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ハイエナ

……………………


 ──ハイエナ



「命を狙われている?」


 第16植民地連隊の駐屯地でそう声を上げるのはローゼだ。


「そうだ。王国の連中に狙われている。王国秘密情報部の連中だ。連中の準軍事作戦要員に美術館にいたところを狙撃された。間一髪で助かったが、下手をしたら今頃は俺が画家先生の代わりに死体袋に入っているところだった」


 第16植民地連隊の駐屯地はヴェアヴォルフ戦闘団が拠点を構える区画、その司令部が設置された部屋でクラウスは溜息交じりにそう告げた。


「とうとう王国に目を付けられたわけね。ちょっと遅かったぐらいじゃない?」

「全く、他人事のように言いやがって。折角の休暇中に殺されかけたんだぞ。それも大金を抱え込んで、今からそれをどう使おうかと楽しく考えているときに、だ。いい迷惑だ。王国の屑どもめ」


 ローゼが肩を竦めるのに、クラウスが憤って返した。


「そうね。折角お金が貯まったのに、それを使う暇もなく殺されたら、とんだ無駄骨。今まで戦場で命を賭けてきたのが台無しになる」

「そうだ。今度は金を使いきる前には死なんぞ。死ぬなら財布と金庫を空にしてからだ」


 同意して見せるローゼに、クラウスが決意を込めて告げる。


「今度は? 今度は、ってどういう意味?」

「……いろいろと事情がある」


 ローゼがクラウスの発言の中に奇妙なものを見出して問い詰めるのに、クラウスがローゼから視線を逸らしてそう返した。


「説明して。どういう事情なの?」

「話したところでどうせ信じはしない。時間の無駄だ」


 食い下がるローゼに、クラウスがそう切り捨てようとする。


「あなたの言うことなら信じるって前に言ったはず」


 ローゼはそうとだけ告げて、クラウスを生気の薄い瞳でジッと見つめた。


「じゃあ、聞くが、前世があるって言ったら信じるか?」


 クラウスは諦めたように、そう言い放った。


「前世が?」

「そうだ。前世だ。生まれる前の人生だ。そこで俺は日本って国で生まれ育ち、日本情報軍っていうどうしようもない軍事組織に所属していた。戦争中にやってたことは植民地軍でやってることより、よっぽど酷い。何にせよ麻薬の密売だ」


 目を丸くするローゼに、クラウスがフンと鼻を鳴らしてそう返した。


「信じやしないだろ?」


 そして、クラウスはローゼを見た。ローゼがクラウスの言葉を否定すると考えて。


「信じる。あなたの言うことは」


 だが、ローゼはクラウスの考えを否定しなかった。


「信じるのか? 本気で? 俺に前世があると? お前までレナーテみたいなオカルト被れになっちまったわけか?」

「別にオカルトだから信じるわけじゃない。あなたが言うことだから信じるの」


 怪訝そうな顔をするクラウスにローゼがそう告げる。


「前世があったらロマンチックだとは思うけれどね。私も何かの前世があったりすれば、あなたと前世のどこかで会っていたのかも」

「前世の俺と会っていたら最悪だぞ」


 ローゼが告げるのに、クラウスが肩を竦めた。


「あなたのいうことは信じる。あなたは私を裏切らなかったから。それに、あなたはあなただから、ね」


 ローゼは珍しく悪戯気に笑うと、クラウスをジッと見つめる。


「好きにしろ。まあ、俺はお前を裏切るつもりはないがな」


 そんなローゼを見て、クラウスは僅かに首を振った。


「で、俺が殺されかかっているって話だ。この駐屯地にジッとしていれば、殺されないだろうが、それじゃいつまで経っても問題は解決しない。王国秘密情報部はことが変化しない限り、俺の暗殺を継続するはずだ。そう、何かが起きない限り」


 クラウスは前世の話題を止め、自分の暗殺についての話題に戻す。


「こういう話には詳しくないのだけれど、どういうことが起きれば王国はあなたの暗殺を諦めるの?」

「送り込んだ暗殺部隊が全滅する。または王国が俺を殺そうとしたことが発覚する。確実なのは後者だ。流石の連中も、平時に将校を殺そうとしたということが発覚すれば、引き下がらずを得ないはずだ。暗殺ってのはリスクが大きい」


 ローゼが尋ねるのに、クラウスがそう告げた。


「主導権を握らないといけないわけね」

「戦争と同じだ。守ってばかりじゃ、いつまでも勝てない。勝つためには攻めないとな」


 勝つためには主導権を握れ。そして、主導権は概ね攻撃によって得られる。


「でも、戦況はちょっとばかり不利じゃない? 相手は不明だけど、こちらは顔がバレてる。どうやって王国の連中を探すつもり? こっちのビジネスの都合上、市民協力局の協力は得られないんでしょう」

「相手の正体は分からないが、相手の狙いは分かる」


 ローゼが尋ねるのに、クラウスが告げて返した。


「まさか囮になるつもりじゃないでしょうね?」

「そのまさかだ」


 険しい表情を浮かべるローゼに、クラウスが軽い調子で告げる。


「正気? 死ぬかもしれないわよ?」

「危険は承知だが、危険が予想できる範囲で襲い掛かってくるのと、奇襲されるのとでは大違いだ。こちらにとって優位な場所に攻撃を誘い込むのも、主導権を握るための手段のひとつではあるぞ」


 ローゼがそう告げ、クラウスは顎を擦って何やら考え始めた。


「あまりいいアイディアとは思えないけれどね。攻撃を誘い込んだとしても、どうやって阻止するの? いくらなんでも街中で魔装騎士は使えないわよ。そんなことをしたら、そこら中大騒動になってしまう」

「ナディヤの偵察分隊と伝手を頼る。ようやくできた伝手をな」


 ローゼの問いに、クラウスはそう告げて返したのだった。


……………………


……………………


「暗殺だって?」


 今度声を上げるのは、ローゼではない。


 場所は第2植民地連隊の駐屯地で、そこに設置されている第2植民地連隊以外の部隊の司令部だ。そう、最近設立された部隊の司令部だ。


 それは第800教導中隊の司令部である。


「そうなんです、こういうことで相談できるのが、中佐の部隊くらいしかいなくてですね。相手は恐らくは王国秘密情報部の準軍事作戦部隊で、植民地警察では相手にならないと思われますので」


 第800教導中隊の設立者にして、指揮官であるホレス・フォン・ヒッペル植民地軍中佐に向けて、クラウスはそうすらすらと告げた。


「うーん。流石に君の部隊は目立ち過ぎた、ってところかい?」

「かもしれません。中佐も気を付けてください。どうにも王国は植民地軍の将校の命の価値を南京虫以下だと思っている節がありますから」


 ホレスが腕を組んで尋ねるのに、クラウスがそう返した。


「うちは一応はいろいろと偽装してるけど、用心はするべきだろうね。こうして第2植民地連隊の駐屯地にいるのも、偽装の一環なんだ。俺は表向きは第2植民地連隊の経理課にいることになってるんだよ」

「それはまた」


 冗談めかしてホレスが告げるのに、クラウスが小さく笑った。


「いや。これは結構真剣な話でね。この手の特殊作戦にかかわる人間は命を狙われやすい傾向があるってことが分かってるんだ。家族なんかも報復の対象になるかもしれないから、うちの人事は完全に非公開」

「特殊作戦はいろいろな相手を敵に回しますからね」


 と、打って変わって真剣な表情でホレスが告げ、クラウスは同意して見せた。


 特殊作戦部隊の隊員の情報が機密になっているのは、21世紀の戦場では常識的なことだった。彼らは幅広い任務に従事するがあまり、多くのものを敵に回す。場合によっては隊員の家族を殺してでも報復するものを敵に回すことだってあり得るのだ。


 そのことは日本情報軍で特殊作戦部隊にも関わったクラウスはよく知っている。彼の知っている特殊作戦部隊──第101特別情報大隊も、隊員の情報は全て非公開であり、隊員には偽装された身分が与えられていた。


「君の部隊は特殊作戦部隊的な役割を担う一般部隊だから、こういうことになったわけだ。こういうことは流石に君も想定していなかったのかな」

「まあ、流石に王国が将校をひとり殺して戦局が変わると思うほど、馬鹿な連中だとは想定外でしたよ」


 ホレスがコーヒーの入ったカップを傾けるのに、クラウスは肩を竦めた。


「俺が王国の立場でも君の暗殺を狙ったと思うけどね。それももっと早期に。少なくともビアフラが陥落する前には殺しているところだ。それだけの価値が君にはある」


 ホレスの視線が猛禽のような輝きを持ち、彼はそう告げた。


「過大評価では?」

「君は自分の価値を過小評価しているよ、キンスキー中佐。君の部隊はいくつもの戦局をひっくり返してきた。王国には3度も煮え湯を飲ませている。俺が王国秘密情報部の部長だったならば、ミスライムを君が攻撃した段階で暗殺を検討し、ビアフラが怪しくなった時点で実行した。間違いない」


 クラウスが僅かに笑って告げるのに、ホレスはいたって真剣な表情でそう返した。


「なるほど。そこまで評価していただけるのは嬉しいのか、殺されることになったことを悲しむべきか。迷うところですな」

「喜んで、悲しめばいい。どちらにせよ、王国の連中に君を殺させるわけにはいかない。君には共和国植民地軍を勝利させてきた価値がある。これからも俺たちが勝ち続けるにはヴェアヴォルフ戦闘団が必要だ」


 クラウスの言葉に、ホレスがそう返した。


「要請通りにこちらで可能な限りの護衛を行う。で、市街地での武器の携行についてなんだが、こればかりは植民地軍司令官の許可がなければならない」

「それでしたら、これを。準備しておきました」


 ホレスが頬を描きながらそう告げるのに、クラウスはブリーフケースの中から1枚の書類を取り出してホレスに手渡した。


「ファルケンハイン元帥閣下の命令書、か。手際がいいね、キンスキー中佐。流石にその年で中佐にまで駆け上るだけはある。俺も見習わないとな」

「こちらこそ、そちらの情報管理を見習うべきですよ」


 クラウスが準備していたのはファルケンハイン元帥から市街地での武器の携行を許可するという旨の命令書だった。トランスファール共和国内に潜入した王国秘密情報部の準軍事作戦要員に対処するのがその目的であった。


「では、最低でも2名の部下を常に君に付ける。なるべくプライバシーには配慮するが、君の安全が最優先だということを理解してくれ」

「もちろんです。護衛に感謝します」


 ホレスはそう告げて命令書を机に引き出しに収め、クラウスは立ち上がってホレスに敬礼を送った。


「ビアフラでは上手くやった。今回も成功させよう」


 クラウスの敬礼にホレスも返礼し、彼らの会談は終わった。


「待たせたな、ローゼ」


 ホレスとの会話を終えて、第2植民地連隊の駐屯地を出てきたクラウスはジープで待っていたローゼに声をかけた。第2植民地連隊までの過程でクラウスが襲撃されるかもしてないとローゼが危惧して、彼女は付いてくると言い張ったのだ。


「ヒッペル中佐とは随分と親しいのね」


 クラウスが戻ってくるなりローゼはそう告げた。


「そりゃ向こうの協力が必要だからな。親しくしてないとな」

「ふうん」


 怪訝そうな顔をするクラウスにローゼが不満そうに息を吐く。


「おい。まさかヒッペル中佐に妬いてるわけじゃないだろうな」

「そうだったら、おかしい?」


 溜息交じりにクラウスが告げるのに、ローゼがクラウスの顔を覗き込んだ。


「嫉妬深い女の子とそうじゃない女の子、どっちが好き?」


 そして、ローゼはそんなことを尋ねる。


「変なことを聞くなよ。俺は嫉妬深いというか執着の強い人間は苦手だ」


 クラウスはそう告げて、ジープの助手席を開いた。


「ほら、乗れよ。帰るぞ。これからはヒッペル中佐の援護が受けれる。一安心だ」

「そう。分かった。これ以上は心配しなくてもいいみたいね」


 クラウスとローゼはジープに乗り込み、第2植民地連隊の駐屯地を去った。


「ねえ。嫉妬深くなかったら好き?」

「さてな。そうかもしれんな」


 第2植民地連隊の駐屯地からクラウスたちの第16植民地連隊の駐屯地まで向かう道中でローゼが再び尋ねるのに、クラウスは適当にそう告げて返す。


「なら、嫉妬はやめる。ちょっと嫉妬深い方が、女の子は可愛いって聞いたけどそうじゃないみたいだし」


 ローゼはそう告げ、肩を竦めたのだった。


……………………

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