介入(2)
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「これは責任問題ですぞ!」
ボーア自由国北東部の街メアリーフォールズ。
今、オレンジ民兵隊の司令部はそこに設置されていた。半ば意地でソールズベリーに設置されていたオレンジ民兵隊側の暫定政権も、共和国植民地軍の進軍を前にして、このメアリーフォールズまで逃げ延びることになっていった。
共和国植民地軍はゲリラ戦に悩まされているが、ゲリラ戦は決定打にはなっていない。共和国植民地軍は損耗を出しながらも確実に前進し、今やかつての首都であるソールズベリーを手中に収め、コボルト旅団の主力及び暫定政権と合流していた。
共和国植民地軍の増援を受けたコボルト旅団を相手に、オレンジ民兵隊がまともに戦えないのは、戦う前から明らかだった。オレンジ民兵隊には砲兵隊もなく、魔装騎士もなく、経験も不足しているのだから。
「何が責任だというのです?」
そんな状況下にあるメアリーフォールズの市庁舎に設置されたオレンジ民兵隊の司令部。そこでひとつの議論が戦わされていた。
「君の責任だと言いたいのだよ、アーネスト・エンバリー少佐! 君が共和国の特使を殺してしまったからこそ、共和国の連中は我らがボーア自由国になだれ込んできたのだぞ! 君の行動の結果で、我々は危機的な状況に陥ってしまった!」
そう告げるのは王国植民地軍の旧式の軍服に大佐の階級章を付けた中年の男で、その人物があのオレンジ民兵隊の勧誘係から戦時役員とい奇妙な地位に出世した青年アーネストを攻撃した。
「あなたは何もお分かりになられていないのですね。全く以て、あなたのような無能がいるからこそ、我々は窮地にあるのですよ」
「何だとっ!」
アーネストは大げさに肩を竦めて見せて、それに件の大佐が激怒する。
「全ては共和国の仕込みですよ。共和国の特使が何を目的にソールズベリーを訪れていたがご存知の方はいますか?」
「確か、在留邦人の保護のためでは……」
アーネストが尋ねるのに、司令部に列席する別の将校がそう答えた。
「それが間違いです。彼らはコボルト旅団に軍事的な支援を約束するためにソールズベリーを訪れていたのです。どのタイミングで共和国が戦争の口実をでっち上げ、どのタイミングでコボルト旅団がそれを出迎えるかの」
アーネストはどこで仕入れたのか、そのような情報を告げる。
「それは確かなのか?」
「少なくとも自分とヘンリー・ハルダン大将閣下は確認しました。捕まえた捕虜も共和国が軍事的な支援を行うための調整のために訪れたと白状し、鞄からは地図が見つかりました。コボルト旅団の支配地域とオレンジ民兵隊の支配地域を分けた地図です。かなり詳細なものですよ」
そう告げて、アーネストはあの哀れな外交官ブルーノ・バウマンから手に入れた鞄の中に入っていた地図をテーブルの上に並べて見せた。
それは彼が間違ってオレンジ民兵隊の支配地域に迷い込まないように準備した地図で確かにこの時代にしては高精度の地図だった。それも当然だろう。この地図を用意したのは共和国植民地省市民協力局なのだから。
「あの特使は恥ずべき共和国のスパイだったのです。我々はそれを討ち取った。どこに責任を取らなければならない要素があるというのですか?」
アーネストが告げるのに全ての将校たちが沈黙した。
「それよりも議論すべきことがあります。友軍の戦意が欠けているという点です」
そうアーネストが告げると、その場の空気が凍り付いた。
「友軍の行動に積極性の欠如が見られます。彼らは明らかに敵と戦うことを避けている。これは危機的な状態にある我々にとっては致命的と言っていいほどの問題です」
アーネストが役職として掲げる戦時役員とは友軍を督戦するための部署だ。つまりはソ連の政治将校のような存在である。
彼らは友軍に前進と攻撃を促し、ボーア自由国を共和国植民地軍とコボルト旅団、そして“裏切り者”たちから救うために戦うとされている。
実態は無茶苦茶な攻撃を指揮官に承認させ、それが拒まれるとその場で特設軍事法廷を開き、敵前逃亡の罪で銃殺刑にするというものだ。やり方があまりにも陰湿で、友軍に反王国、反オレンジ民兵隊の要素があれば密告すらも推奨しているため、ある意味ではコボルト旅団よりも嫌われている。
だが、彼らの背後にはオレンジ民兵隊の全権を握るヘンリー・ハルダン大将が存在する。この元王国陸軍中将は、連敗した王国植民地軍を屑の集まりと看做しており、自分のやり方ならば、王国は植民地を失うことはないと信じていた。そのやり方というのが、戦時役員という制度と現地住民を現地で戦わせる民兵制度なのだが。
「ひとつ自分が思いますに兵士たちの戦意が欠けているのは指揮官の戦意が欠けているからではないでしょうか?」
「それは我々を指揮する王国植民地軍の将校たちに問題があると?」
アーネストがそう告げるのに、列席しているオレンジ民兵隊の将校が返す。
オレンジ民兵隊の指揮官たちはほとんどが王国植民地軍から派遣された将校たちだ。オレンジ民兵隊は所詮は一般人に適当な戦争ごっこを体験させただけに過ぎない組織であるために、指揮を執るには王国植民地軍の将校の協力が必要だった。そうでなければ、オレンジ民兵隊は文字通りの烏合の衆となる。
「その通りです。どうも我々は裏切られているように感じる。王国植民地軍は我々を支援するどころか撤退していき、残る指揮官たちは消極的な命令しか下さないということには裏切りの気配を感じます」
アーネストの言葉に、列席している王国植民地軍の将校たちの顔が強張った。
「王国は我々ボーア連邦を見捨てるつもりなのではないですか? 既に共和国に我々を売り払ってしまっているのではないですか? 実は共和国植民地軍と協力しているのではないですか?」
アーネストは言葉を続け、王国植民地軍から派遣されてきた将校たちを見渡す。
「馬鹿馬鹿しい! 我々は君たちの要請でここにいるんだぞ! 王国植民地軍の助力を乞うたのは君たちだ! それが負けかかってきたら裏切っているだと! 疑うならば、周りを疑え!」
王国植民地軍の将校のひとりが激高してそう叫ぶ。
「まずはそこの大尉! 君の部隊は昨日共和国植民地軍と交戦した際に、魔装騎士から砲撃を浴びるとパニックになって、装備を捨てて逃げ出していたな! 私はあの距離からならば魔装騎士の砲撃は当たらないと保証したのに!」
「な、なんのことです? 自分はそのようなことに覚えはありませんが……」
王国植民地軍の将校の指摘に、オレンジ民兵隊の大尉が蒼褪めた表情で首を横に振る。完全に恐怖している。
「どうやら我々の中にも裏切りものがいるのは確かなようだ。連行して、銃殺しろ」
「畏まりました、戦時役員殿」
アーネストが冷たい目で大尉を見つめ、指示を受けたオレンジ民兵隊の兵士が、件の大尉の腕を掴むと外に引き摺り出した。
「待ってくれ! あれは──」
大尉は必死に弁明するがその叫びは遠くなり、やがて外で銃声が響き、声が途絶えた。
「よく教えてくださった。そちらの名前は?」
「スタンホープ。シャロン・スタンホープ植民地軍中佐だ、エンバリー少佐。それともエンバリー戦時役員か?」
アーネストが尋ねるのに、王国植民地軍の将校はシャロンと名乗った。
「貴官は我々を戦意に欠ける臆病者だとしたいようだが、そうではないと証明してやろう。これから1週間後に共和国植民地軍に大攻勢をかける。この攻撃で共和国を揺さぶり、奴らをここから叩き出してやろう」
シャロンはそう告げ、周囲の将校たちを見渡す。
「そんな無茶な。我々の側には魔装騎士の1体もいないのだぞ。どうやって魔装騎士から何まで揃えた共和国植民地軍と戦うというのだ」
「北部にいる王国植民地軍に増援を要請するのか? 断られるのがオチだぞ」
将校たちの反応は否定的なものだった。
それもそうだ。共和国植民地軍は5個師団で5個連隊前後の魔装騎士を引き連れてきている。それに対して、オレンジ民兵隊の魔装騎士の数はゼロ。北部に残っている王国植民地軍の魔装騎士部隊も共和国に匹敵するほどのものはない。
「手がある。我々が忌み嫌うが、必要とする手段だ」
シャロンはそう告げて、扉に向けて手を振った。
「や。お歴々が揃てるつーことでいいのかね?」
扉から司令部に入ってきたのは髪も髭も碌に手入れというものがされていない野性的な男だった。野蛮に見えるが、目には確かな知性の色を輝かせている。
「紹介しよう。トライデント・インターナショナル社のウィリアム・ウィックスさんだ」
そう、現れた男はビアフラ連邦でクラウスと一戦を交えたウィリアムだった。
「トライデント・インターナショナル社? 傭兵か?」
「この戦争に傭兵を使うつもりか」
返ってきた反応はあまりいいものとは言えなかった。
「この戦争は鉱山を奪い合うための穢れた植民地戦争ではない。我々の故郷を守るための聖なる戦いだ。そのような戦いに傭兵を使うなど。誰が容認するものか」
特にオレンジ民兵隊の反応は最悪と言ってよかった。
彼らは今まで戦争を戦い抜けたのは、自分たちの貢献のおかげだと考えていた。王国植民地軍でも何でもなく、自分たちが戦い抜いたからこそ、まだボーア自由国は独立を保っていられるのだと思っていた。
故に王国植民地軍という外部の人間が、よりによって金儲けにしか関心のないだろう傭兵などを連れてきたことに腹を立てていた。
「ならば、魔装騎士なしで続けていても決定的な勝利は収められないゲリラ戦を続けるのか。そこの戦時役員殿がまた文句を言いそうではあるがな」
シャロンはわざとらしく首を竦めると将校たちにそう告げた。
「トライデント・インターナショナル社は魔装騎士を装備していると?」
「まあ、な。エリス型に改造を加えたものだ。共和国植民地軍が標準装備しているスレイプニル型なら話にならんぐらい勝てると思うぞ」
将校のひとりが尋ねるのに、ウィリアムはそう告げて返した。
「彼の会社は魔装騎士を備えているし、それを扱う兵士たちも備えている。我々にはもう後がないのだ。使えるものは使うべきだと思うが」
シャロンはそう告げて、再び将校たちを見渡す。
「自分としては賛成します。魔装騎士があれば反撃を実行できる」
最初にシャロンの意見に賛同したのアーネストだった。
彼は油断ならない目でウィリアムを観察し、そう告げた。
「他の方々も賛同成さるでしょう。ゲリラ戦は敗北を遅延させるだけで、勝利を手に入れるものではないのですから。勝利するためには敵に決戦を挑み、そのことで敵に打撃を与えらなければなりまえせん」
戦時役員であるアーネストがそう告げるのに、他の将校たちは硬直しながら、僅かに頷いて返した。ここで下手に反対すれば、どのような仕打ちが待っているのか分かったものではない。
「ま、待ってくれ。本国からはここで敵を損耗させ、後に反撃を加えるという指示が出ている。今、我々だけが先走って反撃を実行するのは本国の命令に反することになる」
ここで反論の声を上げたのは王国植民地軍の将校だった。彼らは敵である共和国植民地軍をこのボーア自由国に拘置しておくことを命じられていた。可能な限り、敵をここに釘付けに本国が“何か”をするまでの時間を稼げ、と。
「本国だと? 本国とはどこのことだ?」
そんな将校の意見にアーネストが鋭い視線を向ける。
「それはアルビオン王国……」
「本国とはボーア自由国のことだっ! 我々の忠誠はボーア自由国に向けられるべきであるっ! 王国のために働き、我々を駒のように扱うつもりなら、あなたとの関係はここまでだ!」
王国植民地軍の将校が口ごもりながら告げようとしたのに、アーネストが激高し、腰のホルスターから拳銃を抜いて、その銃口をその将校に向けた。
誰もが、次の瞬間には銃声が響くだろうと覚悟していたが、意外なことに銃声は響かなかった。アーネストは引き金を引かなかったのだ。
「ここから出ていくといい、売国奴。お前のような人間は殺す価値もない」
アーネストはそう告げ、銃口で出口を指し示す。
「し、失礼させていただく! こちらとしてもそちらのような野蛮人と一緒に戦うなど不可能だ!」
王国植民地軍の将校はそう告げて、司令部から去った。
「私も失礼する。私の忠誠は王国と国王陛下にあるのでな」
「私もだ」
ひとりが去ると次々に王国植民地軍の将校たちが去っていく。
「あなたは残るのですか、スタンホープ中佐?」
最後まで残っていたのはシャロンひとりだけ。
「反撃作戦を立案したのは私だ。実行にも責任を持つべきだろう」
シャロンはそうとだけ告げて、腕を組んで黙り込んだ。
「さあ、裏切りも者たちは去りました。我々の勝利のために前進しましょう」
アーネストはそう告げて、にこやかに微笑む。
オレンジ民兵隊がトライデント・インターナショナル社と共に反撃に打って出たのは、シャロンが告げたように1週間後のことであった。
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