鉱山と傭兵(3)
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『クラウス。鉱山の防衛に魔装騎士がいるわよ。今、1体撃破した』
「ああ。らしいな。だが、見たところ王国植民地軍の連中じゃなさそうだが」
ローゼが山に登ったウィリアムの部下を撃破して通信を寄こすのに、クラウスが怪訝そうな顔をして、撃破され、山を転がり落ちていく機体を見る。
機体そのものはエリス型魔装騎士を基本としているのが分かったが、どうやら改造されている。装甲は強化されているようだし、人工筋肉も強化されているようだった。それはエリス型の本来ならばスマートな姿が、ゴツゴツした武骨な姿に変わっていることからすぐに分かった。そして、塗装も王国植民地軍の全面のカーキ色ではなく、ウッドランド迷彩に近い斑模様になっている。
「ああ。そういえば、この鉱山には傭兵どもがいるんだったな。今回の俺たちのお相手は雇われ兵隊たちだぞ」
と、クラウスは事前に調べておいた資料にあった情報を思い出した。
クラウスとノーマンが調べたところでは、ロッシング鉱山には王国の傭兵企業であるトライデント・インターナショナル社という会社が警備に当たっているということだった。王国の資源開発企業が、王国植民地軍は当てにならないと考えて、独自の戦力を配置しているのだと。
『傭兵、ね。私たちもどうせやるなら傭兵でよかったんじゃない。植民地軍でやってるといろいろとうるさいでしょう?』
「それも考えるには考えたが、初期に装備を揃えるのに金がかかるし、人材を揃えるのも困るし、大規模な作戦をやるにも問題がある。最初はどうあっても、植民地軍に所属しておいた方がいいと結論した」
ローゼが本国政府やヘンゼルとの確執を思い出して肩を竦めて告げるのに、クラウスがそう告げて返した。
クラウスも最初は自分がモデルにしたエグゼクティブ・アウトカムズ社をそっくりそのまま真似て、計画を進めようかと考えた。
だが、そのエグゼクティブ・アウトカムズ社とて、設立者は当初は南アフリカ軍に所属していたのであり、社員たちも元南アフリカ軍の兵士たちだ。アパルトヘイト廃止の余波で行き場を失った兵士同士の繋がりで、あの会社は設立されたのだ。
クラウスが彼が金持ちになる計画を思いついたのは12歳の時。彼は前世での従軍経験は十二分にあったが、クラウス・キンスキーとしては従軍経験はなかったし、魔装騎士の操縦技術もなかった。
だから、クラウスは最初は素直に植民地軍に入隊した。税金で訓練してもらい、税金で装備を貰い、税金で植民地各地に移動し、税金で仲間を養い、それらを使って財閥と癒着して私財を蓄えるのだと考えて。
「だが、幾分かケリがついたら、俺も傭兵企業を作るか。SRAGの鉱山を直接守って、直接利益を受け取る分かりやすい金儲けだ。表向きは共和国植民地軍の補佐とでもしておけば、行動もある程度自由だろうしな」
『あなたは傭兵ってのが似合ってそうね』
クラウスも共和国植民地軍を除隊したら、傭兵稼業に転業することを考えていた。そっちの方が今よりも遥かに偽装しなければならないものが少なく、ダイレクトに利益を懐に収められるのだから。
「ローゼ。お前も除隊したら、俺と来い。お前も金儲けを続けたいだろう」
『だからと言って傭兵までやるのは、ちょっと考える』
クラウスが告げるのに、ローゼが困ったように眉を歪めた。
「考えることはない。今と同じだ。俺やヘルマと一緒に戦って、レナーテから金を貰う。それだけの話だ。付いてこいよ、ローゼ。俺にはお前が必要だ」
『装甲猟兵として、でしょう。それなら嫌』
クラウスは特にローゼの気分を害することを言ったつもりはなかったのだが、ローゼの方は不機嫌そうな顔をして、プイとそっぽを向いた。
「指揮官としても評価してる。お前は最高の副隊長だ。お前がいなければ、このヴェアヴォルフ戦闘団はまともに機能してないんだからな」
『兵士として見るのはやめて。私を私として見て』
クラウスが何故ローゼが機嫌を損ねるのだろうかと思って告げるのに、ローゼはそう告げてエーテル通信機のクリスタル越しにクラウスをジッと見る。
「……そういうことか。だが、それは無理だろう。お前の目的は家の再興だ。そのためには貰う旦那は婿養子じゃなけりゃならん。それなら別を当たってくれ。俺はレンネンカンプ家には興味はない」
クラウスはローゼの言わんとすることを理解してそう返した。
『家の再興は別に──』
「静かに。どうやら手荒く歓迎されそうな空気になってきた」
ローゼが何事かを言いかけたのを、クラウスが遮った。
『兄貴! 魔装騎士が消えたッス!』
「ああ。隠れやがった。来るぞ」
ヘルマが慌てた様子でエーテル通信機に姿を見せ、クラウスは油断なく周囲を見張る。
「ナディヤ。地上から何か把握できるものはあるか?」
『敵は鉱山から逃げ出した様子はないが、そこら中にある坑道に姿を隠したらしい。こちらでも確認できているのは僅かだ』
クラウスが尋ねるのに、ナディヤがそう告げて返した。
「ただの雇われ兵隊ってわけでもなさそうだ。ひょっとすると王国植民地軍の連中よりもやる気に満ちているのかもしれんぞ。油断せずに対処しろ。まだこれから本番が待ってるんだからな」
このロッシング鉱山の襲撃はウォルビスベイに至るまでの途上での任務だ。クラウスたちの最終目標はウォルビスベイにおいて、王国植民地軍の増援部隊が到着するのを阻止することにあるのだ。
『こちらからはあまり援護できないわよ。遮蔽物が多すぎて』
「可能な限りの援護でいい。できるだけのことをやってくれ。それで十分だ」
ローゼの装甲猟兵中隊はクラウスの魔装騎士大隊とは別行動している。彼女たちはロッシング鉱山正面が把握できる位置に陣取り、そこで待機したまま、姿を見せる王国植民地軍──いや、トライデント・インターナショナル社の魔装騎士を狙っている。
「ヘルマ。お前は俺の援護だ。坑道に目を光らせろ。連中はそこから撃ってくるかもしれんぞ」
「了解ッス、兄貴。兄貴の背中はあたしが守るッスよ!」
ヘルマはいつも通り、クラウスの僚機としてクラウスを援護している。2体1組がヴェアヴォルフ戦闘団での近接格闘戦での基本だ。
「ナディヤ。そっちは坑道以外の場所を探してくれ。全員が坑道に隠れたとも思えん。どこか別の場所に潜んでいる可能性もある」
『理解した。可能な限り地上を偵察する』
次にクラウスはナディヤに引き続き偵察を要請する。魔装騎士だけではなく地上を進む歩兵の目があれば、敵がどう動くが把握しやすいことは間違いない。
「さて、やるぞ、紳士淑女諸君。敵がどうでようが驚くな、怯えるな。それは敗北に繋がるからな」
クラウスはそう告げ、鉱山に足を踏み入れた。
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ロッシング鉱山に足を踏み入れたクラウスたち。
『敵は見えないッスね。どうなってるんッスかね』
ロッシング鉱山はビアフラ連邦最大のエーテリウム鉱山なだけあって広大だ。クラウスたちが足を踏み入れた正面の操車場だけでも、クラウスたちが普段駐屯している第8植民地連隊の閲兵場の数倍は広さがある。
だが、敵の姿は見えない。
敵は確かにいるはずだ。既にトライデント・インターナショナル社の魔装騎士はその姿を見せている。ローゼが撃破している。クラウスとノーマンが調べた情報でも、トライデント・インターナショナル社の警備部隊が駐屯しているという情報があった。
「坑道は人工筋肉製の重機を活動させるだけあって屈んだ姿勢ならば魔装騎士でも入れる。魔装騎士にとっての掩体壕になるだろう。となると、トーチカを相手にするようなものだな。全く、面倒な」
クラウスはそう呟くと、ヘルマと共に鉱山内を進む。
『うわっ──』
不意にエーテル通信に悲鳴が響いた。
「ヴェアヴォルフ・エイト。どうした? 被弾したか?」
『被弾しました。脚部破損。動けません!』
クラウスが瞬時に尋ねるのに、被弾した機体がそう返してきた。
「分かった。ヴェアヴォルフ・セブンとナインはエイトの支援に当たれ。残りの機体は引き続き、敵の魔装騎士の捜索だ。探し出して確実に狩りだせ」
クラウスはそう命じ、2体の魔装騎士が脚部の破損した魔装騎士の援護に回ろうとしたときであった。
ガン、ガンと激しい金属音が響き、続いて爆発音が響く。
「何だ!?」
その音にクラウスが素早く周囲に視線を走らせると、脚部が破損した機体の援護に向かっていた2体の魔装騎士の秘封機関が吹き飛ばされ、残骸となったニーズヘッグ型魔装騎士が地面に転がっていた。
「狙撃、か? だが、王国植民地軍の6ポンド突撃砲では俺たちニーズヘッグ型の秘封機関の装甲を撃ち抜くのはまず不可能なはずだ。いくら新型徹甲弾が配備されていたとしてもだ。どうなっている……」
秘封機関は魔装騎士にとって重要な場所なだけあって、正面装甲を同じように強固な装甲によって守られている。王国は6ポンド突撃砲の威力向上のために新型徹甲弾を配備しているが、その新型徹甲弾でもニーズヘッグ型魔装騎士の秘封機関の装甲を遠距離から撃ち抜くというのは不可能なはずだった。
「なるほど。ということは、新型砲、だな。雇われ兵隊だと思って舐めてかかれる相手じゃないってことだ。植民地軍より上等な装備で武装してやがるとはな」
クラウスはそう告げると、鉱山の各地に掘られた坑道に目を走らせた。
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