ビアフラ連邦侵攻(3)
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「第10植民地師団との連絡は回復しないのか?」
「ダメです。師団本部ともどの連隊とも通信が繋がりません。これはもう共和国植民地軍に撃滅されたと判断するしか……」
王国植民地軍がビアフラ連邦とトランスファール共和国との間の国境紛争で国境線に張り付けておいた師団──第10植民地師団が展開していた後方では、ビアフラ連邦において王国植民地軍の指揮を執るビアフラ軍団の司令部が設置されていた。
司令部は首都ウィントフックに向かうまでの途上にあるダイヤモンド鉱山で栄えた都市マリエンタールに設置されていた。
ビアフラ軍団には王国植民地軍がビアフラ連邦に展開させている王国植民地軍の4個師団の戦力が隷下にあり、第10植民地師団もそのひとつだった。
「共和国が本気になったか。だから、本国には不必要な火遊びはやめろといったのだ」
ビアフラ軍団の指揮官である王国植民地軍中将はそう告げて溜息を吐く。
ビアフラ連邦がトランスファール共和国に挑発的な国境紛争を起こす危険性は、現場の人間が一番よく理解していた。下手に共和国を刺激すれば、ただの国境紛争では終わらず、全面戦争になる可能性があるのだと。
だが、王国本国政府は現場の意見を無視した。
彼らには相次ぐ植民地戦争での敗北によって低下しつつある自国の政府の支持率のために、トランスファール共和国を攻撃せねばならなかった。どうあっても、それが全面戦争に繋がるとしても。
それに王国本国政府は共和国は本気にならないだろうという考えがあった。共和国は帝国との国境紛争においても酷く弱腰であったことは、既に王国秘密情報部が把握している。最初は帝国の要求に屈しそうになり、その後の交渉においてもアーバーダーンが陥落するまでは、戦闘を不幸な衝突と称するなど弱腰だった。
しかし、共和国はビアフラ連邦への全面攻撃に踏み切った。弱腰だと思われていた共和国はレナーテという大財閥の総帥の圧力と、クラウスとノーマンが形成した敵意ある世論に動かされ、全面戦争に踏み切ったのだ。
「まあ、今更どうこう言ってもしょうがない。我々は対処せねばならん。攻め込んでくる共和国植民地軍に対処しなければ。我々の隷下にある全戦力を使って、相手を蹴り上げ、このビアフラから叩き出さなければならない」
そう告げて、中将はそう告げて地図を見下ろす。
地図上には後方に予備戦力として展開している3個師団の位置が記されている。既に国境で撃破された1個師団は蒸発し、その配置は記されていない。
「共和国植民地軍の狙いはどうなっている?」
「海岸沿いを進む可能性があるかと。我々の海上輸送ルートを遮断するように敵が動けば、我々は海上補給を受けられなくなります。そうなれば、今後の防衛計画に影響が生じるでしょう。そのことは相手も承知のはずです」
王国は海上において敵に勝っている。保有している船の数も多い。そうなれば、自然と王国はその補給線を海上に求め、彼らは自然と港湾都市の価値を大きく解釈する。王国は自分たちの感覚を、共和国も持っているものだと考えていた。
「確かに海岸を取られるのは不味いな。我々には港湾都市が必要だ。これからの防衛戦闘のためにも」
中将も参謀の言葉に頷いて返す。
「ならば、我々は海岸線に重点を置こう。敵がどれほどの規模か不明なのが気がかりだが、我々に残されている2個師団を海岸沿いを経由してウィントフックに繋がる経路に、1個師団と第10植民地師団の残余勢力をマリエンタールからウィントフックに繋がる経路に」
中将はその防衛の重点を海岸沿いに置くことを決定した。それに対する共和国植民地軍の主力は、内陸部を進む経路だというのだが。
「司令部もウィントフックに移動させるぞ。海岸沿いの都市もそうだが、ウィントフックも同様に防衛しなければならない。司令部も安全な場所に設置しておくべきだろう」
「了解。直ちに移動の準備に入ります」
中将が命じ、参謀と指揮官たちが動き出す。
司令部の設置されていた建物が揺さぶられたのは、海岸地帯への防衛重視と司令部の移動が指示が下された直後だった。
耳を劈く轟音が響き、建物が揺さぶられてガラガラと不安定な建材が崩れ、埃が舞い上がる。司令部にいた人々は思わず蹲り、何が起きたのかと周囲を見渡す。
「何事だ!?」
「攻撃です! 魔装騎士の攻撃を受けています! 共和国植民地軍です!」
中将が慌てて告げるのに、兵士が慌てて駆けこんできてそう告げた。
「まさか。いつの間に……」
「前線が突破されたというのか。第10植民地師団は壊滅したそうだが、それでも他の師団は既に防衛態勢に入っているはずだ」
中将と参謀たちはありえない事態にうろたえる。
前線からマリエンタールまでは100キロメートル近い距離がある。そして、その付近には既に3個師団の師団が配備されている。それを潜り抜けて、マリエンタールの、この司令部に到達するなどありえないはずだ。あってはならないはずだ。
「こちらの防衛部隊はどうなっている? 司令部には1個歩兵中隊と1個魔装騎士中隊が防衛のために配置されていたはずだぞ」
「撃破されたようです! 防衛部隊は全滅です!」
中将が告げるのに、兵士は顔を青褪めさせてそう告げた。
「畜生。ふざけたことばかりが起きる。共和国の連中が全面戦争を仕掛けてくることも、ここまでこうも早く戦線を突破されることも。どうして、こうも我々に不利なことばかりが起きる。呪われているのか」
「中将閣下。移動しなければ。ここにいては危険です」
兵士の言葉に中将が呪いの言葉を吐き、参謀が冷たい汗を流しながらそう告げる。
「理解している。直ちに移動するぞ。だが、万が一の場合に備えて指揮をアイアンサイド中将に委任する旨を伝えておけ。無事にここから脱出できるとは限らん」
フウと溜息を吐いて、中将はそう告げた。
「では、我らが王国と国王陛下に神の加護があらんことを」
中将は最後にそう告げ、この襲撃を受けている司令部からの脱出を始めた。
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中将が司令部の移動を決定する幾分か前。
『前方に魔装騎士ッス。エリス型が18体。防衛部隊にしてはしょぼいッスね』
エーテル通信にヘルマの暢気な声が響く。
「まあ、そんなものだろう。敵もここまで早く俺たちが来るとは思っていなかったはずだ。こっちは全身の人工筋肉が引き千切れるほどの勢いで、ここまで駆け抜けてきたんだからな」
ヘルマのエーテル通信に応じるのはクラウスだ。
クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団はマリエンタールに到達し、王国植民地軍ビラフラ軍団が司令部を設置している建物を射程に収めていた。
『そうね。ここまで早く到達できるとは私も思わなかった。今回は随分と早く進めたみたい。これもヒッペル中佐のおかげ?』
「それと俺たちの練度が上がったということだ」
エーテル通信にローゼの姿が映り、クラウスがそう返した。
クラウスたちはホレスの第800教導中隊と連携して、敵地後方に回り込んだ。第800教導中隊が進軍経路を確保し、クラウスたちは敵の防衛線の隙間を潜り抜け、見事に敵の後方に達した。司令部のあるその場所まで。
「司令部のある場所はナディヤが完璧に嗅ぎつけた。後はあそこを蜂の巣にしてやり、司令部を叩き潰すだけだ」
クラウスはそう告げて、マリエンタールの街に足を踏み入れた。
敵の魔装騎士はクラウスたちの姿を把握するや、6ポンド突撃砲での砲撃を始めた。だが、その場から動くことはしない。司令部付近には魔装騎士のための被弾面積を減らす陣地が設営されており、それを盾にして戦闘を行った方が有利だと判断したようだ。
「全機、警戒しろ。敵の6ポンド突撃砲は新型徹甲弾に換装されているはずだ。ニーズヘッグ型でも当たり所が悪ければ、やられるぞ。死にたくなかったら迅速に動け。そして、確実に敵を始末しろ」
『応っ!』
クラウスはニーズヘッグ型の筋肉を軋ませて砲弾を浴びせかけてくる王国植民地軍のエリス型魔装騎士に向けて飛翔し、部下たちがそれに続く。
『私はそちらの援護。いつも通りに。それでいい?』
「ああ。頼むぞ、ローゼ」
ローゼの装甲猟兵中隊は遠距離から陰に隠れて砲撃を行う王国植民地軍のエリス型魔装騎士を砲撃する。70口径75ミリの突撃砲の有効射程は、クラウスたちの装備している48口径75ミリ砲よりも長い。
そして、なによりローゼたちの装甲猟兵の腕前は並外れている。
王国植民地軍は僅かに人工感覚器の位置する頭部と砲だけを出していたにもかかわらず、ローゼたちはその頭部を貫いて人工感覚器を叩き潰し、あろうことか敵の突撃砲に砲弾を叩き込み、敵の魔装騎士の砲が爆ぜる。
「流石だな。植民地軍最高の装甲猟兵だ」
クラウスはそう呟くと飛翔した勢いをそのままに敵の魔装騎士との距離を一気に詰める。
そして、衝突。
ローゼの装甲猟兵中隊の魔弾のような砲撃を生き延びたエリス型魔装騎士は大慌てで近距離に迫ったクラウスたちに応じようとするが、もう遅い。
クラウスは対装甲刀剣を引き抜き、ガンッと音を立てて地面と蹴ると、敵に向けて飛びかかった。
クラウスの構える対装甲刀剣は飛び上がったニーズヘッグ型魔装騎士の重量をそのまま上に乗せ、エリス型魔装騎士の装甲が薄いハッチに突き刺さり、エリス型魔装騎士の操縦士も同時に貫いた。
第3世代であるニーズヘッグ型魔装騎士の重量は、第2世代であるスレイプニル型の2倍。その重量を利用するならば、敵の装甲を貫くのはより容易になる。人工筋肉に悲鳴を上げさせることになるが、確実な手段だ。
『うわっ! 兄貴、すげーッスね、それ! ジャンプして、敵を突き刺すなんて!』
クラウスの荒業を見ていたヘルマが驚きの声を上げて、クラウスを見る。
「ヘルマ。よそ見してないで仕事をしろ。俺の援護だ。このまま敵が大勢を整える前に突っ込むぞ。下手に時間をかけると司令部の連中に逃げられる」
『了解ッス、兄貴! あたしが全力で援護するッスよ!』
クラウスが血を帯びた対装甲刀剣を引き抜きながら、混乱する王国植民地軍の魔装騎士に砲弾を叩き込むのに、ヘルマが陣地の向こうに躍り出た。
『じゃんじゃん行くッスよー!』
ヘルマは対装甲ラムをチャージすると、自分に向けて突撃砲を向けようとしていたエリス型魔装騎士の操縦席にタングステンの杭を叩き込んだ。
操縦席をやられて撃破されたエリス型魔装騎士が膝を突いて倒れるのをヘルマは頭を掴んで持ち上げ、そのまま別の魔装騎士に放り投げた。
魔装騎士の重量は第2世代でもそれなり以上のものがあるものだ。それが投げつけられれば、酷い衝撃を受けることとなる。撃破された魔装騎士をぶつけられた王国植民地軍の魔装騎士はよろめきながら地面に倒れ、ヘルマが倒れた魔装騎士の秘封機関に向けて砲弾を叩き込む。
「よくやった、ヘルマ。たったの18体だ。呆気なく片付けたようだぞ」
クラウスが別の魔装騎士に対装甲ラムを突き立てている傍では、ヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちが王国殖民地軍を制圧していた。魔装騎士は全滅し、歩兵中隊は対装甲砲もろとも壊滅している。
「全機。どこかに高出力のエーテル通信機が設置されているはずだ。そいつを発見して叩き潰せ。通信を封じないと面倒なことになる。司令部が襲撃されたと知らせられれば、俺たちを追って、少なくない規模の敵が来るからな」
クラウスはそう告げ、油断なく司令部の設置された建物を見張る。
『クラウス。見つけた。こちらで潰すから』
と、数分後にローゼのぶっきらぼうな声が響き、同時に司令部の外にあった小屋が吹き飛んだ。小屋の中から機械部品や、エーテル通信用のアンテナが飛び散り、それがクラウスの言っていた長距離通信用のエーテル通信機だと分かった。
「よろしい。これでほぼ制圧完了だ。王国植民地軍ビアフラ軍団の司令部の連中が逃げる前に捕まえるぞ。ここで逃がしたら何の意味もない」
クラウスは満足そうにそう告げると、部下たちに司令部を包囲させた。
「ナディヤ。施設の中を探ってくれるか? 連中を捕まえたい。このまま司令部ごと瓦礫の山にして、それを墓標にしてやってもいいんだが、ちょっとばかり連中に聞きたいことがある。俺も同行するが、できるか?」
『任せてくれ。引き受けよう』
魔装騎士は司令部の設置されている建物には入れない。入れるのは、ヴェアヴォルフ戦闘団で唯一の歩兵部隊であるナディヤの偵察分隊だけだ。ホレスの第800教導中隊は今頃は別の破壊工作に従事している。
「頼りになるな、お前は。今行くから待っていてくれ」
クラウスはそう告げると、改めて周囲を見渡して脅威になるものがないことを確認し、魔装騎士を駐機状態にして、車内に自衛用としておいてあるカービンモデルのMK1870小銃を手にすると降車した。
「クラウス。司令部の誰を捕まえたいんだ?」
クラウスが魔装騎士を降りると、ナディヤがジープでやってきてそう尋ねた。
「できれば司令官。そうでなければ参謀の誰かを捕まえたい。ノーマンが気になることを言っていてな。それを確認しておきたいんだ」
クラウスはこの全面攻撃が始まった当初にも、ローゼに市民協力局のノーマンから気になる情報が入っていると告げていた。それが何かを彼は告げていないが、クラウスがわざわざ自分でナディヤの偵察活動に参加するだけあって、それはそれなり以上の脅威であるように思われた。
「了解した。階級の高いものはなるべく殺さないようにする。だが、抵抗された場合はそうもいかないので、そこは理解してくれ」
「ああ。理解している。武器を持って俺たちを殺そうとする連中は殺していい」
ナディヤが告げるのに、クラウスは頷き、彼はカービンモデルのMK1870小銃に銃弾を装填した。ボルトアクション式小銃であるMK1870小銃は、カチャンと音を立てると、初弾をチャンバーに送り込んだ。
「さあ、仕事にかかるぞ」
そして、クラウスたちは司令部が設置されている建物に足を踏み入れる。
建物は実に簡素な2階建てのコンクリート構造で、普段から軍の関係施設として利用されていたらしいものだった。飾り気というのは最低限で、実用面を重視している。
クラウスたちはそんな建物を、ナディヤの偵察分隊の中でもベテランの兵士が先導するのに従って進んだ。友軍を目的地に導き、敵と最初に接触する先頭というのはベテランの兵士でなければ難しいポジションであり、ナディヤはそれを信頼できる部下に任せ、自分はその後ろから先頭の兵士を援護して前進する。
「前方に敵の歩哨2名。混乱しているようだが、銃は持っています」
「この距離ではナイフで始末するわけにもいかないな。発砲を許可する」
と、先頭を進む兵士が部屋のひとつの前で、2名のサウスゲート式小銃で武装した兵士が歩哨に立っているのを発見した。彼らは突然の襲撃に慌てているようで、顔を見合わせてなにやら必死に話し合っている。
「3カウントで同時に始末するぞ」
ナディヤはそう告げて、先頭の兵士とともにMK1870小銃の銃口を敵の歩兵に向ける。
「だから、分かってるだろ! 敵の攻撃を受けてるんだよ! 共和国がもうここまで来たんだ! どうするんだよ!?」
「どうするも、クソも俺たちは自分の任務を果たさなきゃならんだろ。俺たちの任務はここで、怪しい連中が司令部に入らないか見張っておくことだ。それ以外のことを考えたってしょうがないぜ」
歩哨の兵士たち2名はナディヤたちに気づく気配もなく、彼らは今直面している事態への談義を重ねている。
「共和国の連中が来ているのにそれでいいのか? 連中は捕虜を取らずに皆殺しにするって話だぜ。王国も、帝国も、共和国に逆らった連中は皆殺しにするんだ。それでも、ここに残るっていうのか? 殺されるかもしれないのに?」
「もう無駄口はよせ。共和国の連中だって捕虜は取る。そうでなければ自分たちが捕虜になれないんだからな。まあ、幸運にして捕虜になったとしても植民地刑務所にぶち込まれるんだろうけどな」
ひとりの兵士はここから逃げたがっているようだが、もうひとりの兵士は任務を全うするべきだとしてそれを切り捨てている。
「クソッタレ。俺たちは逃げ出すべきだ。こんな場所には──」
歩哨のひとりが何事かを発しようとしたとき、その頭が爆ぜた。
「なっ……──」
もうひとりの兵士もその様子の驚いた表情を浮かべたまま、額に穴を穿たれ、後頭部から7.92x57ミリ弾が兵士の脳漿を帯びて抜け出て、そのままビクビクと痙攣すると悲鳴を上げることもなく、地面に崩れ落ち、死亡した。
「片付いた。銃声で敵に気づかれたとは思うが」
「外があの騒ぎだ。そこまで気にすることはない」
歩哨の兵士1名を撃ち抜いたナディヤが告げるのに、クラウスはそう告げてナディヤの肩を叩いた。確かに外は魔装騎士が残敵を掃討する機関砲の銃声と足音が響いでおり、銃声の2、3発は気にならないほどの騒ぎだ。
「歩哨がわざわざあそこにいたということはあそこが司令部だとみて間違いない。突入するぞ。事前に行ったが、階級の高い連中はなるべきく生かしておけ。武器を持って、俺たちを殺しに来ない限りは、な」
クラウスはそう告げると、周囲を素早く確認し、手早く前進した。
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