ヌチュワニンの反乱
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──ヌチュワニンの反乱
トランスファール共和国南西部に位置するヌチュワニン鉱山が襲撃を受けたのは、トーマスが狼人種の部族に接触してから、3週間後のことであった。
ヌチュワニン鉱山を警備しているのは共和国植民地軍の1個歩兵中隊であり、彼らが鉱山での反乱に備えて、内側に目を向けて警備を行っていた。外に向けての警備は僅かに1個分隊がやる気なくパトロールしているだけだ。
そんなヌチュワニン鉱山に、不審な馬車が複数近づいてきたのは、鉱山の業務開始時間である6時30分頃だった。
鉱山をパトロールしている兵士は、その馬車を鉱山に新たに送り込まれてきた鉱山労働者や鉱山奴隷たちを乗せたものなのだろうと勝手に解釈していた。
ここ最近ではヌチュワニン鉱山が追い出された狼人種の部族の攻撃を受けることもなく、鉱山内部での反乱もなく、平穏なときが過ぎていただけに、彼らの警戒心はまるでなくなっていた。
ことが起きたのは、その馬車が鉱山のゲートに差し掛かったときだった。
甲高い警報が鳴り響き、植民地軍の兵士たちに緊張が走る。
『こちら第2採掘所! 反乱だ! 反乱が起きた! 植民地人どもが、反乱を起こした! 至急、鎮圧のための部隊を送ってくれ!』
エーテル通信で伝えられたのは、この広大なヌチュワニン鉱山で、鉱山奴隷に身を落としている植民地人たちが反乱を起こしたという報告だった。
「なんてことだ。遂にやりやがったか」
鉱山奴隷の反乱は、外部から攻撃を受けることよりも危惧されていた。彼らは文字通り奴隷として扱われ、尊厳も何もなく、劣悪な環境で死と隣りあわせで働いているのだから。
「部隊を集めて、第2採掘所に送れ! 大至急──」
この鉱山を警備する1個歩兵中隊──約120名の指揮官である大尉が叫ぶ声が掻き消された。
銃声によって。
「撃ち方始め!」
あの鉱山に近づいてきていた不審な馬車から、銃火器で武装した狼人種が次々に降車し、その銃口を突然の反乱で混乱する共和国植民地軍の兵士たちに向けて引き金を引いた。
これがトーマスに武器の提供を受け、軍事顧問を派遣してもらったあの狼人種の部族の兵士たちだ。馬車からは信じられない数の狼人種が降りてきており、その数はざっと見ても1000名はいた。
「外部からの攻撃だと! そんなまさか!?」
外部からの狼人種の部族からの攻撃が途絶えて5年が過ぎている。植民地軍は、もう植民地人どもはヌチュワニン鉱山を諦めて、惨めにジャングルで暮らしているだけだと思っていた。
それが攻撃を受けた。外部から、組織的に。
「ゲートを制圧しろ! 弾幕を切らすな!」
狼人種の族長が老体に鞭打って前線で指揮を執り、それに従って狼人種たちはサウスゲート式小銃で、共和国植民地軍に銃弾を浴びせ、彼らを射殺しながら、ゲートを制圧すると、ヌチュワニン鉱山の中になだれ込んだ。
「大尉殿! どうなさるのですか!?」
内部では鉱山奴隷の反乱。外部では約1000名規模の植民地人たちの攻撃。
「司令部施設に全兵士を集めて篭城する。そして、増援を要請しろ!」
指揮官は混乱する状態の中で、反乱の鎮圧を放棄し、数において勝る外部からの攻撃から部下たちを守るために篭城することを選んだ。立て篭もっている間に増援が到着し、それによって助かる事をいのってのことだ。
「増援は近くて第8植民地連隊。到着するまでには、3時間はかかる。それまで耐えられるか……」
指揮官である大尉は司令部の机に地図を広げて呻く。
このヌチュワニン鉱山からもっとも近い部隊は第8植民地連隊だが、彼らの駐屯している駐屯地からヌチュワニン鉱山までは、早くとも3時間はかかる。
それまで自分たちは持つだろうか? かなり絶望的だ。
「共和国の人間を殺せ!」
「我々の故郷を奪還しろ!」
大尉が絶望的な状況に呻いている間に、逃げ遅れた共和国の鉱山労働者や、植民地軍の兵士たちが狼人種によって殺されていた。
「た、助けてくれ! 家族がいるんだ!」
「殺さないでくれ! 頼む!」
彼らは自分たちの故郷を奪った共和国の人間を心の底から憎んでおり、彼らから故郷を奪ったこととは何の関係もない鉱山労働者をリンチにし、逃げ遅れて抵抗する兵士たちを容赦なく銃殺した。
「……酷いものだな」
ヌチュワニン鉱山は一瞬でさながら地獄のような様相をなし、各地で悲鳴が上がっている。その様子を眺めて、族長は自分たちの中にも、共和国の人間と同じような残虐な心が眠っていることを認識し、溜息を吐いた。
「族長。独立宣言を発表しなければ」
そんな中、狼人種のひとりが型遅れの大型エーテル通信機を背負ってきて、族長に送信機を手渡す。
「ああ。独立を宣言しよう」
族長は送信機を受け取ると、ゴホンと息を吐いた。
「我々コーサ族はここにコーサ自由国の樹立を宣言する」
狼人種の族長は、誰にでも聞ける周波数でそう宣言した。
「コーサ族はアルビオン王国と友好を結び、彼の国から支援を受けることを要請する。願わくば、この要請が受理されることを神に祈る」
族長はトーマスと事前に相談しておいたように、独立と同時に王国への支援要請を通達した。魔装騎士に対抗できるのは、同じ魔装騎士だけであり、共和国植民地軍が本気を出して、魔装騎士で反乱を鎮圧するために動くならば、この反乱は潰えてしまうがために。
「大尉殿。植民地人どもは王国に支援要請をしています!」
「全て王国の仕込みか。忌々しい連中め」
魔装騎士に勝ち目がないのは、1個歩兵中隊しか駐屯していない共和国植民地軍とて同じこと。王国植民地軍が魔装騎士を引き連れて、ヌチュワニン鉱山を襲撃するならば、ここに駐屯している兵力は全滅する。
「大尉殿! 援軍派遣の情報が入りました!」
「第8植民地連隊か? 彼らが到着するのはまだ先の話だろう。それよりも司令部の防御力を強化して、植民地人どもの攻撃に応じなくては」
通信兵が叫ぶのに、大尉は冷ややかな態度でそう応じた。
「いいえ! 援軍に派遣されるのはヴェアヴォルフ戦闘団という部隊だそうです! ここまでの到着は10分以内とのこと!」
「ヴェアヴォルフ戦闘団……?」
通信兵の告げる聞きなれぬ部隊名に大尉が怪訝そうな表情を浮かべる。
「どんな部隊かは知らないが援軍がくるのであれば大歓迎だ。この状況から逆転するには援軍が必要だ。それがどんなものであろうとも」
大尉はそう告げて、通信兵にヴェアヴォルフ戦闘団に今のヌチュワニン鉱山の状況を報告するように命じた。
まさか、彼も、この聞きなれぬ部隊が、事態を引っくり返すとは思ってもみなかった。
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本日20時頃に次話を投降予定です。