振付
今日は学校から自転車で15分の所にあるレンタルスタジオまで来ている。
環境を変えて、より広くて明るい環境で練習することも重要なのだ。
いくら自分たちのホームで完璧に踊れるようになっても、環境が変わったとたんに実力を出せないのでは全く練習として意味をなさないからだ。
練習する環境もステージもどこであっても変わらないのがベストなのだ。
薄暗くても明るくても、野外であっても最高のパフォーマンスでお客さんを喜ばせられることが出来れば最高だ。
アイドルがスキルも性格も良ければお客さんからは熱狂される。
だが熱狂されたいからアイドルになるのではダメだということが最近分かった。
気持ちが上がるのは真にアイドルの人だから。
お客さんの気持ちを上げたくてあげるのではなく、上がってしまうのがアイドル。
追撃の視線で熱狂はさらに加速する。
などと考えていたら山田に「なに急に呟いてるわけ?」と言われた。
独り言が漏れていたらしい。
千家さんは冷ややかな目で僕を三回連続で見つめてきて「そうですかアイドル凄いですね」と言ったので、「それほどでもない」と謙虚に答えておいた。
僕は新しいシューズを履き靴紐を蝶結びにしたあと、余った紐を強くなりすぎないよう固結びした。
こうすることで紐がほどけにくくなり練習に集中出来るからだ。
立ち上がり、数回ステップを踏んで感触を確かめる。
キュキュッっと音がなり、しっかりとフロアを捕らえてくれている。
衝撃の吸収も良く今まで使っていた学校指定の体育館履きより若干軽い。
これなら練習の負担も減りそうだ。
山田と千家さんもシューズを掃き終えていた。
山田は真っ赤なシューズで千家さんはピンク地に白ラインのシューズだ。
千家さんはこちらの視線に気がついて右足を一歩踏み出した。
「先輩、どうですか」
「うん、普通」
「褒めてもいいのですよ」
「普通に可愛いね、靴」
「あまり褒められた気がしませんけど、よしと言うことにしておきますね」
なんだかんだで嬉しそうだ。
山田も何か聞きたそうなので「その位派手な靴の方が山田のキャラに負けてなくて似合ってる」と言っておいた。
……近づいてきた山田に無言で抓られた。
「それじゃフロアの感覚を確かめたら、振り付け入れるからね」
「OK、いいよ」
「私もです」
「よし、じゃあまず映像も流して通しで踊るから、やりたいポジション考えといて」
ノートパソコンをフロアに置き、二人に見えるよう画面の角度を調整する。
――最近僕の家では家族共用パソコンを新調したため、お下がりとして古い方のノートパソコンを貰い受けたのだ。
家で作曲やなんやらで占有しまくっていたのが大きな理由のひとつではあると思う。
それでも自分用の道具が手に入り、かなり嬉しかった。
貰ってすぐにメモリを増強したのは言うまでもない。
MIDI(簡単に言うと音楽を機械に演奏させる楽譜や指揮者のような物)においてメモリ容量は何よりも優先されるのだ。
動画再生のボタンをクリックする。
再生ボタンを押す関係上、本来板付きから始まる所を曲入り始める。
最初のポーズも取れないけどその辺りはしょうがない。
パソコンを蹴っ飛ばさない位置まで急いで移動し、一度動きを止める。
ドラムに合わせて前方にグルグルと腕を振る。
――パニックモーション。
腕を胸の高さで横に振り出し、体の正面で併せて腰を横に振る。
右手を振り上げ左手を腰にあてて横向きに少し指ぱっちん,もうちょっと横に手を伸ばしてぱっちん。
今度は左腕でで同じ動きを体の正面でして左手を腰に当てて右腕を水平に伸ばす。
腕を回してから腕をキッチリとした角度で振って笑顔で二人に向かって決めポーズを取る。
笑顔と視線を投げるのはアイドルの武器なのだ。
リズムに乗って踊りと歌を合わせていく。
この曲は特にスタッカートを聞かせるようにメリハリのある腕の振りをして、リズム隊にきちっと合わせないとだらしない印象を与えてしまう。
その辺りに気がついてくれたらありがたいのだが。
全てを踊り終え、動画が止まった。
呼吸を整えながら二人に意見を聞いてみる。
「こんな感じだけど、この曲でいい?」
「文句はないね。 この曲もかなり練習してるみたいだけど新しい上にフルバージョン……まあいいや、その辺は」
「私も問題は無いと思います、というより凄いです」
「じゃあ、この曲でいいね。 次はポジションだけど、二人の希望ポジションってある? 今までは何となく僕が真ん中でやってたけど」
僕は襟を正して二人に思いを打ち明けてみる。
「今回希望がなければ、山田をセンターに僕が舞台の上手で千家さんが下手だ。 振り付け上目立つのは真ん中だし、二人にもセンターやって欲しいんだよね。 もう一曲は千家さんセンター、後は入れ替わりながらセンターをやって貰いたい」
数秒後、千家さんが手を挙げた。
「私、田中先輩にセンターをやってもらうのを希望です」
「……希望は誰にやらせたいかじゃないぞ」
「あ、アタシも田中にやらせたい」
「何故?」
「田中先輩が可愛いからです」
「その方が自然な感じだしね」
はぁ、なんてこった。
センターを譲ろうとしているとはなんと覇気のない。
「そこは譲っちゃダメでしょ」
「いえいえ、私は田中先輩がセンターになって欲しいんです。 女装してステージとか完全に変態じゃないですか」
「アタシは田中が……あ、嫌がるからセンターをやらせたい」
「何それ怖い」
くそぅ、くそぅ。
うちのメンバーはそんなことを考えていたのか。
気を取り直して、僕は一生懸命二人に振り付けを教えた。




