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異世界での夜


「ねぇ、ちょっと……」

「……なんだよ」


 ランタンの明かりに照らされた猟師小屋の片隅。扉から近く、少女から可能な限り距離を取った壁際に陣取って、遥歩は答えた。

 ちなみに何時でも逃げ出せるよう、片膝を立てて座っている。


 外の日はすっかり落ちており、今晩は一先ずここで夜を明かして、明日の朝近くの町に向かう事になっていた。


「そこまで警戒することないじゃない」

「さっきお前が俺にした事を、胸に手を当てて思い出してみろ」


 剣呑な遥歩の言葉にもどこ吹く風。少女は「目の前に耳たぶがあったんだから仕方ないじゃない」と悪びれもせず肩を竦めた。

 コイツは果たして、自分が彼女を押し倒して尖がり耳を弄り倒したとしても、同じセリフを吐けるのだろうか。もっと他人の身になって考えてほしいものである。


「あとお前じゃないわ、リムリーフよ。私はリムリーフ・ネスリル。貴方は?」

「……朝霧遥歩」

「アサギリ・アユム……。珍しい名前ね」

「……リムリーフとネスリル、どっちが家名でどっちが名前なんだ?」

「え? リムリーフが名前の方だけど」

「なら、俺と逆だ……。ウチの故郷じゃ、家名が前に来るから」

「そうなの? じゃあアユムね、よろしく。私の事はリムでいいわ」


 え、会って間もない女子を愛称で呼ぶとか、難易度が高いんだけど。朝霧遥歩、十六歳。彼女居ない歴は歳の数だけであった。


「さて、ご飯食べましょ? 今日まだ何も食べてないから、いい加減お腹減ったわ」


 遥歩の内心の葛藤をよそに、リムリーフはそう言うとチーズと干し肉の包みを床に広げ、手早く食事の準備を整えだした。

 カンパンの缶詰については一体どう開けるのかと思っていたら、持っていたナイフ(この小屋に有ったものだ)を両手で振りかぶり、「えいっ」と豪快に缶詰に振り下ろした。

 刃先が五センチほど見事に突き刺さる。リムリーフはそのまま缶詰を太ももの間に固定して、グリグリとナイフを回して無理やりこじ開けていった。


「缶切りが有れば楽なんだけど……ぃしょっと!」


 ズボッとナイフを引き抜き、その隙間からリムリーフがカンパンを一つ摘み上げる。ナイフの刃先が当たったのか、カンパンは少し砕けていたが、食べる分には問題ないだろう。

 それをヒョイっと口に頬張り、リムリーフはコクコクと頷いた。


「保存用のカンパンなんて初めて食べたけど、案外悪くないわ」


 その言葉に遥歩は声を返さず、動こうともしなかった。しかし、若干もの欲しそうな目線だけを向ける。


 続いてリムリーフが手を伸ばしたのは、傍らに置いていたマギカレクトだった。

 ペラペラとカレントを捲り、あるページを開いたまま床に置くと「キャンピングフレイム」と唱える。

 すると、マギカレクトの上にボッと拳大の炎が生まれた。炎はその場から動くこともなく、一定の大きさを保ってユラユラと揺れ続けている。


 そうして今度は干し肉をナイフで薄く切り取る。丸いチーズの塊も同様にナイフで薄く削り取り、干し肉の上に重ねてナイフの腹に乗せると、そのままマギカレクトの火の中に突っ込んだ。

 パチパチと小さな音を立て、干し肉とチーズが炙られる香ばしい匂いが小屋の中に広がる。

 暫しの間をおいて炎の中から取り出されたナイフの上には、トローリ蕩けたチーズと軽く焦げ目がついた干し肉の見事なコラボレーションが実現していた。


 遥歩の喉が、ゴクリと唾を呑む。あんな事があった後だというのに、食欲は健在らしい。割と図太いもんだなと自嘲気味に思う。


「……食べないの?」

「…………いい」


 ここで近づくのは、何だか負けた気がした。


「あっそう」


 リムリーフは軽くため息をついて視線を外すと、「あちっあちっ」と言いながら干し肉の端を摘まみ、チーズを挟む様に折りたたんで口に放り込んだ。さらに間髪入れず、カンパンも一つ頬張る。

 もしゃもしゃ咀嚼。んふー、と実に満足げな吐息が少女の鼻からもれた。

 み、見せつけやがって……。若干浮いてしまいそうになる腰を、遥歩は如何にか押さえつける。


 リムリーフはさらにもう一枚、干し肉とチーズをナイフの腹に乗せ火の中に差し込む。炙っている途中、チラッ、チラッと此方に向けてくる視線が非常に鬱陶しかった。

 そうして二枚目の干し肉とチーズの炙り焼きが出来上がる。すると少女は何を思ったかこちらに見せつけるようにスッと差し出し、


「チッチッチッチッ……」


 舌を鳴らしながら、おいでおいでと指で誘い出した。


「俺は野良猫かなんかか!」

「うん。今の貴方、まんまそんな感じよ?」


 身も蓋もない言葉にガックリと肩を落とす。

 どうやら行こうが行くまいがこの敗北感は拭えないらしい。そう悟り、遥歩はトボトボとリムリーフに近寄っていった。



 初めて食べる干し肉は少々臭みがあったものの、チーズがそれを緩和してくれたおかげで素直に美味しと思えた。



     ☆



 夜深く。小屋にあった外套(あの男達の物だろう)に包まって寝息を立てるリムリーフからやや離れた壁際で、遥歩はPWのデッキ構築画面を開いていた。

 確認しているのは今日使ったデッキのカード一覧。その中で幾つかのカードが光を失っている。


「やっぱり、この辺もゲームの頃と同じか……」


 該当のカードは、全て今日使用したものだ。

 PWでは一度使用したカードは、もう一度使用できるようになるまで暫く時間がかかる仕様になっている。復活までの時間はカードのレアリティ等によって違い、カードの右上に記されていた。使用してから数時間経っているため時間が減っているが、『アダ森の狼』と『ブレイズ』のカードは三日、『棘尾ネズミ』は一日と言ったところだろう。

 この三つのカードは全て同じコモンカードなのだが、『棘尾ネズミ』についてはやられる事無くカードに戻ったので、復活の時間が短くなっている。

 その他、エイドとして使用したカードは半日掛かるらしい。ゲームと同じであれば、この時間はレアリティに関係なく一律だろう。

 復活前のカードがデッキに入っていた場合、手札に有っても使用はできない。ただエイドだけは出来るようになっており、その場合は復活までの時間に更にエイド分が加算される仕組みだ。

 ただ、ゲームの頃であればコモンカードなら数時間で復活したはずだが、随分と時間が伸びている。また、課金アイテムを使用することで即復活させる事も出来たのだが、この状況では課金もクソもないだろう。


「手持ちカードの少ない状況じゃ、あんま無駄に使用できないな……。ホントなら、予備のデッキを二つ三つ作っときたいところだけど……」


 現状の手持ちカードは初期配布された五十枚のみだ。複数のデッキを作るのにはとても足りない。

 まずは、もっとカードを集めなければ……。


「ていうかそもそも、カードってどうやって集めるんだ?」

「そう言えばそれ伝え忘れてた」


 PWのカレントから突如生えてきたチューリアの顔に、遥歩は悲鳴を上げそうになった。


「ばっ……おまっ……! お、驚かせるなよ……」

「ごめんごめん」


 非常におざなりな謝罪を述べながら、チューリアはふわりと遥歩の眼前まで浮かび上がってきた。


「ちょうどいいや。カード化のやり方教えるから、そこのナイフ手に取ってみて」

「なんか、キャラ適当になってない? 関西弁は我慢してるみたいだけど……」

「い、い、か、ら!!」


 言われるまま、先程食事の時に使っていたナイフを手に取る。


「そのまま『マテリアル』って言ってみて」

「はぁ? あー……マテリアル」


 呟きと共にナイフが刃先から少しずつ光の粒子へと変わっていき、やがて一枚のカードへと変化していった。


「へぇ……」

「そうやって、マギカを持った状態で対象に手を触れて『マテリアル』って唱えればカード化できるから。後、カード化する際にカード種類も選べるよ」

「ああ、ホントだ。選択メッセージが出てるな」


 今しがた変化したカードの上に、『アームズ』か『ディスポーサ』かの選択ボタンが表示されていた。

 ゲームと同じであれば、アームズカードは武器や防具などの装備品カード。ディスポーサカードは、ノーコストで使用できるが、一度使い切るとなくなってしまうカードの事だ。


「その辺りは大体わかるよね? アームズを選択すれば、多分コスト1のショボい装備カードになると思う。使用するたびにパワーが必要になるよ。けど壊れてもカードに戻るだけだから、コストを払えば何度でも使える。ディスポーサの場合はノーコストで使用は無制限。使った後もう一度カードに戻すことも出来るし、その場合でも復活時間とかはかからない。けど壊れたらそれっきりだね」

「例えば、拳銃みたいな弾数制限がある武器をアームズカードにしたら、弾も復活するのか?」

「そうだね。そのためのコストだから。ディスポーサの場合は、撃ったらそれっきり」


 なるほど、と納得する。

 ものによっては、下手にアームズカードにするよりも、ディスポーサカードとして使用した方が使い勝手が良さそうなものも多そうだ。取り敢えずナイフはディスポーサを選択。

 というか、ディスポーサカードって様は四次元ポケットだなと、遥歩は認識した。


「食料品をディスポーサカードにしたら、腐らせずに持ち運べる?」

「うん。カード化した時の状態で持ち運べるよ」

「ディスポーサカードにしたものをアームズカードとかに変更することは?」

「それは無理。一度カード化したものは、別の種類に変更することはできないよ」

「生物をユニットカードにする場合は、死体でもいいの?」

「ユニットカードは、生きてる状態じゃないとできないよ。死体をカード化しても、ディスポーサにしかならないから」

「げ、マジか……」


 ユニットカードを手にれたい場合は、生け捕りにしないといけないらしい。


「あと、この方法で人間をユニットカードには出来ないよ。可愛い女の子をカード化してハーレム作ろうとしても無駄だから注意してね!」

「するか……!!」


 小声で怒鳴る。

 そんな事する訳ないだろう、まったく。先程ちらっとリムリーフの方を見てしまったが、決して他意は無い。無いったら無い。真面目な話として、そんな心の余裕など今は持てそうにないのだから。


「3/2のコモンユニットでも結構なバケモノだったんだけど……。レアカードのユニットとか、どうカード化しろってんだよ……」

「ま、まぁ生きてさえいれば、どんな大怪我負っててもカード化出来るから……。頑張ってとしか……」

「軽く言うなよ……」


 大きく息をつく。今の話で、これから先の難易度が一気に跳ね上がった気がする。

 本当に自分は、生きて元の世界に戻れるのだろうか? そう思わずには居られなかった。


「なぁ……。チューリアじゃ、俺を元の世界に戻すことは出来ないのか? どうしても?」


 一度聞いたことであるが、気持ちを整理しきれずに遥歩は再度問いかける。


「…………ごめん。私じゃ、本当に無理なの」


 先程までの軽い雰囲気を消して。

 チューリアは本当に申し訳なさそうに、それこそ罪悪感に苛まれるように顔を歪めてそう言った。


「けど、世界を渡るカードの解放条件はそう難しいものじゃないから……。必要なレアカードの枚数とか、詳しいことは言えないけど……帰れる可能性は、決して低くないと思う」

「そう……か……」


 こぼれる様に出た声は、自分でも驚くほどに枯れたものだった。


「……質問は、もう無い?」

「ああ……」

「なら、もう寝た方がいいよ。疲れてるでしょ? おやすみ……私が言えた義理じゃないけど、気を付けてね……」


 チューリアの姿が消えて。

 マギカレクトを閉じると、小屋の中は完全な暗闇に包まれた。やや匂いのする外套を毛布代わりにして横になり、目を瞑る。

 寝付くまでには、随分と時間がかかった。


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