扇動
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──扇動
「諸君らの故郷は危機にさらされている!」
そう大声で喚くのはボーア自由国で組織され始めたオレンジ民兵隊の指揮官だ。
彼が喚いているのはボーア自由国のとある街の街頭であり、オレンジ民兵隊の屈強な兵士たちを引き連れた指揮官は、何やら物々しいものを感じた市民たちの注目を集め、周りには大勢の人間が集まってきている。
「故郷は、君たちの開拓した土地は、あらゆるものは、今危機にさらされている。何によって危機に晒されているのだおうか?」
「共和国だ!」
指揮官の言葉に市民たちが一斉に声を上げる。憎悪の篭った声を。
「そうだ! 共和国という名の蝗害が近づている! 連中は我々から全てを奪い取り、我々を苦しめ、痛めつけ、屈辱を与えるだろう! 我々己の手で開拓した土地から追い出され。我々は全てを失う! 悪夢のようなことだ!」
オレンジ民兵隊の指揮官の言葉に反論するような市民たちはいない。誰もが共和国を危険な狂犬として捉えており、王国はこの狂犬を駆除するべきだと考えていた。
実際の共和国本国政府は国民に失望されるほどに弱腰外交を行っているのだが、共和国植民地政府が暴走することで、いつも戦争が勃発し、クラウスという秀でた軍人がいるから勝利してきたのだ。
「共和国に立ちう向かうのだ、ボーア自由国の市民たち! 自分の身、自分の財産を最後に守るのは自分ちだ! 自分たちの手で運命を切り開くのだ! 我々がこの未開の大地であったボーア自由国を自分たちの手で開拓したように!」
「おおっ!」
指揮官の演説への反応は上々でこの場にいる市民たちは声を上げたり、拳を突き上げたりして、自分の戦意をアピールしている.
彼らとて入植者であり、本国への憧れを持っているし、本国こそが自分たちの故郷だと感じている。だが、植民地もまた彼らの故郷だ。思い出のたくさんある場所があり、自分たちが開拓してきた大地がある。
それが元々暮らしていた入植者たちを銃剣を突き付けて追い払い、彼らが崇拝してきた神聖な木々を切り倒して、農場に変えたとしても。開発された場所は自分たちの土地であり、開発されていない土地はこれから開拓する土地なのである。
「植民地の将来を守ろうとするものたちよ! オレンジ民兵隊に志願せよ! 共和国の薄汚い手がこのボーア自由国に伸びる日は近い! 我々はなんとしても自分たちの故郷を守り抜くのだ! オレンジ民兵隊はいつでも勇敢な入植者の志願を受け付けている!」
指揮官は最後にそう告げると、まさに軍隊とった機敏な動きで回れ右で向きを変え、隊員たち共にボーア自由国の次の都市へと、トラックに乗りこんで向かっていった。
「なあ、オレンジ民兵隊と植民地軍って何が違うんだ?」
「植民地軍より格下ってことじゃないのか。植民地軍の使い走りだよ」
オレンジ民兵隊の指揮官の演説を聞いていた市民のひとりが尋ねるのに、別の市民が退屈そうにそう返した。この市民は明らかに指揮官が熱く語ったオレンジ民兵隊というもに、関心というものがないようであった。
「そんなことはないよ! オレンジ民兵隊には独立性がある!」
と、そんなふたりの会話を聞いていたのか3人目の男が姿を見せる。
「アーネスト・エンバリー! 驚いたなこんなところで学校の同窓生に会うなんて」
どうやらこのアーネストという男は、学生らしい。確かに見た目は10代ほどと酷く若い。オレンジ民兵隊は使える人間は使えの方針であり、学生であろうが、銃が撃てるなら兵士にさせらえる。
「独立性ってなんだよ?」
「俺たちは俺たちの家や、友人知人の家、よくいく食堂は破壊されたくないよな?」
話に関心のなかったほうの青年が尋ねるのに、ふとアーネストは具体的な例を出した。
「植民地軍は任務だからどこへいけここへいけと命じられる。自分の本当に守りたい場所を守りたいですって上官に告げても、その命令は無情にも拒否される」
「俺の友達も関係ないのにミスライムに行けって命令されてたな。俺たちの故郷はこのボーア自由国だっていうのに」
植民地軍という軍隊に所属している以上は。命令に従って各地で戦う必要がある。その人物の生まれ孤高だとかは考慮させずに。
「だけど、オレンジ民兵隊は違う。オレンジ民兵隊が守るのはこのボーア自由国だけ。植民地軍のようにあちこち行けだとか命令されることもない。このボーア自由国を守りたいなら、オレンジ民兵隊に入隊するしかないね」
アーネストは興奮した様子で、男たちに向けてそう告げる。
「でも、アーネスト。お前学校はどうしたんだ? 辞めたのか?」
「まさか。ここのオレンジ民兵隊のいいところでね。オレンジ民兵隊に所属したならば、他の職業や学校を辞めなきゃならない、なんてことはないんだ。兼業できるんだよ」
青年のひとりがアーネストが学生であることに気付いて指摘するのに、アーネストはポンと手を叩いて、腰に下げた鞄の中から学生証を取り出して青年たちに見せた。
その学生証には本人の顔写真と名前も他に“国家防衛のたの任務中”と記され、王国植民地軍の紋章が刻み尾まれていた。この学生証を見た青年たちの瞳に明らかな羨望の色が浮かぶのが分かる。
「だから、この通り。オレンジ民兵隊の任務も考慮して成績が出されてるし、オレンジ民兵隊の任務が長期化した場合救済もある。率直に評価して。普通に授業受けて、試験を受けるよりも遥かに楽に好成績が取れるね、この制度を使えば」
アーネストは僅かに声を下ろして、ふたりの青年にそう告げた。
「なら、俺も入ってみようかな。少しは自分で動かないと、本当にこの土地を共和国の連中に奪われそうだ。それだけは阻止しなきゃならねえ」
「俺もだ。祖国のために働いてみよう」
ふたりの青年はアーネストの丁寧かつ魅惑的なな説得もあって、オレンジ民兵隊への入隊に非常に前向きになった。
「ありがとう! ありがとう! 入隊するときはオレンジ民兵隊の連絡所に行くんだよ! アーネストに勧められたって言うのを忘れないようにね!」
アーネストは大喜びで学友たちに手を振り、オレンジ民兵隊への勧誘を続けた。
アーネスト。アーネスト・エンバリーは学生にして、王国秘密情報部の非公式協力員、そしてボーア自由国オレンジ民兵隊勧誘係である。
彼は巧みな話術で共和国がどれだけ恐ろしい存在かを語って聞かせ、巧みな話術でオレンジ民兵隊こそがそれに打ち勝つ手段だと訴える。元はオペラ俳優を目指していただけあって、彼の演技はよくできていた。
彼の勧誘する兵士はひとり、またひとりと増え、もう既に100名を超えている。
それと同時にアーネストはオレンジ民兵隊内に過激分子が潜んでいないかを監視している。オレンジ民兵隊が万が一本国や植民地政府に逆らって行動するようなことが起きないように、アーネストのような非公式協力者が多数配置され、密かに監視が行われている。
そんなオレンジ民兵隊は王国が当初想定しているものより大きな規模となり、王国は愛国心に溢れてはいるが、戦闘に関しては全くの素人である彼らをどう扱うべきか頭を悩ませた。
結局、植民地軍から将兵が出向し、その将兵たちが彼らに武器の使い方を、敵の猛火の只中でどう行動するかを、効率のいい障害物の突破法やら、野戦築城のやり方を教えた。
最初は大量にいたオレンジ民兵隊の志願者たちもこの手の厳しい訓練に晒されると、話が違うと考えてやめていくものもいた。だが、彼らは元々このボーア自由国という植民地で鉱業や農業に従事していたものたちだ。体力には自信がある。
彼らのほとんどは訓練をものにし、完成したオレンジ民兵隊をみた植民地軍の将校は「全てにおいて素晴らしい出来栄え」と評価した。
このような王国がボーア自由国を守ろうとする動きに陰で動くものがあった。
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