お金の稼ぎ方
メインストリートから少し西に外れたところに丁度よく宿と食堂が一緒になった店を見つけたので、食事はそこで済ませる事となった。
異世界で入る初めての店という事で少々気後れしていたものの、中は如何ということはない普通の店構えだ。
リムリーフと一緒に窓際のテーブルに着き、無造作に置かれていた手書きのメニューを手に取って眺める。うん、どういった料理なのかイマイチ分らない。
「決まった?」
「この辺の料理良く分んないから任せる」
下手に誤魔化すのも面倒臭いので正直に答える。
「そう? まぁいいけど、コレがデートだったら貴方一発アウトで即退場ね」
うるさいよ。デートとかした事もねぇよ。
不貞腐れてそっぽを向く遥歩を気にする様子もなく、リムリーフは意気揚々と店員を呼びつけた。すぐさま、赤茶けた髪とソバカスが特徴的な少女が飛んでくる。見た目は随分と年若く、日本で言えば中学生程に見えた。ついでに言えば、やはり耳は長い。
「はいはいご注文はー?」
「えと、コレとコレと……コレ。あと、フラネスと水二つずつ」
「はいさー。150ペタルね」
店員の言葉に、リムリーフが革袋から数枚の硬貨を取り出して手渡す。どうやらこの辺では前払いが基本らしい。あとやっぱり水も有料なのか。そう言った常識的な事をまったく知らない遥歩にとって、やはりリムリーフの存在はありがたかった。性格はちょっと面倒臭いが。
程なくして料理が運ばれてきた。まずそれぞれ違う料理が盛られた器が三つ。
赤いチリソースの様なもので煮られた豆とひき肉の料理が一つ。
ソーセージと玉ねぎ、ジャガイモを炒めて溶けたチーズで和えられた料理が一つ。
最後の一つは細切りのダイコンやニンジンの上に、軽く茹でられてた薄切りの豚肉(恐らくだが)が乗せられたサラダらしきものだ。
そしてそれとは別に、薄く焼いたパン生地が数枚重ねられた皿が、遥歩とリムリーフの前にそれぞれ置かれた。トルティーヤに似ているが、コレが主食だろうか? 名前はフラネスと言っていたか。
「いただきまーす」
取り皿などは無いが、どう食べるのだろう? そう思って見ていると、リムリーフが早速と言った様子でサラダの器に手を伸ばした。トングでサラダと豚肉をフラネスの中心に盛り、その上にさらに豆とひき肉の料理をスプーンで掬ってかける。そうしてから、フラネスを丸めてキュッと包み、ガブリと齧り付いた。
ん~、と実に満足げな吐息がリムリーフの鼻から漏れる。
なるほど、そう食べるのか。中々に食欲をそそられる食べ方だ。リムリーフを真似て、遥歩もまた器に手を伸ばした。
☆
食事を終えてから。
リムリーフは革袋の硬貨をテーブルに広げて、数を数えていた。
「1000ペタルの札が2枚……100ペタル硬貨が13枚……10ペタルが7……全部で3373ペタル。思ったより入ってたけど、やっぱり鉄道代には足りないわね……」
「ふぅーん……やっぱ高いんだな」
相槌を適当に返しながら、テーブルに広げられたこの世界の硬貨を眺める。リムリーフの呟きによれば銀色の硬貨が100ペタル、茶色い硬貨が10ペタルらしい。この二つは割と精巧に作られている。ただ3枚ある1ペタル硬貨は黒い石のような質感で、形も少々歪で不揃いだった。
そして面白いのが1000ペタルの通貨。これはどうやら木彫りの札のようだった。縦4センチ、横3センチ程の大きさの長方形で、かなり細かな装飾が彫り込まれている。試しに手に取ってみると、ひんやりとした硬質な感触をしていた。ひょっとしてコレが樹木の鉄晶化という奴だろうか。そう言えば、魔法陣が刻まれたカレントの手触りもこんな感じだった気がする。
「そう言えば、アユムはこれからどうするの?」
「え?」
「私は家に帰るつもりだけど。アユムも?」
「あーいや、今はちょっと事情があって家に帰れなくて……まぁ適当に方々を旅する……かな?」
レアカードを集めないと帰してくれないとのお達しなので、当ても無く探し続けるしかない。
「ふぅん……目的地も特に無いの?」
「……ああ」
何だか探る様なリムリーフの物言いに、少しだけ身構える。しかしその理由はすぐに知れた。
「じゃあ別に、樹鉄道に乗って旅するのでもいいのよね?」
「うん? まぁそりゃあ構わないけど……」
「なら決まりね。二人で鉄道代稼ぎましょ」
なるほど、そういう話かと遥歩は納得する。
まぁ見知らぬ土地で少女が一人金を稼ぐとなると中々に大変だ。事実、一度攫われた前例がある。如何に神経が図太そうなリムリーフとて、やはり不安は拭えないのだろう。
「今何か失礼なこと考えなかった?」
「まさか」
ハハハと笑い飛ばす。
なぁにそのジト目は? 僕は客観的感想を抱いただけだよ?
「まぁ俺もあんま旅慣れてないから、その方が助かるかな」
「そうね、それは見てて凄く良く理解できたわ」
「おい、お前も俺みたいにちょっとは言葉びなさいよ」
「つまり、やっぱり失礼な事は考えてたわけね」
わぁ名推理。
「あと、昨日も言ったけど"お前"ってやめてよ。リムでいいって言ったでしょ」
また難易度の高いことを。顔を顰めてリムリーフを見つめるも、どうにも譲るつもりはないらしい。「ほらほら、一回言っちゃえば慣れるわよ」と急かしてくる彼女に、遥歩は仕方なしに口を開いた。
「り、リム…………リーフ」
無理だった。
「…………ヘタレねぇ」
「待って、違う。こう、改まった感じで言うのが無理なだけだから。その、なに? ちゃんとした会話の中で言うのなら、べ、別に平気だし?」
「あーもういいわよいいわよ。取り敢えず要課題ね」
言い募る遥歩に対し、ペイペイとぞんざいに手を振ってリムリーフは話を打ち切った。
課題とか言われるとまた身構えちゃうのでやめてほしい。もっと大らかな気持ちで成長を見守って欲しいものである。
「くそぅ……」
「で、お金を稼ぐ方法なんだけど」
「あぁ……何か当てがあるのか?」
「うん。この近くに幽華の森が有るらしいから、蓮華晶の一つでも取って来れれば一気に大金が手に入ると思うのよ」
「ロータス……?」
『幽華の森』に『蓮華晶』。またぞろ知らない単語が現れた。
「野生の大樹が実らせる、天然の樹晶の事よ。凄い高値で取引されるのよ?」
そしてさらに『樹晶』の追加オーダーである。
正直返ってくる反応は分り切ったものなのだが、聞かない訳にもいかないだろう。もはや諦めの境地で、遥歩は口を開いた。
「そろそろお決まりのやり取りになってきたとは思うんだけどさ……」
「うん?」
「シェードって何?」
「…………」
もの凄い顔をされた。よし、畳み掛けるのならココしかあるまい。
「あとついでに幽華の森ってのも良く分んないから、あわせて説明頼むわ」
遥歩の言葉にリムリーフは暫く、頭痛を堪える様にこめかみに指を当てて黙り込んでいた。しかしやがて自身の中で決着をつけたのだろう。「うん、いい……もういいわ……」と呟いて、快く説明を行ってくれた。
まずは『樹晶』。これは、大樹の樹液を人工的に結晶化したもので、大量のマナを溜め込むことができるらしい。聞けばマギカレクトの表紙に埋め込まれている三つの宝石も樹晶だとの事。その他、携帯型の魔具にはからなず樹晶が埋め込まれており、そのマナを使って作動させているらしい。要はバッテリーみたいなものだろう。
そして『幽華の森』と言うのは、人に管理されていない野生の大樹の周りに広がる森の総称だそうだ。大樹のマナに汚染された植物が蔓延り、魔獣の多くもここで生まれ生息しているらしい。その話から推測するに、魔獣と言うのは高濃度のマナに汚染された動物の事なのだろうか。まぁその辺は追々知ることが出来るだろう。
つまりリムリーフの儲け話は、魔獣がいっぱいいる森の中突っ切って、大樹からお宝の『蓮華晶』取って来いという事だ。
うん。それ危なくない?
「その蓮華晶って、そんな簡単に取って来れるもんなのか? 高値で取引されるってことは、それだけ持ち帰るのが難しいって事だろ」
「そこはほら、アユムって何でか知らないけど魔獣を呼び出して操れるじゃない」
「ああ、うん……。いや、魔法だよ?」
「ホント何でか知らないけど。何でかしーらーなーいーけーどー!」
テーブルの下で、リムリーフが此方の脛をガシガシと削ってくる。
痛い、痛いよさっき自分で「もういいわ……」って言ってたじゃん!
「で、道中はその魔獣に守ってもらって、大樹の近くまで来たら鳥の魔獣かなんか呼び出して取って来させれば行けそうじゃない?」
「それは……まぁ、確かに……」
行けないことも、無いだろうか。予め何匹かカードから召喚してから森に入れば、それなりに安全は確保できる気はする。鳥類のユニットカードも、確か手持ちにあった筈だ。手札は確かに揃っている。
それに――レアカードを手に入れるのなら、どのみちそう言った場所に行くことを避ける事は出来ない。元の世界に、帰りたいと言うのならば。
「やってみる……か?」
「決まりねッ」
遥歩の返答に、何処か興奮を隠しきれない様子でリムリーフは手を叩いた。