエリス型魔装騎士よりも、共和国植民地軍の装備するスレイプニル型魔装騎士の方が、攻撃力も、防御力も、機動力も、優っているはずだった、同じ数のスレイプニル型魔装騎士とエリス型魔装騎士が戦えば、勝つのはスレイプニル型魔装騎士のはずだった。


 だが、現実はどうだ?


 スレイプニル型魔装騎士は次々に撃破されており、スレイプニル型魔装騎士の放った砲弾はエリス型魔装騎士──を改造したと思われる機体に弾かれている。まるで勝負になっていない。


『畜生。砲撃じゃ不利だ。近接格闘戦を挑むぞ! 付いて来い!』

『了解!』


 共和国植民地軍の魔装騎士大隊は半数が落後した時点で自分たちが砲戦において、圧倒的に不利であることを悟り、対装甲刀剣を抜くと、スレイプニル型魔装騎士がエリス型魔装騎士より優っている機動力に賭けた近接格闘戦に打って出た。


 スレイプニル型魔装騎士は遮蔽物にしていた駐屯地の壁を飛び越え、一気にスレイプニル型魔装騎士に躍りかかる。それは僅かに数十秒のことであり、スレイプニル型魔装騎士の機動力が如何に高いかが窺える。


「なっ……」


 だが、撃破されたのエリス型魔装騎士ではなく、スレイプニル型魔装騎士だった。対装甲刀剣で操縦席を串刺しにされた機体が火花を散らしながら、ガクリと力を失う。


 スレイプニル型魔装騎士は確かに素早かった。だが、エリス型魔装騎士も同じくらい素早かった。エリス型魔装騎士の群れは次々に襲い掛かるスレイプニル型魔装騎士を斬り捨てていき、秘封機関の爆発音と悲鳴が聞こえる。


「あ、ああ。まさか……」


 戦闘開始から15分。


 共和国植民地軍の魔装騎士大隊は全滅した。戦場に勝者として君臨しているのは、エリス型魔装騎士である。


「て、敵の魔装騎士の砲撃! 我々は狙われています!」


 そして、スレイプニル型魔装騎士を屠ったエリス型魔装騎士は次に、共和国植民地軍の無防備な歩兵部隊を狙って、砲撃を加え始めた。


 激しい砲撃が木霊し、破壊が吹き荒れる。


「全軍、前進! 共和国の豚どもを殺せ!」

「おおっ!」


 それ同時にオレンジ民兵隊の歩兵部隊も突撃を開始した。


 彼らは雄叫びを上げ、サウスゲート式小銃を構えて、共和国植民地軍の歩兵たちが魔装騎士の砲撃で押し込められた陣地に向けて突進する。


「畜生! 機関銃だ! 機関銃はどうした!」

「この砲撃ではまともに射撃できません! こんなに砲弾を浴びせかけられているんじゃ、射撃するのは不可能ですよ!」


 指揮官が叫ぶのに、部下の兵士は降り注ぐ砲弾の嵐を指さす。


 機関砲弾が掃射され、榴弾と焼夷弾が執拗に陣地を狙って叩き込まれている。こんな状況では陣地から僅かに頭を出しただけで死にかねない。


「畜生。これじゃ攻撃も退却もできな──」


 指揮官が絶望的な状況に何事かを告げようとしたのが、陣地の中に飛び込んできた榴弾の炸裂によって遮られた。砲弾は陣地を吹き飛ばし、オレンジ色の炎がスリットから漏れ出す。


「命中、と」


 砲弾を叩き込んだ男──ウィリアム・ウィックスが小さく口笛を吹く。


「友軍は着実に前進してるし、陣地は占領できている。まずは俺たちの勝ちだな」


 いつの間にか陣地にはオレンジ民兵隊のオレンジ色をした軍旗が翻されており、共和国植民地軍の兵士たちが武装解除されては壁際に並べられて、銃殺されていた。


「だが、問題はこれからだ。共和国の連中の魔装騎士の数は半端じゃないし、何よりあの男が居やがる可能性があるつーわけだからな」


 ウィリアムは小さくそう呟くと、彼の操縦席のクリスタルに張り付けてある新聞の切り抜きに目を向けた。


 “共和国の英雄、ビアフラ連邦を制する。”


 そういうタイトルで飾られた記事には記者に質問を受けているクラウスの姿が映されていた。これはビアフラ連邦をトランスファール共和国が併合した後に書かれた記事で、これまで共和国を勝利させてきたクラウスが讃えられていた。


 その戦闘力は僅かに1個大隊で、軍団すらも上回る。クラウス・キンスキー植民地軍中佐の活躍によって、これからも共和国は繁栄するだろう。記事はそうクラウスを絶賛していた。


「こいつらが出てきていることは確実だ。連中の練度は本国軍ですら戦争ごっこに見えるレベルで突き抜けてやがる。こいつらとまた遭遇したら悪夢だな」


 記事を見ながら、ウィリアムはそう呟く。


「前回の戦争で契約がおじゃんになったら、今回の契約は何としても果たさにゃならんのだが。これ以上負けが込むと、雇い主を失う。雇って貰えない傭兵ってのは最悪だぞ。無職と一緒だ」


 ビアフラ連邦での戦争では、ウィリアムは警備契約を結んでいた鉱山を共和国に奪われたことで契約を失っていた。だから、今回オレンジ民兵隊という怪しげな組織と契約を交わしたのだった。


 オレンジ民兵隊のシャロン中佐は今回の戦争に勝利すれば、ボーア自由国で産出される貴金属で代価を支払うと約束していた。ウィリアムとして換金の面倒な鉱物資源よりも、現金の方がありがたかったのだが、今は文句が言える立場ではなかった。


「さあて、どう出る、人食い狼ども。今回も前回のように上手く勝てるとは思わんことだぜ。今回はちとばかり本気で行くからな」


 ウィリアムはそう呟き、魔装騎士を前進させた。


 ──4月1日。オレンジ民兵隊は大規模な反撃作戦を実施。


 これまで動きがないことに安堵していた共和国植民地軍の現場の兵士たちは完全に不意打ちを受け、各所で撃破され、戦線は後退した。


 だが、共和国植民地軍もやられてばかりではない。


 彼らは魔装騎士を巧みに機動させ、反撃の機会を窺っていた。


……………………

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