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プロローグ

四月。


あんなに寒かった二月の雰囲気も薄れ晴れやかな季節になるはずだった。

僕は仕事の休憩時間にいつも来ている神社で座って、スマートフォンで音楽の再生をタップする。

前奏が鳴った瞬間、僕は音楽を止めてうなだれた。


アイドル。


高校時代何の趣味もなかった僕がのめり込んでいったもの。


アイドル。


何の趣味も目標もなく生きていた僕に訪れた光。


……夢を与えられ、そして僕たちのコールで熱を返してステージと一緒に燃え上がっていく。

そんな夢のようなサイクルが続くと思っていた。


だけど、裏切られた。

いや、最初から僕たちは欺かれていたのだった。

あの熱かったファイナルライブ後、彼女のゴシップが明らかになった。

信じられずにいた僕に突きつけられた現実。


嘘だと思って何度も確認したが、疑惑が確信へと変わっていた。

黒子の位置や歯並び、そんなものよりも確実なもの。

何百回も何千回もリピートした声を聞き間違うはずがなかった。


……黒かった。


僕の記憶に残ったのは黒い感情だけだった。

裏切られたあとに残ったものが、コールタールのように僕の心に張り付いていた。

疑惑が確信に変わったとき、僕は狂ったように自分を慰めようとして意識を失うまで行為にふけったのだった。

しかし今日も夢遊病のようにここまでやってきてしまった。


―――なんじゃ、奉納はまだかの?


突然僕の耳に柔らかな声が入ってくる。


ゆっくり振り向くと、巫女服に身を包んだ小さな女の子が座っていた。

キツネ色の髪を後ろでまとめ、頭頂部には白い毛が混じった獣耳がチョコンと出ている。


「なんじゃ? しけたかおをしおって。 暇じゃからいつものように舞を奉納せい」

「舞? 奉納って、よく分からないけど……」

「いつもやっておろう? 調べに乗せ舞っていたではないか」

「舞……まさか、あのハイハイハイとかそういう奴のこと?」

「うむ」


……なんてことだ。


いつもコールの練習をしたり、振り付けを暗記していたのがいつも見られていたようだ。

周りに人が居ないことを確認していたと思ったんだけど、熱中するうちに見られていたのか。

羞恥で顔が沸騰するような感覚だった。


「はよう」


催促の言葉も今の俺には辛いものだった。

あんな事があった後にのうのうと踊りやコールなどを出来るはずもない。


「何故出来ないのじゃ?」


第一に気持ち的にやる気が起きない、アイドルなんてものは結局は裏切るんだ。

いかに熱をあげようとも僕たちの声は届くことはなく、裏切られる。


裏切られる? ならば絶対に裏切らないアイドルがいたとしたらどうなんだろうか。

例えば、恋人や醜聞など存在しないアイドル。

例えば、老いることもなく絶頂の姿のまま生きるアイドル。

いつか活動を終えたとしても、彼女達の記憶が綺麗なまま残り続けてくれれば……。

例えばそんなアイドルをプロデュース出来たとすれば、どうなのだろう。

幾つかのアイディアが浮かぶが、もう手遅れなのだ。

今の僕はただのアイドルに疲れたアラサーなのである、全ては遅いのだ。


「なんじゃ、時間が足りぬと言うのか?」

「え」

「困ったのう」

「口に出してたのかなぁ」

「分かった。 なんとかするから、きちんと奉納するのじゃぞ」

「え、あの……」

「出来ぬとは言わせぬぞ、いつまで戻るかはお主が決めると良い」


巫女服の女の子が一回りして、シャンと鈴を鳴らした瞬間、僕の意識は遠のいていった。


――――

―――

――



目覚ましの音にまぶたを開く。

そこは自分の部屋、いや、高校を卒業した時に出てきたはずの自分の部屋だった。

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