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鉱山と傭兵(2)

……………………


 ビアフラ連邦首都ウィントフックから西部に位置するエーテリウム鉱山。


 それがロッシング鉱山だ。


 ビアフラ連邦でも最大規模のエーテリウム鉱山で、あのアナトリア最大にして世界最大のエーテリウム鉱山の3分の1のエーテリウムの埋蔵量があると見込まれていた。


 大規模な人工筋肉製の重機が持ち込まれて岩盤を掘り進み、爆薬が坑道を作り、本国から掃き捨てられた入植者からなる鉱山労働者たちがエーテリウムを掘り出し、それが遥か彼方の文明国たる王国に運ばれ、富と繁栄の礎となる。


「共和国の連中が本気で仕掛けてきたらしいぞ」


 そんなロッシング鉱山で不穏な話題が広まっていた。


「共和国の連中が?」

「そうだ。この間から国境紛争やってたろ。あれが全面戦争になったらしい。共和国の連中は大部隊を動員して、俺たちの側を総攻撃してるそうだ」


 話題は共和国がビラフラ連邦への総攻撃を仕掛けている件についてだった。


 一般市民はまだ王国植民地軍が壊滅的な打撃を受け、敗走していることを知らない。そのような情報は漏れないようになっていたし、この世界の情報伝達手段では、市民が知れることには限りがある。


 ビアフラの入植者たちはまだ戦争は遠いものだと思っていた。遥か南部の国境線のジャングルの中で植民地軍の兵士同士が戦っているのだろうと。そう、入植者たちは思っていた。


 まさか、既に戦線は崩壊し、共和国植民地軍本隊はウィントフックに迫り、それに先立って行動しているヴェアヴォルフ戦闘団と第800教導中隊は、そのウィントフックを陥落させているなどとは思ってもみない。


「大きな戦争になるなら困ったもんだよな。ようやく暮らしが安定してきたってのに。そこに戦争が来ると全ておじゃんになっちまう」

「全くだ。王国植民地軍の連中には頑張ってもらわないとな。俺たちが開拓したこの大地は俺たちのものだ。横から共和国に掻っ攫われるなんてのは御免だ」


 入植者たちは、植民地に思い入れがある。


 未開にして野蛮の大地である植民地を自分たちの手で開拓し、文明をもたらしたのだという自負が入植者たちの中にはあり、これこそが神が自分たちに与えた運命なのだとすら考えるものすらいた。


 そんな状況で植民地人と呼ばれる植民地に元から暮らしていたものたちは、片隅に追いやられるか、完全に追放された。


 王国は植民地人を奴隷にすることは少ない。彼らは人的資源として自国中で最下層を彷徨うものたちを植民地に輸出するからだ。


 そんな王国の植民地では入植者たちと植民地人の間には隔絶な格差が生まれていた。


 入植者たちは植民地での様々な仕事に従事し、日々少なくない賃金──本国の賃金と比べることなかれ──を受け取り、その賃金で人生を楽しみ、夜は魔道灯で照らされた家で過ごし、柔らかなベッドで眠る。


 対する植民地人は?


 彼らに仕事はない。王国の人間は植民地人には仕事ができないものだと思っている。彼らは元来の狩場をプランテーション農園にされ、エーテリウム鉱山にされ、完全に日々食べていく術を失った。


 彼らは入植者たちの築いた都市で物乞いをし、ゴミを漁ってまだ食べられそうなものを探し、その様子を植民地警察に見つかると、景観を乱したとして酷く叩かれる。家などはなく、下水道などの風雨を凌げる場所で眠る。


 酷い状況だ。なお酷いことに入植者たちの殆どが、植民地人の置かれた状況に責任を感じてはいなければ、何も感じてはいないということだろう。彼らにとって植民地人とは空気のようなもので、いてもいなくても分からないのだ。


 全ては弱肉強食を是とする社会進化論によって正当化されている。


 そして、今。入植者たちも、その弱肉強食のルールによって選別させるときが近づいていた。戦争という名の弱肉強食のルールで動く舞台は急速に、このロッシング鉱山に近づいてきていた。


「共和国がここを占領したら、俺たちはどうなるんだ?」

「分からん。そのまま残しておいてくれるかもしれないし、全員が追い出されることになるのかもしれない。こればかりは実際にどうこうなってみないことには、情報がなさ過ぎて──」


 鉱山の休憩中に喋っていた鉱山労働者の目が突如として見開かれた。


「魔装騎士だ! 魔装騎士が迫ってきてる! 王国のじゃないぞ!」

「何だってっ!?」


 入植者は悲鳴のように声を上げ、鉱山労働者たちの視線が一斉にロッシング鉱山に向けて進んできている魔装騎士に向けられた。


「見たことがない。共和国の新型か?」

「あ、あ、あの肩のエンブレム……」


 入植者たちはどうしていいか分からずにざわめき、ひとりが迫りくる未確認の魔装騎士──ニーズヘッグ型魔装騎士の肩に刻まれているエンブレムに気づき、震える指でそのエンブレムを指さす。


 黒い狼のエンブレム。シンプルなエンブレム。それは──。


「ヴェアヴォルフ戦闘団だ! ヴェアヴォルフ戦闘団が来たんだ! お終いだ!」


 そう、ロッシング鉱山に急速に接近しつつあるのはヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士だった。1個大隊56体の魔装騎士が3方向に分かれて鉱山に迫り、ローゼの装甲猟兵中隊の姿は見えない。


「逃げろ! お終いだ! 皆殺しにされるぞ!」

「王国はまた負けたのか……。王国はまたあの人食い狼を相手に負けたのか……」


 広がる混乱と絶望。


 ヴェアヴォルフ戦闘団は王国においても有名になっていた。現れるならば確実に勝利を手にし、現れるならばそこには殺戮の嵐が吹き荒れるのだと。


 事実、王国植民地軍はアナトリア戦争で、ミスライム危機で敗北した。その敗北の原因を招いたのが、ヴェアヴォルフ戦闘団であることは王国臣民の誰もが知っている。人食い狼が王国植民地軍を食い殺したのだと。


 そして、ヴェアヴォルフ戦闘団は捕虜を取らないことでも知られている。それはクラウスと激戦を繰り広げた王国植民地軍の魔装騎士の操縦士であるウィルマ・ウェーベル中佐が新聞に生々しいあの時の状況を証言しており、この強力な無法者の集まりを誰もが恐れた。


 もっとも、この証言は共和国植民地軍によって出鱈目だとして抗議が来ていた。だが、それでも民衆たちは共和国植民地軍よりも、自国の英雄の発言を信じる。


 ヴェアヴォルフ戦闘団は植民地における歩く災厄、血を帯びた鎌を持った処刑人。


 そんな恐怖の象徴がロッシング鉱山に迫っている。


「俺は逃げるぞ! 逃げたい奴は荷台に乗れ!」

「俺も乗せてくれ!」


 普段はエーテリウムを運搬するトラックも、既に人でいっぱいになりつつあった。誰もがこのロッシング鉱山から逃げ出そうと、動ける乗り物は全て動員され、鉱山労働者たちは鉱山の出口に殺到する。


『おい。落ち着け』


 と、そんな状況で拡声器による声が響いた。


「あんたは……」

「ウィリアム・ウィックス! あんたも逃げた方がいいぞ! あいつらを相手に勝てる部隊なんて存在しないんだ! 王国も、帝国も、どこの部隊もあの人食い狼を相手にして、食い殺された!」


 声を上げたのはエリス型魔装騎士に乗った男だった。


 褐色に焼けた無精ひげを生やし、髪は伸び放題に伸びている。一見すると怠けている人物だと感じるかもしれないが、彼のどこまでも鍛え抜かれた屈強な体が、それをすぐさま否定する。


 ただのエリス型ではなく増加装甲が設置され、人工筋肉を増強したのか機体はやや太めになっている。エリス型のスマートなフォルムが崩れ、ゴツゴツとした戦争機械としての面を露わにしていた。


『負けると決まったわけじゃないだろう。やってみないことには分からないぜ。ひとつ、悪名高いヴェアヴォルフ戦闘団の連中と試してみるさ。ここで逃げるのは傭兵としちゃ恥ってもんだろ』

「会社があんたに頼んでたのは、植民地人が反乱を起こした時に対処してもらえるようにってだけだ! いくらなんでも共和国植民地軍、それもヴェアヴォルフ戦闘団を相手にするなんて報酬はもらっちゃいないだろう!?」


 傭兵。


 この改造されたエリス型魔装騎士を操縦するウィリアム・ウィックスという男は、元王国本国軍の魔装騎士乗りであり、今は退役し、王国の傭兵企業トライデント・インターナショナル社で傭兵稼業を営んでいた。


 彼の会社と彼を雇ったのは、王国の資源開発企業で、彼らは植民地人の反乱が起きた場合でも鉱山を運営できるように、とウィリアムたちに依頼し、彼らはそれを受諾した。


 植民地人の暮らしは前に記したように悲惨だ。その悲惨な状況から、植民地人は入植者たちを恨み、入植者たちが後生大事にする鉱山を襲撃しようとする。金、プラチナ、ダイヤモンド、タングステン、そしてエーテリウムという資源を産出する鉱山が、少なくない頻度で植民地人に襲われていた。


 そんな事態から王国の企業と入植者を守るのが王国植民地軍の役割であるのだが、彼らはある程度脅威がないと判断するとすぐに撤退してしまう。彼らは税金で働いている軍隊なのであって、一企業のために尽くしてはくれないのだ。


 だから、王国の企業はウィリアムたちを雇った。


 ウィリアムたちは傭兵だ。金を払っておけば、軍事的サービスを提供し続けてくれる。それも場合によってはやる気が低く、訓練の回数も少ない王国植民地軍よりも高度なものを。


 ウィリアムたちはクライアントの依頼を受けて、鉱山の防衛を開始した。


 まずは鉱山の周囲を十二分に観察して、防衛に優位な場所を探る。それから逆に防衛側が不利な場所も探しておく。


 それから装備を整えた。


 装備は王国植民地軍も装備を始めたエリス型魔装騎士の中古を格安で買い取り、それに増加装甲を取り付け、それを振り回せるだけの人工筋肉を装備させた。増加装甲によって、正面装甲だけならば第3世代より1歩手前という防御が実現できている。


「そんな玩具で何と戦うつもりかね?」


 ウィリアムたちを雇った王国の資源開発企業はウィリアムが植民地人と戦うには過剰なように思われる魔装騎士を準備するのをみてそう尋ねた。


「お宅の鉱山を本当に狙っているのは植民地人じゃない。共和国だ。共和国の連中は、植民地人たちを武装させて反乱を引き起こすことだってある。そうなれば植民地人が対装甲砲を持っていても驚くことじゃない。これは必要な備えだ」


 ウィルマが告げるのに、王国の資源開発企業の人間は沈黙した。


 とうとう対装甲砲を装備した植民地人の反乱が起きることはなかったものの、代わりに共和国植民地軍そのものがやってきた。


「ヴェアヴォルフ戦闘団。噂の奴らか。確か植民地軍にもかかわらず、第3世代型で武装しているんだったか。こんなことなら、こっちもタルタロス型を借りておけばよかった。エリス型で第3世代型とやり合うのはちとばかり分が悪い」


 ウィリアムは部下の魔装騎士を1体、鉱山の掘られている山の上に上らせ、迫りくるヴェアヴォルフ戦闘団の様子を確認させた。


『ニーズヘッグ型56体──1個大隊が接近中。相当訓練されてますね。見事な陣形を描いていま──』


 と、山の上からヴェアヴォルフ戦闘団を確認していた部下の魔装騎士が突如として爆ぜた。徹甲榴弾か、秘封機関アルカナ・リアクターの暴走か、魔装騎士はオレンジ色の炎を膨張させて弾け飛び、残骸がガラガラと山から落下する。


「射撃の腕前も上々、と」


 ウィリアムは崩れ落ちていく、自軍の魔装騎士を眺めてそう呟く。


 増加装甲で強化されていたのに、撃ち抜かれた。それは共和国植民地軍が高威力の砲を備えているか、あるいは魔装騎士にとって脆弱なハッチなどの部位を狙って砲撃を受けたことを意味する。


「今進んでいる連中が砲撃した気配はない。撃ったのは別の連中だ。この状況で伏兵までいるとは笑えねーな」


 そう言いながらも、ウィリアムはクスクスと小さく笑った。


「全機、戦闘配置だ。奴らはこの鉱山を狙っている。事前に予定していた場所に迅速に移動しろ。この鉱山を守り切ればボーナスだぞ。気合い入れていけ」

『了解』


 ウィリアムの部下は1個魔装騎士大隊56体。


 数においてはヴェアヴォルフ戦闘団の中核をなしている魔装騎士大隊のそれと匹敵している。だが、魔装騎士のスペックでは、ヴェアヴォルフ戦闘団が上回っている。勝てるかどうかはウィリアムの采配次第だ。


「噂の人食い狼がどの程度のものか確かめさせてもらおうか」


 ウィリアムはそう告げて、自分の魔装騎士を彼が事前に立てた防衛計画に沿った配置につけるべく、動き始めた。


……………………

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