共同作戦に向けて
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──共同作戦に向けて
「ホレス・フォン・ヒッペル植民地軍中佐だ。あの有名なクラウス・キンスキー中佐と肩を並べて戦えるのは光栄だ。よろしくお願いするよ」
あの会議が終わってからホレスとクラウスは別室に移動し、迫りくるビアフラ連邦への全面攻撃に備えての作戦会議を始めていた。
「こちらこそよろしくお願いします、ヒッペル中佐。そちらの活躍はお聞きしています。なんでも僅かに1個分隊の隊員で、かなりの戦果を上げたと聞いていますよ。従来の戦術とは大いに異なる方法を使ったとか」
クラウスは握手を求めるホレスの手を握ってそう返した。
これまでクラウスたちは好き勝手に戦場で戦ってきたが、今回はファルケンハイン元帥の命令もあって、ホレスの率いる第800教導中隊との合同作戦を行うことになった。
とはいっても、これはクラウスにとって悪い知らせではない。ホレスの部隊は情報が確かならば、有能な部隊であり、同時に戦場を縦横無尽に機動するクラウスの戦術に適応できる部隊だ。いて損はない。
「いやいや。君に比べれば大したことはしてないよ。誰にでも思いつくことをやってみたら、運よく上手くいったというところだ。これからは確実に上手くいくように訓練を徹底しているが、どこまで成功するやらね」
ホレスはそこまで自信家ではないようで、クラウスの言葉に苦笑いを浮かべた。
ホレスの最初の作戦はその場にいた部下たちに、王国植民地軍の軍服を着せ、王国植民地軍の物資集積所を奇襲したものだった。あの時は部下たちはただの兵士で訓練を受けてはいなかったし、作戦は一つ間違っていれば失敗していた。ホレスが臨機応変に機転を利かせていなければ。
今、ホレスが編成した第800教導中隊ではそのようなことがないように、徹底した訓練が施されている。隊員たちはジャングルでの戦闘に慣れたもの、王国語や帝国語が話せるもの、近接格闘戦闘を得意とするもの、そういったものたちが集められ、怠惰な植民地軍にはあるまじき訓練が施されていた。本国軍に匹敵するような訓練だと言っていい。
「それにしても君のような若さで中佐とは羨ましいな。俺なんてようやくこの歳で中佐になったところだ。植民地軍でも落ちこぼれだったからね」
ホレスの年齢は30代前半といったところ。それに対してクラウスはも20歳になったばかりというところだ。植民地軍の昇進規定が緩いものだが、クラウスのような若さで中佐にまでなるのは異例のことだ。クラウスと同年齢のローゼでも大尉なのだから。
「気に障ったら申し訳ありません。いろいろとありまして」
「いや。不快に思ったわけじゃないよ。純粋に凄いと思ってるだけだ。流石はあの有名なヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官だね。俺たちのやり方も君たちの作戦を参考にさせてもらったんだよ」
クラウスが告げるのに、ホレスがそう返した。
「君たちの機動戦は実に見事なものだと思う。敵の戦線後方に回り込み、敵を攪乱しながら打撃を与え、友軍による主攻を補助する。こっちがやってるのは、それの歩兵版というところだね」
ホレスが第800教導中隊とその前身部隊の行動を決めるに当たって参考にしたのは、クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団だ。ヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士の機動力を発揮し、敵の後方を攪乱するやり方を彼らは真似た。
「我々のやり方を?」
「完全に同じじゃないよ。歩兵には魔装騎士の装甲もなければ、不整地での機動力も限定されるから。だから、歩兵にしかできないやり方で、戦うことにしている。地道に地上を、敵に発見されない場所を通過し、敵に紛れて戦う。敵の軍服を着てね」
クラウスが尋ねるのに、ホレスは悪戯を考えた子供のように笑って告げた。
「敵の軍服を着るのは戦時国際法違反では?」
「ちゃんと下に自分たちの軍服を着ておくよ。スパイとして処刑されそうになったら、軍服を脱ぐ。それにバレなければ問題はないってものさ」
敵の軍服を着るのは戦時国際法違反だ。下に自分たちの軍服を着ていたとしても、言い訳にはならないだろう。
「さて、作戦について話し合おう。こっちは魔装騎士と連携して活動することはあまり考えていなかった。どう行動したらいいかな?」
「そうですね。互いの利点を活かして戦いたいと思います。こちらには火力と装甲があり、そちらには隠密性がある。その点を活用しなければ」
今後はホレスが質問するのに、クラウスがそう答える。
「そちらは偵察及び進軍経路の確保を。こちらには工兵はいないので、橋などは確保してもらわなければ十二分に動けないのですよ。その点をそちらで解決していただければ、こちらは火力と装甲で向こうをサポートしましょう」
クラウスたちのヴェアヴォルフ戦闘団の編成は1個魔装騎士大隊、1個装甲猟兵中隊、1個偵察分隊、1個整備中隊、1個補給中隊、1個本部管理中隊からなる。工兵などの進軍経路を確保するための部隊は存在しない。
故にクラウスたちは自然と進軍経路を制限される。橋のある場所、魔装騎士でも渡河可能な浅い水深の場所など。工兵が架橋できないのでは、しょうがないことなのだ。
「なるほど。橋の確保か。任せてほしい。こちらで必要なものは確保しよう」
クラウスの提案にホレスが頷いて返した。
「他に必要なものはあるかな?」
「こちらの襲撃に気づいて撤退しようとする兵士たちの攪乱を。向こうの軍服を着ていて、向こうの言葉が話せるならば可能でしょう」
ホレスが尋ねるのに、クラウスがそう告げる。
「ああ。秩序だった撤退を行わせないわけだね。こちらの規模を偽って指揮官に報告したり、通信機を破壊して通信を行わせなかったり、と。やれるだろう。こちらにはそれだけの能力はあるはずだ」
クラウスが言わんとすることをホレスはすぐに理解した。
クラウスがホレスに頼んでいるのは、クラウスたちの襲撃で撤退する敵が秩序だって撤退し、戦闘力をそのまま保持することを防ぐことだ。
ホレスたちは王国植民地軍の軍服を手に入れ、それを装備している。それを使えば、撤退しようとしている王国植民地軍の指揮官や兵士たちに、迫りくる敵がただの1個大隊の敵ではなく、師団や軍団規模の敵だと思い込ませられるだろう。それから通信機を破壊すれば、他の部隊と連絡を取り、実際の敵の規模を知ることも不可能になる。
そうなれば敵はいいように料理できる。クラウスたちのヴェアヴォルフ戦闘団によってにせよ、前線から迫る共和国植民地軍本隊によってにせよ。軍隊において、損害というものは後退するときに発生するのだから。
その後退の際に混乱を招くことができれば、後退を強いたヴェアヴォルフ戦闘団の戦果は拡張されるというものだ。まさにヴェアヴォルフ戦闘団と第800教導中隊の相乗効果によって、共和国植民地軍は勝利を手に入れるだろう。
──クラウスはこれまでこういうことのできる歩兵部隊が欲しかった。日本情報軍にいたような特殊作戦部隊──第101特別情報大隊のような敵に紛れて行動する高度に訓練された歩兵部隊というものが。
ただ、クラウスは自分の部下たちをほぼ全員魔装騎士の操縦士にしたために、歩兵部隊を手に入れるのは困難になっていた。それにあまり頭数を増やすと、ロートシルトから得られる自分たちの分け前が減ってしまうという問題もあった。
だが、今回の件でその問題は解決に向かいつつある。共和国植民地軍が自分たちで、クラウスが望むような部隊を設立してくれたのだから。
「では、方針はこれぐらいで。後は実戦で試してみましょう。我々のポテンシャルというものを。恐らくは画期的な戦術を生み出すはずですよ」
クラウスはホレスにそう告げ、ニッと笑った。
「そうであると願いたいね。俺も自分の部隊の有用性を証明したい」
ホレスも小さく笑ってそう告げる。
彼らが自分たちの部隊の有用性を証明することになるまで、残り7日。
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