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チュートリアル2 -作ったデッキで戦ってみよう!(注:殺し合い)-


「鼻の頭が痒いんだけど」


 耳長少女(エから始まる三文字で呼称するのは何となく負けた気がした)は暫しきょろきょろと辺りを見回したのち、唐突にそんな事を宣ってきた。


「それを言われて俺にどうしろと」

「手を縛られたままじゃ掻けないじゃない」


 なら普通に「縄解いて」って言えよ。

 見た目は兎も角として、中身は面倒臭そうな匂いがプンプンする少女である。正直関わり合いになる事を躊躇う気持ちも少々あったが、このまま放っておく訳にも行かないだろう。

 溜息をつきつつ、遥歩はポケットに入れていた鍵束を取り出した。


「あら、ホントに解いてくれるの? 人攫いにしては素直ね」

「誰が人攫いだよ。俺だって捕まってたんだ」

「そうなの? なら先に聞けてよかったわ」

「なんで?」

「近づいて来たら、耳を噛み千切ってやろうと思ってたもの」


 何この子怖い。

 この世界に来てから出会った人間のドン引き率が十割を記録しているのだが、これはやはり世界間の文化的違いが大きいのだろうか?


「けどまぁ助かったわ、鼻痒いのはホントだし。あと背中とかも痒いわね。この麻袋、蚤が大量に沸いてるんじゃないかしら」

「さっきからそっちに近づきたく無くなる要素ばかりが聞こえてくんだけど。見捨てていい?」

「見捨てたら末代まで祟るわ。きっと五年後ぐらいに性病に感染して、十年後には爪の間から蛆が湧き続ける奇病にかかるわね」

「何でさっきから言うこと全部物騒なんだよ……」

「小さいころ何か悪戯するたびに、侍女にそう脅されたのよ。正直トラウマものだったわ」


 うん、この世界は自分に向いてない。元の世界に戻るため全力を尽くそうと、遥歩は深く心に誓った。


「緑の蛆ーは小指からー、黄色い蛆ーは親指にー」

「すぐ解くからその歌やめて!」


 耳長少女が奏でる妙に耳に残りそうなホラーソングに、たまらず叫び声を上げた時だった。

 カチャリと、左手から扉を開く音が響いた。


 ギョッとして振り返る。

 視線の先にいたのは色褪せた金髪と、そしてやはり長い耳を持った、粗野な容貌の男だった。男は呆気にとられた間抜けな表情でこちらを見ていたが、それについては此方も大差ないだう。

 ただそれでも、警戒していた分だけ(少女のおかげでかなり薄れてはいたが)遥歩の方が行動は早かった。


「な!? お前どうやって抜け――」

「アダ森の狼!!」


 カードが弾け、エイドの光と混じり合う。

 現れたのは、斑模様の毛並みを持つ狼だった。先程引いたコスト3の緑ユニットで、姿形は彼のよく知る狼と大差ない。しかし大きさが異常だった。大型犬よりもさらに一回りは大きく、四つん這いの状態でありながら背中が遥歩の胸辺りまである。正直、召喚した遥歩自身が恐怖を覚えるような獣だった。


(3/2でこれかよ!?)

「な、んで、魔獣が……。か、カダス! マギカ持って来い!!」


 拙い、仲間を呼ばれる!


「に、逃がすな、黙らせろ!!」


 一足だ。たったの一足で狼は数メートルの距離を飛び、男の肩に食らいついた。

 耳を覆いたくなるような悲鳴が通路に響き渡る。狼は、主人からの命令を忠実にこなそうとしたのだろう。一旦口を放し、今度はその喉元を深く抉り取るように噛み千切った。

 悲鳴は、カヒュカヒュと吐息が漏れ出るだけのものに変わった。逆に言うと、首の三分の一を抉られてもまだ、男は生きているようだった。

 揺ら揺らと宙を彷徨っていた男の手が、狼の首元辺りの毛を掴む。それは狼を引き剥がそうというよりも、ただただ助けてくれと縋る付くようなものだった。

 狼は邪魔だとばかりに首を振り、今度はその手首を噛み千切る。男の足がもがく様に動いた。太腿がごっそり抉り取られた。そうして男が動かなくなるまで体を貪り尽してから。


 これでいいか? とばかりに、狼はどす黒い血で塗れた顔をこちらに向けてきた。


 ペタリと、遥歩は尻もちをつく様に床にへたり込む。

 違う、そこまでやれとは言ってない。そんな言葉が喉から競り上がってきそうになったが、息がつっかえて出てこなかった。どの道、そんな言い訳はすぐに出来なくなった。


 唐突に、狼の体が猛火に包まれた。苦悶に呻きながら転げまわり、狼は光の粒子となって消えていく。


「おい、ベルージ!? クソ、何だってこんなとこに魔獣が……」


 声と共に小柄な男が階段から駆け下りてきた。人攫いの仲間だろうか。男は無残に食い殺された仲間を踏み越えてドアをくぐると、すぐに遥歩の姿に気付いた。


「お前、さっき森で拾ってきた――テメェの仕業か!?」


 激昂して男が身構える。その左手に握られているのは、遥歩のものと同じ様な装飾の施された手帳――マギカレクトだった。

 という事は、さっきの炎はこいつが使った魔法? 不味い、呆けている場合じゃない。

 慌てて立ち上がり、エイドの状態を確認する。駄目だ、光が消えたままだ。まだカードは使えない。なら更にエイドを――


「ブレイ――」


 間に合わない、殺される! そう思った瞬間だった。

 いつの間に移動していたのか、横から男に飛び掛かった棘尾ネズミが、その左手を長い尾で貫いた。


 悲鳴を上げて男がマギカレクトを取り落とすのと、遥歩のエイドが光を取り戻すのは、ほぼ同時。


「ぶ……ブレイズ!!」


 突き付けた遥歩の指先から、ハンドボール程の大きさの火球が放たれ、男に着弾する。

 使ったのは赤のフラッシュカード。コストは1で、ダメージ量たった2点の火力魔法だ。けれども、人間一人を焼き殺すのは十分なようだった。チューリアの言葉を信じれば、人間の男など武装したところで、ただの2/2程度なのだから。


 炎に包まれた男が、悲鳴を上げて転がり回る。先程燃やされた『アダ森の狼』と同じ光景。しかし、男は光となって消えることはなかった。悲鳴がか細く途切れ、やがて動かなくなってもずっとずっと燃え続けていた。


 鉄格子を掴んでもたれ掛かり、ふらつく足を支える。

 最初の男は、狼が噛み殺した。遥歩自身は、そこまでやらせるつもりはなかった。けれど二人目の男は、明確に彼自身の手で殺した。


「ちょっと、大丈夫? 酷い顔してるけど……」


 その事実と、目に焼き付いた二人の無残な亡骸と、そして今も通路に充満して鼻腔に張り付く人の焼ける匂いに、


「あ……待って、何か嫌な予感がする。お、落ち着いて? 大丈夫、深呼吸して……取り敢えず、ちょっと離れ――こっちに顔を向けぎゃあああああー!!」


 遥歩は胃の中が空っぽになるまで、延々と吐き続けた。


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