始動
もうすぐ五月、寒い日も減ってきた。
週に2回は山田に基礎のトレーニングを教えて貰うようになった。
主な活動場所はダンス部を間借りしたり……今は正式にダンス部だったか。
体育館のステージや空き教室、果ては校舎裏など。
やろうと思えばちょっとした空き時間に練習は出来た。
ただひたすら音楽に乗せて基本ステップを刻み腕を振っていた。
それだけでも体の振り回し方が少しずつ変わっていった。
体を捻ったり回ったりするときも遠心力で宙に浮くような感覚が分かってきた。
確実にステップアップしてきている。
……でもそれだけではダメなんだ。
進まなきゃ。
僕はいつも通りレッスンする前に山田に計画の一部を話すことにした。
「山田、レッスンの前に話があるんだけど」
「うん、聞くよ」
いつも明るくしている山田も表情を引き締める。
「話したいことは3つだ。 まず、メンバーを増やしたい」
「あてはあるの?」
「一人いる。 まだ声はかけてないけどな」
「そう。二つ目は?」
「コンテストに参加しようと思っている」
山田はふぅ、と息を一つ吐き頷いた。
「……アタシもそろそろ頃合いかなと思ってた」
「まず一つ目はK市でやっている高校生ダンスコンクールにする」
「そうね、でもそのコンテスト、一高校に2グループしか出られないよ。 ダンス部でも出ようって声は上がってる」
僕は大きく頷いた。
「三つ目は……三人目の勧誘が済んだら言う」
「ケチ」
「ケチで結構です。 それじゃあレッスンよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
レッスンにあたるときは敬意を持って、真剣にやる。
それが僕たちのルールだ。
山田は共同で買った小型CDプレイヤーのスイッチを入れた。
――――――
学校で一通りレッスンを終えた後、僕はいつも通り学校から10分のところにある神社へと向かった。
階段を上がっている途中、肩を回して体をほぐす。
いつもより緊張してしまっていることを自覚している。
……今日は確か居る日だな。
僕がそこの扉をノックしようと手を軽く握ったところの寸前で扉が開く。
そこに立っていたのは千家綾乃さんだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
千家さんは薄く笑みを浮かべ、お辞儀した。
服装は巫女服……似合う、何度見ても超似合うんですけど! 眼福とはこのことかッ!
「あの? 田中さん?」
僕はその言葉でようやく正気を取り戻した。
「あの、お話が有るんですけど」
「はい……なんでしょうか」
そう言って首をかしげる千家さん。
なんだか胸がバクバクする、ってこれじゃあ何か違う話をしに来たみたいじゃないか!
「ちょっと踊りを奉納したいので、見ていて欲しいんです」
「はい」
千家さんは僕が踊り終わるまで、ニコニコしたままじっと見ていてくれた。
今日の踊りはちょっとずるして一年後に出てくる新曲のものだ。
昔踊ったときよりダンスにキレが出ている、これはレッスンのたまものだな。
決めポーズのあと、3つ呼吸をして落ち着いてから千家さんに言った。
「僕たちとアイドルやりませんか」
「はい」
「いや、その僕としてはぜひ貴女に参加していただきたいというか、その、光る――ん?」
「別のことを言われるかと思いまして……ドキドキしてしまいました」
千家さんは少し顔を赤らめ頬に手を当てて視線を逸らした。
「い、良いんですか」
「ただ―――」
僕はゴクリと唾を飲んだ。
「門限は19時でよろしければ」
千家さんはそう言った。