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そもそもの始まり

――――――――――――――――――――

【プルーフ・オブ・ウォーカー】

 アーティファクト / L


 貴方は『ウォーカー』となり、世界を

 渡り歩く存在となる。

――――――――――――――――――――



「…………何だこれ?」


 それは対人マッチ十連勝の報酬カードを手に入れ、喜び勇んで効果を確認した末の言葉だった。


 TCG風スマホゲーム『ペンタグラムウェイ』。彼――朝霧遥歩あさぎりあゆむはここ数か月ほど、暇があればこのゲームに没頭していた。

 もともとトレーディングカードゲームが趣味であった遥歩の目から見てもよくできたゲームで、カードの種類は多種多様。戦略性に富んだゲームバランスも秀逸。課金要素はあるものの必須というわけではなく、無課金でも普通にレアカードが手に入る、と非常に優良なゲームなのだ。

 その割にあまり流行っている様子はないが、それはまぁおそらくカードイラストの問題だろう。緻密で綺麗ではあるものの、日本のオタク受けしそうな所謂"萌え系のイラスト"は殆ど無い。ついでに言えば、戦略性の高さはそのまま敷居の高さにもなっている。単なる暇つぶし目的にスマホゲームをやっている人間に受けが悪いのも、まぁ当たり前の事だろうなとは思えた。

 妹のスマホに無理矢理インストールさせても、やっている様子全然ないし。なんか面白いの無いかと聞いてきたのはてめぇだろうに……。


 閑話休題。

 それはそれとして、今は手にいれたカードの事である。


「効果が意味わからん。コストの表記もないし……何かのイベント用カードか? いやでもレジェンドカードだしなぁ……」


 レジェンドとはカードのレアリティの事だ。下からCコモンUCアンコモンRレアLレジェンドの順で表記されており、この『プルーフ・オブ・ウォーカー』なるカードはつまり、最も希少価値の高いカードの一つだった。

 PWペンタグラムウェイ内には普通のTCGと違い、イベントストーリーを進めるための専用カードが存在するが、その類のカードがレジェンドになっているものなど聞いたことがない。


「……教えて、グーグル先生!」


 デスクのノートPCでブラウザを立ち上げ、"プルーフ・オブ・ウォーカー ペンタグラムウェイ"で検索――それらしいヒット無し!


「マジか……。攻略Wikiにも載ってねぇの?」


 念のため、PWの攻略Wikiにアクセスし、Wiki内でもう一度検索をかけてみるが、やはりヒットはしなかった。

 こうなるともう、実際にデッキに組み込んで使ってみるしかないだろう。スマホでデッキ構築画面を呼び出し、先程手にいれたカードをタップする――と。



『このカードをデッキに組み込むことはできません。ここで使用しますか? YES / NO』



「は? ……いやまぁ、使って確かめるつもりだったから良いっちゃいいけど……」


 一回限りの使い捨てカード……ということはないだろう。それだったら『アーティファクト』ではなく『ディスポーサ』とカードに表記されているはずだ。

 『YES』をタップ。



『使用すると貴方はこの世界から脱離します。本当によろしいですか? YES / NO』



 いや、そういう演出いらないから。少々ウンザリした思いを抱きつつ、もう一度『YES』。瞬間。

――トスッ、と。軽い音を立てて、スマホの画面から伸びた何かが額に突き刺さった。


「――――ッッがッッぁッッ!!!」


 激痛は、一瞬遅れてやってきた。いや、激痛と呼ぶのも生易しい、脳みそをグチャグチャとかき回されるような感覚。あまりの刺激に声を出すことも出来ず、ただ脊椎反射のようにビクビクと体を痙攣させてもがき続ける。


 幸いな事に、数秒もたたずに遥歩は意識を失った。



     ☆



 ドサリと。頭を揺さぶった衝撃に遥歩は目を覚ました。

 薄ぼんやりとした意識の中、ガチャリと重たく金属が擦れる音と、誰かの離し声が鼓膜と脳を刺激する。


「……んだったんだろうな、アイツ。森に倒れてたから、取り敢えず拾ってきたけど」

「さぁ? まぁ何でもいいだろ。珍しい見た目だし、割と高く売れるんじゃねえか?」

「だな。良質な商品が一気にふた……仕入れら…………今日はついて…………」

「アイツら売っ…………しばら……あそん…………」


 徐々に遠ざかっていく話し声。

 やがてそれが聞えなくなるころには、遥歩の意識もおおむね鮮明さを取り戻していた。


「つ……うぅ……」


 軽く頭痛のする頭を抑えながら体を起こす。

 随分と長く眠っていた気がする。室内が薄暗いってことはもう夜だろうか? 今は何時だろうと室内を見まわして、


「ええー…………」


 周りの状況を確認して出た言葉が、それだった。

 鉄格子である。薄黒く錆び付いた鉄格子が、眼前に広がっていた。その以外の三方の壁や床は、ごつごつとした岩肌がそのままむき出しになっており、酷く冷たくて座り心地が悪い。靴下を履いていたためまだマシだったが、コレが裸足だったらかなり辛かっただろう。

 地下か、それとも洞窟か何かの中だろうか。先程は夜かとも思ったが、窓の一つもないため定かではない。明かりは唯一、鉄格子の向こう側に吊るされたランタンが放つ頼りない光のみだった。


「いや、なんだこれ。誘拐? 誘拐か? その場合どうすりゃいいんだろう? あ、警察に連絡か」


 コレが誘拐だとして、犯人がスマホをそのままにしておくとも思えないが、物は試しとジーパンのポケットを探ってみる。すると、指先に当たる感触があった。

 まさかと思いつつも一縷の望みをかけて取り出す。生憎というべきか当然というべきが、やはりそれはスマホではなかった。


「手帳?」


 サイズはスマホと同じか、一回り大きいだろうか。堅い革張りの表紙で、細かな銀細工の装飾が施されている。その中心には、三つの宝石の様なものが埋め込まれていた。本物かガラス細工のイミテーションかは知らないが、それ抜きにしてもそれなりに高価な代物に思える。間違っても、そこらの文房具店で買える様なものには見えない。


 試しに開いてみる。内側はバインダー式になっており、自由に中身の入れ替えができるようだ。システム手帳という奴だろう。ただし、中に留められていたのは普通のメモ帳ではなく、銀色の光沢を放つカードの様なものだった。鉄製――にしては妙に軽い。しかしプラスチックの様な安っぽさは感じられない。

 カードの表面には複雑な文様が彫り込まれており、ファンタジックな魔法陣を彷彿とさせた。

 しかしそれよりも疑問なのはカードの下部に綴られた文字だ。日本語とは似ても似つかぬ、記号じみた綴りの文字列。だというのに、彼にはしっかりとその意味が読み取れた。


「ペンタグラム……ウェイ……」


 とたん、カードが紫色の淡い光を放った。


「呼ばれて飛び出てパンパカぶげぇ!!」


 反射的に遥歩は手帳を閉じた。

 そのまま、暫しの黙考。


「………………何だ今の」


 見たまま、ありのままを言えば――魔法陣から羽の生えた小人のような少女が飛び出てきたように見えた。

 ひょっとして、自分は精神か何かを病んでいるのだろうか。それほどストレスを溜めるような生き方をしてきたつもりはないのだが。


 もう一度確認してみるべきだろうか? 正直気は進まないが。慎重に、そぉーっと、半年前に設置したゴキブリホイホイの中身を見るような心持で、手帳をわずかに開く。

 うぞぞっ、と隙間から小さな手が這い出てきた。


「ひぃいい!?」


 再度手帳を閉じようとするも、今度はその手が挟まって上手く閉じられない。手はしばらく、どうにかこうにか外に出ようともがいていた様だが、やがて諦めたようにクタリと力を失った。


「…………おい」

「え?」


 手帳の中から、非常にロリロリしい声が聞こえた。


「…………開けや」

「あ、ハイ……」


 観念して大人しく手帳を開く。今初めて気付いたことだが、ドスの効いたロリ声というのは、非常に恐ろしいものだった。


 果たして。手帳の中から現れたのはやはり、羽の生えた小人としか形容しがたい少女だった。ユルいファンタジーのお約束で言えば、フェアリーとかいう奴かもしれない。クリっとした瞳と、ピンク色の長い髪をツインテールにまとめたその容姿は、まぁ先入観を排除して客観的に見れば、愛らしいと言えるものだろう。

 そのフェアリーさん(呼び捨ては危険だと判断した)は手帳の上で胡坐をかいたまま、挟まれた右手首の具合を確かめるように、しばらくグリグリと回していた。

 やがて問題ないと判断したのだろう。小さく頷くと、こちらに顔を向けてきた。


「……自分、なんで閉じたん?」


 ふぇありーさんのすごいめんちきり!


「あ、いや……急に出てきたから、ビックリして……」

「自分、ドアとか閉じようとして、指挟んでもーた事とかないんか?」

「え? えっと……何度か、あります……」


 質問の意図がイマイチ分らなかったものの、怖かったので正直に答る。


「ごっつ痛かったやろ」

「はい」

「痛いんは嫌やろ」

「はい……」

「自分がやられて嫌なことを、他人にやるな」

「はい、すいません。肝に銘じます……」


 余りにも真っ当過ぎるお言葉であった。

 フェアリーさんは最後に「次やったらホンマ許さへんからな……」と吐き捨てて、ようやく溜飲が下げられたようだった。

 手帳の上で立ち上がると、喉の調子を整えるように二度咳払いをし、羽を羽ばたかせてふわりと浮かび上がる。


「じゃあ改めて……呼ばれて飛び出てパンパカパーン! あなたの疑問にサクッとお答え! 五芒星に続く道への案内人、お助け妖精チューリアちゃんでぇーす☆」


 フェアリーさんは空中でくるんくるんと宙返りしながら、バチコンっと特大のウインクを決めてそう名乗った。


「……今更そのキャラは、無理がないですか?」

「えー、キャラって何のことー? チューリアちゃんはいっつもこんな感じだよー? こうして毎日お仕事頑張ってます! けどお友達の皆からはよく、『チューリアって天然だよね』って笑われちゃうの! 失礼しちゃうよね、プンプン!!」

「…………そっすか」


 若干狂気を感じたので、それ以上突っ込むことは避けた。


「それでその……チューリアさん? は、どういった御用で出てこられたのでしょうか……」

「もぉー、さん付けなんてよそよそしいぞ☆ チューリアちゃんって呼んで!」

「いや、それは……」

「ほら、チューリアちゃん!」

「あの……それちょっとホント無理なんで……勘弁してください……」

「…………」

「…………」

「そんな無理か?」

「はい……」


 正直、尊厳に関わる問題であった。


「そうか……。けどその、なんや。こっちとしても敬語で話されるんは、キャラ的にやり難いねん。タメ口で、お願いできひんか? 名前も呼び捨てでええから」

「はぁ……。それじゃああの、こっちからもお願いがあるんですけど……」

「なんや?」

「その、キャラ? もうちょっとこう、キャピキャピ感、抑えめでお願いできません……?」

「……可愛ないか?」

「かなり引きます」

「そうか……」


 遥歩の端的な感想に、フェアリーさん改めチューリアは、沈痛な面持ちで眉間を抑えた。「結構勉強したんやけどな……」と微かな呟きが聞こえたが、それはもう教材が悪かったとしか言いようが無い。

 暫くして、ブンブカと何かを振り払うように頭を振り(その仕草に関しては割りと愛らしかった)、チューリアは意を決したように顔を上げた。


「わかったよ! 努力してみるから、君も協力してね? ……こんな感じでどうや?」

「あ、いい感じ。そんぐらいなら許容範囲っす」


 しゃ! と小さくガッツポーズするチューリア。

 うん、でもまぁアレだ。そういう素な感じの時が一番良さそうなのになというのが、遥歩の本音ではあった。面倒くさいから黙っていたが。


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