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ユールの日(3)

……………………


「自分が大統領選に立候補する、と? 些か荒唐無稽な話に聞こえますが」

「そうでもない。君は共和国の将来を切り開いてきた。軍人としての義務を理解し、全うしている。そして、驚くほどに共和国植民地軍の任務に積極的だ。君のような人間が大統領になるならば、共和国の将来は明るいものだと言っていい」


 クラウスが首を横に振って告げるのに、ラードルフがそう告げる。


「キンスキー中佐には民衆の人気もありますわ。メディアは連日キンスキー中佐のことを取り上げていますし、それを読む共和国市民はキンスキー中佐のことを英雄だと感じて、非常に高い好感を持っていますから。世論調査で大統領選挙にキンスキー中佐が出馬するならば7割の人間が支持するというニュースはお読みになったのではないですか?」


 レナーテはラードルフに続いて、クラウスにそのように語った。


 クラウスは共和国の植民地で絶大な人気を得ていた。本国の掃き溜めと揶揄される植民地において、英雄的な戦い成し遂げたクラウスは、植民地で暮らす入植者たちの憧れであった。


 それと同時に、クラウスは共和国本国においても人気を得始めていた。アナトリア戦争で奇跡の逆転勝利を収め、ミスライム危機で共和国が奪い返すことを願っていたクシュを奪還し、ジャザーイル事件から始まる帝国との植民地戦争で八面六臂の活躍を行ったクラウスに、共和国本国市民も好感を持ち始めていた。


 植民地軍の英雄。共和国の将来を約束する人物。王国と帝国の恐れる男。


 クラウスは新聞でそう語られ、世論調査では大統領選に立候補した場合として、他の有力な候補者たちを押し退けて、7割の支持を得た。


「そう言われましても、自分は政治は分かりませんからね」


 右派の軍人たちが期待していても、レナーテが期待していても、世論調査の結果が優勢であったとしても、クラウスは今は大統領に立候補するような気はなかった。


 彼のビジネスに必要なのはヴェアヴォルフ戦闘団とロートシルト財閥との繋がり、そしてある程度の権力だけだ。大統領の椅子は必要とされていない。


 それに大統領になると今以上にメディアの注目を集める。そうなるとロートシルト財閥と癒着し、植民地軍を私兵化していたことが発覚する恐れもあった。法的には問題ない形に変えられているのでいいだろうが、倫理的に問題があるのは確かであり、クラウスは非難を浴びてこれ以上ビジネスを続けられなくなる可能性があった。それは非常に望ましくない。


「政治など簡単に理解できる。政治家たちは自分たちの行っていることを難しいことのように見せて、市民たちから巻き上げた税金を懐に納めているが、実際は単純なものだ」


 そんなクラウスにラードルフがそう告げる。


「キンスキー中佐も植民地軍での任務に間が空いたら、我々の学習会に参加するといい。我々の学習会では腐敗した政治家たちが実際にどのように動いており、どうすれば奴らを打倒できるかを討議している」

「考えておきます、閣下」


 冗談じゃない、とクラウスは考えていた。どう考えたって軍隊がやるべきではない政治集会だ。そんなものに参加していたら、ただでさえ本国政府に睨まれている現状が更に悪化する。


「キンスキー中佐。是非大統領選のことは考えておいてください。共和国にはあなたのような指導者が必要なのです。これから更に大規模な植民地戦争や、あるいは──世界大戦が勃発した場合には、共和国には強い指導者が必要になります。今の大統領のような人物が後に続いては、我々の資産は守られません」

「我々の資産、ですか」


 レナーテがそう告げるのに、クラウスが僅かに眉を歪めた。


 クラウスにはそれなり以上の財産ができた。今のクラウスはレナーテからSRAGの株式の30%を譲渡され、多額の献金を受け、その配当金でクラウスの租税回避地の銀行の口座は膨れ上がっていた。


 だが、世界大戦が勃発するならば、そのような資産を満足に使う機会はなくなってしまうだろう。文字通り世界中を戦場とする戦争では、平和な場所は辺鄙な場所だけになる。クラウスが望んでも、今回の晩餐会のようにアスカニアで食事をすることすらも難しくなる。


 パトリシアも言っていたことだ。世界大戦が起きて、それに負けるのならばクラウスが築いた富みは没収され、クラウスの努力は無に帰すのだと。


「考えておきます。自分も共和国が存続することを望んでいますので」

「素晴らしい。君のような人間が共和国大統領になるならば、将来は安泰だ」


 クラウスは険しい表情でそう告げ、ラードルフは満面の笑みでその言葉を受け取った。


「では、食事にしよう。このホテルの食事は素晴らしいものだ。ユールの日を祝って、そしてメディアでの勝利を祝って、食事を楽しむことにしよう」


 ラードルフがそう告げて、食事が始まった。


 前菜、スープ、魚料理、ソルベ、肉料理、フルーツ、デザート。


 ほぼフルコースの料理が呈され、クラウスたちは共和国でも五つ星のホテルの食事を十二分に味わった。


 食事の間もラードルフたちの政治談議と軍事談義は続き、彼らは口々に今の共和国大統領を攻撃し、レナーテもそれに同調してみせた。彼らは根深く今の共和国大統領と、彼を大統領の座に導いた世論を嫌悪しているのが分かる。


「どうにも慣れんな、こういうのは」


 クラウスはといえば、軍人が大っぴらに政治を語るのに眉をひそめていた。


「そう? あなたも随分と政治的に行動してきたと思うけど」

「俺は金持ちになるための手段として政治を利用しただけだ。政治のための政治に手を染めるつもりはない。だが、ここの連中は違うように思えるな」


 ローゼが赤ワインのグラスを傾けながら告げるのに、クラウスがそう告げた返した。


「政治のための政治?」

「愛国心やらなにやらでやる政治のことだ。俺には愛国心はないし、これからも持つつもりはない。俺のビジネスに愛国心は不要だ。金を稼ぐ根気さえあればそれでいい。それから金を稼ぐ技術についてもな」


 怪訝そうな顔をするローゼにクラウスは呈されたミディアムレアのステーキを切り刻みながらそう返した。


 クラウスにはエステライヒ共和国への愛国心などない。彼は自分の前世である日本にすら愛国心はなかった。その日本のために志願して情報軍将校となり、戦争で兵士として戦ったというのに。


 これについてはクラウスはそういう人間だ、としか言えないだろう。どこまでも自分本位であり、社会から得られるものは思う存分に得るが、何も還元しようとはしない。社会の搾取者だ。


「でも、あの提督たちはあなたのことを愛国者だと思っているみたいよ。何せ、次期共和国大統領にならないか、って言っているんだから」

「迷惑な話だな。植民地軍を首にでもならない限り、大統領なんて目指さんぞ。俺は植民地軍で稼ぐ手段を見つけて、それで思う存分稼いでいる最中なんだからな」


 小さく笑ってローゼが告げるのに、クラウスは口に肉片を放り込んで返した。


「では、改めて我らが共和国の英雄に乾杯!」

「共和国の英雄に乾杯!」


 晩餐会は3時間ほどで終わった。


 ほとんどがラードルフが喋っており彼の独壇場だったが、彼に同調して見せる共和国本国軍の将校は多く、彼の影響力というものが窺えた。巨大財閥の総帥であるレナーテが晩餐会に参加していることからも、同じように彼の財界へのコネクションが見られる。


 クラウスはラードルフたちの話にはあまり関心を示さなかったが、彼がラードルフの晩餐会に参加したという事実は、あるものたちが知ることとなる。


……………………

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