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鉱山と傭兵(4)

……………………


「まずは2匹」


 ロッシング鉱山の坑道のひとつで、ウィリアムはそう呟いた。


 鉱山の中には匍匐姿勢の改造されたエリス型魔装騎士が横たわっており、その手には突撃砲が握られている。


 だが、それは王国植民地軍の魔装騎士が標準装備している6ポンド突撃砲ではない。それは17ポンド突撃砲だ。第3世代以降の魔装騎士に装備されている、王国が開発した新型の突撃砲だ。


「流石は17ポンドだ。威力が段違いだぜ。あれは共和国の第3世代だが、余裕で秘封機関を撃ち抜ける。こいつには相変わらず惚れ惚れするな」


 ウィリアムはそう告げて、ニヤリと笑うと手に握った17ポンド突撃砲を眺める。


 この17ポンド突撃砲もウィリアムが施した改造のひとつだ。いくら植民地人が対装甲砲で武装していても突撃砲を新しくする必要はないように思われたが、ウィリアムは共和国を限定的に排除するためとして、この突撃砲を装備させた。


 だが、この突撃砲を装備しているのはウィリアムの機体だけだ。他のトライデント・インターナショナル社の機体は依然として6ポンド突撃砲を装備している。いわば、ウィリアムが装甲猟兵というわけだ。


「さて、人食い狼どもはどう動く? 友軍を助けに来て、俺の餌になってくれよ」


 ウィリアムはそう呟きながら、脚部を撃ち抜いた魔装騎士の周囲に視線を向ける。


 ウィリアムの潜む坑道からは、脚部の破損された魔装騎士がよく見える。と言うよりも、脚部の破損した魔装騎士しか見えない。そう、この坑道からは視界が限定され、思うように鉱山全体を見渡せないのだ。


 だから、ウィリアムは餌を置いた。


 餌とは脚部の破損した魔装騎士だ。


 ウィリアムは最初の狙撃で敢えて脚部を狙って狙撃した。狙おうと思えば、秘封機関を撃ち抜いて一撃で撃破することもできたのに、敢えて脚部だけを狙撃し、魔装騎士が身動きできないようにした。


 それは脚部の破損した魔装騎士を援護するためにやってくるだろう、敵の魔装騎士を仕留めるためだ。


 これは狙撃のテクニックで使われるものと同じだ。最初は致死的でない狙撃を敵に加えて敵が身動きできないようにし、それを救出するためにやってくる敵の兵士を狙って狙撃を加えるという戦術だ。


 ウィリアムは自分の視界にヴェアヴォルフ戦闘団を誘い出すために脚部を撃ち抜いた魔装騎士を放置し、そのまま敵の魔装騎士が救援にやってきて、それを狙撃する機会がくるのを待った。


「どうでる、ヴェアヴォルフ戦闘団?」


 ウィリアムは17ポンド突撃砲の砲口を周囲に向けながら、敵が来るのを待つ。


「とっ! 来た、来た。お客さんがまた2体、凝りもせずにご登場だ。ここでくたばって貰いましょうか」


 ウィリアムはそう告げて突撃砲の砲口を敵の魔装騎士に慎重に向ける。


 ウィリアムの狙う魔装騎士はそれなりの速度で動いており、普通の兵士ならば狙いを定めるのはかなり苦労するものだ。だが、ウィリアムは本国軍で20年、傭兵として10年魔装騎士を扱ってきただけあって、狙いを定めるのは容易だ。


「くたばりな、犬ころ」


 そして、ウィリアムが引き金を引いたその瞬間だった。


「なっ……。かわしやがったっ!?」


 ウィリアムの砲撃は確実にヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士を撃ち抜くはずだったのに、ヴェアヴォルフ戦闘団の2体の魔装騎士は狙撃の瞬間に大きく跳躍すると、ウィリアムの狙撃を回避し、空を切った砲弾が地面に突き刺さる。


「不味いな。こりゃ、狙撃のタイミングが読まれてやがる。だが、たったの2回の狙撃でこっちの癖を読むとかどんな化け物だよ。普通はありえねーだろ」


 ウィリアムは冷たい汗を僅かに背筋に流しながらも、17ポンド突撃砲に次弾を装填する。ガコンという鈍い金属音が響いて、突撃砲に砲弾が装填された。


「だが、まだやれるはず」


 ウィリアムの視界にはウィリアムの狙撃を回避したものの、依然として彼の視界の中に留まっている2体の魔装騎士が見えていた。ウィリアムの狙撃のタイミングはまだ完全には逸していない。そのはずであった。


 ズンと激しい重低音が響き、ウィリアムの潜んでいた坑道が揺さぶられたのは、ウィリアムが次弾を装填し、再び敵の魔装騎士に狙いを定めようとしているときであった。


「砲撃……! 気付かれたってのか! この短期間で!」


 先ほどの重低音は榴弾が炸裂した音だ。榴弾の炸裂によって坑道全体が揺さぶられ、ウィリアムの機体にも崩壊してきた坑道の岩石がガラガラと落下してくる。完全には崩壊していないが、自分の位置が特定されたことは間違いない。


「不味いな、不味い。俺がこの砲撃で狙撃を行わなかった時点で、敵は俺がここにいるという確証を持ったはずだ。もう待ち伏せはできないぞ。どうする?」


 ウィリアムはそう告げながらも、魔装騎士を匍匐姿勢にしたまま、敵の次の攻撃がどう出るのかを待つ。


 ズンと再び榴弾が着弾し、坑道が揺れる。続いて煙幕弾が撃ち込まれ、ウィリアムの魔装騎士の視野がゼロになった。


「あちゃー。完全に視野を潰されちまったぞ。このまま外に出たら、恐らくは蜂の巣だな。それにしても並大抵の技量じゃねえな、連中」


 ウィリアムはそう告げて、溜息を吐いた。


『トライデント・フォーよりトライデント・ワン! 敵に近接された! 敵の近接攻撃に巻き込まれている! 援護を求め──』


 ウィリアムが身動きできない状態になっている間にも、トライデント・インターナショナル社の機体から悲鳴が上がってきた。どうやら敵はウィリアムの狙撃を封じると同時に、同じように坑道に潜み、ウィリアムが敵を撹乱したら打って出る予定だった友軍の魔装騎士を燻りだして排除し始めているようだ。


「残念ながら引き時だな。これ以上やっても得にはならん」


 ウィリアムはそう告げると、エーテル通信機に視線を向けた。


「トライデント・ワンより各機。撤退だ。そのまま坑道を抜けて、予定地点まで脱出しろ。機体は置いて行っても構わん。人がいればどうとでもなる」

「了解!」


 ウィリアムがそう告げると、既に危険な状態にあったトライデント・インターナショナル社の兵士たちが脱出を始めた。待ち伏せに利用した坑道は、別の出口に繋がっているものを選んであり、ちゃんと危険な場合は離脱できるようになっているのだ。


「俺も脱出といこうか──」

『傭兵部隊。聞こえてるか?』


 ウィリアムもハッチを開き、機体を捨てて逃げ出そうとしたときに、エーテル通信機から男の声が響いてきた。


「こちら傭兵部隊。何の御用でしょうか、狼」

『そっちの腕前は見事だったぞ。こっちが魔装騎士を失うのは久しぶりのことだ。で、話だが、共和国に雇われないか?』


 ウィリアムが声に対して返すのに、エーテル通信機の男の声がそう告げる。


「悪いが、俺は王国の人間だし、王国本国軍に長らくいた。今更、祖国を裏切るようなことはできんよ」

『傭兵に愛国心なんてないだろう。金払いがよければ悪魔にでも雇われるはずだ。共和国は王国よりも金を出すぞ。お前みたいな腕のいい魔装騎士乗りは歓迎する。それでも話に乗らないか?』


 ウィリアムが肩を竦めるのに、エーテル通信機の声がそう返した。


「分かった。なら、次にまた戦場で出くわして、そこで俺たちに勝ったら雇われてやるよ。それでどうだ?」


 渋々というよりも、どこか期待するような口振りでウィリアムはエーテル通信機の声に向けてそう告げた。


『いいだろう。また戦場で出くわすのを楽しみにしている。お前たちもここでの契約がパーになったから、すぐにまた別の契約を取らなきゃならんだろうしな』

「全くだ。そっちのせいでおいしい契約がおじゃんだぜ。次に会ったときは容赦せずにやってやるから、覚悟しておけよな」


 エーテル通信機の声が小さく笑って告げるのに、ウィリアムは大げさに肩を竦めるとそう告げ、ハッチを抜けて魔装騎士を脱出した。


 外は煙幕弾の化学臭で満ちている。榴弾が当たった場所は黒く焦げて崩れ、今にも鉱山全体が崩壊するのではないだろうかという危惧さえ抱いてしまいそうなほどになっていた。


「いくらなんでも榴弾数発で崩れるほど脆弱な坑道は掘っちゃいないさ」


 ウィリアムはそう呟くと、出口を求めて坑道の奥へと進んだ。


「先はああ言ったが、次に連中に出くわすのは御免だな」


 坑道の奥に進みながら、ウィリアムがそう呟く。


「連中、たったの3発の狙撃でこっちの位置を掴み、狙撃の癖まで把握した。いくら共和国植民地軍の精鋭だからって化け物染みた能力だ。普通ならありえるはずがない。あんなのは本国軍でも少数だ」


 ウィリアムが形成したような状況に遭遇したら、普通やるべきはスモークを展開して一時的に退避し、そこから虱潰しに坑道を探っていくだけだ。ヴェアヴォルフ戦闘団がやったように、魔装騎士を囮にして敵の狙撃を引き出し、そこから相手の位置を割り出すのはリスキー過ぎるし、並大抵ではない技量も必要とされる。


「大人しく連中に雇われておけばよかったかね。だが、傭兵のプライドとしちゃ、ここで大人しく軍門に下るってのは恥ずかしいってもんだ。嫌なもんだ。雇われ兵隊のプライドなんざ」


 ウィリアムはそう告げながら、坑道を抜けてロッシング鉱山から脱出した。


……………………


……………………


「敵は退却したか。引き際があっさりとした指揮官だな。まあ、雇われ兵隊なら、無駄に戦うことは避けるというものだろうな」


 ウィリアムが撤退した頃、クラウスはロッシング鉱山全体を見渡していた。


 ロッシング鉱山の坑道には遺棄されたエリス型魔装騎士が放置されている。敵は装備を捨てて、鉱山の奥に向かって脱出したようだった。


 傭兵には植民地軍や本国軍と違って、愛国心や忠誠心によって動かされることがない。彼らは純粋に利益のために戦うのであって、無理やり敵と戦い、無駄な損耗を出して、損失を計上するのは避けるものだ。


『クラウス。こちらでは逃げた機体は確認できない。全員が徒歩で、鉱山の裏から脱出したようね。ご苦労様なこと』

「そのようだ。腕の立つ相手だったが、持久力はそこまででもないな。やろうと思えばもっと粘ることもできただろうに」


 外部からロッシング鉱山を監視していたローゼが告げるのに、クラウスがそう返した。


『兄貴ー。坑道にいたので動くのはもういないッスよ。全部撃破したか、逃げ出したッス。ここでの戦闘はもうお終いッスか?』

「そうだ、ヘルマ。ここでの戦いはもう終わりだ。だが、また連中と出会う機会はあるだろう。楽しみにしておけ」


 ヘルマが告げるのに、クラウスがそう返す。


『何? また変な約束でもしたの?』

「連中の会社を雇おうと思ってな。王国本国軍にいた連中なら対抗部隊にもってこいだし、おれたちだけの戦力では難しい話も連中が加われば事情が変わってくる。それに除隊後に傭兵企業を始めるにしても、経験者は必要だろ?」


 ローゼが眉を歪めて尋ねるのに、クラウスがそう告げて返した。


 クラウスのいる共和国植民地軍がウィリアムのトライデント・インターナショナル社を雇うメリットはいくつかある。


 ひとつは有能なアグレッサー部隊が得られるということ。ウィリアムたちの有能さは坑道での戦闘で証明されている。彼らは常に脱落者のいなかったヴェアヴォルフ戦闘団に傷をつけ、狙撃の技量を見せた。坑道内の敵も、王国植民地軍よりも遥かに優れた技術でクラウスたちに立ち向かってきた。


 クラウスは王国や帝国の軍隊の研究をしているが、やはり一番事情を知っているのは中の人間だ。その中の人間であるウィリアムを雇うということは、王国植民地軍の、王国本国軍のやり方を学べることになる。


 もうひとつは純粋に戦力として使える駒が増えるということ。共和国植民地軍の魔装騎士部隊の技量はお世辞にもいいとは言い難い。その点をウィリアムたちを雇って補えば、作戦の幅は広がる。ただし、彼らが裏切らないという保証がある限り。


 最後は植民地軍ではなく、クラウスの利益だが、彼は除隊したら傭兵稼業を始めようかと考えていた。レナーテとの取り引きで得た金を使って、自分のための傭兵企業を立ち上げようかと考えていた。


 そんなときに傭兵稼業の先達がいれば、役に立つことだろう。クラウスは日本情報軍という軍人は経験していても、傭兵は経験していないので、傭兵のアドバイスを聞くというのは重要なように思われた。


『はあ。一度殺し合った相手と手を組むの?』

「組めるさ。現に帝国なんぞはバーラトを巡ってもう何年も王国と殺し合っているのに、世界大戦では王国と同盟を結ぶって意見の連中が多勢を占めてるんだ。利益さえ一致すれば、過去のことは忘れ去られる」


 ローゼが呆れたように告げるのに、クラウスはそう告げて返した。


「さて、ロッシング鉱山はこれで確保できた。ビアフラ連邦最大のエーテリウム鉱山は俺たちが手に入れた。で、弁護士。仕事をしろ」


 と、ここでクラウスがエーテル通信でこの場にいるヴェアヴォルフ戦闘団の隊員ではない人物を呼び出す。


『は、は、はい! 仕事ですね、仕事。理解しております。我々SRAGは共和国鉱山開発法第31条に基づき、この鉱山の権利を主張します。我々には鉱山を開発する権利があり、共和国はそれを保証する義務があり……』


 どうやらダニエルは激しい戦闘でまたしても気絶していたようであり、クラウスに呼びつけられて大慌てで領有権の主張を始めた。今回、彼はヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士大隊における1体の魔装騎士に便乗していた。


「ご苦労。これでここは俺たちのものだ。俺たちが手に入れた鉱山だ」


 クラウスはそう告げて満足そうにロッシング鉱山を見渡す。


 広大な鉱山。ここでどれほどのエーテリウムが、ここでどれほどの富みが生み出されるのか想像もつかない。恐らくは膨大な利益だ。


「仕事のひとつはこれで完了。いよいよ本番だ」

『王国植民地軍の増援を阻止する、ね。こっちの準備はいつでもいい』


 クラウスは視線を鉱山の出口に向け、ローゼがいつものようにぶっきらぼうに告げる。


「そうだ。この戦争を終わらせないと俺たちは大儲けというわけにはいかん。その点は傭兵の連中が羨ましいものだ。連中は戦争をやっていることそのもので儲けられるんだからな」


 クラウスはそう告げ、王国植民地軍の増援部隊が上陸するというウォルビスベイに向けて、更に西へと行軍を続けた。


……………………

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