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歌練習2

あと二日で8月も終わる。

まだ夏日が続き、蒸し暑い。



僕は待ち合わせ場所の、S駅近くにあるビルの前まで来た。

そこは駅近くではあるけども自転車が撤去されない好ポイントである。

入り口に入りエレベーターホールに着くと、しかめっ面をした山田が壁により掛かっていた。

山田はなんだか乗り気でない雰囲気で携帯をいじっている。


「おつかれ、山田」

「うん、おつ」


携帯がブルブルと振動し、ポチポチとボタンを数回押して少し動きを止め、ため息を吐いている。


「……はぁ、もうすぐ着くって」

「聞きそびれたけどなんて名前なの?」

「ユウキって名前。今のところ(・・・・・)うちのダンススクールで一番ダンスができて歌がうまいやつだよ」

「そっか。 なんでそんなに乗り気じゃないの?」

「……いや、別に」


いつもの元気な山田じゃない、そんなに嫌なのかな?

山田の顔を見て様子を伺ってみると「何急に見てるわけ?」と言われたので「存在があまりに大きすぎた」と誤魔化しておいた。

何故か小走りで駆け寄ってきておでこを叩かれた。


「何やってるの?」


ちょっとハスキー、聞かない声だ。


振り向くと明るめの茶髪の女性が立っている。

肩の見える黒のシャツにチェックのスカート、ロングブーツにピンクの小さなバックといういでたちだ。

アイメイクも濃いめの黒といういでたちだ。

誰このギャル?


「待った? 莉緒ちゃん」

「さっき来たとこだから大丈夫ですよ」

「どうしたの? ぶすっとしてたら可愛いのが台無しだよ?」

「別にぶすっとしてないっすよ」

「ほら、スマイルスマイル」


ギャルは山田の頬をグニグニといじり回し、山田はじたばたしている。

一体何なん……え?


「莉緒ちゃん、それでボイトレしたいって子は?」

「あ、そっちっす。 田中って言います。 田中、この人がユウキ先輩。 高校三年生だよ」

「え、あ。 田中です、はじめまして」

「ども、結城です」

「よろしくお願いします……男の人だと思ってました」

「あはは、名字だよ名字。 まあよろしくね」 


……女だったのか。

別に女装してくる必要も無かったような気もするけどまあいいか。


「ちょっち莉緒ちゃん」

「ちょっ」


山田はエレベーターホールの対角側に引っ張られていった。

山田とユウキ先輩はなにやら小声で話している。


『ちょっと、男の子じゃなかったの?』

『男とは言ってないっすよ』

『えーマジ? 張り切ってきたのに。 莉緒ちゃんが必死に言うからカッコイイ男の子かと思ったよ』


……普通に聞こえてるんですけど。


「ま、でも面白そうだからいっか」

「良かったです、よろしくお願いします」


僕は全力のアイドルスマイルをユウキ先輩に投げつけた。



――――――



エレベーターでビルの地下に入りドリンクバー付きで受付を済ませ、部屋に入る。

広さは詰めに詰めて6人くらい入れるくらいで、カラオケ屋の定番のヤニ臭が少しする。

カラオケの機種は流石に古い……大分古くなってしまったものだ。

思わず「懐かしい」と言いそうになる。

……確かこの機種って精密な採点機能の始まった辺りだったような。


コの字になった座席の奥側面に山田、真ん中にユウキ先輩

僕はとりあえずインターホン近くに座り、雑務でもやることにしよう。



「ねえねえ、田中ちゃん。 ちょっとテーブルの端っこ持って」

「はい……?」

「じゃ、莉緒ちゃんよろしく」


僕と山田でテーブルの端を持つ。

ユウキ先輩はテーブルの物が落ちないように部屋の端に片付けた。


「じゃあちょっとテーブルを前に出して貰えるかな。 うん、そこら辺で」


僕らはカラオケ機の側までテーブルを寄せると、ユウキ先輩の前に60cmほどの隙間が空いた。

ユウキ先輩はメニューをペラペラとめくっている。

僕は制服だから流石にお酒を頼まないよね?


「やっぱないよねー。 ねえ、田中ちゃん、ドリンクバーに行ってホットの紅茶を持ってきて貰っても良い?」

「あ、はい。 分かりました。 山田は何がいい?」

「……アタシはコーラの氷ぬきで」

「了解」

「そうそう、紅茶にこれ入れていいか聞いてみて貰って良い?」


ユウキ先輩はバッグの中から黄金色をした何かが入っている容器を取り出した。


「何かヤバイ薬物ですか?」

「そうなんだよねー、これをキメると……って何言わせてるの。 蜂蜜だよ」

「はい、そんなところだろうと思ってたんですけどね。 聞いてみます」


僕はドリンクバーに飲み物を取りに行く前に紅茶に蜂蜜を入れていいか聞くと「別にそれくらいならイイッすよ」との事だったので、遠慮無くそうさせて貰うことにした。

実にやる気の無い店員だったりするけど、個人店だと店長だったりするから面白い。

僕は急いでドリンクを作ると部屋の前に戻って来た。


不思議なことに部屋の中では何かの楽曲が鳴っているが、歌っていない様子だ。

僕が扉を開けて中に入ると、ユウキ先輩がカラオケの機械を何やらいじっていた。


「お待たせしました、何してるんです?」

「ちょっと音量の調整をしててね」

「そうなんですね」


その割にはマイクがスタンドに刺さったままだ。

どういうことなんだろう?

僕はコーラとホットの紅茶二つとをテーブルに置く。

夏場にホットとはなかなか理解されにくいチョイスではある。

僕としても水があればそれにしたかったけど、ここは我慢しよう。


「じゃ、一息ついたら歌ってみて」

「いいんですか?」

「そうだ、あなたも蜂蜜試してみる?」

「いただけますか?」


ユウキ先輩は僕の紅茶に蜂蜜を少し垂らしかき混ぜ、自分の紅茶にもそうすると山田の隣に座った。

僕は検索する機械を手に取り紅茶を少しずつ飲みながら歌を探す。


今日はまだウォーミングアップをしていないので、まずはキーが低めで歌いやすい曲だ。

――大物プロデューサーがプロデュースするも、まだインディーズ扱いのあの曲が入っていることは以前から確認しているので、迷わず選曲する。

有り体に言えば、その曲である程度ウォーミングアップを済ませるよう丁寧に歌おう。


「そうそう、田中ちゃん。 歌うときはここで歌ってね」


ユウキ先輩に促され、先ほどテーブルを動かして作ったスペースに移動する。

曲名とアーティスト名が表示され、前奏が流れ出した。

僕は前準備として前奏に合わせてステップをしながらハミングをする。

山田はまだ知らないらしく首を捻り、ユウキ先輩は何か気がついたのか、一回頷いた。


僕は振り付けもちゃんとつけて歌い出す。

最初の一音は慎重に。

スムーズに歌詞をつなげ、切ない感じを込めてみる。

この曲はグループが多人数であるが故に狭いところでも十分踊れる。


Aメロ、Aダッシュメロと抑え気味に歌う。

Bメロで少しテンションを上げ……サビでふわっと体を回転させながら解放する。

回転の勢いでスカートも浮くが、千家さんのは丈がそんなに短くないのでパンツは見えないはずだ。

……まあ、実は女装時にはスパッツを履いてるんですけどね。

ちらっと視線を二人に向ける。


二番からは秘めたような力強さを込めて歌い、ラストで盛り上げて終わった。

ユウキ先輩は興奮している様子だ。


「ね、もう一回歌って! 次ローアングルから見るから!」

「……それはお断りします」

「ちぇっ。 ところでさー、今の曲って夏前にMスタでやってた曲だよね?」

「はい、よくご存じですね。 まだマイナーなのに」

「まあよく見てるし。 歌は下手じゃないね、声もそこそこ出てるし」

「そうですか、ありがとうございます」

「腹式呼吸のレッスンをしたことある?」

「……特には無いですけど」


ユウキ先輩はニカッと笑って僕に言った


「それじゃ、そこのシートに寝転んで」

「は、はい」


寝転んだ僕のお腹の上に手が置かれる。


「お、結構鍛えてるね。 男の子みたい」


ユウキ先輩は僕のお腹をまさぐってきた。

ちょっと!くすぐったい!

ら、らめぇ!


「いたっ!」


ガスッと音がして手が止まる。

後ろから山田がユウキ先輩の頭をチョップしたのだった。


「先輩、なーにやってるんすか」

「腹式呼吸の練習をちょっと」

「まさぐる必要はないでしょう? 真面目にやって下さいっす」


なんだか山田の後ろからドス黒いオーラが漂っているように見えてしまった。

その後、軽いボイストレーニングの後、カラオケを楽しんで帰宅した。

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