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始業式

改めて部屋を見渡す。


カレンダーは干支一回り戻って(・・・)居る。

壁に掛かっているブレザーも、鞄の中に入っている高校2年生の教科書もあの当時のままだった。

ベッドに腰掛けて状況を考えていると不意に目覚まし時計が鳴る。

時刻は7時、あのころいつも起きていた時間だ。

昨日、いや、正確には12年後の事をふと思い出し、ため息を吐く。

ため息を履ききると同時にグゥ、と腹の虫が空腹を告げてきた。


「おはよう、元気ないわね」

「あー、ちょっと凹んでてさ」

「ふーん、今日から始業式なのに振られたとか?」

「あのさ、春休み中に女の子と関わった感じ無かったはずだけど」

「それもそうね、早く彼女紹介しなさいよ」


母はいつもの調子で軽口を言いながら弁当をテーブルの上に並べた。

今日の朝食は昨日の弁当の余りと簡単なベーコンエッグ、ご飯と味噌汁ではあるけど、独り立ちしてからはこういった機会も無く素直にありがたい。

朝食をぺろりと平らげ、顔を洗って歯磨きをする。

腹が膨れるとなんだか元気が出てきた。

落ち込んでいたことが嘘だったかのようにわき出る力、僕の体は思った以上に健やかだった。



天気は小雨、いつもは自転車通学なのであるがバスと電車で学校へと向かう。

僕は当時使っていた音の悪いオーディオプレーヤーで音楽を聴きながらバスに揺られる。

入っている曲がもの凄く懐かしくて随分ノリノリになってしまっていた。

……卒業した後に振り付けとかおぼえたっけな。


―――


始業式が終わり、クラスに人が集まってくる。

あとはホームルームを終えたら午前中で帰宅と言うわけだ。

……はぁ、生徒って楽だね。


「ねえ、あんたさ」


不意にトントンと肩を叩かれ振り向くと、元気が取り柄と言った感じに日焼けした少女が白い歯を見せるように微笑んだ。

……山田だったか、ダンス部に所属している女子で、あまり接点はなかったはずだ。


「どうしたの?」

「あのさ、もしかしてだけど今朝のバスで踊ってなかった?」

「えっ」

「見てたんだけど、あのちょっとしたステップの感じ新曲のダンスかなと思ったんだけど」

「え、僕踊ってた?」

「小さい動きだったけど割とノリノリだったじゃん」


僕は顔から火が出る思いだった。

動いてないつもりが、いつの間にか踊ってしまったようだ。


「まだMVとか動画サイト(ツベ)に上がってなかったよね?」

「……い、いいろいろ見て研究して、してたんだよ。うちパソコンで録画とかしてないけど」

「へえ、アタシにも教えてくんない?」


山田は満面の笑みを浮かべて、僕の肩に手を回してくる。

ちょっと、胸が当たってるんだけどさ。


「だめだよ、企業秘密」


そう言って僕は逃げた。


――――


放課後、この巻き戻りがあのときのものか確かめるために例の神社にゆっくりと向かう。

現在の自宅とは反対側、おおよそ10分程度の道のり。

神社に着き、一気に階段を駆け上がり、当たりを見回すが誰もいない。

……やっぱり、あの時の女の子はいない。

むしろ干支一回りしていたならあの子は生まれてないんだろうな、と思った。

僕はふぅ、と一息吐いて帰ろうときびすを返そうとした。


「なんじゃ、遅かったのう。 待ちくたびれたぞ」


社殿の前の石の椅子の上に、小さな女の子が座っていた。

僕は少しびっくりしながらその子に近づく。


「あの」

「なんじゃ?」

「ひょっとしてあなたが時間を巻き戻したのですか?」

「そうじゃ」


即答され、少したじろぐ。


「僕の――」

「まあよい、奉納はまだかの?」

「ああ……」


そういうことか。

覚悟を決めてオーディオプレイヤーから今朝の曲を流す。


――曲に乗って自然に体が動く、今朝も聴いた曲。

動画サイトを見ながら、反対向きに動いて練習したことを思い出すと自然に体が動いた。

憂さ晴らしのように思い切って腕を振り、ステップを踏む。

最後の決め、動作をビタリと止めてフィニッシュ!

僕は決めポーズのまま数秒静止してから呼吸を整えて、女の子にお辞儀をした。


「うむ、良いぞ」


女の子は満足そうに笑うと、はしゃいだようにどこかへ消えてしまった。



――パチパチ


不意に聞こえた拍手に振り返る。

……そこには今朝絡まれたばかりの山田。


「結構やるじゃん、まだまだ甘いけどさ」

「……もしかして、見てた?」

「うん!」


山田はそういうと、まるで向日葵のような元気な笑顔を浮かべた。

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