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穏やかな朝の愉快なひととき

 翌朝。アラドラース邸の庭先で、遥歩はストレッチをしながら筋肉痛で痛む足を解していた。

 隣ではリムリーフも同様に体を解しているが、こっちはかなり酷い様子だ。どうやら複数の関節を同時に動かすことを恐れているらしく、出来の悪いロボットじみた動きで、ギクシャクと体操している。


「アユム、マズイわ。腕を肩から上にあげられない。上げるのが怖い」

「はい、腕を前から上にあげて大きく背伸びの運動からー」

「ぎゃぁああー!!」


 後ろから二の腕を掴んでグイッと持ち上げてやると、盛大な悲鳴が上がった。


「何するの!? 何でそういうことするの!?」

「いや、体操の手助けを。ほら、次は屈伸だ。腕を横に振りながら足の曲げ伸ばし」

「あ、ちょ待っ、か、肩を押さえな――いだだだだだだ!」

「腕の外回し、内回し」

「あ゛――――!!」


 そのままラジオ体操第一を最後まで一通り続けてやると、リムリーフの体も大分マシに解れたらしい。鍬を手に此方を追いかけまわして来るほど元気になった。直ぐにバテたが。


「さて、そろそろ始めるか……」

「ぜぇ、ぜぇ……い、いつか……覚えてなさい……」


 リムリーフの恨み節を聞き流しながら、マギカレクトを取り出してPWを起動する。

 今日はカード効果の確認と、それを踏まえた上での狩猟用デッキ構築に費やすつもりだった。


「先ずは、今のデッキで残ってるカード、一通り使ってみようか」

「何? またなんか魔獣出すの?」

「んー……先ずは、このフラッシュカードかな」


 現状の手札に一枚残っているフラッシュカードを眺めながら言葉を返す。果たして、どのように飛行能力を付与してくれるのか。


「フラッシュ――『リヴィエル』」


 言葉と共にカードが弾け、目の前の地面から半透明の青い奔流が湧きだした。

 奔流はユラユラと揺らめきながら空へ向かって立ち上っている。


「……何これ。水?」

「いや……空を飛ぶ魔法、らしいんだけど……」


 説明をしながらも、遥歩自身良く分らない為しどろもどろに答える。ホントになんだろう。これでどうやって空を飛べと?


「へぇ、冷たくない。水じゃないのね、全然手が濡れないわ」


 相変わらず妙な行動力を持ったリムリーフが、物怖じせずに手を突っ込んだ。取り敢えず害は無さそうと判断したのだろう、そのまま奔流の中に入っていくと、その体がふわりと浮かび上がった。


「あ、凄い凄い。息は出来るのに、感覚は何か水の中にいるみたい」


 そのままパタパタとバタ足するように足を動かして、リムリーフは青い奔流の中をスイスイ上に進んでいく。

 ほうほう、これは……なるほど……。非常に興味深い光景に、遥歩は険しい目つきでじっと頭上を凝視し続けた。


「これ凄いわよアユム。空を泳いでるみたい。……って、どうしたの? そんな真剣な顔して」

「パンツを見ている」


 リムリーフの靴底が、視界いっぱいに広がった。



     ☆



「首が折れるかと思った……」

「ホント、折れちゃえばよかったのに」


 その後、二、三分程でリヴィエルは効果を失って立ち消えたのだが、その間に奔流がある程度自由に操れることもわかった。地味だが、なかなか面白い効果だ。使い所によっては役に立つことも多いだろう。パンツの件を抜きにしても、収穫である。


「けどホント、アユムって妙なカレント持ってるわよね。あんな魔法、初めて見た」

「そうなの?」


 まぁ正確にはカレントでは無いのだが。

 PWは一応五つの世界が舞台となっているらしいので、ネイトマギスとは別の世界の魔法なのかもしれない。


「まぁ世の中不思議がいっぱいだしね、うん。じゃあ次いってみよう」

「……ねぇ、誤魔化すにしても話を逸らすにしても、せめてもうちょっとやる気見せてくれない?」


 その言葉に対して、遥歩は第三案の"スルー"を選択した。


「ドロー。……あ、緑のフラッシュカード来た。これも試しとこうか」


 隣でリムリーフがブンブカとこれ見よがしに鍬を素振りし出したのが若干気になるが、意地でも突っ込むまい。

 今はカードの確認が優先だ。


「フラッシュ――『アドドラ草の胞子』」

「え゛?」


 光とともに、子供のコブシほどの大きさの緑の塊が、ポトリと手の平に落ちてきた。ブヨブヨしていてちょっと気持ち悪い。


「何だこれ、毬藻? 投げればいいのか?」

「ちょっ、それは――!」


 リムリーフが声を上げるよりも早く。遥歩は、ポイッとその毬藻モドキを投げ捨てていた。

 とたん、ボワンッと黄緑色の毒々しい煙(花粉だろうか?)が広が……って……


「ぅ――ぼぉぉおぇぇええええええええ!!!」

「ぎゃぁああー!! くさいくさいくさいくさい!!」

「なにごッ……ばながッッおぼぇぇえええええ!!!」

「ぎゃぁあああー! ぎゃあー、ぎゃぁああー!!」


 涙と涎と鼻水に塗れた顔で這いずるように逃げ出す遥歩に、下着を曝け出すことも構わずワンピースのスカートをたくし上げて、バッサバッサと胞子を払おうとするリムリーフ。

 端的に表現して、阿鼻叫喚の図がそこにはあった。



     ☆



「馬鹿なの!? ねぇ、アユムは死ぬほど馬鹿なの!? 馬鹿だから死ぬの!?」

「お、落ち着ッ――ぐ、ぐび! けいどうみゃぐがッッ」


 ギチギチと首を絞めてくるリムリーフを如何にか宥め様と必死で言い募るものの、一向に聞き入れられる気配が無い。

 カードに記載されていた"対象のプレイヤーがコントロールするユニットは、このターン強制的に攻撃に参加する。"という効果は、どうやら滞りなく発揮されているらしい。まったくもって喜ばしくない。


 カードを使ってから既に五分ほどたっているのだが、鼻の奥をハンマーで殴りつけるような胞子の刺激臭は、いまだ辺りに漂っていた。

 外でこの有様なのだから、コレが屋内の密閉された空間だったらと思うと正直ゾッとしない。


「はぁ……もういい。私、畑行くから……」


 ようやく手を離して背を向けたリムリーフの後ろ襟を、ガシリと掴む。


「…………なに?」

「まぁまぁまぁ」


 胡乱げな少女の問いに答えることなく、遥歩は再度マギカレクトを開いた。


「離して。嫌な予感がする」

「まぁまぁまぁまぁ」

「ねぇ離して。ちょっと、離し……は、離しなさいよぉぉおおおおおお……!!!」

「ま、まぁまぁまぁまぁまぁ……ッッ」


 手の甲を思いっきり抓り上げてどうにか逃れようとするリムリーフを頑として確保したまま、遥歩は血走った目を手札の一枚に向けた。

 絶対に逃がすものか。このユニットの召喚にだけは、死んでも一人で立ち会いたくない。


「しょう、かん――! 屋敷蜘蛛ぉぉおお!!」

「ヒッ――」


 背後から、引き攣ったような声が漏れ聞こえた。

 気持ちはわかる。うん、その、なんて言うかね。予想以上。デカさが。


「ひぎゃぁああああああああー!!!」

「お、おおおお、落ち着けリム! リムリーフ!」

「ひぎゃー! ひぎゃあー!!」

「だだ、大丈夫だ! 危険はないから! 俺が召喚したユニットだから!」

「ならこの手を離しなさいよぉおおおお!!」

「嫌だよ一人じゃ怖いだろ!!!」


 アレだね、駄目だよ。昆虫を巨大にしたら駄目だよ。問題だよ。複眼とかさ。モシャモシャした感じの口とかさ。表面を覆う産毛とかさ。普通は見ることがない腹の裏とかさ。そういう細部を詳細に見せつけてくるのは、ちょっと良くないよ。コレは良くない。

 良くはないけど見ないわけにもいかない。各ユニットの能力を把握することが、今日の目的だ。捕獲に役立ちそうな能力を持っているコイツの場合は尚更である。

 というわけで頑張ろう。二人で頑張ろう。リムリーフの同意を抜きに、遥歩は心で固く決意を固めた。


「そういうわけでだ、よし……。その、うん。君のね、能力をね。見せてもらえたらなぁってうおぉおおおおこっち寄ってくんなぁぁぁああああ!!」

「ふぎゃぁああーー!! ふぎゃぁぁああああーーー!!!」


 その後十分程も、巨大蜘蛛との追いかけっこは続いた。


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