陰謀の影
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──陰謀の影
南端に最初に入植したのは王国の人間であった。
王国の入植者たちは南端を開拓し、植民地人たちを駆逐すると、そこのプランテーション農園と鉱山を築いた。
最初は大した作物も取れず、鉱物資源も僅かだったが、大運河が完成するまでは東方植民地に向かう艦船が補給を受ける場所として、防衛の中継地点としての価値を持っていた。王国はこの南端を拠点に東方植民地への勢力を拡大した。
だが、30年ほど前に共和国で勃発した革命と、それに伴う革命戦争が世界中が戦火によって燃え広がると、共和国が王国から南端の植民地を奪った。彼らは軍を進めて王国から南端のほとんどを奪い去り、そこにトランスファール共和国を確立した。
革命戦争を終わらせたアミアン講和条約においても、共和国によるトランスファール共和国支配は認められ、王国は自分たちが長年の間、開拓を続けたトランスファール共和国を失う結果となった。
だが、共和国も南端の全てを奪えたわけではない。
王国は地球におけるナミビアに相当するビアフラ連邦、そしてジンバブエに相当するボーア自由国を守り抜き、その2ヶ国は共和国にとって、南端の植民地における取り逃した部分となった。
ビアフラ連邦とボーア自由国とトランスファール共和国の間での国境紛争はどこまでも激しく続いた。共和国は南端を統一する意向で進み、王国は奪われた南端を取り戻す意志を持ち続け、両国は南端で争い続けた。
ビアフラ連邦とボーア自由国の人間たちは、祖先たちから共和国に奪われたトランスファール共和国について聞かされ続け、祖先たちからトランスファール共和国を奪い去った共和国を憎み続けた。
そして、決着のつかない国境紛争だけは延々と続いた。
だが、今や共和国はビアフラ連邦を併合して手に入れている。彼らが取り逃していた南端の一部を手に入れた。そして、その前には南端に近い北東部のクシュも、彼らは手に入れている。
共和国の次の狙いは何か?
あるものは言うだろう。彼らにはもう野心などない。彼らは自衛のためにビアフラ連邦を攻撃したのだ。だから、残るボーア自由国も静かにしていれば、共和国から攻撃を受けることなどありえない。
あるものは言うだろう。共和国は飢えた狼よりも貪欲だ。彼らは奪えるものは全て奪い去る。連中は必ずしや取り逃した南端の一部であるボーア自由国に手を伸ばすことだろう。それが今の世界なのだから。
どちらが正しいのかは直に明らかになる。
トランスファール共和国、いや共和国植民地軍は今も確実に動いているのだから。
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「ビラフラ連邦は失われたか」
アルビオン王国王都ロンディニウム。
王都を流れるテムリア川に面するメアリー朝の建物。
そこにあるのは王国における情報作戦を指揮する機関──王国秘密情報部である。
そのメアリー朝の落ち着いた雰囲気の建物の一室で、王国秘密情報部を束ねる部長であるサイモン・スペンサー侯爵が紅茶の入ったティーカップを手に、窓から穏やかに流れるテムリア川を眺めていた。
彼の執務室の机には、王国がまたしても共和国との植民地戦争に敗北し、ビアフラ連邦が共和国に奪われたことが一面で記されている。記事には王国植民地軍の無能さを批判する社説が掲載され、王国植民地軍は非難の的になっていた。
「こうなることはある程度予想できたでしょう。本格的な全面戦争の備えもなく、悪戯に共和国を刺激すればこうなることは」
サイモンの執務室の来客用のソファーには王国秘密情報部の情報要員であるトーマス・タールトン準男爵が腰かけ、彼も出された紅茶に口を付けていた。
「そのことは政府にも警告を発したとも。だが、政府は急ぎ過ぎていた。王国植民地軍の失態を補うことにあまりにも急ぎ過ぎていた。しょうがないといえばしょうがない。我々はあまりにも多くの戦いで負けてきてからな」
サイモンはそう告げて、ティーカップを机に置く。
王国政府がビアフラ連邦からトランスファール共和国への拡大を目指したのは、彼らが失われた南端を奪還するためではなく、アナトリア、ミスライムと連敗続きで、国民が植民地戦争に不満を覚えていることを解決するためであった。
ビアフラ連邦におけるちょっとした植民地戦争において勝利し、国民に植民地戦争への理解と支持を求める。そうしなければ現在の政権は維持できないし、同じような泥仕合が続いている帝国とバーラトの利権を巡る植民地戦争にも影響が生じる。
故に王国政府は国境紛争を決断した。全てはこれからの植民地戦争の継続と政府の支持率のために。
だが、それも失敗に終わった。
ビアフラ連邦は国境線を広げられなかったどころか、トランスファール共和国に併合されてしまい、王国は南端における植民地をまたひとつ喪失した。
「世論はどのような具合ですか?」
「怒りに満ちていて、今の政府の支持率は低下するばかりだ。次の選挙ではもはや政権が変わるだろう。次の選挙は3ヵ月後だがね」
トーマスが尋ねるのに、サイモンがそう答えた。
「噂には聞いていましたが、支持率はそこまで酷いのですか?」
「酷いというものではない。今の首相が解散総選挙を強制されないのが不思議なくらいだよ。だが、いいニュースもある。国民の怒りは政府だけではなく、共和国に対しても向けられているということだ」
今の政府の支持率は下がる一方だった。ビアフラ連邦での支持率回復のための作戦が大きな失敗に終わったことが原因となり、支持率はどん底にまで落ちた。サイモンが告げるように解散総選挙を強いられないのが不思議なほどに。
だが、王国政府は目的のひとつは達成できていた。それは植民地戦争を継続するという点だ。
国民は王国に何度も屈辱を味合わせた共和国を心の底から憎んでいる。自分たちが繁栄するために必要だった植民地が失われていることに苛立ち、植民地を奪っていく共和国に憎悪を抱いていた。
故に王国政府は植民地戦争を継続できた。共和国と戦うのならば、彼らは国民の支持を得られるというわけなのだから。
「なるほど。戦争は続けられるというわけですな。それは幸いなことです。我々は戦争を多く抱え込んでいますから」
サイモンの言葉にトーマスが肩を竦める。
「バーラトでの戦争。南端での戦争。そして、アナトリア」
サイモンは王国の戦争について語る。
バーラトは帝国との植民地戦争だ。南端は共和国との植民地戦争だ。
だが、アナトリアというのは?
「戦争が続けられるのは結構なことだが、問題はこれ以上負けが込むと流石の粘り強い王国臣民たちも、植民地戦争に辟易することだろう。バーラトか、南端か、アナトリアのどれかにおいて勝たなければならん」
サイモンはそう告げて、地図を見る。
この世界の世界地図は数年でもう何度も書き換えられている。植民地は共和国から帝国へ、帝国から王国へ、王国から共和国へと次々に奪い、奪われ、世界地図はすぐに古いものへと変わってしまう。
「王国植民地軍の強化については?」
「ああ。行われている。本国軍から将校たちを派遣して強化しているし、規模についても増強される予定だ」
王国植民地軍は度重なる敗北を受けて、組織の改革に乗り出さなければならなくなった。彼らは本国軍から派遣された優秀な将校たちに指揮されることになり、規模についても志願者を募って強化されることになった。
「だが、まだ問題はある」
だが、それでも王国植民地軍を悩ませる問題は残っている。
「ヴェアヴォルフ戦闘団、ですね」
「そうだ。あの忌々しい人食い狼どもをどうするかだ。バーラトにおける植民地戦争は我々が既に実行した組織改革だけで優位に進むだろうが、ヴェアヴォルフ戦闘団に関してはそこまで事態は甘くはない」
トーマスがそう告げ、サイモンが頷いて告げる。
「タールトン準男爵。ヴェアヴォルフ戦闘団について新たに分かった情報は?」
「ヴェアヴォルフ戦闘団は正真正銘の植民地軍部隊であることは既に報告した通りです。ですが、それを本国軍を上回るようなレベルに押し上げているのは2名の人物です」
サイモンが葉巻を取り出して尋ねるのに、トーマスがそう答える。
「ひとりはローゼ・マリア・フォン・レンネンカンプ植民地軍大尉。彼女の装甲猟兵としての腕前は本国軍を遥かに上回っています。この女性士官がいるからこそ、ヴェアヴォルフ戦闘団は数々の困難とも思える任務を達成することができてきた」
ローゼの情報は王国秘密情報部も知ることとなった。何せ、彼女は王国の駆逐艦を何度も撃退しているのだから、知られていない方がおかしいというものだ。
「そして、もっとも重要なのはクラウス・キンスキー植民地軍中佐。この男がヴェアヴォルフ戦闘団に冒険のような作戦を実行させ、成功に導いてきた。ヴェアヴォルフ戦闘団を作ったのはこの男です。巧みな指揮と指導力で、ヴェアヴォルフ戦闘団を植民地軍における最強の部隊にした」
クラウスの情報も当然ながら、王国秘密情報部に知れている。王国秘密情報部はかなり早い段階でクラウスに目を付け、その素性を調べていた。
「その男は本当に本国軍の将校ではなく、植民地軍の将校だと?」
「ええ。カップ・ホッフヌングで生まれ育ち、15歳で植民地軍に入隊した。それからはあっという間ということです」
サイモンが確認するのに、トーマスが頷いた。
「では、聞くが、我々はヴェアヴォルフ戦闘団に対して、どう対処するべきだ?」
サイモンは驚くほど静かにトーマスにそう尋ねた。もう彼はトーマスが何と答えるか知っているかのような態度だった。
「クラウス・キンスキーの暗殺を提案します。この男を失えば、ヴェアヴォルフ戦闘団はそこまでの脅威ではなくなるでしょう」
トーマスはそう答え、紅茶のカップを傾けた。
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