国境での戦い(4)
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王国植民地軍の後方基地は暗闇に包まれた。
誰もが大混乱に陥った。
先にパトロールの魔装騎士が撃破されたということは、何かがあるということを意味していたが、それがこのような結果に繋がるとは誰も思っていなかった。
「何が起きた!?」
「基地の秘封機関が破損したようです! 復旧の目途は立っていません!」
基地の司令官が尋ねるのに、伝令の兵士がそのように告げて返した。
「秘封機関が破損しただと。先に魔装騎士が撃破されたことを考えると……」
基地司令の額に冷たい汗が流れた。
ベヤズ霊山の襲撃でも、先に破壊されたのは魔道灯に繋がった秘封機関であることはこの指揮官も把握している。
それによって、明るい環境に慣れていた兵士たちが、視野を失い、そこを襲撃されて全滅されたという経験は、この王国植民地軍の指揮官である少将も理解していることであった。アナトリア戦争での戦訓は広く知れ渡っているのだから。
「直ちに応戦準備に入れ! 敵は仕掛けてくるぞ! 急いで戦闘準備を整えろ! 出撃可能な魔装騎士は全て出撃し、歩兵部隊も戦える者は銃と対装甲砲を持って、敵の魔装騎士に応戦しろ!」
指揮官は部下たちに対してそのように叫ぶように命令を下した。
「敵の魔装騎士です! 魔装騎士が接近中! 見たこともない新型です!」
指揮官がそんな命令を下した直後に、伝令の兵士が叫んだ。
未確認の魔装騎士。それはヴェアヴォルフ戦闘団のニーズヘッグ型魔装騎士だ。
「畜生。よりによってここを狙うとは。前線の哨戒部隊は何をしてやがった。ここにいるのは負傷者と故障した魔装騎士ばかりだぞ。戦える人間はほんの僅かしか存在しないというのにっ!」
この後方基地にいる兵士たちは、負傷して後送されたものたちがほとんどであり、修理が必要な魔装騎士が大部分だった。指揮官の告げるように戦うことが可能な戦力はほんの僅かにしか存在していない。
クラウスたちはもっと大規模な戦力──1個旅団ほどが存在するものだと思っていたが、蓋を開けてみれば負傷者の中から戦える戦力と、警備のために配置された2個魔装騎士大隊と2個歩兵大隊だけだった。
「魔装騎士部隊は一刻も早く戦闘に突入しろ! 敵の魔装騎士を撃破できるのは対装甲砲か、魔装騎士だけだ! 対装甲砲の配置には時間がかかり過ぎる! 魔装騎士が配備につかなければ、我々は蹂躙されるぞ!」
魔装騎士を撃破可能なのは同じ魔装騎士か、対装甲砲だけだ。そして迅速に移動できる第2世代のエリス型魔装騎士と比較して、対装甲砲の配置には時間がかかる。
「共和国植民地軍は新型砲を配備したそうだが、この暗闇ならば射程は制限されるはずだ。こちらにも勝機はある」
共和国植民地軍は激化する植民地戦争の中において、突撃砲を換装した。通常の魔装騎士は48口径75ミリ突撃砲に、装甲猟兵は70口径75ミリ突撃砲に換装されている。
対する王国植民地軍は6ポンド突撃砲のまま。新型徹甲弾が配備され、敵の魔装騎士の撃破能力は向上しているものの、やはり敵の突撃砲に比べると射程や威力において問題が生じることは確かだ。
だが、この暗闇。
この暗闇は魔装騎士の視界を制限するだろう。相手がいくら長射程の兵器を保持していても、それは意味がないものになるはずだ。
「ここを潰されると、前線で戦っている兵士が打撃を受ける。何としてもここを守り切らなければならない」
王国植民地軍の指揮官はそう告げ、彼のやるべきことを始めた。
すなわち、この基地を防衛するための指揮を。
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「ヴェアヴォルフ・ワンより全機。戦闘準備はできているな?」
ナディヤとの基地での破壊活動を終えて、ヴェアヴォルフ戦闘団の潜んでいる場所までやってきたクラウスがエーテル通信機を通じて、ヴェアヴォルフ戦闘団の全ての隊員に確認を取った。
クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団は、深夜に事前に偵察しておいて確認した敵が構築した防衛陣地を迂回し、ビアフラ連邦に侵入した。王国植民地軍の兵士たちはいまいちこの戦争で士気が上がらず、戦争に辟易していたためにそれは成功した。
『準備はできてる。いつでもいける』
『こっちも準備万端ッスよ! 王国の連中を蹴散らしてやるっす!』
対するヴェアヴォルフ戦闘団の士気は高い。
彼らはクラウスを全面的に信頼しており、ついでに彼らがこの戦争で勝利すれば更なる儲けがあることから、王国植民地軍よりも遥かに士気が高かった。
「結構だ。なら、始めるぞ。王国の連中を叩き潰して、連中をちょっとばかり怒らせてやることにしようじゃないか」
クラウスはそう告げてニイッと笑うと、先頭に立って魔装騎士を前進させた。
陣形は楔形。正面、両側面に火力投射が可能な、突撃用の陣形だ。ナディヤの偵察分隊もクラウスたちに続き、ローゼの装甲猟兵中隊もクラウスたちのすぐ背後から前進を行っている。
『クラウス。前方に魔装騎士。大隊規模で展開している。距離は1200メートル』
「了解した。援護してくれ。こちらでも可能な限り排除する」
ローゼがぶっきらぼうに告げるのにクラウスがそう告げて返した。
『ローゼ姉は兄貴のことが嫌いなんッスか? いつも、こうぶっきらぼうに兄貴と会話しているように思えるッスけど』
ヘルマがエーテル通信を通じて、そんなことを告げる。
『別に嫌いじゃないわよ、ヘルマさん。ただ私はこういう性格なの。不愛想で、貧乏性で、可愛げがないっていうね』
そんなヘルマにローゼがそう告げて返した。
「ふたりとも、エーテル通信で無駄話をするな。一応は軍用通信機だぞ。手軽に遊べる携帯じゃないんだ」
クラウスは話に興じているふたりにそう注意する。
『了解。静かに仕事をする』
ローゼはそう告げると、次の瞬間には王国植民地軍のエリス型魔装騎士が派手に爆発して、吹き飛んだ。ローゼの砲撃だ。クラウスたちの背後から付いてきているローゼの装甲猟兵中隊が一時停止し、敵の魔装騎士に砲弾を浴びせた。
「結構。共和国植民地軍最高の装甲猟兵なだけはある。俺たちも仕事をするか」
クラウスは満足そうに前方で吹き飛ばされていく王国植民地軍のエリス型魔装騎士を眺めると、自分の手に装着された突撃砲の砲口を、前方に集結し始めているエリス型魔装騎士に向けた。
王国植民地軍はこの暗闇の中ならば、共和国植民地軍の目は利かず、自分たちの装備する6ポンド突撃砲でも十二分に対処可能であると踏んだ。だから、虎の子の魔装騎士部隊を2個大隊全て出撃させ、攻め入ってきたクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団との戦いに臨んだのだった。
だが、それは間違った選択であった。
王国植民地軍の兵士たちは長い間、魔道灯で照らし出された明るい環境にいた。そんな環境に慣れ切っていた。そこをクラウスたちが秘封機関を爆破し、真っ暗な環境に叩き込んだ。
明るい環境からいきなり暗い環境に放り込まれた王国植民地軍の兵士たちは、また暗闇に慣れていない。人間というのは明るい環境から暗闇に放り込まれると、より一層暗闇を感じてしまうのだ。
対するヴェアヴォルフ戦闘団はジッと暗闇の中に待機しており、暗闇というものに慣れ切っていた。彼らは夜の暗闇の中でも、王国植民地軍のエリス型魔装騎士の姿を確実に捉えることが可能であった。だから、ローゼは相当離れた距離からでも敵の魔装騎士に砲弾を当てられるのだ。
これはクラウスがアナトリア戦争でも使った手である。
「全機。前方に展開中の魔装騎士を狙え。なるべくならば操縦席をな。そこを叩くにが一番いい。実に効率的だ」
クラウスはそう告げながら、己の48口径75ミリ突撃砲前方のエリス型魔装騎士に砲弾を叩き込んだ。
炸裂。砲弾は装甲の重視されていない第2世代であるエリス型魔装騎士の操縦席を完全に貫き、同時に秘封機関を破損させると、秘封機関のエーテリウムが暴走を起こして爆発し、上半身と下半身が切り分けられた。
動きながら。この暗闇で敵に砲弾を一撃で、それも的確に操縦席を狙って当てることができるのは、流石部下たちに猛訓練を課しているクラウスと言ったところだろうか。
『あたしも行くッスよー!』
続いてヘルマたちが敵に砲弾を叩き込む。
ヘルマの砲弾は見事に敵に着弾したが、他の隊員の砲撃はそうでもなく、何発かは僅かに敵の魔装騎士を逸れ、魔装騎士の後方にある基地に突っ込み、そのまま基地の兵舎などを叩き潰した。
「流石にこの暗闇で全員が砲弾を当てるのは無理か。暗視装置が欲しいところだが、その点がどうなっているのか一度アリアネに聞いておく必要があるな。手に入れば、夜間の戦闘が有利になる。夜間の戦闘は寡兵で戦うのにうってつけの戦闘だから、可能な限り有利にしておきたいところだだな」
クラウスはそんなことを呟きながら、ゆるやかに前進しつつ、敵の魔装騎士に砲弾を叩き込み続ける。
だが、クラウスたちが一方的に殴れる時間もそう長くはない。
王国植民地軍の魔装騎士の操縦士たちも夜の暗闇に慣れ始め、緩やかに前進しているクラウスたちに向けて6ポンド突撃砲で砲撃を加えてきた。
高らかと砲声が響き渡り、クラウスたちの傍に砲弾が着弾したり、何体かの魔装騎士に砲弾が命中するなどした。
だが、手ごたえはない。ヴェアヴォルフ戦闘団側の魔装騎士が秘封機関の暴走を起こして爆発する様子もなければ、砲弾が誘爆して吹き飛ぶ様子もない。ヴェアヴォルフ戦闘団がいる側は依然として暗闇に包まれたままだ。
「怯むな。砲撃を継続しろ。相手をこのまま叩き潰せ。行動不能になった奴は後で拾ってやるからそこでジッとしていろよ。下手に動くと友軍と敵の砲撃戦に巻き込まれて戦死することになるぞ」
クラウスが部下の何体かが脚部や腕部に王国が開発した6ポンド突撃砲用の新型徹甲弾を浴びて行動不能になり、脱出しようとするのを見てそう告げた。
確かに、今のこの場所はヴェアヴォルフ戦闘団と王国植民地軍が激しい砲撃戦を繰り広げている。下手に外に出ることは死を意味するだろう。この場合はクラウスが告げるように、魔装騎士の中でジッとしている方が望ましい。
『了解。こちらも可能な限り援護します』
行動不能になったクラウスの部下たちはまだ動く腕を動かし、突撃砲の砲口を王国植民地軍の魔装騎士に向け、そのまま砲弾を叩き込んだ。砲弾を受けた王国植民地軍の魔装騎士が吹き飛び、操縦士も砲弾を受けて死亡した。動いている状態では当てることの難しい部下たちも、停止した状態からならば満足に砲弾を叩き込むことができた。
「上出来だ。兵士の鑑だな。流石は俺の部下なだけはある」
そんな会話を続けている間にも、ヴェアヴォルフ戦闘団はかなりの数の王国植民地軍の魔装騎士を撃破した。ローゼが10体以上、クラウスとヘルマも10体以上と、まさに一方的な虐殺に近いキルレシオとなっている。
『畜生! 連中は化け物だ! 何だってこの暗闇で砲弾が当てられる! どうして砲弾が命中したのに行動できている! 連中は不死身の怪物だぞ! 俺たちは皆殺しにされちまう!』
エーテル通信に混乱した王国植民地軍の兵士の通信が混じり、一部の王国植民地軍の魔装騎士が勝手に撤退を始めた。敵が崩れ始めたのだ。
「よろしい。全機、近接格闘戦用意。連中を追撃し、殲滅するぞ」
『待ってましたッス! ここで連中を血祭りにあげてやるッスよ!』
クラウスは敵が崩れたことを確認すると素早く命令を下し、ヘルマたちがそれに応じ、対装甲刀剣を引き抜き、近接格闘戦の準備を開始した。
「ローゼ。お前は現在地から逃げようとする魔装騎士を叩き潰せ。いつも通りだ。一機も逃がすな。ここで一機でも逃すと、後になって面倒なことになる。一機でも多くの魔装騎士を撃破して、これからの戦闘を“ある程度”優位にしておかなければな」
『了解。装甲猟兵中隊はそちらを適時援護しながら、戦場から離脱しようとする王国植民地軍の魔装騎士を撃破する。全く、嫌な任務ね。逃げようとする敵の背中を撃つだなんて』
続けてクラウスがローゼに命じるのに、ローゼが小さく肩を竦めて返した。
「何を言っている。戦争じゃ、逃げる敵を追撃するときがもっとも相手に損耗を強いれるんだよ。逃げる敵はパニックで規律が乱れ、その砲火をこちらに向けることを制限され、指揮をするのが困難になるんだからな」
戦場でもっとも損害を出すのは、敵と正面で向かい合って戦っているときではなく、撤退しようとするところを追撃される時だ。その時には、クラウスが告げたような理由で、軍は多大な損害を出してしまう。だから、上手く撤退ができる将軍は名将だと言われるのだ。
そして、残念なことに今の王国植民地軍を指揮している指揮官は名将ではなかった。王国植民地軍の魔装騎士部隊の動きはバラバラとなり、勝手に敵に背を向けた魔装騎士がローゼによって撃破される。
まさに敗者の行進であった。
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