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ヌチュワニンの反乱(4)

……………………


『中佐殿。植民地人たちが見当たりませんね』


 植民地人の起こした反乱が潰えてから1時間ほどが経って、ヌチュワニン鉱山に到達した王国植民地軍の兵士がそう告げる。


 周囲には反乱が起きた痕跡は残されているが、反乱を起こしただろう植民地人たちの姿は見えない。加えていうならば、ここに配備されているはずの共和国植民地軍1個歩兵中隊の姿も見えなかった。


「油断はするな。植民地人どもが見当たらないということは、共和国が反乱を叩き潰したということだ。連中はそれなり以上の戦力を持ってきているぞ」


 この2個大隊の魔装騎士の指揮官である中佐はそう告げ、人工感覚器で油断なく周囲を監視する。


「いたぞ。共和国のラタトスク型だ。1個中隊はいるか」


 そして、中佐は鉱山と密林の合間に共和国植民地軍のラタトスク型魔装騎士が隠れているのを見つけ出した。


 共和国植民地軍の魔装騎士は不意打ちを狙っていたのか、密林にしっかりと身を隠し、中佐が気づいたと同時に砲撃してきた。


『うわっ!』


 突然の砲撃に数体のサイクロプス型魔装騎士が撃破され、秘封機関アルカナ・リアクターに蓄えられていた精製済みのエーテリウムが暴発して、機体がオレンジ色の炎に包まれる。


「畜生。これだから第1世代型は」


 第1世代型魔装騎士は、暴発する秘封機関から機体を守る方法が存在しない。後の第2世代、第3世代型魔装騎士には緊急消火システムと装甲が用意されているが、植民地軍に回された本国軍のお下がりである第1世代型にはそんな便利なものは備わっていない。


「直ちに反撃開始だ。ジャングルを更地にする勢いで砲撃しろ。連中を叩き出せ」

「了解!」


 中佐が物騒な命令を下すのに、彼の部下たちが次々に応じた。


 中佐の2個大隊の魔装騎士たちは、何体かの数を減らしたが、依然として数においては共和国植民地軍に勝っているはずだった。まともに撃ち合っていれば、勝つのは王国植民地軍だ。


「さあ、さっさと逃げ出せ、共和国の犬。お前たちが逃げ出して、俺たちがここを占領したという既成事実ができれば、更なる増援が派遣されて、支配を確たるものにできるんだからな」


 中佐はそう告げながら、ラタトスク型魔装騎士を狙って砲撃を加える。


 植民地人たちの反乱が失敗していても、彼らは特に気にはしていない。むしろ、後で片付けることになる植民地人を、共和国が片付けておいてくれて感謝しているぐらいだ。


 植民地人は口実を作るだけで用済みだ。後は中佐の部隊が鉱山を支配したという既成事実を作り、そのことを更なる口実にして、大規模な植民地戦争が勃発しない低強度の“抗争”を維持した状態で、王国植民地軍が鉱山に大規模な戦力を派遣する。これが王国側の計画だった。


『中佐殿。敵が後退します』


 そんな中佐の思惑を他所に、共和国植民地軍との戦闘は続いていた。


 共和国植民地軍はジャングルの中を巧みに機動して、中佐の部隊からの砲撃を回避し、カウンターを撃ち返しながらも、鬱蒼と生い茂るジャングルの中に後退を始めていた。


「フン。ここで逃げて、後で奇襲的に攻撃を仕掛けるつもりか。今さら浅はかな。全機、追撃して殲滅するぞ。我々はここでの支配を確たるものにするのだ」

『了解しました。中佐殿』


 中佐はこの撤退を、後の奇襲攻撃のための一時的なものだと考えた。後で自分たちが鉱山という開けた土地に展開した際に、再び密林の中から砲撃を加え、鉱山を奪還するための。


 よって中佐は追撃を選び。彼の部隊はジャングルへと侵入した。


『クソ。足が……』


 だが、ジャングルの中で魔装騎士が動くのは一苦労だ。木々という最大の障害物が魔装騎士を転ばせようと根を張り、沼地が足を滑らせる。


「ジャングルの行軍は二度と行いたくないと思っていたが」


 中佐の部隊もこのヌチュワニン鉱山に到達するまでに密林を移動し、そこで多大な損亡を出していた。行軍中に行動不能になった魔装騎士は2個中隊相当であり、本来の戦力は損なわれている。


 そして、このジャングルでも中佐の部隊は損耗していた。足を取られた魔装騎士が転んで、そのまま立ち上がれなくなって行動不能になり、隊列から落後した魔装騎士がことを急いでまた転ぶ。


 中佐の述べているようにジャングルでの行軍は一度やったら二度と行いたくないものだ。


「しかし、共和国側の損耗はなしか。訓練されているな」


 中佐の部隊が激しく損耗しているのに対して、同じようにジャングルを移動している共和国植民地軍──ヴェアヴォルフ戦闘団は脱落した様子を見せていない。機体が残されていることもないし、樹木にぶつかったような形跡もない。


『中佐殿。このまま追撃するんですか?』

「そうだ。ウェーヴェル子爵も、見敵必殺だと言っていただろう。ここで数で勝っている間に敵の魔装騎士を1体でも多く削り、後の戦いを優位に運ぶのだ」


 この部隊は本国軍で名高いウィルマ・ウェーベルから訓練を受けた部隊であった。彼女が洗練された操縦方法を、練度がお世辞にも高いとは言えない植民地軍にほどこし、加えて魔装騎士を使った戦闘での戦術について教えている。


 もっとも、教えられたことがちゃんと吸収されているかどうかは別だ。ウィルマは確かに数で勝っている場合には、あらゆる勇気を振り絞り、見敵必殺の勢いで敵を倒せと教えていた。相手の魔装騎士を撃破できる機会があるならば、必ずしや撃破を成し遂げろ、と。


 だが、今の状況は異なっている。


 場所はウィルマが想定した平原ではなく、視野の不明瞭なジャングルだ。こういう場合は下車偵察を実行して地形を把握し、それから行動方針を決定するべきだとウィルマは教えていた。


 かくて、ウィルマの教えは忘れられ、見敵必殺という威勢のいい言葉だけが残り、中佐の部隊は逃げたクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団を追って、ジャングルの奥深くに入り込んでいく。


「それにしても酷いジャングルだ。エーテリウム鉱山のある場所は、いつもいつもこういう場所だな」


 中佐は密林の木々が魔装騎士の視界を遮るほど高いことに愚痴る。


 エーテリウム鉱山のある山やその傍では、ほとんどの場合植物が異常に成長する。その原理や意味は理解されていないが、彼らはエーテリウム鉱山を探す際の目安にしていた。


『敵機、発見!』


 不意に兵士の声がエーテル通信を通じて走った。


「どこだ?」

『3時の方角! 砲撃してきます!』


 中佐が尋ねるのに、兵士が声を上げた。


 ラタトスク型魔装騎士がジャングルの中から中佐の部隊を狙っており、轟音と共に砲弾が放たれた。


「クウッ……! 焼夷弾だと!?」


 ヴェアヴォルフ戦闘団が放ったのは、敵の装甲を貫くための徹甲弾ではなく、対人戦闘で使われるはずの焼夷弾だった。1体の魔装騎士は3発ほどの焼夷弾を混乱する中佐の部隊に叩き込むと、密林の中に姿を消した。


「この……人工感覚器を妨害することを狙ったか。愚かな。この程度の炎でダメになるほど王国の人工感覚器は脆くはない」


 中佐の機体も焼夷弾を受けて燃え上がっているが、そのことによって中佐の機体が損害を受けることはなかった。これぐらいの熱になら耐えられるだけ、魔装騎士は頑丈なのだ。


「諸君。さっきの機体を追うぞ。連中は対人戦闘用の弾薬しか持ってきていないのかもしれない。これは絶好の機会だ」


 中佐は先ほどの焼夷弾の攻撃を、共和国植民地軍が慌ただしく“鉱山の反乱”を鎮圧するために派遣され、そのことで対装甲用の徹甲弾などの装備を忘れてきたのだと解釈した。


 これならば、簡単に勝てる。これならば、戦功を挙げられる。


 だが、その考えは覆されることにになった。


 中佐、その人の死によって。


 ガンッと激しい金属音が響き、中佐の機体の操縦席から入り込んだ徹甲弾は秘封機関まで抜けていった。エーテリウムが暴走して爆発し、中佐の機体は真っ二つになった。


「中佐!? 中佐殿!?」

「どこから撃ってきた!?」


 1発の砲弾が中佐の機体を撃破したのに、兵士たちが大混乱に陥る。


 だが、その混乱を嘲笑うように次の砲弾が下士官の乗った機体を貫き、また暴走した秘封機関が炎を撒き散らす。そして、間髪容れずに次の砲弾が脚部を破壊して、魔装騎士が激しい衝撃と共に倒れて、中の兵士が気を失う。


「ど、どうするんだ!?」

「早く指揮を引き継げ! このままじゃ全員蜂の巣にされるぞ!」


 大混乱。大混乱だ。


「こちらローゼ。相手は指揮官を失ったことで随分と混乱しているみたい。このままこっちで片付ける?」


 中佐や他の機体を撃ち抜いたのはローゼだ。


 ローゼの機体に搭載されている口径75ミリ突撃砲──対装甲戦闘をメインにしている長砲身砲──の砲撃を受けて、王国植民地軍は大混乱に陥っていた。


 クラウスが行ったのは実に簡単なこと。


 自分たちが数において圧倒的に敵に不利であり、逃げ惑っている様子を見せて、敵を誘い込むこと。そして、誘い込んだローゼの陣取る山から見渡せるキルゾーンで敵を滅多打ちにするということ。


 敵はヴェアヴォルフ戦闘団を1個中隊と認識し、更には対装甲戦闘の準備のない部隊とまで侮った。その根拠の不確かな油断が、この壊滅的な打撃を被る原因となったのだった。


 ヴェアヴォルフ戦闘団は実際には1個大隊と1個中隊の戦力だし、対装甲のために兵器を既に優位な地形に据え付けていた。ローゼが泥まみれになるのも構わず、掘り起こした魔装騎士用の塹壕に身を潜め、ジャングルの木々で偽装して。


「ローゼ。片付けられるだけ片付けておけ。残りはこっちで処理する。全機、1機たりとも逃がすなよ」


 クラウスはそう命じ、動き始めた。


 今回も重要なのは地形の把握だ。クラウスは事前に念入りにヌチュワニン鉱山とその周辺を偵察しており、この密林についても可能な限り足を動かして、どこが魔装騎士が通行可能で、どこが不可能かを見分けておいた。


 完全に地形を知り尽くしたクラウスに対して、猪突猛進に敵を追ってジャングルに入った王国植民地軍。


 どちらが勝つかは言うまでもなく分かるだろう。


『撃たれた! 撃たれた! 走行不能!』

『こっちはもうボロボロだ! 一体、誰が指揮を執っているんだ!?』


 クラウスたちは生い茂る樹木を盾にして、王国植民地軍の部隊を取り囲み、砲弾を叩き込み、隙があれば対装甲用の刀剣で斬りかかって、近接戦闘での撃破を狙う。


 ローゼは依然として砲撃を続けており、クラウスたちが狙うべき目標を焼夷弾で示すのに、その炎を目印にどこまでも精密な砲撃を与えた。


 そう、焼夷弾はマーカーだ。遠隔地から砲撃を行うローゼたちに、密林の中でどこに敵がいるのかを示すためのものだ。


「意地悪い作戦だけど、戦争ってこういうものよね」


 ローゼはまた操縦桿の引き金を引き、一発の徹甲弾を相手に向けて叩き込み、徹甲弾を受けた敵がエーテリウムの暴走で爆発し、大炎上する。そして、その炎が密林の木々を焼き払い、次第に包囲された王国植民地軍の姿を曝け出していた。


「紳士淑女諸君。残りは突撃で片付けるぞ。ローゼは現在の位置からの砲撃を5発まで続けろ。それ以降の支援は必要ない」

『了解。任せる』


 クラウスは対装甲刀剣を抜いて、密林の中をユラリと動き、彼の部下たちもクラウスの行動に呼応して、砲撃を行いながらも対装甲刀剣を抜き取る。


『兄貴! 援護するッス! 背中はあたしにお任せを!』

「ああ。任せるぞ、ヘルマ。お前は近接戦闘じゃ負けなしだからな」


 ヘルマの魔装騎士がクラウスの背後に付き、クラウスの死角を塞ぐ。


「では、突撃だ。盛大に声を上げて、盛大に敵を殺せ!」

「応っ!」


 クラウスはエーテル通信機に向けて雄叫びを上げ、彼の部下たちも己を鼓舞する声を上げた。


 突撃。


 ローゼからの支援砲撃が途絶えたと同時にクラウスたちが密林の中から、王国植民地軍に突撃した。既に密林は炎によって焼き払われ、爆発によって木々が薙ぎ払われ、開けた場所となっていた。


「まずは1匹」


 クラウスは背中を完全にヘルマに預け、敵に向けて突っ込む。


 敵はローゼからの砲撃と、これまでのジャングルからのゲリラ的砲撃で完全に神経が参っており、碌な対応も取れなかった。


 クラウスは対装甲刀剣をサイクロプス型魔装騎士の人工感覚器に突き立て、間髪容れずに生体装甲の隙間が生じる関節部を切断する。


「1匹目」


 クラウスは最後に操縦席に向けて人工筋肉のあらん限りの力で対装甲刀剣を振り下ろし、対装甲刀剣のタングステン合金の刃は操縦席の装甲を貫き、そのまま中にいた操縦士を真っ二つにした。

 

「次だ」


 クラウスは操縦席から引き抜き、真っ赤な血を帯びた対装甲刀剣を振るい、次の獲物を狙う。


『共和国植民地軍の精鋭だ! 俺たちよりも多い! 勝ち目がないぞ!』

『撤退命令を! 誰が指揮を執ってるか知らんが撤退しないと、このジャングルが俺たちの墓場になるぞ!』


 王国植民地軍は既に暗号を使用せず、平文でエーテル通信を交わしている。暗号化するとどうしてもタイムラグが発生するためだろうが、これではクラウスたちに自分たちがいかに混乱しているか披露してるようなものだ。

 

『よいしょいっとー! これで5体撃破ッス!』

「遅いな、ヘルマ。俺はもう8匹目を仕留めたぞ」


 渦巻く混乱に拍車をかけるようにクラウスたちは王国植民地軍の隊列を掻き乱し、次々に魔装騎士を屠っていく。王国植民地軍は当初は2個大隊の魔装騎士がいたものが、今や2個中隊に満たないまでに激減していた。


 クラウスは動く。鋭く、鋭敏に、殺意を確かに帯びて。


 ヘルマは動く。踊るように軽快に、愉快さを混じらせて。


『やっぱりボスには敵いませんね』


 クラウスの部下たちも王国植民地軍を相手に奮闘しているが、クラウスとヘルマはその奮闘の3倍はある戦果を出している。


「しっかり戦って、しっかり殺しとけー。これも演習のようなものだ。実弾と実際の敵を使った超実戦的な演習だ」


 クラウスはエーテル通信で全機にそう告げながら、対装甲刀剣の刃で、再び別の魔装騎士の操縦席を貫く。


 クラウスは意図的に操縦士が生き残らないような倒し方をしている。先ほどまでは援護射撃を行っていたローゼもだ。彼らはまず操縦席を狙い、次に秘封機関を狙っている。


 理由はそこが一番の弱点だから、というシンプルなもの。


 魔装騎士は人工筋肉によって各部署が独立して駆動し、一定のダメージを負っても、死霊術ネクロマンシーが強引に機体を動かす。そして、秘封機関が動いている限りは生きた装甲である生体装甲も回復する。


 つまり、魔装騎士を完全に無力化するには秘封機関を破壊するか、あるいは操縦士を殺すかなのだ。そうでなければ、魔装騎士は力尽くで立ち上がり、重量数十トンはある機体そのもので体当たりでもなんでもできる。近くにある木々を武器にして立ち向かったという実際の戦例もあるのだから。


 クラウスは操縦士を殺す方を推奨していた。


 操縦士は彼らが訓練を受けたことでよく分かっているが、魔装騎士の操縦士を育てるのには時間がかかる。最初の歩行訓練から、砲撃訓練、戦術的な行動を取るための訓練と、魔装騎士の操縦士を育て上げるのには3、4年かかる。


 植民地軍の事情はどこも似たり寄ったりで、まともな人間はまず植民地軍などには入ろうとしない。そんな軍で3、4年も訓練を受けさせられると決まれば、候補者たちは逃げ出すだろう。実際に、クラウスの部隊でも、魔装騎士を諦め、植民地軍にいることすらも諦めた人間が多々いる。


 つまり、魔装騎士の操縦士は貴重な人材。


 その人材を丁寧に殺してやることで、クラウスは王国植民地軍に長期的な打撃を与えてやっているのであった。


『降伏する! 降伏する!』


 クラウスが16体、ヘルマが10体ほど、王国植民地軍の魔装騎士を排除したとき、エーテル通信で王国植民地軍の兵士たちが声を上げた。


『武器を置いて、下車する。捕虜として取り扱ってもらいたい』


 そう告げたのは2体のサイクロプス型魔装騎士で、彼らは武装である6ポンド突撃砲と口径20ミリ機関砲を腕からパージし、対装甲刀剣を腰から外し、それから操縦席のハッチを開いて、顔を出した。


「降伏を受け付ける。大人しく武器を捨てて、下車すれば捕虜にしてやる」


 それを見たクラウスは全帯域のエーテル通信でそう宣言する。


『ええー? いいんッスか、兄貴。王国の連中をガンガン殺して、植民地軍で一目置かれるってのが兄貴の目的なんじゃなかったんッスか?』


 ヘルマが不満そうな顔をして、下車した操縦士に対装甲刀剣を突きつける。


「構わん。少しは捕虜がいた方が、何かと役に立つ。そう、何かとな」


 そう告げるクラウスの顔は、獰猛な肉食獣のごときものになっていた。


 部族の反乱から3時間後、王国植民地軍派遣から1時間後。


 戦闘は終結した。ヴェアヴォルフ戦闘団の完全勝利という形で。


 王国植民地軍は2個魔装騎士大隊を完全に喪失。生き残った操縦士たちも、ヴェアヴォルフ戦闘団の捕虜として捕らえられた。対するヴェアヴォルフ戦闘団の損失は乱戦になった近接戦闘で1機が大規模なメンテが必要な損害を受けただけだ。


「さて、捕虜の諸君」


 クラウスは自分の魔装騎士を降り、捕虜になった王国植民地軍の兵士たちの前に立つ。そして、悠然とした勝者の風格を漂わせる動きで、捕虜たちの怯えた表情を見渡す。


「このまま素直に本国に帰れます、とは思っていないだろうな。そんなことはまずないぞ。お前たちは共和国植民地軍の捕虜として拘留され、王国が捕虜の解放のために手を打つまでは黴臭く、虫がわんさか湧き、薄汚い植民地人どもが大勢閉じ込められた刑務所に放り込まれる」


 クラウスの言葉に捕虜たちの表情が強張った。あるものは何事かを告げようとするが、ヘルマの魔装騎士が対装甲刀剣をグイと動かしたことで沈黙した。


「それに俺には市民協力局の知り合いがいてな。植民地軍には引き渡さずに、その手の人間に引き渡してもいいと思ってる。市民協力局がどういうやり方で“お喋り”するかを知らない奴はいないよな?」


 次にクラウスが告げた言葉に捕虜たちの顔に明白な絶望の色が浮かんだ。


 エステライヒ共和国植民地省市民協力局の強権的なやり方と悪名は王国にも響いている。拷問に近い尋問が行われ、いざ釈放されるときでも副作用の強い自白剤と拷問によって廃人と化しているのだと。


 そんなことになれば、今生き残っても何の意味もないではないか。


「入植者たちを恨んでいる植民地人どもで溢れた刑務所か、市民協力局か。どちらか選べと言いたいところだが、俺は寛大な人間だ。別の方法も残っている。諸君が迅速に本国に帰還でき、廃人にもならずに済む方法をな」


 そして、クラウスは小さく笑うと捕虜たちにそう告げた。


「……何をすればいい?」

「こちらの情報部とメディアに協力してもらえればそれでいい。メディアに自分たちが何をやろうとしていたかを白状し、そのことが各国の新聞に掲載されることを認めればそれでいい」


 捕虜のひとりが声を振り絞って尋ねるのに、クラウスは実に軽くそう告げた。


「メディアに?」

「そうだ。植民地人どもを焚き付けて反乱を起こさせ、その後に魔装騎士を派遣して鉱山を確保し、それから大規模な王国植民地軍の部隊が到着する予定だったという計画を素直に、そっくり話してもらう」


 些か疑問のあるクラウスの要求に、クラウスは言葉を続けた。


「後に派遣されることになっていた王国植民地軍の本隊の規模はどれほどだ?」

「1個魔装騎士大隊と1個歩兵連隊と聞いている」


 先にクラウスに散々脅されていたためか、王国植民地軍の兵士は存外素直に情報を吐き出した。


「それじゃダメだな。規模を1個魔魔装騎士連隊に2個歩兵師団にしろ。ここに派遣された部隊に関しても、2個魔装騎士大隊ではなく、3個魔装騎士大隊にしてもらおうか」


 クラウスはそう告げるのに、捕虜たちは唖然としていた。


 普通、尋問では正しい情報を得るものだが、目の前のこの男は完全に情報を出鱈目なものに変えようとしている。数を水増しし、あたかも王国植民地軍の大軍勢がこのヌチュワニン鉱山に攻め寄せようとしていたかのようにしている。


「だが、それは……」

「できないなら市民協力局に引き渡す」


 いくらなんでもそんな出鱈目は言えないと言おうとした兵士を、クラウスが押さえる。


「……分った。メディアにはそう伝える。そちらの情報部にも同じ事を伝えるということでいいのか?」

「ああ。それでいい。どうせ本当の数字は分かってるんだ。問題はない」


 暫しの沈黙の末に捕虜のひとりが同意し、クラウスは頷いた。


「話が終われば、トランスファール共和国のアルビオン王国総領事館に送り届ける。それからはそっちの問題だ。勝手に自分たちで切り抜けてくれ」


 クラウスは話は終えると、自分の魔装騎士に戻り、機体を起動させた。


 捕虜たちは魔装騎士で護送されて、この地域から僅かに離れた第8植民地連隊の基地まで連れて来られた。彼らは何故か事前に集まっていたトランスファール共和国のメディアから質問攻めに遭い、彼らがクラウスに告げるように言われていた情報を全て吐き出してしまった。


 それから捕虜たちはクラウスの独断でアルビオン王国総領事館に送り届けられ、そこから捕虜たちは本国へと帰還することとなった。


 この情報戦の意味を理解しているのは、今のところクラウスとローゼだけだ。


……………………

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