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ヌチュワニンの反乱(3)

……………………


『鉱山視認。だけど、植民地人たちはいないッスよ? 逃げたんッスかね?』


 隊列の最前列を斥候として進んでいるヘルマがポカンとした表情で、エーテル通信を使ってクラウスにそう報告する。


「油断はするな。連中だって馬鹿じゃない。俺たちと正面から戦えば勝ち目がないことぐらいは理解しているはずだ。恐らくは面倒な手を使ってくるぞ。全機、十二分に用心して鉱山に近づけ」


 ヘルマはのんびりとした様子だったが、クラウスは神経を研ぎ澄ませている。


 クラウスは現代の軍人として、戦場では無敵を誇るような主力戦車や装甲車が、簡素なIED(即席爆破装置)や、決死の覚悟で行われる対戦車ロケットの攻撃によって無力化されることを知っている。


 故に彼はこの世界では最強の戦力である魔装騎士に搭乗していても油断してはいなかった。ある兵器があるならば、何かしらの方法でそれを撃破する手段も存在するはずだとして。


「それにしてもこれならば随伴歩兵がいるか? 視界は人工感覚器が優秀でかなり広いが、それでも死角はあるからな」


 魔装騎士は魔装騎士だけで運用されるのがこの世界の常識だ。騎兵が騎兵だけで突撃するように、魔装騎士は魔装騎士だけで突撃することになっている。


 そんな理由で魔装騎士に随伴歩兵が付くことは稀である。魔装騎士はクラウスが告げるように戦車と違って視界が広いので、魔装騎士を運用している列強もそこまで視界確保や対歩兵のための援護を問題視していないようだ。


「とは言え、俺の部下はほとんど魔装騎兵科に進ませた都合からして、更に歩兵部隊まで分捕るのは難しいだろうからな。2機1組で、互いを援護しながら戦わせるしかないか」


 クラウスは魔装騎兵の死角をカバーするのに、基本的に2機1組で活動させることにしていた。1機が別の1機の死角をカバーし、そうやって死角をなくすのだ。


『こちらローゼ。配置に着いた。指示を待つ』

「待機しろ。いつ王国植民地軍が来るかは分からん」


 ローゼの部隊は鉱山に真っ直ぐは向かわず、この鉱山を見渡せる山の上へと向かい、そこで匍匐した形で現れるかもしれない王国植民地軍に備えた。


「さあて、俺たちは植民地人を片付けてくるか」


 クラウスの率いる1個魔装騎士大隊がそのまま鉱山に入ろうとしたときだ。


 彼の人工感覚器があるものを捉えた。


「全機、足元に警戒しろ! 連中は──」


 不意にクラウスがエーテル通信機に向けて叫び、それと同時に坑道から炎の魔術攻撃が放たれた。


 オレンジ色の炎は螺旋を描きながら飛翔し、魔装騎士そのものではなく、隊列の先頭を進んでいたヘルマの魔装騎士の足元に置かれていた木箱に命中した。


『わわっ!』


 瞬間、木箱が炸裂した。ゴウと激しい音を立てて木箱は弾け飛び、それと共に噴出した炎と共に衝撃波がヘルマの魔装騎士を襲った。その衝撃にヘルマが大きくよろめき、すんでで倒れそうになる。


「連中、鉱山爆破用の爆薬を使ってるぞ。面倒なIEDをこしらえやがって」


 クラウスが気付き、魔術攻撃によって炸裂した木箱は、鉱山採掘に使用される爆薬が詰まった箱だった。


「そこらここらに配置してるな。第1中隊、第2中隊は怪しい箱は手当たり次第に機関砲で潰しておけ。それから第3中隊は坑道に目を光らせろ。連中は坑道に隠れて行動しているぞ」


 鉱山採掘には爆薬は頻繁に使われる。このヌチュワニン鉱山にも採掘用の爆薬は山ほどあり、族長はそれを魔装騎士が通過しそうな位置に配置しておいた。そして、魔術攻撃によって遠距離からそれを炸裂させ、魔装騎士を撃破ないし、足止めしようというつもりのようだ。


 まさにIEDだ。クラウスが現代の戦車戦術にも通じていたために、ヴェアヴォルフ戦闘団は植民地人の魔術と爆薬という、実に簡素な罠でやられるという無様は晒さずに済んだ。これが他の部隊ならば損耗していただろう。


『頭来たッス! 植民地人どもを皆殺しにしてやるッスよ!』


 最初の攻撃を受けたヘルマは怒り心頭であり、口径20ミリ機関砲で、爆薬の詰まった箱と思しきものを破壊しながら、人工感覚器の視線を山の斜面に穿たれた坑道に走らせる。


「第3中隊。植民地人どもはいたか?」

『何名か姿を捉えました。反乱を起こした植民地人と外部から武器を持って押し入ってきた植民地人です。どうしますか?』


 クラウスは坑道の外に植民地人がいないことを確認し、第3中隊はそう報告する。


「焼夷弾を使え。坑道を相手に榴弾はさして威力はない。あれはトーチカと同じで、榴弾の威力を半減させるからな。全機、焼夷弾を使って、蛆虫どもを炙りだしてやれ」

『了解ッス!』


 クラウスの指示に、ヘルマが黒い笑みで頷いて返した。


 ガコンと音を立てて口径75ミリ突撃砲のマガジンが交換され、対人制圧用の最たる兵器である焼夷弾が装填された。クラウスたち56体の魔装騎士が、焼夷弾の装填された砲を坑道に向ける。


『キンスキー中尉。入植者の生き残りがいた場合はどうするんですか?』

「ああ? 植民地人どもが入植者を生かしておくとは思えん。そんな理由はないからな。生き残りはいないものと思って対処して構わんぞ。いたとしても、祖国エステライヒ共和国の礎になってもらうだけだ」


 部下たちが砲撃準備を完了して尋ねるのに、クラウスはニッと笑ってそう告げた。


「俺たちの任務は反乱を鎮圧し、ここにいる植民地軍を救助すること。そして、王国の介入に対処することだ。それ以外のことはお前たちは考える必要はない。では、撃ち方始め」

『了解! ぶっ放つッスよ!』


 クラウスは静かに、だが獰猛に命令を下し、ヘルマたちが了解の返事を返す。


 轟音。


 56体の魔装騎士が一斉に部族の男たちが隠れている坑道に向けて、焼夷弾を放った。焼夷弾はほぼ精密な射撃で吸い込まれるように、坑道へと飛翔し、その中に入り込んで炸裂する。


「アアッ! アアッ! 燃える! 燃える! 助けてくれ!」

「誰か! 誰かっ!」


 坑道の入り口付近で攻撃の機会を窺っていた部族の男たちは、焼夷弾に焼きだされて、坑道から這い出してくる。


 この焼夷弾は単純に燃えるだけではなく、粘着性の燃料と簡易の魔術を使って粘りつくような炎を撒き散らすものであり、対人戦闘においては絶大な効果を発揮する代物だ。そんな炎に焼かれれば、命は助からない。


『ドンドン行くッスよ! 焼肉パーティッス!』


 ヘルマは上機嫌に高速移動しながら坑道に向けて焼夷弾を叩き込んでいく。彼女が一発の焼夷弾を放てば、5、6名の部族の男たちや、反乱を起こした鉱山奴隷が焼きだされて、坑道から飛び出してくる。


 魔装騎士の人工感覚器には嗅覚が備わっていないので、ヘルマたちは髪の焼ける臭いや、脂肪の焼ける臭いを感じることはない。魔装騎士と外部には、まるで別世界のような隔絶がある。


「全機、気をつけろ。坑道から出てくる連中がいるぞ。焼け出された連中じゃない。戦う意欲のある連中だ」


 クラウスは焼夷弾で坑道を焼き払いながらも、炎に包まれた坑道から、部族の男たちが駆け出してくるのを捉えていた。


「俺たちの故郷はただでは渡さない! 覚悟しろ!」


 そう告げる部族の男の体には鉱山爆破用の爆薬が巻き付けられていた。自爆攻撃を行うつもりだ。


『うわっ! 連中、正気か!?』


 その兵装の都合上、歩兵をすぐには相手に出来ない魔装騎士を相手に部族の自爆兵は突っ込み、至近距離で巻き付けていた爆薬を点火させた。


 ドオンと耳を劈く轟音が響き、魔装騎士の付近でオレンジ色の炎が上がる。魔装騎士は辛うじて生体装甲によって守られたが、バランスを崩し、攻撃が中断された。自爆攻撃を行った部族の男は跡形もなく消し飛んでいる。


「我々の故郷を守れ!」

「共和国を追い出せ!」


 この攻撃が始まってからすぐに、坑道から爆薬を巻き付けた自爆兵が魔装騎士に突撃してくる。何名かは爆薬を魔装騎士に投げつけるということを行ったが、ほとんどは自爆を覚悟した決死の攻撃を仕掛けている。


 どうせ爆薬を投げても、圧倒的な射程を誇る魔装騎士には届かない。そうなれば、複数人で一斉に自爆攻撃を仕掛け、魔装騎士の撃破を狙った方がいい。


 それが自分たちに多大な損害をもたらすとしても。


「第1、第2中隊は坑道から出てくる命知らずを相手しろ。第3中隊はそのまま坑道への攻撃を継続。たかだか自爆攻撃くらいで、ダメになってくれるなよ。これが初陣なんだ。ケチが付いてもらっては困る」


 クラウスは淡々とそう告げ、自爆攻撃を仕掛けようとする部族の男たちを、口径20ミリの機関砲弾で肉塊に変えていった。魔装騎士の操縦に優れた彼に、部族の男たちはまるで近づくことが出来ない。


『うわっ!』


 だが、他の魔装騎士はそうでもない。


 何名かは肉薄され、鉱山採掘用の爆薬の直撃を受けて、生体装甲に多大なダメージを負った。生体装甲は秘封機関が稼動している限り再生するが、続けざまに攻撃を受けると、人工筋肉が破損し、一時的に行動不能に陥ってしまう。


「ヘルマ。機関砲を掃射しろ。連中に恐怖と言うものを思い出させてやれ」

『了解、兄貴』


 クラウスはそんな状況の中でヘルマに命じ、ヘルマはニヤニヤとした笑みでその命令を受諾した。


「さあ、行くッスよ、植民地人ども! 跡形もなくなればいいッス!」


 ヘルマは突撃を試みている部族の男たちに機関砲を掃射した。


 口径20ミリの機関砲弾を受ければ、その体はバラバラに破壊される。文字通りの肉塊になり、周囲に肉片と血を飛び散らせる。


「ひっ……!」


 その様子を見て、突撃しようとしていた部族の男の足が止まった。


 彼らは死ぬ気でクラウスたちに挑んでいたが、こうして現実の死が目の前で現されると、その歩みが鈍る。自分たちもこうなってしまうのではないかという恐怖心が勝り、自爆攻撃という文字通りの自殺も躊躇うことになった。


「ドンドン殺してやるッス! さあ、さっさと坑道から這い出してくるッスよ!」


 ヘルマは人殺しを行った経験があり、殺しには慣れている。ここで彼女が何百と言う植民地人を殺したところで、彼女の良心は欠片も傷付かない。


『こちら警備部隊。君たちがヴェアヴォルフ戦闘団か?』


 と、クラウスたちが軽快に坑道に焼夷弾を撃ち込み、機関砲弾で自爆攻撃を仕掛けようとする部族の男たちを粉砕していたとき、エーテル通信にこのヌチュワニン鉱山を警備していた1個中隊の指揮官である大尉から連絡が入った。


「ああ。そうだ。俺たちがヴェアヴォルフ戦闘団だ。こっちで厄介な植民地人はあらかた片付けた。鉱山の奥に逃げ込んだ連中はそっちに任せてもいいか?」

『もちろんだ。素早い援軍に感謝する。危うく全滅するところを救われた。君たちは命の恩人だ』


 クラウスは狭い坑道の全てを魔装騎士で片付けるつもりはなく、残りの仕事は生き延びていた1個中隊の歩兵部隊に任せることにした。


 いくら相手が銃火器で武装していたとしても、クラウスたちの襲撃で大損害を出した部族はまともには戦えないだろう。残りの仕事はここの本来の警備部隊である1個歩兵中隊に任せても大丈夫なはずだ。


 植民地軍側が形勢逆転に転じる中で、部族側は危機に立たされた。


「ここまでか……」


 これまで部族を率い、抵抗運動を続け、故郷を奪還することを願い続けていた族長は、自分たちの作戦が完全に失敗に終わった事を悟った。


 共和国植民地軍の動きは予想以上に素早く、王国植民地軍はまだ到着していない。あの巨人を相手にできると考えた方法も、いとも簡単に見破られ、部族の男たちは死を覚悟して自爆攻撃に打って出ている。


 2機1組で死角をなくしているクラウスの部下たちに対して、そんな自爆攻撃が報われる様子もなく、無意味に将来がある若い男たちが死んでいった。


「族長。何か手段は……?」

「ない。罠は見破られ、植民地軍はこちらに対して一方的に攻撃できるようになった。自爆攻撃は敵に混乱を呼んでいるものの、そう長く続く戦い方ではない。このままならば我々は敗北だ」


 部族の男が縋るように尋ねるのに、族長は力なく首を横に振って返した。


 鉱山採掘用の爆薬を使ったIEDにはかなりの戦果を期待できるものと思っていたが、それは呆気なく見破られ、坑道という安全地帯に隠れていた男たちも、焼夷弾によって炙りだされている。


 このままならば、この部族は全滅だ。


「せめて王国がもっと早く来てくれれば。そうすれば状況は変わったかもしれないのだが……」


 王国植民地軍は未だに密林を移動することに手間取っている。こちらに着実に迫ってはいるのだが、今の族長たちがおかれた状況を覆すには、あまりにも時間が足りない。


「よもや我々もここまで。だが、我々の血を引き継いだものたちは、かならずまた植民地軍と戦うだろう。我々にやれるのは、子孫が我々の故郷を取り戻すことを祈ることだけだ」

「族長! 敵の砲撃が──」


 族長が達観した様子で告げるのに、若い狼人種の兵士が叫んだ。


 次の瞬間、口径75ミリの突撃砲から放たれた焼夷弾が族長たちを直撃し、その炎を以ってして、族長たちを焼いた。焼き殺されるという苦痛に満ちた死であるが、族長の顔に苦痛に苦しむ色はなく、ただ諦めの表情があるだけだった。


「全機、撃ち方やめ」


 部族の抵抗がほとんどなくなると、クラウスがエーテル通信機に向けて、ヴェアヴォルフ戦闘団の全ての部隊に命じた。


 反乱と襲撃は、クラウスの指揮してきたヴェアヴォルフ戦闘団の手で完膚なきまでに粉砕された。今は生き残りを、警備に当たってる1個歩兵中隊の戦力が掃討しているところだ。


「さて、ここでの仕事は終わったが、まだやるべきことが残っている」

『王国の植民地軍ッスね』


 クラウは呟くくようにそう告げるのに、ヘルマが応じた。


「そう。王国植民地軍だ。連中が裏で手を引いているからして、この内戦にも王国の介入があるのは想像に難しくないことだ」


 この反乱をお膳立てしたのは王国だ。王国は一方的に独立を宣言したこコーサ共和国を支援するという名目で植民地軍をビアフラ連邦の国境を越えさせ、このトランスファール共和国のヌチュワニン鉱山に向けて派遣してきている。


『独立は潰えたわよ。それでも王国は軍を派遣するかしら』


 クラウスの言葉にローゼが怪訝そうにそう尋ねる。


「連中にとっちゃ植民地人どもの独立なんてどうでもいいんだよ。この地域を俺たちから奪う口実としてそういうものがあればいいだけだ」


 クラウスはそう告げると人工感覚器で周囲の様子を把握する。


 周囲は共和国植民地軍が着実に制圧しつつある。外部から襲撃してきた狼人種はほとんど生き残ってはおらず、反乱を起こした鉱山奴隷も銃を突きつけられると投降を始めた。生き残りの一部は鉱山採掘用の爆薬で自決しているのか、ドオンという轟音が時折木霊する。

 

『こちらローゼ。あなたの読みは当たったみたい、クラウス。サイクロプス型魔装騎兵が2個大隊の規模でこちらに接近中。間違いなく、王国植民地軍の戦力ね』


 暫しして、この鉱山を見渡せる山の上に陣取っているローゼから報告が入った。


 サイクロプス型魔装騎兵はアルビオン王国の第1世代型魔装騎士であり、王国植民地軍の装備しているものだ。装備は6ポンド突撃砲と口径20ミリ機関砲。ほぼラタトスク型魔装騎士と同性能の機体だ。

 

「2個大隊、か。もっと来ると思ってたが、その程度か」

『2個大隊ってこっちより多いッスよ、兄貴! 大変じゃないッスか!?』


 クラウスはローゼの報告にそう呟き、ヘルマはあわあわと慌てふためきながらエーテル通信でクラウスに叫んでいた。

 

「安心しろ。この程度の数の差はカバーできる。全機、俺に続け」


 クラウスはヘルマの困惑も他所に短くそう告げ、傲慢の滲む表情で彼の作戦を開始したのだった。


……………………

本日20時頃に次話を投稿予定です。

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