ユールの日(4)
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「ユールの日を前に街はお祭り騒ぎですな」
アスカニアの官庁街が位置する中央地区は陸軍省。
新ゴシック調の荘厳な建物の6階のフロアには、ある部署が設置されている。
共和国陸軍参謀本部諜報局。
共和国陸軍参謀本部を補佐する情報部門であり、共和国の主要な情報機関に位置づけられる機関だ。その規模は王国秘密情報部ほどではないが、共和国植民地市民協力局を上回り、その任務は多岐に渡る。敵性的な国家へのヒューミントや、大陸を飛び交うエーテル通信を傍受するシギントなど。
そんな共和国の重要な情報機関のそのトップである諜報局局長のオフィスにふたりの人物がいた。
ひとりは共和国陸軍の青色の軍服を纏っており、軍服は金モールの飾緒で飾られ、肩には共和国陸軍少将の階級章を付けている。
そして、もうひとりはフィールドグレーの植民地軍の軍服を纏い、軍服には同じように飾緒で飾られ、階級章は共和国植民地軍大佐の地位を示している。
こちらの人物は既に知っている。共和国植民地軍参謀長のヘンゼル・ヘルツォーク大佐だ。植民地軍において有能な参謀として知られている人物である。そして、同時にクラウスを忌み嫌っている人物だ。
「ユールの日、か。つい先週まで世界大戦の危機だったというのに暢気なものだ」
そう告げるのは共和国陸軍少将の男で、名はオトマール・オスター。
オトマールは共和国本国軍の秀才で、若くして少将にまで昇進し、共和国陸軍参謀本部諜報局のトップに立った。これだけ若くして諜報局のトップになるのは珍しいことだ。
そして、そのオトマールの生まれは元はトランスファール共和国だ。彼は植民地で若いころを過ごし、本国の士官学校に入学した。
彼がヘンゼルと出会ったのはトランスファール共和国で学校に通っていたときだ。彼らは出会ってほどなくして友人となり、それからも共和国本国軍と共和国植民地軍の間で交流を続けていた。
だから、こうやってオトマールのオフィスにヘンゼルが招かれている。
「全く。本国の人間には危機意識がない。世界大戦は他人事だと思っている節がある。もし、勃発しても数週間で終結するという具合に」
オトマールの言葉にヘンゼルが頷いて告げた。
「嘆かわしいことだな。本国の人間が危機意識を持っていないというのは。戦争が勃発すれば、彼らも戦場に送られることとなるというのに」
そして、オトマールは首を横に振った。
「それで、世界大戦を起こそうとした男が植民地軍にいるのだったな」
「ええ。既に有名になっている。名前はクラウス・キンスキー」
オトマールが窓から振り返って告げるのに、ヘンゼルが返した。
「彼については新聞で読んだ。アナトリア戦争で停戦協定を破り、ミスライムで独断専行で大運河を強襲し、ジャザーイルで帝国の戦艦を撃沈した男だと。こんな人間が野放しになっているのは驚くべきことだな」
小さく溜息を吐いて、オトマールはクラウスについて語る。
共和国の新聞社はどれもクラウスに好意的な記事を載せていたが、オトマールはそうは感じなかった。オトマールにとってクラウスは、植民地軍で冒険的な行為を勝手にやらかし、その度に世界大戦の危機を招いている男だ。
「こちらでもその行動に制約を課そうとはした。だが、相手は植民地軍司令官直轄という指揮系統を持ち、背後にはロートシルト財閥がいる節がある。大統領がヴェアヴォルフ戦闘団の行動を制限しようとしたが、それが簡単に破られているところからみてロートシルト財閥の関与は明白だろう」
「ロートシルトか。随分な大物を引き出したものだな。どのような魔術を使ったのやら」
ヘンゼルがやるせない様子で語るのに、オトマールが顎を摩った。
「実に単純だ。ヴェアヴォルフ戦闘団とロートシルト財閥は癒着している。ヴェアヴォルフ戦闘団はアナトリアにおいてSRAGのためにエーテリウム鉱山を確保しており。ミスライム危機では戦争の直前になってSRAGがクシュの開発権を買っていた。間違いなく両者は手を組んでいる」
「植民地軍を私兵化しているわけだな。それならば軍法会議にでも引き摺り出せるのではないか。明らかな軍規違反だ。軍法会議にかけて、植民地軍から蹴り出してやればいい」
ヘンゼルはヴェアヴォルフ戦闘団の真の目的を掴んでいた。彼らがメディアで報じられているように共和国の将来を守るために戦っているのではなく。ロートシルト財閥と繋がって、自分たちが儲けるために戦っているのだと。
それを聞いたオトマールはクラウスを軍法会議にかけることを提案する。植民地軍の私兵化はそれだけで犯罪であり、彼を植民地軍から追放するには十分な容疑だった。
「そこまで単純ではないよ。奴らは狡猾にも証拠を残していないし、仮に残っていたとしてもロートシルト財閥の弁護士が合法化している。現状、奴らを法廷に引き摺り出して、植民地軍から追放するのは不可能だ」
ヘンゼルはそう告げると力なく煙草を吹かした。
「厄介な相手だな、キンスキーという男は。頭の回り、戦争に長け、それでいて犯罪者というのは。このまま放置していてはまた世界大戦の危機が招かれかねない。ミスライム危機とこの間の帝国の間の植民地戦争では本当にあと一歩で世界大戦が勃発するところだった」
諜報局のトップであるオトマールは列強諸国の軍事的な動きについて、常に最新の情報を把握している。
それによればミスライム危機においては王国海軍地中海艦隊が動員されて、共和国海軍地中海艦隊と睨む合うのと同時に、王国海軍本国艦隊が動いていた。本国艦隊が動くならば、共和国は自分たちの大洋艦隊を動員せざるを得ず、互いの巨大な艦隊同士が火花を散らし、一歩間違っただけで世界大戦となっていた。
ジャザーイル事件を発端とする帝国との一連の植民地戦争でもそうだ。帝国はメディアにおいてアーバーダーンが包囲されると、帝国本国軍の動員準備を開始してた。彼らは世界大戦に打って出ても、アーバーダーンを奪還しようと考えていたのだ。幸い、戦争は円滑に終結し、世界大戦は勃発しなかったが、これも一歩間違っていれば世界大戦であった。
「植民地軍ではこの男を完全には抑えられないのか?」
「植民地軍では無理だ。情けないことだが。そして、恐らくは本国政府にも無理だろう。奴らの背後にロートシルト財閥がいる以上は、本国政府もおいそれと手出しはできないはずだ」
オトマールが尋ねるのに、ヘンゼルが首を横に振って返した。
「事実上の野放し、か。世界大戦の火種を平気で作る男が独立した部隊を持ち、身勝手に行動するのが容認されている。問題だな。君が悩むのも理解できるというものだ、ヘンゼル」
今回ヘンゼルはオトマールにクラウスと彼のヴェアヴォルフ戦闘団についてどうにかならないかとの相談を行っていた。本国軍の諜報局を指揮するオトマールならば、何かいい案を持っているのではないかと考えて。
だが、オトマールにもヴェアヴォルフ戦闘団を解散させることができるようないいアイディアは思い浮かばなかった。
「どうにもならないか。オトマール。奴らの尻尾を掴み、日の光の下に引き摺り出し、忌々しいヴェアヴォルフ戦闘団を解散させられるような手段はないのか」
「こちらで調査は行う。ヴェアヴォルフ戦闘団の資金の流れを追い、行動を精査し、本当にロートシルト財閥と繋がっているという証拠が掴めれば、後は君の望むようにことが進むだろう」
ヘンゼルが縋るように尋ねるのに、オトマールはそう告げて返した。
「それで、そのキンスキーだが、ロイター提督と接触したぞ。今日、ロイター提督が主催する晩餐会に参加している。招待客のリストの中にはレナーテ・フォン・ロートシルトの名前もあった」
「ラードルフ・ロイター提督か。彼もキンスキーに負けないほどの問題がある人物だと聞いているが」
オトマールがどこから入手したクラウスがラードルフの晩餐会に招待され、出席するという情報を告げるのに、ヘンゼルは眉を歪めた。
「政治的な意味ではキンスキー以上の問題だ。彼は今の共和国政府のみならず、今の共和国の憲法を初めとする国家体制に不満を持っている。もっと、軍事的な国家を目指すべきだとしてな。右派も右派の過激分子だ」
オトマールは僅かに溜息を吐いてそのように語った。
「諜報局でマークしているのか?」
「ああ。彼がクーデターなどを引き起こさないようにな。彼自身は海軍大将であるが、彼のシンパは陸軍にも少なくなく存在している。そういう連中が扇動されて、反乱を起こすのは悪夢としかいいようがない。共和国が30年前から築いてきた民主主義の終焉を意味する」
ヘンゼルが尋ねるのに、オトマールがそう告げて返した。
「そして、そんな危険人物と植民地軍において世界大戦の火種を作っている男が接触したというわけだ。どのような結果になる?」
「最悪の場合はやはりクーデターだ。ロイター提督がキンスキーが民衆に人気であることを利用して、彼を表に立たせてクーデターを起こすというシナリオがある。キンスキーの危険性を理解している民衆は少ないので、少なくない可能性で成功するだろう」
ラードルフとクラウスが接触したことで起きる最悪の可能性は、ラードルフがクラウスを代表にしてクーデターを引き起こすという可能性だった。クラウスの民衆の人気は非常に高く、ラードルフが裏方に徹し、クラウスがクーデターを主導するならば、恐らくは成功するだろう。
だが、それは共和国における第二共和革命から30年余り守られてきた民主主義が終わることを意味している。
「まあ、キンスキーとラードルフ、そしてロートシルト財閥。最悪の組み合わせだな。奴らはクーデターを起こさなくとも合法的な手段で政権を得ることができる。キンスキーの人気は馬鹿にならず、ラードルフという軍の後ろ盾と、ロートシルトという財界の後ろ盾があれば」
オトマールは苦々しげな表情でそう告げる。
「奴らが政権を合法にも、非合法にも握るのは最悪だ。今はまだ植民地軍の一部隊で火遊びをしているだけだが、あんな無思慮な人間が共和国の指導するなどということになれば……」
「世界大戦が起きなければ不思議だな」
ヘンゼルがそう告げ、オトマールはそう返す。
「何としても連中が政権の座に着くことを阻止しなければなるまい。諜報局は引き続きクーデターの動きに警戒する。植民地軍でもクーデターに賛同する部隊がでないか警戒しておいてくれ」
「理解した。奴らに共和国は奪わせない」
オトマールが告げ、ヘンゼルが鋭く返す。
「だが、合法的に政権に着く場合には何もできないだろう。軍人が政治に口を出しては、ロイター提督と同類になる。私はそれだけは御免だ」
オトマールのラードルフを語る言葉に僅かな嫌悪が混じる。
「植民地軍ではヴェアヴォルフ戦闘団がこれ以上暴走しないように努力するつもりだ。とは言え。奴らは植民地軍司令官直轄という権限を持っていて、なかなかこちらの力が及ばないのだが」
そう告げてヘンゼルは立ち上がった。
「帰るのか?」
「ああ。トランスファールに戻る。恐らく次の問題が起きるのはトランスファールの周辺だ。アナトリアは既に片付き、クシュは手に入り、メディアの共同開発権を手にした連中は、次にトランスファール周辺のエーテリウム鉱山を狙うだろうからな」
オトマールはヘンゼルはそう告げて、彼のオフィスを出た。
ヘンゼルの予想通りに、次にクラウスが狙っていたのはトランスファール周辺の植民地であった。
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